ヒジリとユートの災難の日
結果から言うなら島の西側も、東と殆ど同じだった。
滝が無い分東側よりも、何も無かったと言って良いのかもしれない。
兎も角、探索を終えた俺は、森へと入る覚悟を決めたが、そこで腹が空いた為に、まずは腹ごしらえをする事にした。
狙うは入り江を泳ぐ魚で、木を削って作った銛が、それを獲る為の得物であった。
ローブを脱いで浜に置き、ズボンの裾を上げて海へと入る。
ふと見ると沖に居た船が居らず、そこには「帰るんだ……」と、軽く絶望。
その後に視線を足元に移して、近くを泳ぐ魚を狙った。
「いぃぃ……こいつ、色キッモ……!」
一匹の魚の体が赤い。その上で紫色の斑点までがある。
顎はしゃくれて目は出目金。捕まえた直後にガスを吐いても俺はきっと驚かないだろう。
「いやいや、流石にコレはパス……多分ていうか絶対食べられないし」
そう決めつけて見逃すと、青色の魚が近くにやって来た。大きさはおよそで二十㎝の、見た限りでは普通の魚だ。
これならイケル。そう思って構えるが、直後に気付いた違和感に俺は両目を細めるのである。
「キモッ!」
その魚には両手があった。そこだけはなぜか肌色の手が。
しかも、小さな蟹を捕らえて、口に運んでバリバリと食べている。あまりの不気味さに一歩を下がると、そいつが俺の気配に気付いた。
「ぎゃあああ!? 来んなよ!?」
或いは逆鱗に触れただろうか。両手を伸ばしてそいつが襲い来る。
人間と魚。銛と素手。そんな立場を完全に忘れて、俺は浜辺に逃げ出すのである。
「ナニヤッテンノ……」
「いや、ヤバイって、この島ヤバイって!」
呆れた顔のユートに言われ、右手を振って言葉を返す。
しかしながらユートは「なにがぁ~……」と、呆れた顔を撤回しない。
だったらやって見ろ! お前だったら食われるぞ!
そう言いたい気持ちをぐっと堪え、「魚は諦めて木の実にしよう……」と食材の変更をユートに告げた。
「……もー仕方ないね。こうなったら、ユートさんのウデマエを見せてあげるよ。ちょっとそこで見てなさいよ」
が、ユートは魚が良いようで、やる気になって腕まくりをする。
それから入り江の上へと飛んで行き、呆然と見守る俺の前で、高度を上げて「ぴたり」と止まった。
そして、「好機!」と、唐突に叫んで、カワセミの如くに海面に突撃。
直後には「敵将!討ち取ったりぃ!」と言って、魚を抱えて飛び出してくるのだ。
捕まえられた魚は両手を動かして、何とか逃れようと抵抗したが、ユートはそれをがっちりと押さえて俺の目の前へと戻って来た。
「アーク流捕縛術その一! カワセミ殺法ヘルダイブ!
いやはや、こうもうまく行くとは」
それから魚を投げたユートに「誰って!?」と、俺は驚くのである。
「アークさんだよアークさん。サバイバルキングのアークさん」
その言葉には何も返せず、「ああ……漫画だな……」と俺は思う。
良い影響なのか悪い影響なのか。判断に少し悩む所だ。
ユートはその後に再び飛んで、アーク流捕縛術とやらで漁を続行し、
合計で三匹もの魚を捕まえ、俺達の食事を確保したのだ。
ちなみに全てが「手つき」の魚で、そこには少々の悪意を感じる。
だが、偶然の産物だと思うようにして、無難に焼いてそれを食べた。
味としてはまぁ普通。近いと言うならカレイに近い。
意外にイケるのか。
そう思って、警戒を解いた事が命取りになった。
「ング!?」
それは両手に噛みついた時の事。中から汁が飛び出して来た。
まずは熱い。焼きたてなのだから、それは当然の事である。
そして臭い。例えるのなら、一体何年掃除してないの……? と言いたくなるような公園の男子トイレの臭いに近い。
つまり、そんな臭いを口の中にブチまけられてしまった訳で、それで悠然と食事が出来る程、俺の精神はタフでは無かった。
「次からはこの魚はやめような……」
流石に食欲を失ってしまい、魚を刺した串を置く。
残りはこれと丸々一匹。悪い事をしたな、と、少しだけ思う。
命を奪って食糧にした以上は、本当は食べきるのが礼儀だからだ。
「あれ? 食べないの? じゃあボクが貰うねっ!」
ユートが言って予約をして来た。自分の分は後は手だけだ。
予約をしなくても食べはしないが、そこの部分には「ああ」と答え、手を一体どうするのかと、若干、意地悪に黙って見ていた。
「うん! コリコリしてておいしいね!」
直後の反応はそれだった。満面の笑みで食べ続けている。
コイツの味覚は大丈夫なのか……
俺は不安に駆られた目で見て、顎の下に伝った汗を拭った。
食事を終えて十数分後。
森に行くか、と、思った直後に、強烈な腹痛に襲われた。
それと同時に嘔吐感をも覚え、向かう事をやめて岩場に移動し、上下から出すべきものを出して、やつれた顔で岩場から出て来た。
「うっ……駄目だ!?」
が、それでも双方が収まらず、再び岩場の影へとダッシュ。
苦痛の声と脂汗を出して、見えない何かとの戦いを始めた。
それから二時間は過ぎただろうか。太陽が真上で輝き出した頃。
ようやく体調を落ち着けた俺は、一本の木を背に「ぐったり」として、「今日は無理……」と、一言を言って、引いては寄せる波を見ていた。
