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ポピュラリティゲーム  ~神々と人~  作者: 薔薇ハウス
六章 ランドデストロイ強奪作戦
56/108

突如の混乱。そして別れ

 それから三日がすぐに過ぎて、進水式の当日がやってきた。

 俺達はその日は工廠では無く、港の波止場に向かう事になり、そこで厳重な検査を受けてから、小舟に乗って沖へと向かった。

 同様の小舟は十艘はあり、それぞれ五十人程が乗船している。

 その内一艘はダナヒの部下、つまり、俺達の仲間であるのだが、あまりに堂々としている為か、警戒はされていない様子に見えた。


 一方の港には観客の他、漆黒の鎧の騎士達がおり、ある一画を中心に、異常なまでの警戒網を敷いていた。

 護衛のついた馬車が着くと、花火が連発して上がり出す。

 勿論、何らかの意味があるのだろうが、俺にはそれが分かるはずも無く、「すげー!」と感心するギースの横で「(昼間の花火はイマイチ地味だな……)」と心の中だけで呟くのである。


「いよいよか……」

「ああ、いよいよだな……」


 港の別の一画を見て、同乗していた兵士達が言った。

 何かと思ってそこを見ると、昨日までの職場――

 大型戦艦が、海へと向かって滑り出しており、それを見る他の小舟の兵士や、観客達から歓声が上がった。

 直後には大きな飛沫を上げて、船尾が海の中へと入る。


「スッゴイ迫力! クジラだよクジラ! ゴーゴークジラ号って名前にしようよ!」

「(それはちょっとカッコ悪すぎ……)」


 それを目にしたユートが言ったが、皆の手前では苦笑いしか出来ない。

 やがて、大型戦艦が海へと浮かび、雄大な姿を皆の前に晒す。

 人々達は歓声や、拍手によってその姿を称え、直後には港のある一画に向かって、


「ヨゼル王国万歳! 我が国に栄光あれ!」


 と、徐々に声を大きくするのだ。

 或いはそこに国王だかの、国の偉い人が居るのかもしれない。


「よし、そろそろ行くぞ」


 そんな中で一人が言って、頷いた数人がオールを持った。

 向かう先は大型戦艦で、周囲の小舟も少し遅れてオールを漕いでそこへと向かう。


 進水式の最後を飾る大砲の斉射を行う為だ。

 俺達の目的はそれとは違ったが、式典の最中は見守る気らしく、それが終わって寄港する際に、強奪して逃げ去ると言う事になっていた。


「ま、奴らも頑張ったんだろうし、晴れ舞台位は見守ってやろうや。

 何で泳いで帰って来た?! ていうか船は?! って言われるだろうけどな、後で」


 優しい顔でそう言ったのは、昨日の夜のダナヒであった。

 表情に反して内容が鬼畜で、それ故に聞かされた俺達は呆然。


「えっと……もしかして突き落とすんですか……?」

「もしくは自主的に飛び込んでもらう」


 ようやく聞くと、ダナヒは言って、平然と酒を呷ったのである。

 確かに「皆殺しにしろ!」と言われるよりは良いので、それに従った俺達だが、寝食を共にした彼らの気持ちを思うと、若干、心苦しいのが本音と言えた。


「(だったらするなって話になるし、ここまで来たなら腹を括るか……)」


 最悪、裏切り者だとか、卑怯者と罵られてしまうかもしれない。

 だが、実際そうな訳なので、最早覚悟を決めるしか無い。


 大型戦艦の近くに来ると、船の上から縄梯子が投げられた。

 俺達料理人は先に乗り込み、料理服に着替えて甲板で待機。

