悪夢のダ・チン祭 一
ダナヒの街を出てから十日後。
ようやくデーゼルに辿り着いた俺は、船から降りて街へと向かった。
船の中で聞いた話では、街の名前はイオンクと言い、人口はおよそ三千人程の、デーゼルの東の窓口らしかった。
住居の作りは高床式で、素材に丸太を活用しており、住民達の殆どは、白メインの貫頭衣を身に着けていた。
「ロップ? ああ、ロップテールビーの事ね。
それならお店に行きなさいな。えっ? どこでも食べさせてくれるわよ」
「そ、そうですか。ありがとうございました」
どこで米――ここではロップと言うらしいが、それを食べられるのかをおばさんに聞くと、当たり前のようにそう言われ、街中に着いて店を探した。
「ここかな?」
「っぽいね」
店の名前は「アンバルマン亭」。腕まくりをしたコックが描かれている。 笑顔が素敵で歯が輝いており、「うまいよ!」と言う吹き出しが記されていた。
こう書かれると逆に怪しいが、飲食店である事は間違いないはず。
そう思った俺はユートに聞いてから、店へと続く縄梯子を上った。
「らっしゃい! おや? 見ない顔だね……?」
入口に立つなり亭主に言われ、「あの…」と言ってカウンターに近付く。
位置としては入口から見て左の、赤色の棚がそれであり、どうやらそこで調理もするらしく、竈や鍋等も置かれてあった。
床には蘆を編んだものと思われる、緑色の絨毯が広がっており、土足で入って良いものだったのかと、他の客達の様子を伺う。
「……」
が、生憎な事に客はゼロ。うまいよ! と主張した結果がこの有様だ。
だが、亭主に「どうしたい?」と話しかけられたので、それは後で聞く事にして、訪ねた理由をまずは言った。
「ロップ? ああ、ロップテールビーの事ね。
普通に出せるけどそれだけで良いのかい? 魚とか肉とか色々あるけど?」
「ああ、じゃあ肉を。出来れば牛か豚か鳥で」
ここまで来たなら突っ込むしか無い。
客が一人も居ないのは不安だが、おそらくそれは時間帯のせいだろう。
そう考えて注文をして、俺は体を席へと向けた。
「ええと……土足でも良いんですか?」
見る限りでは座敷しか無いようなので、顔だけを戻して亭主に聞いてみる。
「出来れば脱いでくれると助かるねぇ」
脱げ、とは強要しなかったものの、亭主の返事はそれだった。
その為、靴を脱いでから、一番手前の座敷に向かう。
「(ちょっと違うけど他よりは近いな……個人経営のラーメン屋みたいな)」
雰囲気としてはそれであり、店内を見回して少々笑う。
外に出ると勿論違うが、店内は殆ど元の世界のそれだ。
「これこれヒジリ! 今日の占いだって!
百ギーツだってさ、やってみようよ!」
気付くとユートはテーブルに居て、木の箱を抱えて目の前に居た。
箱の右には投入口が、中央にはねじれた紙が見える。
どうやら自己申告制のセルフおみくじのようなものらしい。
「(ここまで似るか……)」
と、苦笑して、硬貨を入れて紙を取る。
「見せて見せてー!」
すぐにもユートが飛んで来たので、確認もせずにユートに渡した。
「えーと……ゴラ吉……? どーゆー意味だろ……?」
「さぁとしか言えない……」
そこは文化の違いであるのか、名前からは何も察する事が出来ず、その後の文章で察して見ようと、ユートが続けるだろう言葉を待った。
「オームネヘーアン。
しかしながら、近々ニョナンのソーもあり。
ライバルの出現に頭を悩ますも、トリコシグローの可能性も……?
