悪夢のダ・チン祭 三
ダ・チン祭本戦への選抜戦はその日の昼頃に開催された。
村の裏手がその場所で、丘の上が目標らしく、そこには黒い鉄の棒――
と言うよりは、何だかアヤシイ鉄芯が、雄々しいまでにそそり立っている。
そこまでの距離は五十m程。
御芯体の高さは八m程で、形は言葉にしたくないので想像に任せるしか術は無い。
兎に角それが目標物で、頭、と言うより天辺と言うべきか、そこを目指して皆で登り、上から五名を選抜するのだ。
集まっているのは村長と、村人らしき者がおよそ十名。
それに、ダ・チン祭本戦に参加を希望する、五十名ばかりの外部の者だった。
俺を含む参加者達は、例のパンツをすでに履いており、選抜試験のルールを話すと言う村長を前にして立ち並んでいた。
「(やるならやるで早くしてくれー……)」
殆ど裸の状態なので、はっきり言ってかなり寒い。
しかも、筋骨隆々の、スキンヘッドの男達に挟まれ、右側の人がやたらと見て来るので、気持ち的にも萎縮をしていた。
「あー……それでは説明を始める」
そんな時に、やっとの事で、村長が試験のルールを話し出す。
「まずは露骨な攻撃はいかん。パンツを剥ぎ取る事も禁止じゃ。
上に居る者を引き摺り下ろしたり、踏み台にする事は許されておる。
競技の時間は開始から五分。終了時に上から五人を選び、本戦に出場させる事とする。
何か質問は? ……無いようなら、選抜試験を開始するとしよう」
質問が上がるという事も無く、村人達によって綱が引かれる。
そこがスタートラインだと思い、その前に皆が足を向けた。
「ぎゃっ!?」
直後に誰かに尻を触られ、驚きの為に声を出す。
「おっとすまねぇな。手が滑っちまった」
とは、先程から俺を見ていた男で、悪意が無いなら良しとして、「いえ」と短く言葉を返した。
「なんか異様に暑苦しいんですが……」
「(多分もっと暑苦しくなるから、今の内に離れてろ)」
ユートの言葉に小声で応じる。
そして、ユートが肩から離れた後に、皆の後ろに並んで立った。
「それでは選抜試験を開始する! ダーイ……チーン!!」
何の事だか理解が出来ず、直後の皆は無言で停止。
しかし、それがスタートだったと理解し、まばらに皆が走り出した。
俺も出足が挫かれてしまったが、間を縫って前へと走り、集団をなんとか抜けた所で、先行していた二人に追いついた。
一人は尻を触った男で、もう一人もおそらく左に居た男だ。
そのまま抜こうとして間に入ると、男達は不意に俺へと近付き、
「マッスルプレェェェス!!!」
等と言って、俺に幅寄せしてきたのである。
「がはっ!?」
不意を突かれた事もあり、マッスルプレスとやらは俺に直撃。
転倒するまではいかなかったものの、走る速度は一気に落ちた。
「イェーイ!!」
二人はそれを見て取って、走りながらにハイタッチ。
「ヒャッホーウ!」と揃って声を出し、不安定な俺から遠ざかって行く。
「くそっ! 露骨な攻撃だろ今の!」
今のが露骨でないのなら、一体何が露骨と言うのか。
村人達を見るが無反応だったので、態勢を立て直して前へと走った。
丘の麓に着いた頃には、二人はすでに御芯体に到着し、
「ヒンヤリがとても気持ちいいよ兄さん!」
等と言って、興奮した様で登り出していた。
具体的には擦り付けている。無意味なまでに擦り付けているのだ。
「(こいつら兄弟か!? にしても動きが……)」
言葉の中から関連性を見出し、動きの中から不気味さを見出す。
「う、うわぁ……」
引いた理由は御芯体に奴らの汗がついていたから。
いや、或いは汗以外のものかもしれないが、そこは汗だと信じたい。
「どけどけぇ!」
そこへ後続の人達が到着し、押されるようにして御芯体に取りつく。
「くそっ、サイアクだ!」
こうなってはもう仕方が無いと思い、ヨゴレを覚悟で登り出した。
「兄さん見てよ! あいつが来てるよ!」
「なかなか頑張るボウヤじゃないか。
どうれ、兄さんがご褒美を上げよう!」
そんな声が聞こえた直後、俺の頭に何かが落ちて来た。
何とか耐えて上を見ると、男の大きな尻がある。
「おっとすまないねぇ! またまた手が滑ってしまったよ!」
男が言って「にやり」と笑う。
「兄さんだけズルイや! 俺も俺も!」
そして前にも何かが落下する。
「うわあああああ!!?」
異様に伸びた「リスの鼻」が顔に当たってしまった為に、俺は流石に両手を離した。
当然ながら下に落ち、丘の地面に背中をぶつける。
御芯体には人が群がっており、取りすがる事はもう無理だった。
「ハッハー! ついてなかったなぁー!!」
嫌がらせをした男が言って、弟と共に上へと上がる。
