デアジャキアを探して
ヘール諸島と旧デイラー王国の間には、巨大な山脈が存在している。
その為、そこへと向かう為には二つの方法を取るしか無かった。
一つが大陸の中央に行き、そこから南下をするというもの。
もう一つが船で沿岸沿いを進み、南から入国するというものだ。
俺とユート、そしてカレルは、後者の方法を選択し、ダナヒの街から出発して三日後に、彼の地の港に到着していた。
名を港町ランデフと言う、それなりに栄えた街であり、そこで情報を集めた結果、二人の居場所は知る事が出来た。
だが、最後の一人、「デアジャキア」のリーダーの居場所を聞き出す事は出来ず、俺達は距離的には若干近い、北西の首都へと向かう事になったのだ。
そこはかつての国の首都で、現在は第一王子であるアルフレッド・デイラーが統治を行い、紛争の拠点としている場所だった。
かかった時間はおよそ二日。
疲れも露わに城を訪ねると、二時間程を城門で待たされ、挙句の果てに「今日は駄目だな」と面会を拒絶されたのである。
翌日の朝から訪ねて見るも、四時間程を待たされて結果は同様。
「もう良いんじゃない……? どう考えても人間的に終わってるでしょ……」
と言う、カレルの意見に同意する形で、第一王子への面会は諦め、第二王子の街へと向かった。
時間にするなら約半日後。暫定首都のアラッドネスに到着。
こちらの王子は申し込むなり、すぐにも俺達に会ってくれたが、話を一通り聞いた後に、申し入れを丁重に断って来た。
「自分の国を纏める為に、他国の手を借りると言うのはどうもね。
それに、あなた達には申し訳ないが、現状では協力を必要としていない。
どうしてもと言うなら誰にも手を貸さず、戦いの結末を見守ってくれ給え。もし、そうしてくれたのならば、同盟の件も後日に考えよう」
第二王子のクラウソスは言い、俺達を残してどこかに消えた。
礼節としては問題ないが、「いらないよ」と言われた事とあまり変わりない。
デアジャキアの居場所も分からないしで、直後の俺達は反応に困る。
「お引き取りを」
迷っていると騎士に言われる。要するに「帰れ」と言う事である。
仕方が無いので騎士に続き、誰も居ない部屋を後にした。
「どーするの? あと一つ、メアニャキアだっけ? それを探す?」
客間を出るなりに言うのはユートで、それには小さく「デアジャキアな……」と返す。
「デアジャキアが何か?」
と、騎士が振り向いたので、それには「いえ……!」と慌てて答えた。
反抗組織と聞いている以上、王子の軍とは敵対しているだろう。
それを探している。なんて言えば、囚われて尋問もあり得る話だ。
「左様ですか」
どうやら何とか誤魔化せたようで、聞いて来た騎士が再び歩き出す。
俺達はそれの後ろに続き、陽光が差し込む廊下を進んだ。
何となくだが職員室でもありそうな、少し懐かしい雰囲気である。
「なっ……」
変な声がした。後ろからだ。振り向くとカレルが立ち止まっており、窓の外の風景を見ていた。
驚いたような顔をしていたので、同じ方向を見るが理由が分からない。
ある物と言えば筒状の何か。兵士達がそれに群がり、紙を片手に何かをやっていた。
「どうしたんですか……?」
結果としては理由は不明。顔を顰めてカレルに聞いてみる。
「何でアレがここにあるのよ……」
カレルは直後にそう答え、下唇を「ぎゅっ」と噛みしめた。
「ど、どうしたんですか?」
アレとは何か? それが分からず、もう一度聞くも「……後で話すわ」と一言。
訝しげに見ていた騎士が動き、カレルが歩き出したので俺も続いた。
「お勤めご苦労様でした。帰り道にはお気をつけ下さい」
やがて、館の入口に着き、先導してきた騎士が止まる。
目の前には噴水、そして門。門の向こうが大通りである。
騎士は館からは出ようとはせず、俺達が去るのを黙って待っていた。
「どうも……」
「……」
一応言うが、答えは返らない。相手が騎士だという事を考慮して「かたじけない」の方が良かったのかもしれない。
騎士の無視を自分のせいにして、館を出てから少々歩く。
「それで、アレって何だったんですか?」
それから通りに出てから聞くと、カレルは「ええ……」と、とりあえず言った。
「キングカーメンを覚えて居るかしら?」
それから逆に聞いて来るので、それには「はぁ……」と言葉を返す。
「じゃあアイツがレーザーを撃ってきた事も?」
「あ、はい……」
続くそれにもそう返し、何を言いたいのかと疑問した。
そこで馬車が前から来たので、カレルと共に端へと移動。
そして、馬車が走り去った後に、カレルは先程の続きを話した。
