評価システムの犠牲者
文字数調整を間違えた為、今回は短めのお話になります(汗)
その日の夜。
二十三時三十分を知らせる鐘の音が屋敷に鳴り渡った頃、私の寝室の窓ガラスが破られ、一人の侵入者が姿を現した。
その時の私は眠っていたが、物音によって即座に起床。
布団を跳ねのけ、寝衣のままで窓際に立っている侵入者と向き合った。
髪の毛は白で、目の色は琥珀色。
まだ雨が降っている為に、その全身はずぶ濡れで、抜き放った剣を右手に持って私にじりじりと近付いて来る。
「見た顔だな」
と、言葉に出るのは当然の事。
その人物はティレロの側近で、噂の上ではマジェスティだと言う名前も知らない女であった。
「随分な手段で訪ねられたものだが、これは一体どういう事だ?」
質問するも女は無言。
ただ、ひたすらに息を荒くして、切羽詰まった顔で私を見ている。
「くっ!!!」
そして、何やら覚悟を決めた様子で、直後に斬りかかって来たのである。
「問答無用か。そういう事ならば」
それをかわして背後に回り、剣を召喚して鞘から抜き放つ。
「力づくで聞かせて貰おう!」
それから剣を水平に振り、相手の武器で防御をさせた。
金属音が鳴り響き、防御をしたままで相手が下がる。
「終わりだ」
更に踏み込んで一撃を叩き入れ、相手の武器を破壊した。
「負けない……負けられないのよ! この戦いには……ッ!!」
女はそれでも諦める事無く、新しい武器を右手に召喚。
その上でこちらに飛びかかって来たので、戦意を削ぐ為の一撃を繰り出す。
即ち、氷の属性を付与した剣による、相手の半身の凍りつけである。
「くっ……あああああっ!!?」
吹雪のような猛風に襲われ、女は空中でしばしを停止。
その後に剣を握ったままで壁を突き抜けて飛んで行った。
そして、廊下のガラスを割って、屋敷の玄関前辺りに落下。
剣を片手に下を見ると、女の両脚は凍り付いていた。
「あれでは最早逃げられまい」
それを目にして剣を消し、上着を羽織って下へと向かう。
早速にゼーヤが私を迎えたが、近寄らないように言って置いた。
玄関を開けて外に出ると、女はまだそこに居た。
「生きているか」
と、声をかけると、放心したような目で私を見上げ、「もうすぐ死ぬわ」と、意味深な事を言って、私の眉根を下げさせるのである。
落とした剣は届く範囲にあるが、女はそれを取ろうとしない。
凍り付いた両脚を溶かしてやるも、立ち上がる事すらしようとしなかった。
「もうすぐ死ぬとはどういう意味だ?」
質問するが女は無言。
胎児の如くにその場で丸くなる。
「実はその……」
と、現れたのは、女の相棒妖精だった。
今まで存在を見て居なかったので、女がマジェスティとは信じ切れなかったが、それを見た今は信じる他に無く、興味を深めて「何だ?」と聞いてみた。
「実はソフィーヤは今夜の0時で、この世界からサヨナラなんだよ……
評価がほら、足りなくてさ……
言われた通りにしてただけなんだ。ソフィーヤは絶対悪くないんだよ!
だから最後にアンタと戦って、勝てたらきっと助かるんじゃないかって……そう思ってここに来た訳なんだけど……」
結果は是。即ち敗北だ。
聞いて居たとしても殺されてはやれないが、そうだと知って居れば対応は違った。
だが、今それを言っても無意味なので、私は「すまないな……」と一言だけを言うのだ。
「正直怖いよ……物凄く怖い……
元の世界に帰りたかっただけなのに、どうしてこんな事になっちゃったんだろう……
あいつの言う事を聞けって言われて、それを守っていただけなのに……」
これは女――
ソフィーヤのもので、小刻みに体を震わせている。
地面に触れている右半身が泥水によって汚れていたが、今の彼女にとってはそれは、最早どうでも良い事なのだろう。
「あいつ……とは?」
駄目を承知で聞いて見る。私にとっては重要な事だからだ。
今、何も出来ないにしても、今後は警戒する事が出来る。
ソフィーヤは黙り、しばらくしてから、小さな声で「ティレロ」と言った。
「ティレロ・アルバードか? 奴に何をしろと言われた?」
そうだろうな、と思っていたが、実際に原質が取れたのは大きい。知らぬ存ぜぬで通されるだろうから、証拠が整うまでは口にしないが、ティレロに対して予防線が張れると言うのはありがたかった。
続けた質問にもソフィーヤはゆっくりとだが答えてくれる。
「マジェスティを襲えとか、人を殺せとか……そんなので良いのって思うモノばかりだった……
あなたの部下も私が殺した。王様も、鎧の騎士もみんな……」
「ゼーヤをやったのはお前だったのか……」
そこには怒りと憎しみを感じる。知って居たなら殺していたかもしれない。
だが、今のソフィーヤを殺しても仕方なく、そんな私をゼーヤが見たとして、喜んでくれるとも思えなかった。
故に、拳を作って耐えて、その先をソフィーヤに聞いてみるのだ。
「ティレロは何を企んでいる? 知って居る事で良い、教えてくれないか?」
「分からない……何も知らないの……
でも、私の担当の神様は、あいつの言う事を聞けって言ってた。
そうしたら間違いないからって……でも、そんなのは全部嘘だった……
嫌だよ……私、死にたくないよ……」
ソフィーヤはそう答え、丸まったままで顔を押さえた。
気の毒だとは思うが救う事は出来ず、私は無言で両目を瞑る。
自業自得だ。とまでは言わないが、これが彼女の選んだ道であり、その結果としての死な訳なので、私に出来る事は何も無い。
「その、担当……神の名だが、お前はそれを知っているのか?」
最後に聞くと、ソフィーヤは「助けてよ……」と呟いて姿を消した。
それと同時に二十四時の鐘の音が、館の中から聞こえて来た。
「やっぱ駄目だった」
その場に残っていた相棒妖精が言い、主人の後を追って消えて行く。
見慣れはしたが、慣れてはいけない本当は寂しい光景なのだろう。
「全ての元凶はティレロにあり、か。だが、証拠が無いのではな……」
間接的な立場であるが、ティレロはゼーヤの仇に当たる。
今は兎も角、証拠が揃えばそれなりの報いを受けて貰おう。
ソフィーヤが居た場所を少し見てから、視線を移して街を見る。
それから雨が止んでいた事に気付いて、屋敷の玄関に足を向けた。
カレルとヒジリを襲ったのもこの子です。
純粋に人を信じ過ぎたんですな。




