おっそろすぃ魔物の正体
翌日の朝、おそらく十時頃。
上陸した浜辺に戻って来た俺達は、ダナヒが姿を現すのを待って居た。
迎えの船は既に到着し、島の沖で待機をして居る。
後はダナヒが戻ってくれば、修行という名のサバイバルは終わるのだが。
「遅いねー、ダナヒさん」
「ああ……」
ユートがそうボヤいたように、ダナヒはなかなか姿を見せない。
十分に寝る事が出来なかった俺は、眠気に負けて両目を瞑った。
「ギルギルギルギルギル!!」
すぐにも浮かぶのは昨日の惨劇。
そんなシーンは無かったはずだが、俺の脳裏では奴らは立ち上がり、両手を上げて威嚇していた。
「わぁアアアア!?」
その為叫び、両目を開けると、肩に居たユートが「うぉう?!」と驚く。
「駄目だ……眠いのに寝られない……おっそろすぃ魔物が頭から離れない……」
両目を押さえてそう言うと、「あー……」と言う言葉がまず返された。
「ローブの腰辺りに付着してた、タマゴみたいなのがサイコーにキショかったです」
「ああ、アレな……」
海から上がった直後の俺は「魚の卵だろ?」とか言ってそれを触った。
そして潰し、魚では無く、ゴキブリス(仮)の卵である事に気付き、顔色を変えて半狂乱になって、着ていたローブを脱ぎ捨てたのだ。
そんな事も含めた上で、今回の事はトラウマとなっており、暫くの間は安眠できない事を俺は密かに覚悟していた。
「あ、来た」
ユートが言って、肩から飛び立ち、ダナヒが現れた方へと向かう。
方向的にはここから西の、森の中から飛び出して来て、どうやら先日と同じ格好でこちらに近付いて来ているようだった。
所謂、密林の王者風ファッションだ。
「よう、お疲れ。そっちもあれか、何らかの手ごたえがあったみてぇだな。目の下のクマが物語ってるぜ?」
「あ、はぁ……」
会うなり誤解をされてしまった。しかし、詳細な説明は省く。
思い出すのがまず嫌だったし、何も得られなかった事を報告するのは恥ずかしい。
「よし、じゃあ結果を見せ合うか!」
が、ダナヒが嬉々として斧を握るので、そこでようやく「あ、いや」と言って見た。
期待を煽るのは少々まずい。なぜかって俺には何も無いのだから。
「あの辺りが良いか……まずはこいつだ!!」
だが、ダナヒはそれを聞かず、持っていた斧を森へと遠投。
巨大な斧は弧を描いて飛び、浜辺との境目の木々に向かい、十本ばかりを薙ぎ倒した後に、ダナヒの手元に戻って来た。
「ま、アックスブーメランとでも命名しとくか。相手が木ならうまく行くが、標的が動く相手だと、まだどうなるか分かんねーな」
思った事は「天才だろ……」という事。
マジェスティの力を使っていないのに、こんな技を編み出して、かつ、実演して成功して見せるのだから、それ以上の言葉は俺には出せない。
或いは努力型の天才かもしれないが、センスが良いのは疑う由も無い。
連続で槍を突く等は、ダナヒからしたら必殺技(笑)と言うレベルだろう。
「で、次が激震三連撃。足場が砂浜じゃ微妙なんだが、岩場なんかだと有効だろうな」
「まだあるのー!?」
ユートのように叫びはしないが、内心では俺もそう思う。
しかし、ダナヒには言葉は届かず、マイペースに歩いて距離を取った。
「よし、行くぞ!」
そう言ってから、斧を両手に高く飛び上がる。
「うぉぉりゃあぁぁッ! 激震! 三連撃ィィ!!」
そして、技の名前を叫び、体重を乗せて地面に落下。
強烈な一撃で砂を巻き上げ、それと同時に振動を生み出し、斧を握ったままで飛び越えて、反転する勢いを乗せて地面を叩いた。
ここでも僅かな揺れが生まれ、ダナヒは最後に水平切りを繰り出す。
確かにここが砂浜でなければ、もう少し揺れも大きいはずで、一対一でも、一対複数でも有効な技だと俺は思った。
