それぞれの思惑
遡る事四日前。
私の執務室をドーラスが訪ねた。
アレ以来……
そう。下着姿を見られ、やりすぎてしまったあの一件から、奴の態度はおかしくなったが、その日、その時のドーラスの様子は、一際変だと言うしか無かった。
「わ、私だ。ドーラスだ。失礼するぞ」
ここまでは普通で、言われた私も作業を止めて「どうぞ」と答えた。
入って来たドーラスは数歩を歩き、その後に「おぉ」と声を出し、開けていたドアを自ら閉めたのだ。
こと、ここに至るまでドーラスがドアを閉めた事は無い。
いつも開けっ放しにして行くので、私はいつもイライラしていた。
そこの時点で変だと思ったが、続く、奴の言葉によって、私は両目を細める事になる。
「さ、先程街に行って来てな……
人との付き合いでケーキとやらを買った……
貴殿にも、その……余りモノなのだがな……
良かったら処分に付き合って欲しいのだ」
ケーキの箱を机に置いて、目を逸らしたままでドーラスは言った。
そして、私が何かを言うより早く、ソファーの方へと素早く移動し、
「……そうものは貴殿は好きなのか?」
と、顔を向けずに聞いて来たのだ。
正直な気持ちを言うのであれば、そういうものは私は大好きだ。
特に、キウイを使ったケーキがあれば、「こいつは分かって居る」と評価すらするだろう。
だが、現在は執務中。あまりに私を出すのもどうかと思う。
「モノにもよるが、嫌いでは無いな……」
「そ、そうか! それは何より……遠慮せずに食べてくれ」
故にそう言うと、ドーラスは、両腕を組んで「うんうん」と頷いた。
やはりはどこかが変である。まさか毒殺でも企んでいるのか。
私は更に両目を細め、握っていたペンを使って箱を開けた。
「それでな」
「ヒッ!?」
不意に口を開かれ、「ビクリ」としてしまう。
我ながらなんと迂闊な事か。
「近々、アレが完成し、ヴィアーの街で進水式が行われる。
これに陛下が参加をするという事で、私の騎士団が護衛する事になった」
どうやら仕事の話のようだ。
怯んだ事がバレなかったので「そうか」と安心をする。
それからケーキの箱を開け、好物のキウイケーキがある事に気が付く。
「(こいつ……分かって居る!)」
あったものは仕方ない。予告の通りにドーラスを評価する。
他の二つは無難だが、嫌いでは無いイチゴと栗で、この選択には見る目があるなと悔しいながらにドーラスを認めた。
「それでな」
そこにも再び「びくり」とし、ケーキの箱を慌てて閉める。
礼を言おうかどうかで悩んだが、ドーラスが話し出したのでとりあえずは保留した。
「貴殿にも力を貸して欲しいのだ。万が一、という事もあるからな。
それにこれは極秘事項だが、反乱分子の生き残りが、陛下の暗殺を企てていると言う話もある。
今まではその……反発もしたが……私は貴殿を認めている……
これからはもう少し、お互いに腹を割り、有益な付き合いをして行きたいと思うのだ」
私の動きは停止していた。
或いは心臓も止まっていたかもしれない。
それ程に全く理解が出来ずに、ドーラスを見たままで固まっていたのだ。
「ど、どうしたね……!? な、何か私が変な事を言ったか?!」
無言に気付いたドーラスが振り向き、動揺した顔で聞いてくる。
「いや……」
全部だな……とは言えなかったので、それだけを奴への返答とした。
「そ、そうだろう。そうだろうとも……私は何もおかしくは無い……
今までの過ちを認めた上で、貴殿への協力を仰いでいるのだからな……」
少々拗ねた口調で言って、ドーラスは再び顔を戻した。
出来るだけこちらを見ないようにしているようだが、そこの理由は全くの謎だ。
「で、どうなんだね? 力を貸してくれるのか?」
「それはまぁ……別に構わんが……」
改めて協力の可否を聞かれたので、そこには可と答えて置いた。
それが本来の関係である。今までが距離がありすぎたのだ。
「うむ。協力に感謝する。陛下にも私から良く言って置こう。それでは詳細はまた後日にな」
それを聞いたドーラスは、立ち上がった後にこちらを見たが、私が礼を言おうか迷っていると、顔を背けて一度咳込んだ。
「貴殿の評価は実績に比べ、明らかに低いと言って良い。
そこには私の讒言もあった。改めてすまなかったと詫びさせてくれ」
そして、頭を深々と下げ、上げた後に歩き出したのだ。
「ど、ドーラス卿……」
何とか言うと、「ん、ん……?」と立ち止まり、赤面した顔で私を見て来る。
「何か悪いものでも食べた記憶は? もしくは頭を強烈に打ったとか……?」