 他の乗組員が忙しなく動き、作業する様を黙って見守った。

 先に聞いて居た予定によると、この後右側の大砲を斉射し、その事により式典は終わりを告げるはずであった。


「準備完了です!!」

「大砲……斉射ぁあ!!!」


 指揮官の命令で斉射が始まる。

 が、火を吹いたのはどういう訳か右側では無く左側であった。

 つまり、港へと向いている側である。

 直後には街から火の手が上がり、観客達が逃げ惑い始める。

 その後も発射は間断なく続き、街を、港を、倉庫を焼いて、混乱する俺達料理人を囲んで、兵士達が剣を抜き放ったのだ。


「抵抗しなければ何もしない。

「これは作戦だ。こういうものなのだ」と、心の中でひたすら繰り返せ。

 それが嫌な者は前に出るのだな。その者自身の身をもって、サメの昼飯にでもしてやろうではないか」


 言って、姿を現したのは、四日前に俺達に訓示をした男、つまり、この船の指揮官だった。


「コイツか……どっかで聞いた声だと思ったが、なんとまぁ指揮官サマだとはな……」


 こちらはダナヒで、疑問をしていると「立ち聞きしただろ」と俺に言ってくる。

 俺がその事に気付いた時には、指揮官は顔を顰めていた。

 ダナヒの言葉で成り行きを知ったのだ。


「君達の料理は好評だったのだが……何かを聞いたなら生かしては帰せんな」


 残念そうに言って、指揮官は兵士達の輪を抜けて行った。

 俺達を囲んでいた兵士達が、一斉に斬りかかって来たのは直後の事だった。




 港は混乱の極地にあった。

 ランドデストロイからの砲撃によってである。

 幸いにも直撃は受けて居ないが、周囲には今も砲弾が降り注ぎ、倉庫や船や地面に当たって、壮絶な爆発音を上げ続けている。

 漆黒の騎士団の殆どは現在は人々の整理に追われ、陛下の逃げ道を何とか作り、一人の騎士が駆け寄って来た。


「先導は私がする!! レナス殿達は後方を頼む!!」


 報告を聞いたドーラスが言い、答えを聞かずに走り出す。


「何という事だ……!!」


 老齢の王はそう言ってから、取り巻き数人と後ろに続いた。

 残された者は私とゼーヤ。


「先にアレを何とかしないと、やられたい放題じゃないですか!?」


 洋上の船を見てゼーヤが叫ぶ。全ての元凶は確かにあの船だ。

 だが、私達の任務は陛下を守る事。


「それは海軍の連中の仕事だ。今は任務に集中……っ!?」


 そう言っている途中で砲弾に気が付き、ゼーヤの体を強引に引っ張った。

 直後に生みだすは氷の白壁はくへき。それを盾として爆発を防いだ。


「ぐっ……!!」


 爆音が鳴り、氷が崩れ去る。だが、防御は間に合ったようで、私とゼーヤは無傷であった。


「す、すんません! でも、流石っすね!」

「お前もじきに出来るようになる! 続け! 陛下の後を追うぞ!」


 ゼーヤの礼と世辞にはそう言い、陛下を追う為に走り出した。

 港を抜けて、十字路に着き、そこで陛下の背中を見つける。

 老齢故に走れないのか、現在は騎士に背負われており、その前方で戦っているドーラスとその部下達を遠目に見ていた。

 戦っている相手は見る限りでは、我が国正規の兵士のようだ。


「どうなっている!?」


 私が聞いたのはその騎士だったが、睨んできたのは陛下であった。


「見て分からんのか!」


 まずはそう言い、騎士を振り向かせてから言葉を続ける。


「反乱だ! どう考えてもこれは反乱だ!

 相手の数が分からん以上、一刻も早く王城に引くべきだ!