「ふぅ……で、最後がこれだ」
砂煙の中からダナヒが出て来て、拳大の石を右手で潰す。
「名付けてココナッツクラッシャー。多分、人間の頭でもイケるね」
「す、すごいっすね……」
最後のは地味だが普通に凄い。ていうか二日程度でどうやって鍛えたのか。
そこには素直な感想を示して、ダナヒの異常な成長度に驚いた。
「で、そっちは? そんなクマが出来ちまうんだ。そりゃあもう凄まじい技なんだろうな?」
「あ、いや……これはぁ……そのぉ……」
眠れなかっただけですとは言えそうにない。
そうなると理由も聞かれるだろう。
いや、しかし言うしかないのか。実際、何も見せられないのだから。
顔を逸らして迷っていると、ダナヒは右手を顎に当てた。
「あー分かった! 結果を見ろって事だよな! よぉし! こいつは楽しみだぜぇ!」
そして誤解し、両手を叩いて、誕生日プレゼントの箱を見た子供のように喜ぶのである。
中身が空だと知ったらさぞやこの子はがっかりする事だろう。
最悪はキレて、「あにやってんだこらぁ!?」と、襟首を掴まれてしまうかもしれない。
俺が悪い訳じゃ無い。選んだ店が悪かったんだ。
そんな言い訳を心で呟き、「それやれ!」と急かして来るダナヒから距離を取る。
「昨日編み出したアレがあるじゃん! ハリケーンタイガーバターヒジリが!」
直後に言うのは空中のユートで、「何その名前……」と一先ず返す。
しかし、実際それしかないので、覚悟を決めて槍を呼び、出来る限りの回転力で、昨日の技の再現をした。
「……」
「……」
言うなら独楽だが、相当に遅い。
本人は必死でやっているつもりだが、砂場と言うのも影響してか、速度は例えるならメリーゴーランドの如しだ。
「ええと……ここから、なんだよな……?」
と、ダナヒに言われて回転をやめ、「いえ」と言うとダナヒは沈黙。
「……なんつうか、その、スゲー地味」
やがて言われたその言葉には、納得せざるを得ない俺である。
「昨日はもっと早かったよー。手抜きは駄目だよ頑張らないとー」
これはユートで、「いや、必死だよ……」と返したが、遅いと言うのは実感していた。
おそらく昨日程の危機感が無い為に、本能が力の出し惜しみをしており、結果として回転力が低下して昨日よりスピードが遅くなっているのだ。
これを克服できれば多分、何らかの形で使えるかもしれないが、そこまでして必殺技を持つ事に意義があるのかには疑問を持っていた。
「ま、良いんじゃねーの? 基礎が出来ただけでも。後はひたすら練習あるのみだ!」
「あ、はい……するんですねやっぱ……」
が、ダナヒに肩を叩かれ、逃げられない何かを俺は察知。
どうせなら早く習得をして、無意味な時間から逃れる事を決めた。
「んじゃ帰るかー。おおおおおおい!!」
ここでダナヒが沖の船に合図をし、船から小舟が下ろされる。
「そう言えばダナヒさんも、おっそろすぃ魔物には遭ったんですか?」
何気無く聞くと、ダナヒは「あー」と言い、
「頭が九つある竜みてぇなのと戦ったが、それがそうだかはわかんねぇな」
と、平然な顔で言葉を続けた。
俺とユートはゴキブリスこそが、おそっそろすぃ魔物だと思っていたが。
「アレはただのデカいGだった……?」
「ああ……ただの……デカいGだったみたいだ……」
どうやらそれは違っていたらしい。普通に考えれば九つ首の竜こそが、漁師の言っていたおっそろすぃ魔物だったのだろう。
俺とユートがため息を吐く様を、ダナヒは不思議そうな顔で見ていた。
数日後の未明は審判の日だった。
夕焼けの空。森に囲まれた祭壇。
その風景を忘れていた為に、俺はしばらくは立ち尽くしており、
「ああ、そうか……Pさんが居ないから……」