その質問にはドーラスは「いや……どちらも記憶に無いが……」と、答えた後に再び歩いた。
「それではな」
一言を残して部屋を出て、数歩を歩いてからドアへと戻る。
それからドアをゆっくりと閉め、今度は本当に去って行った。
閉め忘れたドアを思い出し、わざわざ戻って閉めたのである。
「ならば恐怖か……私への……」
結論としてはそう思い、ドーラスの変貌の理由としておき、それならそれで良しとして、ケーキの箱を再び開いた。
昼食までは二時間ばかり。
待ちきれない私は書類の陰で、キウィケーキだけを先に食べた。
その翌日にはヴィアーに向かい、警護の為の準備に入った。
と、言っても私とゼーヤは、陛下の近くと決定していて、その他の騎士の配置についてはドーラス一人が頑張って居ただけだった。
進水式まではあと三日。
出来る事と言えば下見と調査で、それらを行って過ごしていると、ドーラスにある場所に誘われたのだ。
それが、超弩級戦艦、ランドデストロイ(国崩し)の建造現場だった。
個人としては興味は無いが、立場としては知るべきであり、
「見たいっす! 超見たいっす!」
と、ゼーヤが騒ぐので彼も連れて、建造現場を訪れたのだ。
第一感想は「大きいな……」と言うもので、言葉には出さないが立ち止まった。
そして、「凄まじいな。ここまでとは……」と呟いて、船の全長を眺めたのである。
長さにするなら二百m以上。軽く、私の屋敷程はある。
高さはざっと見で七m程と見たが、後で聞いた所では八、三mと言う事だった。
「一つの国の経済がこれ一隻で傾くそうだ。
果たしてそこまでの価値があるのか、私にはまるで理解できんがな」
興味は無いが、圧倒されていると、ドーラスが横でそう説明した。
それには私は笑って返し、
「強奪でもされたらおおごとになるな。そちらの方は警戒せずとも良いのか?」
と、軽い忠告の気持ちで言った。
反乱分子の生き残りとやらが、或いはこれを狙うかもしれない。
確率としては低いだろうが、決してそれはゼロでは無いだろう。
そういう意味で言ったのだが、ドーラスは静かに首を振った。
「そんなバカが居ようはずも無い。それに生憎、そこまでは手が回せんよ。
余裕があるのならば貴殿がしてくれ」
返って来た言葉がそんなものだったので、私はそれには「いや」と返した。
任務はあくまで陛下の護衛で、船の強奪を防ぐ事では無く、また、それを防げと言われても、こちらの方に届く程、私の両手は長くは無いからだ。
「だが、一応警戒はしておこう」
しかし、懸念は伝わったのか、小さな声でドーラスはそう言った。
「回せたとして三人か……いや、あそこを削れば五人にはなるか……」
と、その後にはブツブツと言い出したので、それに構わず周辺を見回した。
「ん……?」
そして、タラップの近くに立っていた異質な二人に気が付いた。
姿としては料理人だが、放つ雰囲気がそれには非ず、物怖じしない目でこちらを見つめ、様子を伺っているようにすら見える。
「(どこかで会ったか……?)」
そう考えるも、記憶の中には二人は居ない。
近付いて、話して見ようかとも思ったが、
「さて、そろそろ戻るとしようか」
と、ドーラスが呟いた事によって、私は曖昧な気持ちのままで、彼らから遠ざかる事になったのである。
船の中の調理室は、一言で言うなら地獄であった。
まずは暑い。そして狭い。加えて男だらけで色々臭いと、良い事無しの職場と言えた。
「こいつはアレだな。奪った後にはここの改装は必須だな。
こんな所にブチこまれたら、聖人でも反乱を起こし兼ねねぇぜ……」
これは煮込み中のダナヒの言葉で、隣で玉ねぎを切る俺も同感。
二人ともすでに汗まみれであり、俺の方はそれに加えて、両目からの涙もボロボロだった。
「早く! そろそろ時間がヤバイって! 早く盛って! 間に合わねーってー!!?」
こちらはギース。
調理室の入口で、料理を盛る係の男に怒り、盛られた皿を何枚も抱えて食堂の方に走って行った。
「なんかずっとこんなんだった気がしてきた……ダナヒさんが店長で、ヒジリとギースがその店の見習い的な」
それらを見るのが空中のユートで、凄まじい速さで場に慣れて行く俺達について行けずに困惑している。
暑い。とにかく蒸し暑い。
時給が一体いくらか知らないが、普通に応募して来た周りの人達のモチベーションの高さに敬意すら抱く。
仕事が終わったら海に飛び込もう。絶対気持ち良い。後悔するだろうが。
そんな気持ちで玉ねぎを切り続けた。
「一つ勉強になった事はアレだな。集中してると船には酔わねぇ!
