密林の王者
その翌日の朝早く。奇妙な物音で俺は目覚めた。
方向はおそらく森の奥。
浜辺の場所を南とするなら、ダナヒが向かった北の方で、伐採した木が倒れるような音が、連続して何度も聞こえて来ていた。
「もしかしたらダナヒさんか……? ってユート? また居ない……」
或いはそうかもしれないと思って、それ以上は深く考えなかったが、周囲にユートが居ない事に気付いて、昨夜を思い出して慌てるのである。
「おー、オハヨーオハヨー。見てコレ可愛い?」
が、すぐにも声が聞こえて、岩場の影からユートが現れた。
「な、なんだそれ……」
呆れる理由はユートの格好。その体に纏っていたモノが葉っぱを加工――
と言うよりは、上下前後に一枚ずつを括りつけただけのものだったので、可愛い? と聞くセンスに閉口したのだ。
「一旦消えれば直るんだけどさー。どうせならサバイバル感を出したくって。これがアレでしょ? 森ガールって奴でしょ?」
多分違う。惜しい気はするが。
思った事を実際に言い、兎に角居た事に一安心をする。
その頃には森の奥からの音も消え、島内に静寂が訪れていた。
「……ま、何にしても朝飯だな。もう魚はゴメンだから、何か果物でも探して来るか?」
「そうしよーそうしよー」
服の事は置いておき、朝食の事を提案して見る。するとユートはそう言って、いつものように肩に乗って来た。
「そんじゃいこー!」
「もしかして……あ、いや、何でも無い……」
何かを言いかけた理由はなぜか、いつもより座った際に「ぷにゃり」としたから。
もしかして葉っぱの下は裸なのか……!? と、聞こうと思ってやめたからである。
「それが何か?」と、言われても何だし、「そんな所ばっかり見てるんだね♪」と、笑顔で呆れられても何か嫌だ。
触らぬ神に何とやら、知らない方が良い事もある。
それ故に俺は疑問を飲んで、食糧探しに出発するのだ。
幸いにも食べ物はすぐに見つかり、いくつかの果物の確保が出来た。
その上で更に美味しそうなモノが無いかと、欲を出して彷徨っていると、
「アーアアーーーー!!!!」
と言う雄叫びを上げ、俺達の頭上を通り過ぎて行った野生のダナヒを見かけたのである、
移動手段は植物の蔦。
格好としては殆ど裸で、葉っぱで作ったパンツを履いて、斧を背中に担いでいた。
そして、顔やら腹やらには謎のボディペイントを施しており、宛ら密林の王者のようなノリで、俺達に気付かず通り過ぎて行ったのだ。
「すっごい楽しそうな顔してましたね」
「誰もあんな人が海王だとは思わないよ……」
思うとしたら密林の王。
しかしながらその国民には、誰もなりたいとは思わないだろう。
「……ま、とりあえず戻るか」
「だねー」
結局の所はそれだけを言い、俺とユートは小川に戻り、取って来た果物を適当に食べながら今後の事を話し合う事にした。
「必殺技って簡単に言うけど、実際問題どんなのがそうなんだ?」
リンゴのようなものを食べつつ、何気なしにユートに聞いてみる。
前にも言ったが俺はゲームとか、漫画とかにはあまり触れ合って居ないので、言わば、そういうものに対しての原動力が欠けていたのだ。
「うーん……例えば左手からタツマキみたいなのを出して、相手の動きを封じ込めるでしょ? そこに右手の槍から発した貫くような一撃を叩きこむとかさー」
「う、うんうん」
「それか相手の眉間に正拳を繰り出して、幻を見せて精神破壊とか」
「お、おお……」
「或いは美少年的な何かを使って、相手のコアだけを貫くとかね?」
「美少年的な何かって何だ!?」
最後のそれは流石に謎で、相槌を打つのは不可能だった。
「ていうかそれの元ネタって漫画だよな? こっちの漫画ってそんな進んでるのか?」
これにはユートは「うんにゃ」と言って、「あくまでボクのオリジナルです」と、盗作容疑を認めない。
まぁ、はっきりとした元ネタは不明なので、俺もそこには追及しなかったが、必殺技の何たるかは分かった気がして、そこからは「うーん……」と考え込むのだ。
「ヒジリの場合は槍な訳だから、素早く突く為の練習でもしてみたら?