 血路を開け! 戦うのだ! こういう時のマジェスティであろうが!」


 一方的にそう言って、騎士を動かして右へと向かった。

 唯一、そこが空いていたからだ。

 折り合いが良くないのは知っていたので、今更言葉に苛立つ事は無い。

 だが、その行き当たりばったりな感性には呆れに近い感情を覚えた。

 なぜ、そこだけが空けられているのか。少し考えれば分かる事だ。


「頼むレナス殿!! 私達もすぐに行く!」


 これはドーラスで、力量を発揮し、群がる兵士を切り伏せている。

 付近の騎士も数では負けていたが、個人の力では勝っているらしい。


「承知した! 油断はするなよ!」


 そう答えてから剣を抜き、陛下達が走った右へと向かった。

 ドーラスの頼み。それもある。

 だが、王国に名を連ねている限りは、一応は陛下を守らねばならない。


「見る限りでは正規の兵ですよ!? 何が一体どうなってるんですか!?」


 そんな気持ちで走っていると、剣を抜いたゼーヤが横から聞いて来た。

 これには「分からんな」とだけ短く答え、屋上の弓兵に気付いて飛び上がる。


「あちらは任せる!!」


 反対側にもそれは居り、そちらは眼下のゼーヤに任せた。


「はい!!」


 ゼーヤが答えてすぐに飛ぶ。

 その時にはこちらの弓兵は片付いた。

 やはりはこちらは罠だったようで、左右の屋根には所々に弓を持った兵士が伏せられていた。

 屋上を駆けながらそれを切り、背後の陛下の進路を確保。


「ぐはあっ!!」


 ゼーヤの方もほぼ一刀で片付け、通りを挟んで屋根の上を駆ける。

 砲弾が飛んで来た。私の右手だ。それを避ける為に更に飛び、爆発を背にして十字路に飛び降りた。

 少し遅れてゼーヤも着地。方向的には左手である。

 陛下を担いだ騎士も現れ、敵兵を目にして立ち止まる。

 陛下達の位置を南とするなら、私とゼーヤがきっちり東西。

 どちらの先にも敵が居たが、北には敵は配置されて居ない。


「(妙だな……手際が良すぎる気がする……)」


 或いは誘導されているか。

 そうは思うが陛下達は止まらず、唯一手空きの北へと向かう。


「すまん! 大丈夫か!!?」


 と、ドーラスが現れたので、「北へ!!!」とだけ言って敵を出迎えた。

 形としては私とゼーヤが東西の入口を防ぐ形で、北へと逃げた陛下の背中をドーラス達が追うと言う図だ。


「無いとは思うが油断はするな!」


 ドーラスが答えて走り抜けて行く。

 その後には十数人の騎士が続き、その内数人がゼーヤの援護に向かう。


「せ、鮮烈の青……?! レナス様か……!!?」

「か、勝てる訳ねぇだろ……!!」


 私の正面の兵士が言った。どう見ても国軍所属の兵士達だ。


「(様、と言う事は本当に国軍か……)」


 改めてそう思っていると、


「突破しろ! 鮮烈の青とて無敵に非ず!」

「倒さずとも良い! 突破しろ!」


 命知らずの誰かが言って、兵士達が少しずつ動き始めた。

 数にするなら一対百以上。

 同朋に言うのは心苦しいが、これでもこちらには余裕の人数だ。


「やるのか?」


 切っ先を前にして彼らに問うと、言葉それぞれに動きを止めた。


「ぐっ……」

「くそっ……」


 小さな声で呻きつつ、武器を片手に遠巻きに見始める。

 こちらにとっては好都合だ。時間が稼げればそれで良いのだ。

 陛下達が逃げ切ってくれさえすれば、無益な殺生をする事は無い。


 そのままの態勢で少しずつ後退し、彼らを引き付けて北へと移動し、十字路の北を塞ぐ形を取って、ゼーヤ達に向かって「行け!」と叫んだ。


「で、でもレナス様だけでは……」

「侮るな。これの十倍、いや、百倍でも私は負けん」


 この程度の相手であれば、の話だが、ゼーヤにもそれは通じたのだろう。

「わ、分かりました」と奴も納得し、「絶対に死なないで下さいよ!」と言い残して、騎士達と共に北へと走った。


「さて、そちらはどう動く? 私としては睨み合いを期待するが、かかって来ると言うのなら、二百人や三百人は切り伏せて見せるぞ?」


 返ってくる言葉は何も無い。

 ただただ、眼前には敵が増え、距離を取ったままでこちらを伺っている。

 その数はおそらく三百人以上。

 私の脅しが効いているのか、その数でもこちらに向かって来ない。


「(砲撃が収まったか……海軍も意外に手早いな……)」


 気付けば、砲撃が収まっていた。

 街中には市民の泣き声と、眼前の兵士達が出す物音だけが聞こえる。


「(あと十分……いや、五分でも良い……

 そのままじっとして居てくれよ……)」


 願うような気持ちで佇んで居たが、兵士の一人がついに動いた。

 実力の差が分からない新兵である。


「うわああああ!!」


 それに触発された数人が動き、すぐにも皆が動き出す。


「止むをえんか……ッ!」


 覚悟を決めて、私は彼らを次々とその場で迎え撃って行った。

 それは一応みねうちではあるが、だからと言ってダメージが無い訳では無く、苦悶の声と血反吐を吐いて倒れて行く者が殆どだった。

 六十人程を倒しただろうか、北の方から轟音が聞こえた。

 その音によって兵士達が止まり、それを見た私が動きを止める。


「何だ……」


 と呟くが、ここからは動けず、妖精を行かせる為に「おい」と言う。


「こういう時ばっか!」


 言われた妖精は姿を現し、物音が聞こえた方へと飛んだ。


「うう……いてぇぇ……いてえよぉぉ……」

「勝てる訳が無かったんだ……無理だよこんなの……」


 地面に倒れた兵士が言って、それを耳にした兵士達が下がる。


「クソッ、なんだって王国の英雄が、ドーラスなんかの味方をするんだ……」


 と、一人の兵士が呟いたので、私は眉根を下げるのである。

 ドーラスの味方とはどういう事なのか。私達は陛下を守っているだけのはずだ。


「……どういう意味だ? 答えろ!」


 剣を向けて質問すると、向けられた男が目を大きくした。

 恐怖では無い。驚きである。あちらの方でも「どういう事だ」と、疑問している顔にも見える。

 

「もしかしてレナス様は……」

「いや、まさかそんな……」


 兵士達はそれには答えず、仲間内でゴチャゴチャと話し出す。

「答えろ!」と再度、声を荒げて聞くと、ようやく一人が口を開いた。


「ま、まさかご存知では無いのですか……?