「カーメンのレーザー。正式名称はカーメン砲だけど、その構想の元となったのが、さっき庭で見たローエンス砲よ。
原動力は少々の魔力と、名前の元になったローエンス鉱石。
タイエネ性元素には劣るけど、あれだって相当の破壊力を秘めている。
おそらくだけど設計図が漏れて、それを元に作ったんだと思う」
筒状の何かは大砲だったらしい。
そこでようやく事態を理解して、俺は「えーっ!?」と言う驚きの声を上げた。
「キングカーメン二世来ちゃう!?」
なぜか喜ぶユートであったが、これにはカレルが「それは無いわ」と答える。
「そうなんだ……」
と、残念がるユートに対しては「何で残念がった……!?」と聞いておいた。
「現状、タイエネ性元素無しでは、あれほどの機動兵器は絶対に作れない。
そして、タイエネ性元素の作り方は、あたしの頭の中にしかないのよ」
だから科学者は良く捕まるのだ。しかし作り方を残して居ればそれはそれで危険なのか。
頭の中に残っている=とりあえず命は安全なのだから。
まぁしかし話は分かったが、カレルが気に病む事は無いだろう。
意図して流したなら責任は大だが、それこそ例の領主が売ったなら、殆どの責任は領主にあるはずだ。
そりゃあ確かに少し位は、製作者にも責任はあると思うが。
「……何だか責任を取らされそうで怖いわ。またポイントが下がるとか、ホント勘弁して欲しいんだけど」
その後に言って、表情を暗くするカレルには、「大丈夫ですよ」と安易に言えず、考えた末に「取らされないと良いですね……」と言い、表情を更に暗くさせるのだ。
「ここでまた一ポイントとか二ポイントに戻ったら、あたしも流石に禁酒はやめるわー……もうどうなっても良いって感じでねー……」
聞いたカレルはそう言って、その後に「あはははァ~」と笑い出す。
「カレルさんが壊れちった……」
「まぁ、一桁は流石にキツイよな……」
それには同情的ではあったが、保証する事は出来ない為に、俺達はそれを聞き流す形で通りの上を行くのであった。
それからしばらくは国内を彷徨い、俺達はデアジャキアの居所を探った。
だが、情報はまるで掴めず、五日ばかりが無為に過ぎた。
反抗組織の本拠地なのだから、見つからないのは当然の事で、
「もう良いんじゃない……?」
と言ってくるカレルの言葉に、俺の心は揺らぎつつあった。
やる事はやった。全力を尽くした。ダナヒもきっと許してくれる。
そうは思うが一方で「ホントにオメェは全力を尽くしたか?」と、聞いてくるダナヒの顔が見えるのだ。
そこは港町ランデフの、何気無く入った飲食店の中。
「怒られませんかね……?」
と、言葉を返すと、ユートもカレルも「こくこく」と頷く。
「もう珍しいモノも食べきった感じだし、そろそろ帰っても良いと思うよー」
「オイオイ、目的がズレて来て無いか? そんな目的で来たんじゃないぞ」
それにはそう言って注意をすると、ユートは「えへへ」と舌を出した。
一方のカレルはパセリ(のようなもの)だけを残して、フォークとナイフをテーブルに置く。
「……何よ? 残さず食べろって言うの?」
そして、特に何も言って居ないのに、視線に気付いたカレルが聞くのだ。
それを食材の一部と取るか、飾りと取るかは微妙な所で、それ故に「いや、別に」と、答えた上で、視線を動かして外を眺める。
「……ああもう」
果たしてそれをどう受けたのか、覚悟を決めてカレルが動き、パセリを「ぱくり」と口に含んで「これで良いんでしょ……」と言って来るのだ。
「(お父さんと娘かよ……)」
そうは思うが「あ、はい」と言い、仮想娘の努力を認める。
頭でも撫でてやろうと思ったが、直後には絶対にキレられると思い、行動に移すのはやめておいた。
「で、どうするの? やっぱり帰る?」
これはユートで、肩に飛んできて、そこに腰かけて俺に聞く。
「うーん……」
と、頬杖をついて悩むと、窓ガラスの向こうからロウ爺が現れた。
幽霊さながらにガラスを突き抜け、音も出さずの登場である。
「うわっ!?」
現れ方が若干ホラーで、気付いた俺が小さく驚く。
ユートも「ひっ!」と小さく鳴いて、俺の耳たぶを「ぎゅっ」と掴んだ。
「何か分かった? 期待はしてないけど」
聞いたのはカレルで、聞かれたロウ爺は「ほっほっ」と笑って少しを歩く。
そして、テーブルの中央辺りに座って、皿に残っていたソースを舐めた。
「チリソース!」
集中線が現れんばかりの気迫の顔でそう一言。
それから両目を眉毛で覆い、何事も無かったかのように話し出した。
ちなみに皿に乗っていたのは、甘辛風味の煮魚で、それ故に全く意味が分からず、俺は少々困惑していた。
「まぁアレじゃな。調べて見た限りでは、この街の北東がちと怪しいな。