凄い勢いで突いたりしたり、回すだけでもそれっぽくない?」
「あー……」
言われた為に一言を言い、岩から下りて武器を召喚。
その後に「こんな感じか?」と言って、素早く槍を突いてみた。
「おー! それっぽいそれっぽい!」
聞かれたユートは拍手をしたが、「でも地味だね」とも付け加えて言い、途方に暮れた俺は座って、「さて、どうするかな……」と、呟くのである。
その後も色々とやってみたが、結局は何も得る事が出来ず、気分転換の意味も含めて夕方頃に森へと踏み入った。
そして、その際に見た目だけなら黒豚のような生き物を見つけ、今晩の食事にする為に、それを深追いしてしまったのである。
気付けば方向が分からなくなっており、挙句に黒豚はどこかへ遁走。
森の中では寝れない為に、ユートと脱出法を考えるのだ。
「んー……じゃあボクが上から指示するよ。それっぽい方向に誘導して上げる」
しばらく二人で話した結果、それが最善という事になり、ユートが森の上へと飛んで、指示に従って俺が歩いた。
おそらく一時間程が過ぎただろうか。
夕焼け空に帳が下りた頃、何かの轟音が耳にと入る。
それは、良く聞けば水が落ちる音で、昨日の探索で見つけた滝が付近にあるのだと予測をするのだ。
「だとしたら行き止まりだな……まぁ、でも、全くの迷子よりは良いか……」
「何か言ったー?」
滝を見つければ方向が分かる。高さ次第では飛び降りても良いだろう。
先の独り言が聞こえたのだろう、頭上のユートが聞いてくるので、それには「いや!」と返した上で「音が聞こえる方に頼む!」と、滝へと近付く道を頼んだ。
「(なんか……ヤケに倒れた木が多いな……)」
直後の疑問は声には出さず、両目で「ちらり」と一瞥しただけ。
しかし、それが連発して見られたので、流石にちょっと不安になってきた。
「な、なんか居ないよな!? デカイ恐竜みたいなのとか居ないよな!?」
一応聞くと、「いなーい」と言われ、そこには「だよな……」と安心をする。
少なくともデカイ恐竜が居て、進行方向にあった木を薙ぎ倒した訳では無さそうである。
「(じゃあ何なんだ? たまたま老朽化? いや、結構新しい木もあるよな……)」
だが、どうにも気になったので、倒木の前で停止して、前屈みになって観察をした。
「おっそろすぃ魔物来ちゃう!?」
「うわ!?」
気付けばユートが後ろに居た為、そこには驚きの声を出し、「いきなり声出すなよ……」と叱った上で、再び倒木に視線を戻す。
そして、注意深く観察した結果、何かに歯形を根元に見つけ、それがかじった事によって木が倒されたのだと推測をした。
「ビーバーみたいな生き物が居るのか? でも結構デカイなコレ……」
歯形を見る限りその生き物は、人間位の大きさはあり、気付いた俺は「いやいや」と言い、恐怖を圧して姿勢を戻すのだ。
「ビーバーって何? 魔物的な生き物?」
「あぁ、いや、ただの動物、かな? 考えたら川にしか居ないっぽいし、これは多分、別の奴の仕業だと……」
ユートに答えてそこまでを言った時、どこかで「ガサリ」と物音が聞こえた。
それはすぐに伝播して広がり、そこら中から「ガサガサ」と言う怪しい物音が聞こえ出した。
「ついにキター!?」
「何で喜ぶ!?」
ユートが喜び、俺が言う。
念の為に武器を呼ぶと、直後に「それ」は姿を現した。
「ギャアアア!?」
ユートと俺が同時に叫び、顔が若干細長くなる。
それ程に俺達が驚いた理由は「それ」が、明らかに「あれ」でだったからだ。
大きさとしては俺と同じ程。
色は茶色で手足は六本。
頭の上には触覚があり、地面を「カサカサ」と這い寄ってくる。
つまりそう、「それ」とは超デカイゴキブリの事を指しており、そんな奴らが群れて現れたので、俺達は恐怖で叫んだ訳だった。
その数はおよそで二十匹以上。
中にはすでに飛んでいる奴も居て、恐怖がMAXに到達した俺達はそこから思わず逃げ出していた。
「きてるぅぅぅ!!? 超追って来てるぅぅぅ!?」
が、ユートが言うように、奴らはなぜか俺達を追跡。
やがて発見した滝を前に、俺達は奴らに追い詰められるのだ。
「ギルギルギルギル……!!」
これは奴らの鳴き声であり、直後にはなんとその場に直立。
長い、リスのような歯を見せて、よだれを垂らして鳴きまくり、俺達を徐々に包囲し始めた。
「ゴキブリス!」
「うまくねーし!」
それを見たユートが青ざめて言い、槍を構えて俺が言う。
奴らがついに飛びかかって来たので、仕方が無しに槍を振った。
「ブリュッ!」
と言う、鈍い感覚があり、奴らの腹が槍に裂かれる。
「ウワアアアア!!?」
そこから出て来た体液が腕にかかってしまった為に、俺は気が狂いそうになる。
「撤退を! 戦略的撤退を!」
ユートが飛んで滝へと向かい、奴らの届かない空中で止まる。
これは飛べるから出来る事で、俺にはそうする事が出来ず、押し寄せて来る奴らを切り伏せる度に、大事な物を失って行った。
「ギルギルギルギル!!」
果たして考える知能があるのか、状況を不利だと判断した奴らは、何と、一斉にこちらに飛びかかり最後の勝負を仕掛けて来たのだ。
「そういうのやめろやああああああ!?」
俺の精神も最早限界。
発狂寸前の声を上げ、何も考えずに槍を振る。
そしてそれが、偶然に、回転する竜巻のようになり、それに触れた奴らは全て細切れのミンチになったのだった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
おそらく瞳に生気は見られず、顔つきも相当にヤバかっただろう。
地面に槍を突いた上で、それに寄りかかって息をしており、「や、やったねヒジリ……」と、ユートが来ても、すぐには言葉を返せなかった。
「最悪だよ……ここ最近で……ほんと、一番最悪の……??」
言葉の途中で視線に入るのは、奴らのもげた脚の一部。
どうやら頭に乗っているらしく、気付いた俺は顔色を変える。
「イヤアアアアアアア!!」
直後には滝から飛び降りた俺に、ユートは「ヒジリー!!?」と叫ぶのである。
自ら死を選ぶ!