と、こちらに呼ばれた理由を思い出すまで、現れた場所から動けなかった。
理由は知らないが、Pさんは出張中で、今月からはイサーベールのお世話になる事が決まっていたのだ。
思い出した後にはこの空間の主である、イサーベールを探して後ろに振り向く。
「あ……」
が、イサーベールは俺が見た事も無い、紫の髪の誰かと会話中。
場所としては祭壇の近くの長椅子の横に立って話をしている。
こちらには気付いているようだったが、無言で「待て」と言っているようで、遠慮した俺は二人に近付かず、会話が終わるのを無言で待った。
相手の性別は見る限りは男で、年齢的には二十前後。
右目を髪で隠しており、イサーベールと同じような司祭のような衣服を身に着けている。
瞳の色は青色だろうか。距離がある為にはっきりとは分からない。
だが、身長は相当低く、百六十㎝程のイサーベールと同様。端正な横顔を僅かに崩して彼女に向かって微笑んでいた。
「(同僚……? いや、そんなのが居るのか……
でも、かなり親しそうだよなぁ……)」
じろじろと見るのは失礼なので、一瞥した限りの感想である。
男が親しげに微笑んでいたようなので、勝手に決めつけた印象だった。
しかしながら一方のイサーベールは笑っておらず、結局の所関係が分からない俺は、風景を見ながら時間を潰すのだ。
「すみません。お待たせしました」
十分位が経っただろうか。イサーベールが立ち上がり、そう言ってこちらに近付いて来る。
「邪魔をしたな」
これはもう一方の男の言葉で、すぐにもその場から姿を消した。
中性的な声だった。もしかしたら女性であったのかもしれない。
誰なんですか…?
と、聞こうと思ったが、そこは彼女のプライバシーかもしれず、詮索好きな奴と思われたくも無いので、自分から聞くのは止して置いた。
「もう良いんですか?」
「どうぞ」
代わりに聞いて、返事を貰う。
直後にはいつものメニューが渡され、落ち着く為に長椅子へと向かう。
そして、そこに腰かけた上で、背中を向けたままのイサーベールを見ると。
「彼は……私の古い友人です。時折、ああして訪ねてくれるのですが、あまり宜しくは無い事でもあるのです。
彼がここに居たという事は、出来れば誰にも話さないでくれますか?」
聞いても居ないのにイサーベールはそう言い、振り向いた上で答えを待つのだ。
それには「あ、ああ、はい」と言葉を返し、若干動揺してメニューを開く。動揺した理由は、「彼、と言う事はやっぱり男か」と思ったからだ。
いや、イサーベールが誰と付き合おうが、俺には関係の無い事なんだが、何だかんだでリア充なんだな、と、ちょっとだけ妬いたのが原因だと思う。
「ありがとうございます。
継続の可否については、今月は可と言う決定が出ています。
ポイントは四十六Pになっていますので、ゆっくりとお考えになった上で取得したいものを申し付け下さい」
思えば全く怖く無くなった。継続で無ければサヨウナラなのだが、人間の慣れとは恐ろしいものだ。
恐怖のピークはヒジリンをやった辺りだったか。そこからは継続が当然と思うようになって来ている。
とりあえず「はい」と返事をしてから、発展した部分に目を通す。
真実六 マジェスティ制度の根本的部分 三十二P
「(いぃ!? 三十二Pって前の倍じゃん……!?)」
そこには驚き、目を見開くが、だからと言ってどうにも出来ず、取り敢えずは今回は無理だとした上で、膝の上のメニューを眺めた。
「(真実を除けば四十一Pで取れるな……今月で全部六に揃えとくか……)」
さしたる理由は無かったのだが、そうすれば全てが六になる為。
決断をした俺はイサーベールに「じゃあ今月は真実以外で」と、その他全てを取る事を告げた。
ちなみにそれは、
