デイラー王国へ
久しぶりに夢を見た。あの日に、私が死んだ夢だ。
忘れもしない時刻は夕方。日務を終えて屋敷に戻り、湯浴みをしていた時の事だった。
一日の疲れを癒していると、使用人のクララがドアを叩いた。
何かと思って声を返すと「大変ですお嬢様!!」とクララは言ったのだ。
「一体何事だ……」
私は呟き、バスタオルを持って浴槽から出た。そして、それを纏った後に、浴室のドアを開けたのである。
「お、お嬢様! 早く! 早くお逃げ下さい! 空の上から沢山の石が!
大きな石が降って来ているのです!」
クララはドアを開けるなりそう言って、私の右手を強く掴んだ。
「空……? 石……?」
訳が分からず顔を顰めると、強引に廊下に引っ張られた。
「なっ……」
窓の外から見えたものは、落下する無数の隕石だった。それらは不規則に地上に落下し、村や、町や、城を焼いている。
「レナス! こっちだ! ボヤボヤするな!!」
呆然としていると誰かに呼ばれ、廊下の右に顔を向けた。
そこには父と母が居た。声をかけてきたのは父のようだ。
私の合流を待っているようで、階段の近くからこちらを見ている。
「父上! これはどういう事ですか!? 一体何が……」
「ワシにも分からん! とにかく逃げるのだ! さぁ早く! こっちに来い!」
聞くと、父は動揺した様でそう言った。普段はあまり取り乱さない父だが、この状況ではそれも理解が出来る。
父はすぐにも母と動き出し、一階への階段に足をかけた。
巨大な隕石が落ちたのはその時で、父と母はそれに潰され、言葉も無しに逝ったのである。
「父上!? 母上ー!!?」
「な、なりませんお嬢様!! 今は脱出を! 旦那様と奥方様の為にも!」
叫び、走り寄ろうとする私の体をクララは懸命に引き止めていたが、落下した隕石が割れた直後には、私と共に動きを止めた。
そして、中から黒色の、巨大な昆虫が姿を見せた時、私とクララも隕石に潰されて命を落としてしまったのだ。
気付くと例の小島に立って居て、死んだという事を教えられた。
そして、真実二を取得した時、元の世界がそれらによって、滅ぼされた事を知ったのである。
私にはもはや帰る場所は無い。
例え、星が残っていたとしても、私が住んで居た世界は無いのだ。
元の世界へ帰りたいと言うゼーヤの気持ちは良く分かる。
だが、それと同時に羨ましくもあり、一抹の寂しさも感じるのである。
「(それでも夢を見るという事は、私は何かをしたいのだろうな……
復讐か、それともそんな世界でも、帰りたいとどこかで願っているのか……何にしても全ての事に決着をつけてからの話だ)」
額に腕を乗せて思った後に、私はベッドから体を起こした。
「おはようございますレナス様。早速ですがご報告が」
その日の朝方。執務室に行くと、ヤールがすでに待って居た。
ゼーヤはまだ来てないらしく、ソファーの上には誰も見えない。
「おはよう。言ってくれ。報告を聞こう」
その為にヤールにだけ挨拶を返し、左を通って執務机についた。
「アルフ共和国の事なんですが、我が国に自ら降伏しました。
昨夜、使者がやってきたようで、陛下がそれを認めたそうです」
「ほう……こちらとしては有難い事だが」
アルフ共和国とは旧ラーク王国の北東にある、高山に囲まれた堅固な国である。
ヨゼル王国からは北西となり、高山がある為に攻める事は出来ない。
攻めるとするなら旧ラーク王国からだが、それでも被害は相当と見込まれており、あちらの方から降伏してくれるなら、これに勝る結果は無かった。
「ですが、二つ条件があったそうで、陛下はこれもお認めになりました。
まず一つ目、これはアルフ共和国の元首を変えずにそのまま続投させる事。
国はやるが、その代わりに命は助けてくれという事ですな」
「ふむ……まぁ、仕方が無いだろう。
戦になれば多くの者が死ぬ。それと比べるなら安いものだ」
例えばそれが、一国の主の命惜しさから提案された物だとしても。
これにはヤールも「そうですな」と言い、続けて二つ目を話し出した。
「そして二つ目。
こちらの目的は謎ですが、息子を我が国に仕えさせたいそうです。
それと部下の女を一人。聞いた話ではこの女は、マジェスティだという事でもあります。
人質を自ら差し出した、とも取れますが、少々、妙な話ですな」
「うむ……確かに少し妙だな……」
或いはこちらで出世をさせて、権力や情報を掴ませる為か。
部下の女がマジェスティだと言うのなら、その為の駒に使う為か。
ふと思うのはそんな事だが、言わずに居るとヤールは考え、「見張りをつけますか……?」と質問してきた。
「いや、真にマジェスティなら無駄な事だ。
気配で悟られ、むしろ逆に尻尾を掴めなくなる可能性もある。
こちらからは何もするな」
そう答えるとヤールは「はっ」と言い、「何なんですかな……」と、困り顔をして見せた。
私も真意は分からないので、とりあえずの形で「さぁな」と返す。
「だが、差し当たりは、戦が一つ減った事に感謝しておこう。
ドーラス辺りを喜ばせたかもしれんがな」
「レナス様が戦功をたてる毎に、髪の毛が抜けるとボヤいていたそうですからな」
「ならば大陸を制覇する頃には、奴の頭は丸坊主だな。
それを目的に励むのも良いか」
奴も全くの無能では無いのだが、妬みと僻みに固執している。
真面目にやればそれこそ私より他人から信用されていたろうに。
哀れに思って微笑むと、「そうですな」と言ってヤールも笑う。
「それと、聞きましたか? 例の話」
続けて言って報告書を置くので、「ん?」と言ってそれを手に取った。
「ミール公爵の亡命の話です。
実の所はその事よりも、我が国の領海に侵入されて、逃げられたって所が話題になってるんですが」
「ああ。聞いた。軍船を一隻大破させたアレだな」
管轄外の事でもあるので、私の反応はそんなもの。
詳しい事は知らないが、マジェスティの仕業だという事は軽く聞いていた。
「そいつらの素性が分かりましてね。ちょっとした問題にもなっているんです」
「ほう……?」
続けたそれには興味を持って、報告書を置いてヤールを眺める。
素性が問題とはどういう意味か。もしや私を犯人にでもする気か?