ラッキーカラーはドドメ色。ラッキーアイテムは女性の干し首」
「最後こわっ!!?」
それには思わず驚くと、ユートが「やめてよね!?」と頭を守る。
「するかよ!」
と、答えた直後には、皿を両手に亭主がやって来た。
「はいお待たせ! ロップと焼き豚! 水もすぐに持ってくるからねー」
そして、座敷の横に立ち、両方の皿をテーブルに置く。
ロップの見た目は冷や飯で、丼では無く取り皿に乗っており、一方の焼き豚は六枚ほどが、同様の取り皿に乗せられていた。
暖かいご飯を期待していたので、そこには少しがっかりしたが、それを隠して「すみません」と言い、添えられていたスプーンを右手に持った。
「へー……これがロップかぁ……」
物珍しさにロップに近付き、ユートが鼻を「ふんふん」鳴らす。
「食べてみるか?」
と、スプーンに乗せると、「いただきまぁーす!」と言ってそれに食いついた。
「ン……?……ンー……」
二回ばかりを噛んだ後、微妙な顔でユートは沈黙。
「ま、まぁ、御飯だけだとな……」
おそらくそこが理由だと思い、俺も一口を口に入れる。
直後の感触は「ぷちり」と言うもの。
味は甘いが、何かが沢山潰れたような感触である。
「ン……? ンー……」
気付けばユートと同じような状態で、口を動かさずに固まっていた。
米とは違う。何かと言うと、カズノコを食べたような食感に近い。
「これは……なんか違うなぁ……」
確信した後にそう言った頃、水を持って亭主が現れる。
「あの……これって何なんですか……?」
何とか飲み込んで質問すると、亭主は「ロップだけど?」と目を丸くした。
「正しく言うならロップテールビーで、虫が産んだ卵だね」
「い”!?」
続く言葉に驚愕し、ユートと共に青ざめる。
置かれたコップにユートが飛びつくが、それごと持ち上げて俺がまず飲んだ。
ユートは俺が置いた後に、顔を突っ込んで水を飲み、飲み終えた後に「ウゲェェ……」と言って、舌を伸ばして嗚咽した。
「何だい……知らずに注文したのか……
主食と言っても年寄りしか食わないから、おかしいなとは思ったんだけどさ」
それを見守る亭主が言って、空のコップを持って行く。
それからすぐにお代わりを持って来て、「食べないなら下げるけど?」と、コップを置いた。
「ああ、すみません。お願いします……」
残すのは悪いと思いはするが、流石に虫は食べたくは無く、非礼を承知でお願いすると、亭主は笑ってロップを持った。
「ていうか何だと思ったんだい?」
続く質問には名を出さずに説明し、「はぁ、そりゃムメの事だな」と、またまた聞き慣れない言葉を耳にする。
どうせ虫だろ……と、思った為に、「そうですか」と返して話を切り上げたが、亭主の説明を聞いて居ると、どうやら本当の米のように思えた。
場所としてはここから北東の、フルンと言う村で育てているようで、収穫量が少ない為に、市場にはあまり出回らないものらしい。
「どうしてもと言うなら村に行くしかないけど、今は正直アレなんだよね。
世界一下品な祭りとして有名な、ダ・チン祭が近いからさ。
あまりあの村に近付く事は、オススメ出来ない状態なんだよ。
ま、逆に見たいって言うなら、無理に引き止めはしないけどさ」
亭主は最後にそう言って、ロップを持って戻って行った。
「世界一下品な祭りって……」
「見たい見たい! 折角だし行こうよー!」
それを見送った俺が呟き、興味を持ったユートが騒ぐ。
「確かにここまで来て帰るのも何だな……もののついでに行って見るか?」
「うん! 行って見よー!」
聞くと、ユートがそう答えたので、その村を訪ねる事に決め、米への期待を新たにした上で、食事を終えて店を後にした。
フルンの村の付近に着いたのは、それから一日と半後の事だった。
時刻としては夕方頃で、一キロ程先に村が見える。
右手には森が。
左手には川があり、整備されているとは言い難い街道を、話をしながら進んでいた。
そんな時に、どこからか、女性の悲鳴のようなものが聞こえ、直後に右手の森の中から数人の男女が飛び出して来たのだ。
女性は一人で、男が三人。
どうやら女性は逃げて来たようで、街道を通り過ぎて川へと走る。
一方の男達は不敵に笑いつつ、逃げた女性を歩いて追った。
三人の内の一人はデカく、おそらく二三〇㎝はあり、それを見た俺はまずは「デカっ!?」と、心の中だけで驚いたものだった。
続けて見たのは彼らの服装で、長袖と長ズボンを履いているのだが、その上に半袖と短パンを着ると言う、少々妙な格好をしていた。
しかし、そこは文化の違いで、あちらから見れば妙なのはこちら。
そこの部分には何も言わず、近付きながらに様子を伺った。
「良いじゃねぇかよ~。結果は分かり切ってるんだ。