 我々はドーラス卿の反乱、つまり、陛下の暗殺を食い止める為に、エトライゼンから派遣されたのです。

 私達はてっきりレナス様もその反乱に加わったものだと……」

「何だと……」


 正規の兵が相手な訳だ。

 彼らはただ、上からの指令を忠実に実行していただけなのである。

 誰が出したかは不明であるが、今はそれは問題では無く、むしろ、それが本当だった場合は、陛下の身がとてつもなく危ういと言う事が、目の前に迫った問題だった。


「くっ!!」


 すぐにも北に走り出し、その途中で、戻って来た相棒妖精に会う。


「覚悟しとけよ」


 と言って消えたので、何だか分からず顔を顰めるが、街と、郊外の丘との境目で奴の言葉の意味を知るのだ。


「ゼーヤ!?」


 ゼーヤが家屋の一軒にめり込み、そこでぐったりとしていたからだ。

 慌てて駆け寄り、引き摺り出すが、ゼーヤはなかなか目を覚まさない。


「!?」


 背中に回した手を見ると、そこにはべったりと血がついていた。

 見れば、家の壁の中にも大量の血が付着しており、実際にゼーヤの背中を見た時に、私の心に久方ぶりの、悲しみによる痛みが生まれたのである。

 肩から腰、脇腹から脇腹、殆ど十字に近い深い傷だ。

 それはいくらマジェスティと言えども、最早助からない傷と言えた。


「う……ああ……レナ……ス……様……?」


 そんな中でゼーヤが目覚め、私は焦って表情を変える。

 悲しみでは無く、自身で思う所の、慈しみと言えるだろう表情に。


「オレ……もう助からないっすかね……? 

 なんか力が入んないんすよね……」


 恐怖を誤魔化す為であろうか、ゼーヤは無理に笑顔を作った。

 それが分かる私は「ああ」と言い、すぐにも「良かったな」と言ってやった。

 そこに疑問を持たせぬように、それからすぐに言葉を続ける。


「これで帰れる。元の世界にな。

 そういうものだったんだ。最初から。

 嘘を言ってすまなかった」


 これこそが本当の嘘ではあるのだが、ゼーヤの恐怖を払うにはこれしかないと私は思った。

 そして実際、ゼーヤは微笑み、「マジっすか……?」と、喜んだような顔を見せたのだ。


「そうだ。全て私の嘘だ。お前は元の世界に帰れる。ちょっと苦しいが我慢しろ。男なんだ。それ位は出来るな?」

「は……はい……我慢できます……でも、一つだけ良いっすか……?」


 その言葉には「ああ」と言い、ゼーヤの発する言葉を待つ。


「オレ……レナス様……の事……好き……だったんす……

 元の世界に帰る前に……これだけはどうしても伝えたく……て……」


 泣き出しそうな目で。震える顔で。ゼーヤは私を見ながら言った。

 返せる言葉は「そうか……」と言うものしか無く、何かをしてやれないかと両目を瞑る。


「……ならばこれを持って行け。お前の頑張りへの褒美と餞別だ」


 思いついた物は口づけというもの。

 好きあっている者同士がすると言う、私にも未体験のそれである。

 せめてもの餞別。……そして罪滅ぼし。

 許してくれとは言えないが、許して欲しいと心では願った。


「レナ……ス……様……」


 唇を重ねるとゼーヤは黙り、そして、涙を流して逝った。


「あんた、良い奴だな……まるで女神だ……」


 ゼーヤの妖精、バルクはそう言って、静かに姿を消して行った。


「すまんなゼーヤ……私を許せ……」


 唇を離してゼーヤに謝罪し、その亡骸をそっと横たえる。

 ゼーヤの体が光って消えたのは、それからすぐの事であった。

 悲しいとは思うが涙は出ない。

 泣ければいっそ楽なのだろうが、私にはそれは出来なくなっていた。

 だが、今の私であっても、ゼーヤが居た事を忘れない事は出来る。


「忘れはしない……絶対に」


 自分自身に言い聞かせるように、一言を残して私は動いた。


嘘で救われる魂だってあるさ…

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