今後は自分の船の中でも、酔いそうな時には料理を作るぜ!」
ダナヒが言って、オタマの中に、味見の為のスープを掬う。
色は透明。オニオンスープらしいので、その色でおそらく正しいのだろう。
「いや、だってまだ着水して無いでしょう……
中に入っただけで酔ってしまうって、ちょっとした病気っていうかトラウマじゃないですか……」
が、俺がそう言うと、それを飲みながらに「あ、そうか……」と気付き、「いやぁ、でもイケんじゃねぇの?」と、楽観的な意見を述べた。
「まぁ、本番当日に分かるんじゃないですか……酔わない事を祈ってますけど」
「だな。じゃねぇと当日のスープが、酸味の効いたスープに変わるぜ」
つまりは「吐く」と公言し、ダナヒは「よし」と小さく言った。
吐く事に対しての「良し」では無く、スープに玉ねぎを入れろと言う意味だ。
その為、まな板と包丁を持ち、切った玉ねぎをスープの中に入れ、入れ終わった後にそれらを置いて、右手の袖で汗を拭った。
「一応、これで終わりですかね……?」
「こっちはな。そっちはどうだ?」
その後に聞くと、ダナヒが応え、別のポジションの料理人達に聞く。
「大丈夫です! そろそろ終わります!」
返って来た言葉がそれだったので、ダナヒは「おう!」と短く言った。
「よっし、前半は終わりだな。奴らが飯を食ってる間に、艦内の探索に移るとしようや」
それから言って、帽子を脱いで、自分に向けてそれを扇ぐ。
「じゃあギースを手伝ってきます。これもついでに持って行くんで、ダナヒさんは先に休んでて下さい」
流石のダナヒも疲れているようなので、気を利かせたつもりで鍋掴みを持ち、大きな寸胴を正面から抱えた。
「わりぃな。じゃあ頼むわ」
「よいしょっ!!」
言葉が被ってしまった為に、生憎言葉は返せなかったが、ダナヒはそれを気にした様子無く、台の上に腰かけていた。
「こぼしちゃ駄目だよー! オーライっ、オーライっ」
直後のそれはユートの言葉で、誘導するように前を飛び出す。
ハッキリ言って邪魔ではあったが、そこに悪意が無い事は分かるので、苦笑いを作ってそれに従った。
全ての料理を出し終えたのは、それからおよそ十分後の事。
今日の前半の仕事が終わり、殆どの者は食堂に向かったが、俺とギースとダナヒの三人はパンを片手に徘徊を開始した。
そうする理由は艦内の部屋割りなどを知る為である。
強奪する際にも、した後にも、艦内の把握は必要だからだ。
とある部屋の前に着き、怪しい会話が耳へと入る。
それは目的とは関わりが無いものだが、聞えて来た物は仕方が無い。
立ち止まり、ドアに耳を近づけ、怪しい会話を盗聴してみた。
断片的に聞こえた単語は、
進水式、最中、陛下、と言うもので、
耳を近づけて聞き取った会話は、
「鮮烈の青が来ていると言うが、我々だけで大丈夫なのか?」
「いや、実は我々以外にも作戦への協力者が居るらしい。
王宮勤めの高官だと言うが、実際の所は誰かは知らんがな」
と言う、極めて怪しいものであった。
もう少し聞き取りたい所であったが、兵士が来た為にそれを断念し、宛ら道に迷ったかのような風体で、俺達はそこから立ち去るのである。
「しかしどっかで聞いた声だな……つい最近の事だと思うが……」
「そうですか……? 俺にはちょっと分かりませんでしたけど……」
歩きながらにダナヒが言って、小さな声で俺が返す。
「ていうかウダウダ言って無いで、とっ捕まえて吐かせちまったら?」
これはギースで、聞いたダナヒは「クレイジーだねぇ」と言ってまずは呆れた。
「ま、今は様子見だな。こっちにゃ関係がねぇかもしれねぇ。
とっ捕まえて吐かせるのは、もう少し調べて見てからでも良いだろ」
それから言って、ギースの頭を撫でて「むうう……」と言う微妙な反感を買うのだ。
その後も艦内を調べて回り、大砲の設置が始まった事を確認し、甲板に出てからは船尾楼に行き、何気無くダナヒが性能を聞き出した。
「他の軍船を奪うのは無理だな……こいつは三人じゃ動かせそうにねぇ。
他の奴らも当日にはこっちに回って貰う事にするか……」
結果として作戦を変更せざるを得なくなり、他の軍船は諦めて、この大型戦艦のみを強奪する事になったのだった。
ヨットじゃないんだからそりゃあ、ね…