早くなるか遅くなるかの違いなだけだろ~」
これは大きな男の言葉で、取り巻き達は「うへへ」と笑う。
言われた女性は「そんなのまだ分からないでしょ!」と、何かを否定しているらしい。
「しゃーねーなぁ……ま、こっちとしても、祭りを前に無駄撃ちも何だ……
今日はその……き、キスだけで勘弁してやるよ……!」
直後に大きな男が動き、女性の両肩をがっちり掴む。
そして、口を尖らせて、嫌がる女性の唇に近付けた。
正直、成り行きはさっぱりだったが、女性が嫌がっているという事は分かり、それだけ分かれば十分なので、「嫌がってるんじゃないですか?」と、立ち止まって言った。
返って来た言葉は「あんだおめぇは!」と言うもの。
取り巻き達が寄って来て、肩を突こうと右手を伸ばす。
が、それをかわした事で、取り巻きの一人はそのまま転び、もう一人が「テメェ!」と殴り掛かって来たので、左手で掴んで攻撃を受け止めた。
「ヒイッ……何だコイツ……!?」
攻撃して来た男が下がり、代わりに大きな男が出て来る。
見た目の年齢は二十くらいで、髪の毛は赤でテンパが酷い。
体はかなり鍛えているようで、服の上からでも筋肉が見て取れる。
「どうやらヨソモンみてぇだが……今ならまだ許してやるぜ?」
「嫌なんですよね? そうじゃないなら消えますけど」
指を鳴らして男が言ったが、それを無視して女性に聞いてみる。
「はい! 嫌です!」
と、女性がはっきりと言った為に、目の前の男が「ナニイ?!」と驚いた。
気の毒ではあるがそれが事実。嫌がって居るなら助けるしか無い。
「と、とにかくそう言う事らしいですよ。成り行きは良く分かりませんが、ああいう事は合意の上じゃないと……」
「うるせぇ!! ヨソモンが口を出すんじゃねぇよ!」
諭そうとしたが途中でキレられ、右手を振りかぶって殴り掛かってきた。
「はい死亡フラグキター!」
と、ユートが飛び立ち、直後に俺が右手を掴む。
「フンっ!!」
そして、背負い投げの要領で男の体を地面に打ち付けた。
「ガハアッ!?」
地面の上で男が悶え、それを見た俺が両手を離す。
「ら、ラッドが負けた!?」
「ヒ、ヒィィー!」
取り巻き達はそれで逃げ、男――
おそらくラッドと言う人も「お、覚えてろよ!?」と言ってから逃げて行った。
「すごい……あのラッドを簡単に……」
それは背後に立っていた女性が発した言葉であった。
改めてみると髪は茶色で、髪型は所謂三つ編みおさげ。
年齢は十六から十七位と、俺と同世代の女の子だと思われる。
「……何だか良く分かりませんが、今後は気を付けて下さいね」
かと言っていきなりのタメ口も何なので、丁寧に言った上で体を動かす。
「ま、待って下さい!」
すると、女性がそう言ったので、動きを止めて顔を向けた。
「助けて下さい! お願いします!」
「まだ何か居るの? それとも怪我した?」
これはユートで、そう言いながら、俺の左肩に再び戻った。
周囲には誰も居ない上に、怪我もしていないようなので、俺は僅かに顔を顰めた。
「助けるって……何をですか……?」
「えーと……あの……ここでは何なので、わたしについて来ていただけますか……?」
それには「はぁ……」と言葉を返し、歩き出した女性の後ろに続く。
「あ、わたしユラと言います! 助けてくれてありがとうございました!」
が、女性、ユラは立ち止まり、振り向いた直後に深くお辞儀し、俺が何かを返すよりも早く、正面に向き直って歩き出した。
向かった場所は森の中で、「こっちです」と、笑ってユラが進む。
「なんか急速に怪しくなって来た……」
と言う、ユートに心の中で同意し、警戒をしながら後ろに続いた。
方向的には村は左手。向かうとしたらそちらだと思うからだ。
時間にするなら三分程か、視界が拓けてテントが見える。
そして、そこには村宛らの、沢山の女性達が住んで居たのである。
「ヤダー男じゃない!?!」
「何やってんのよユラ! そいつ男でしょ!?」
女性達が騒ぎ出し、作業を止めて俺を見て来る。
「あ、ラッドから助けて貰って……それに多分、旅の人だから」
と、ユラが事情を説明すると、女性達は徐々に静かになった。
ハッキリ言って状況が分からない。
なぜ、こんな所に女性達が居るのか。
「すみません、こっちです」
困惑しているとユラは言って、一つのテントの中に消えた。
「分かった! これが噂のアマゾネスの村だ!
ヒジリのコダネを狙ってるんだよ!」
「お前……それ分かって言ってるか……?」
それにはユートが「いーえ?」と返し、むしろそこには安心をする。
そして、女性達の視線に耐えながら、ユラが消えたテントに向かった。
薄い本が出来上がりますね!