イリーレという村があるらしいんじゃが、人の出入りが急激に増えたとか。
そのくせモノの売りが減り、買いが急増しておるそうな。
例えばそこでは無いにしても、何かがあるのは間違いなかろ」
意外な事にロウ爺は情報収集を得意としていた。
そういう面ではユートより、使える妖精と言えるのだろう。
いや、それはもしかしたら、相棒の相棒、つまり俺や、カレルの性格が影響するのかもしれず、この結果だけを見てそう思うのは間違いなのかもしれなかった。
「ふーん……どうする行って見る?」
そういう事は知っていたのか、平然とした顔でカレルが聞いてくる。
「そ、そうですね。折角ですから」
意外な事実にビックリしていたが、ぎこちない口調で言葉を返した。
これでこそベスト。やる事はやった。と、きっとダナヒに言えると思い。
「凄いっすねロウ爺さん! ボクにも秘訣を教えて下さい!」
ロウ爺の能力に感心したのか、気付けばユートが教えを乞うて居た。
だが、頼まれたロウ爺が無言で皿を舐め、「ソーセージ!」とまたも一言。
「いや……煮魚でしたね……」
と、俺が言うと、眉毛を下ろして再び舐め出した。
それを見たユートは「駄目だこりゃ……」と諦めたので、それを機会にレシートを取る。
「毎回悪いわね」
と言うカレルに微笑み、会計の為に店員を呼んだ。
港町ランデフを出発してから、おそらく四時間程が過ぎた。
俺達は近くに流れていた川――
名をレグと言うらしいのだが、その川を遡って北に進み、本流と支流の境目に来ていた。
言い換えるならば今までで支流で、目の前からが本流である。
少し奥には森が見え、本流はそこから流れて来ており、支流は俺達の左右に分かれて下流に向かって流れて行っていた。
「えーと……さて、どうしましょうか……」
そんな場所で立ち止まり、カレルに向かって意見を聞いてみる。
左右には小さな橋があったが、どちらに行くべきかは俺には分からない。
「ロウ爺?」
気付くとロウ爺も姿を消しており、これにはカレルも「使えないわね……」と一言。
「じゃあとりあえず右にでも行く……?」
と言うので、「そうですね」と、それに同意をしておいた。
橋を渡ってしばらく歩くと、街道が不意に「ぷつり」と途切れた。
左手の奥には森が見え、正面には原野が広がっている。
どちらに行くにも道が険しいので、「(こっちは違ったかな……)」と密かに思う。
「戻って見る? 流石にこれはね」
「ですね……人の気配もありませんし」
カレルも同じ事を思ったらしい。それに答えて踵を返す。
「ヒジリ! 誰か居るよ!」
が、直後にユートが指差して叫ぶので、後ろに振り返ってそこを見るのだ。
位置としては草むらの中に、二十才前後の男性が立っていた。
髪は黒で、腰に届く程もあり、それは背中で束ねられている。
服装は例えるなら拳法着のようで、それすらも殆どが黒であった。
目の色は赤く、少々不気味で、場所が場所であった為に、俺とカレルは身構えるのである。
「……こんな所に何の用かな?」
男が後ろに手を組んだまま、一歩も動かずそこから聞いてくる。
おそらくそれが無かったならば、俺達はもうしばらくは黙って居ただろうが、男に声をかけられた事で、警戒を緩めて口を開いた。
「……あ、イリーレという村を探しています。もし、場所を知って居たら、教えて頂けると助かるんですが」
正直に言うと、男は黙り、「イリーレ……?」とやがて小さく言った。
「名前までは知らないが、村ならここの北西にある。川を右手に北に行け。
一時間程で辿り着けるだろう」
そして、続けてそう言って、背中を向けて歩き出すのだ。
向かう場所は森の中。人が住んでいるとは到底思えない。
「あ、あの!?」
どこへ行くのか。それもあったが、礼の為に男を呼び止める。
「……俺は騒がしい事が好きでは無い。
後ろに見える川からこちらには、出来る限りは近づかないでほしい。
……尤も、ここは俺の土地では無いからな。強制では無く、これは願いだが」
すると、男はそれだけ言って、お礼も聞かずに立ち去ってしまったのである。
「何なのあいつ……こんな所に住んでるの?」
「さぁ……」
カレルの言葉にはそう返し、「(どこかで会ったか……?)」と言うデジャヴを感じる。
しかし、どこだったかは思い出せず、踵を返して村へと向かった。
謎の男が言ったように、村にはそれから一時間後には着け、
「さっ! ヒジリ! 珍しい食べ物を探すよォ!?」
と、張り切るユートに「違うだろ……」と突っ込んで村のアーチを三人でくぐった。
ヒジリの島にも居ましたね。こういう人 (ニコッ)。