「くそっ……八m位ならなんとか行けるか……!?」
時間もそろそろマズイと思い、いちかばちかの勝負を試みた。
即ち、マジェスティの特性を生かし、御芯体の天辺に飛び乗るのである。
こんな所で使うのも何だが、このまま負けるよりは余程良い。
そう思った俺は上を見て、角度を計算して距離を取った。
「これくらいかな……? よし! 行くぞ!!!」
それから跳躍し、天辺に着地。
「うっ、とっとっとっとっ……とだあああ!!?」
「ぶぐうっ!?」
が、バランスを崩してしまい、足を滑らせて何かを踏んだ。
「あ……ついてなかったですね……」
足元に居たのは弟の方で、直後には足を元へと戻す。
「に、にーさぁあぁん!!」
弟はすぐに下へと落下し、「ボォォーーーーブ!!!」と、兄が名前を呼んだ。
「てめぇこの! よくもボブを!!!」
止せばいいのに兄はその後に、片手を離して俺を攻撃し、
「あっ!? ちょっ!? 今は駄目っ?!
止めてマジで! 今はらめぇぇ!」
下から誰かに引っ張られた結果、地面の上へと落ちて行った。
自業自得。誰が見ても自爆。哀れむべき物は何も無い。
「競技終了!!!」
折も折、有難い事に競技はそこで終了し、ただ一人、天辺に立って居た俺は、本戦への出場を勝ち取ったのである。
それから更に二日が過ぎて、ダ・チン祭の本戦が始まった。
集まった観客は千人程で、本戦への参加者は三十三人。
内、五人が外部の者なので、フルンの村からは二十八人が参加をするという事らしい。
参加者達はパンツに着替え、村の広場の会場に集まった。
そして、俺はそこで初めて会場の様子を目にするのである。
まず見えたのは「コ型」の仕切りで、型の中には台があった。
そこには例の紫球が置かれ、打たれる時を静かに待って居る。
台の前には扇形の線があり、大体の飛距離が分かるようにしてあり、その線の左右に応急仕立ての観客席が作られていた。
仕切りはおそらく、ナニをナニする所が見えないようにする為の工夫と思われ、それが、このダ・チン祭に於いての殆ど唯一のモラルと思われた。
俺達は現在、仕切りの後ろで最後の説明を村人から受けて居る。
「(マジかよ……)」
と、俺が動揺するのは、知らなかったルールが発覚したからだった。
それはつまり、興奮する為に依存性の無い薬を飲むと言う事。
そしてもう一つ、括りつけから、それを横へと引っ張る役目。
加えて競技者の興奮を持続させる為に、視覚的サービスを行ってくれるサポーターと言う存在が居ると言う事だった。
それらはすぐに紹介されて、俺達の前に姿を現した。
全員が女性で、前垂れがある際どい水着を身に着けており、参加者の中にはもうすでに直立出来て居ない者達も居た。
俺はと言うと出来る限りは、それを見ないようにしてやりすごし、八人全てが並んだ後に、確認の為に顔を戻した。
年齢的には十八くらいから四十才くらいまでの女性が立っている。
顔つきも、体つきも様々だったが、共通するのは全員が、笑顔でこちらを見ていると言う事だ。
所謂営業スマイルである。
「競技の際には彼女達の中から一人を選んでもらう事になる。
その女性が視覚的サービスを行い、参加者の持続力を高めてくれる。
好みが色々あるだろうから、今年は奮発して八人を雇った。
俺達の頃はゴム人形だったからな……君達が本当に羨ましいよ」
果たして最後は要るものだったのか、説明を終えて村人が笑ったが、殆どの者は白けた顔で、競技の開始を無言で待って居た。
「あー……それでは、競技を開始します……
まずは渡された薬を飲むように。十分後に選手の名前を呼ぶから、呼ばれたものは一人を選び、仕切りの中に入ってバッターボックスに着くように」
「バッターボックス……」
そこには流石に呆れてしまい、俺は小声で呟いていた。
ナニを打つの、と言うよりは、ナニで打つ、と言う方が正しい。
「おい、テメェ!」
取り巻きを従えるラッドが言ってきた。
屈強な肉体にサルのパンツを履き、居丈高に俺を睨み付けている。
「……何か?」と返すと近付いて来て「ユラとどういう関係なんだ!?」と質問して来る。
「いや……別に何でも無いですね……」
実際の所は言葉の通りで、素直にそれをラッドに伝えるが、ラッドは「ンな訳ねぇだろ!?」と怒り、右手を上げて拳を作った。
「一緒に住んでるから妬いてるんじゃない?」
これはユートで、なるほど、と思い、本当の所を言ってやる。
即ち、「テントを借りて住んで居るだけの仲ですが」と言うもので、聞いたラッドは「そ、そうかよ……」と言って、安心した様子で右手を下げた。
「ゆ、ユラに手を出したら許さねぇからな! あいつは俺の女になるんだ!