「同じモノ食べたのに不思議だよねー。やっぱり手がマズかったのかなぁ?」
「二つの意味でそうだろうな……あそこに毒素があったんだよ……」
ユートに聞かれて言葉を返す。
幸いにも、マズくて食べられなかったが、食べ切って居たら死んだかもしれず、マズいモノはそんなに食べられないと言う、人間の防衛本能に密かに感謝する。
「まぁ、とにかくちょっと寝るよ……精神的に疲れたって言うかさ……」
言えないけれど尻も痛く、少し体を休めたかった。
痛い理由は言わずもがな、使いすぎ、拭きすぎた結果の事だ。
「アイヨー。じゃあボク暇だからその辺見て来るねー」
「あまり遠くには行くなよ」
ユートの返事にはそう言って、木を背にしたままで両目を瞑る。
ポカポカ陽気が実に心地良く、俺はすぐに眠りに落ちた。
再び目覚めたのは何時間後だったか。
「……どうわっ!?」
目を開けるなりまずは驚く。
引いては寄せていた海岸線が、目の前に迫っていたからである。
それは、後、十分も遅ければ、俺の寝る場所にまで到達しており、下手をしたら寝たままで沖まで流される所であった。
「アッブネー……全くどんな島なんだよ……」
ギリギリの所で立ち上がり、それから離れて一人でボヤく。
「あれ? ユート?」
と、声をかけるが、周囲にユートの姿は無かった。
「おーい! ユート!!!」
大きな声で呼んで見ても、返ってくる声は何も無し。
注意深く見回す途中で、遠くに夕焼けの空が見えた。
「そろそろ夜か……ここに居ないとなると……」
「暇だからその辺見て来るねー」
呟いた後に言葉を思い出し、視線を森の中へと向ける。
行くとしたらここしかないと思い、時間が時間だが森に踏み込んだ。
おそらくかなり薄暗いのだろうが、暗視のお蔭で明度は良好。
しかしながら枝や蔦が、視界をかなり妨害しており、腰より高い草や木が、前進を露骨に遮っている。
「おーい! ユートー!! 返事してくれー!!」
それでもユートを探さねばならず、苦労をしながらそれらをかき分け、時折出て来る虫や鳥に恐怖をしながら前へと進んだ。
「……ジリー……-ルプ!」
森に入ってから十分程が過ぎたか。どこかからか細い声が聞こえた。
「ユートか!?」
と言ってその場に止まり、眉根を寄せて耳を澄ませた。
「ヒジリー! ヘーーールプ!!」
何度かの後にはっきりと聞こえ、声が聞こえた方へと向かう。
方向的には右手の奥……のような気がして、一直線にそちらに進んだ。
木々が途切れて小川が見える。おそらく東側の滝へと続く川だろう。
そこには沢山の岩が転がり、そこの合間に何かが見えた。
色は青色で見た目は芋虫。
大きさとしては俺の腕程か。
六匹程で何かに群がり、「もぞもぞ」と体を動かしていた。
「助けてヒジリー!!!」
直後の声はそこから聞こえ、顔色を変えた俺が近寄る。
それに気付いた芋虫は、一斉にこちらに顔を向け、「ブリャッ!」と何かを吐きつける事で俺への威嚇としたのであった。
「何やってんだお前らぁぁ!!」
まさかの事に武器を呼び寄せ、すぐにも奴らに切りかかる。
その際に、いくつかの体液が飛ばされたが、これらは全て回避して、奴らを全てなで斬りにして、岩の合間にユートを見つけた。
「助かったよぉヒジリィー……」
ユートはそこに磔になっており、半泣きの顔で俺を見て来た。
どうやら奴らの体液が粘着質に絡んでいるようで、どういう訳か衣服の殆どが「ギリギリのレベル」で破られていた。
「ちょ……ちょっと、何だよその格好は……
何か色々とヤバいだろそれ……」
こんなのでも一応女の子なので、そこには遠慮をして視線を逸らす。
「イヤー何か食べられちゃって……あいつら服とかが好物だったみたい」
一方のユートは気付かない様子で、そう言った後に「アハハ」と笑った。
「まぁ、とにかく助けてよー。動けないんだよ本当にー」
「あ、ああ……」
頼まれた為に視線を戻し、生唾を飲みつつユートに向かう。
「目が怖いよ!?」
と、言われたが、それに構わずユートを掴んだ。
「ちょっ! どこ触っ……!? イヒヒヒヒ!
くすぐっ、くすぐった!!?」
暴れるユートを引っ張って、粘着質の何かから引きはがす。
何だかんだで女の子である。体が凄い柔らかい。
もう夜になっている為か、肌は白く照らされており、ギリギリの所で見えない事が、却ってユートをエロチックに映す。
「(思ったよりも大きいな……それに腰の曲線がエロい……
完成度の高いフィギュアみたいな……)」
と、密かに興奮した自分に気付き、頭を振ってからユートを放した。
「白濁液でグッチョグチョ……体中にぶっかけられた~……」
完全にアウトな発言だったが、ユートは気付いて居ないようだ。
背中を曲げてフラフラと飛び、流れる川に体を浸ける。
まとわりついた粘液を水で落とす為だろう。
俺の両手もグチャグチャだったので、それに倣って川へと近付く。
「水もあるしここで休むか……森の中よりは安全だよな?」
同意が欲しくて質問すると、ユートが「だね」と答えてくれたので、芋虫の死骸から離れた場所で、今夜の床を作るのである。
オスと化したヒジリが危険れすうう!