言語五 亜人型の魔物との会話 十四P
魔法五 魔法力付与 十五P
特能五 魔法耐性(取得した属性) 十二P
となり、確認の為に「大丈夫ですか?」と聞くと、イサーベールは「はい」と言った。
「余ったポイントは如何しますか?」
「ああー……じゃあモトセカで」
どうやらそれで取得はしたらしく、不安になりながらも言葉を返し、残った五Pはあまり考えずに、一応モトセカに突っ込んで置いた。
当然ながらそんなものでは足りず、
「残念ですが、まだまだのようです」
と、分かり切っていた答えを言われてしまう。
「まぁ、そうですよね……この前断ったばかりですし」
苦笑いを作ってそう言うと、イサーベールは両目を細めた。
「断った……? 何をですか?」
そして、声のトーンを若干落として、俺にそう質問して来た。
彼女が一流の役者で無いのなら、心底、本当に不思議がっている顔だ。
「あ、いや、二か月前だったかな……
ポイントが到達しただとかで、一度帰れる機会があって、でも、その時には色々あって、俺の方から断ったんですよ。
だからすぐには帰れないのは、分かり切って居たって言うか……」
答えを言うも、イサーベールは信じられないような顔をしたままで、むしろそれに疑問した俺が「それが何か?」と言って眉根を寄せた。
「……いえ、別に、何でもありません」
イサーベールの答えはそれで、その後には通常の表情に戻る。
何でも無い事は無いだろ、と、思うが、ここでも爺ちゃんの遺言に従った。
即ち同じ事を二度聞くな。と言う、洗脳にも近い呪いの言葉だ。
「ではメニューを」
そう言われた為にメニューを閉じて、疑問を飲み込んでイサーベールに渡した。
教育とは大事だ。改めてそう思う。それが無ければ聞いていたのだが、どこまでも従う自分も恐ろしい。
「そ、そういえばPさんは、来月には戻って来るんですか?」
誤魔化すように別の疑問を出し、「はい」という短い答えを貰う。
「(Pさんに聞くなら違反じゃないよな……同じ人じゃ無い訳だし)」
正直、真相が気になった俺は裏技的にそう考えるが、イサーベールに対しては、何食わぬ顔で「そうですか」と返した。
「この星が」
イサーベールが唐突に言い、聞き損ねた俺が「へ?」と言う。
「この星が、もし、滅びるとしたら、あなたは力を貸してくれますか?」
しかし、改めて言って貰えたので、内容を理解して「ああ……」と言った。
「は!? 滅びる!? 滅びるんですかこの星が?!」
少ししてから気付いた事は、何気にエライ事を言っていたと言う事。
慌てて聞くと、イサーベールは「或いは」と短く答えを返し、その上で「どうですか?」と改めて、質問の答えを促して来た。
「ま、まぁ、そりゃあそういう事なら……俺に何が出来るかって話ですけど、出来る限りの事はしたいです」
突拍子も無い話であるが、本当の事なら傍観は出来ない。現時点での俺の世界だし、大切な人達も沢山居るからだ。
それ故に心からの言葉を返すと、イサーベルは「そうですか」と言った。
「では、今後はこちらの方にも来て頂く事になるかもしれません。
ちなみにこれは確定事項では無いので、他の方には話さないで下さい。
現時点では要らぬ混乱を広めるだけになりかねないので」
それから続け、返事も聞かずに俺から受け取ったメニューを消して、
「それではまた」
と、一方的に言って、この場から姿を消してしまうのだ。
好きな事をやっていて良いと言ってたのに、何だかいきなりハードになった。
もしかして魔王を倒せとか、邪神を倒せとか言われ出すんじゃないのか。
不安に駆られてそう思った時、周囲は闇に包まれ始め、「マジかなー……」とボヤいた直後に俺は闇に飲まれて行った。
コロニー落としを止めるんだ! ヒジリ!