その事を良く覚えとけ!」
その後に指差し、薬を飲んで、俺達の前から遠ざかって行った。
「嫌がってた事を教えてあげれば?」
「いや……言うにしても今は駄目だ。精神攻撃になりかねないからな」
その背を見ながらユートに言って、右手に持っていた薬を口にした。
「次、カタギリ・ヒジリ選手!」
俺の名前が呼ばれたのは、それから二十分程が経った頃だった。
本戦はかなり進行して居て、半分ばかりが競技を終えている。
現在の最高記録はと言うと、六番目の選手の十六mで、少なくともそれを越えなければ、俺の優勝はありえない
「カタギリ・ヒジリ選手?」
「はい…!」
名前をもう一度呼ばれた為に、鼻息荒く返事を発す。
この時には象さんも覚醒しており、色々な意味で俺はヤバかったのだ。
「ユートはここで待っててくれ。いや、ほんと頼むから……」
「う、うん……なんかよく分かんないけど……」
ユートに言って離れて貰い、若干前屈みで歩き出す。
「カタギリ・ヒジリ選手?」
と、改めて聞かれ、「はい」と返して立ち止まった。
「それでは、この中から一人を選んでくれ」
言葉を聞いた村人が避け、八人の女性が視界に入る。
「うっ……」
目に毒、股間に毒ではあったが、欲望に耐えながら一人一人を眺めた。
「じゃ、じゃああの人で……」
選択したのは黒髪の女性で、年齢ならば二十二~三才。
黒髪、という点だけで選択したのだが、村人は「そっち系か」と意味深な事を言っていた。
「ほら、行くわよ」
直後の言葉は女性のもので、前屈みのままで後ろに続く。
そして、垂れ幕をめくって入るなり、「どっち?」と、女性に質問された。
「ど、どっち、とは……?」
「バッターボックス。左打ち? 右打ち?」
危うく「知るかよ!」と叫びかけたが、それを飲み込んで少し考える。
打つとしたらどちらで打つのか。奥か。それとも手前なのか。
考える事自体アホかと思ったが、結論としては手前だと気付く。
「えっと……多分、手前です」
そう答えると女性は動き、奥のボックスの中で止まった。
それから「ほら、入って」と言われ、バッターボックスの中へと入り、女性が屈んでレバーを回し、紫球の位置を調整し始めた。
「(なんだこれぇぇぇぇ!? 思ったよりハズカシィィ!?)」
女性の顔は象さんの目の前。
二つの意味で棒立ちの俺には、この図はあまりに強烈すぎる。
故に、顔を逸らしたのだが、今度は観客が視界に入る。
「ヒジリさーん! 頑張ってーーーー!!」
その中にはユラと母の姿も見え、俺の興奮は更に増した。
見られている。こんな状態を。そうとは知らずにガン見されている。
「見られて興奮しているの? 見た目に反してとんだド変態ね?」
それに気付いた女性が言って、調節を終えて立ち上がる。
その際に胸が「ぶるん」と震え、俺は鼻息を「むふぅ」と噴き出した。
「どうしてほしい?」
女性の直後の質問だ。
「ど、どうする、ってどういう意味ですか?」
「さっきの説明聞いて無かったの? 興奮を持続させるんでしょう?
言ってごらんなさい。お姉さんにどういう格好をして欲しいの?」
聞いて返された答えがそれで、あまりの事に思考が停止。
「こんなの? それともこんなカンジ?」
と、女性が次々にセクシーポーズを取って行き、俺は目を血走らせつつ、全身硬直してそれを眺めた。
「ガッチガッチじゃない? いけないコ……♡」
果たしてどういう意味だったのか、女性が言って不敵に笑う。
直後に二人の女性が入って来て、「失礼しまーす」と近くで屈んだ。
「あッ……!」
手慣れた動きで象を捕まえ、鼻の部分に輪っかをかける。
「引っ張りますねー」
「ぎゃああああ!!」
それから二人で引っ張り出して、象さんと俺に悲鳴を上げさせた。
「やだっ……凄い抵抗……!?」
「言う事聞いて象さん!」
二人が言ってキツク引っ張り、象さんもようやくそちらに移動。
「今よっ!」
「それー!」
と、二人が手を離し、反対方向に象さんは動いた。
「アアッ!?」
ばしっ、と言う音が鳴り、紫球が打たれて前に飛ぶ。
「ウォォォー!!!」
「結構イッたぞ!!」
しばらくを飛んで落ちた後には、観客達が声を上げた。
「じゅっ、十七、三m!! 十七、三mでーす!!」
村人の一人が走り寄り、距離を計算して声高に言う。
それを聞いた観客達からは、先より大きな声が上がった。
「ス……スゴイ……」
これは女性の三人で、口に手を当てて驚いている。
サービス役の女性の視線は、なぜかどうして股間であったが、残りの二人は純粋に飛距離に驚いているようだった。
「も、もう良いですかね……? 色々キツイんですけど……」
それに気付かぬフリをして、自分の右手で輪っかを外し、「あ、はい」と言う返事を貰った後に、そそくさと仕切りの外へと逃げた。
「十七、三mか……ま、なかなかやるじゃねーか。
だが俺は練習で、平均二十mを叩き出す男。
少なくとも十八は固いだろうし、テメェの優勝はまずねーな」
どうやら次はラッドのようで、腰に手を当てて俺を待って居た。
「ラッドは今日、この日の為に、二か月もアレをガマンしてるんだ!
言うなれば噴火寸前の火山! もう誰にも止められねぇぜ!」
こちらは取り巻きの男のもので、セリフとしては少々カッコイイ。
しかし、相手をする余裕は無いので、無視する形で通り過ぎようとした。
「ま、そこで大人しく見てろや。俺の火山が噴火する様を」
ラッドは最後にそう言って、「フン」と笑って歩き出す。
「え、えっと……右から二番目の人を……」
そして、金髪のロリ巨乳を選んで垂れ幕の奥に消えて行った。
「(マズイな……平均二十mか……練習してる奴にはかなわないか……)」
そう思いながら頭を見つめ(デカイので出ている)、ラッドが移動する様を見る。
どうやら左打ちをするようで、こちらから見て右に体を収めた。
それから何やら「もにょもにょ」と言い、直後に体を「びくり!」と震わせ、輪っかを引く為の女性が入るとラッドは更に体を震わせた。
「ッ! ……!! ……!!?」
何かを言っている。慌てているようだ。
引いている二人も何かを言っている。
だが、この位置からでは状況は分からず、俺は一人で瞬きを早める。
「ァッ……! ァァァァァァァァッ……!!」
やがて、そんな小さな声が聞こえ、ラッドの震えは頂点に達した。
「何だ何だ?」
「どうしたんだ?」
当然の疑問に皆が困惑し、少ししてからラッドが出て来る。
「サイアクなんだけどー!」
「ダメよ笑っちゃ!」
その後ろから出て来た女性はどう言う訳か「にやにや」しており、村人に何かを伝えた上で、待って居た女性の中へと戻った。
「……」
一方のラッドは何も言わずに、取り巻き達と共に立ち去り、村人が「あー……」と言った為に、参加者達がそちらを見つめた。
「ラッド選手は残念ながら、競技の前に暴発しました。
棄権するという事なので、キーマ選手、前へどうぞ」
「(確かに火山が噴火したな……)」
それには若干の哀れさを感じ、素直に喜ぶ事が出来ない俺であった。
動物達が暴れているだけだから…!