すぐにもドーラスの仕業だと思うのは、流石に私もひねくれすぎだろう。
「一人が自称海王のダナヒ。
こいつはまぁ、気まぐれな奴らしく、目的はさっぱり読めません。
で、もう一人がヒジリと言うそうで、ラーク王国侵攻時にレナス様が逃がした少年のようです」
「……ほう」
予測とは違ったが嬉しい話だ。
その時の私は意識をしてないが、おそらく目を大きくしていただろう。
理由は二つあるが、一つは純粋に少年――ヒジリが生きていた事が分かったからだ。
二つ目は成長と言って良いのか。やんちゃをしてくれた事が妙に嬉しい。
「それで、ちょっとした問題と言うのは?」
そんな気持ちを出さないように、両手を組んで質問をする。
ヤールは「いえ」と言った上で、ちょっとした問題の中身を話した。
「奴、ヒジリの目的が復讐なんじゃないかという事で、もし、それが的を射て居れば、あの時逃がしたレナス様に多少の責任があるのではないかと……
その、例の、あの方が陛下に告げ口をしたそうでして……」
「なるほどな……」
やっぱり出て来た。あの方とはつまり、言うまでも無くドーラスである。
呆れた為にそう言って、直後に小さく息を吐く。
よくもまぁそんな事ばかり、と、言おうとしたがそれを飲み込み、「ご苦労な事だ」と代わりに言った。
「他にも仕事はあるんですがね。どうやらそれが最優先なようで」
暇な奴だと心底思う。いや、本当は忙しいはずだから、その隙を縫って見つけて来るのだろう。
ヤールはそれに苦笑したが、呆れた私は首を振り、その事はこれで終わりとして置いて、報告書を取って上からめくった。
「では、とりあえず私はこれで」
「ああ、また後でな」
敬礼をするヤールに言って、彼が退出するのを見守る。
「(カタギリ・ヒジリに海王ダナヒか。面白い組み合わせになったものだ)」
海王ダナヒは破天荒と聞く。その傍に居れば面白く育つだろう。
その後に思い、椅子を動かして、窓ガラスを右手に報告書を見て行った。
「それでは唐突ですが会議を始めます。第二回、新しい国を作ろう会議ー」
第二回、新しい国を作ろう会議は、またも不意に開催された。
タイミングとしては朝食の最中で、言い出したのはデオスである。
「いぇーぃ……」
と、一応ダナヒは続いたが、なぜかどうしてテンションは低い。
二回目にして飽きた。が、本音であろうが、国王としてそうは言えず、結果としてのテンションなのだと俺は勝手に解釈をした。
参加者は以上の二人に加え、俺とユートとカレルの三人。
カレルの相棒妖精のロウ爺は、今日もどこかに姿を消している。
「ではまず、新しいメンバーである、カレル・ドゥーコフ嬢に挨拶をして頂きましょう」
「いぇーぃ……」
デオスが言ってダナヒが拍手する。
ダナヒのテンションはやはり低く、「やらされている感」がどうにも拭えない。
「え?! あたし!? 挨拶って別に……」
そんな中で振られたカレルは、スプーンを右手に激しく動揺。
助けを求めてこちらを見たので、「諦めて下さい」と苦笑いで答えた。
「う、裏切り者ぉぉ!」
それを目にしたカレルは言って、観念したように席から立った。
自己紹介位で何をそんなに……と、正直思うが口には出さない。
「カ、カレル・ドゥーコフよ……
ちょっとした理由で、しばらくの間お世話になるわ……
得意分野は兵器の開発……って、そんな事もう知ってるでしょう!?」
結局キレた。照れ屋すぎる。しかも対象はなぜか俺だ。
とりあえずの形で「いぃ?!」と返すと、顔を赤くしたままで椅子に座った。
「はい。素敵な挨拶でした。という訳で正式に、カレル・ドゥーコフ嬢をメンバーに迎えます」
「いぇーぃ……」
デオスとダナヒがそれぞれ言って、まばらな拍手をカレルに送る。
カレルはそれに「何なのよ……」とむくれつつ、パンを千切って口の中に投げ入れた。
「えー、では早速ですが、前回の会議の実行結果です。
これをヒジリ君にも回して貰えますか?」
デオスはそれに構わず言って、カレルに二枚の紙を渡した。
その内の一枚がこちらに回り、何なのかと思って目を通して見る。
それには人口の推移らしきものが、グラフによって示されていた。
見る限りでは増えている。数値が無いので良く分からないが。
「ほぅ、確実に増えてんな」
これはダナヒで、顔を向けると、右手に持って紙を見ている。
自分の国に関わる事なので、そこは真剣な表情である。
「ふーん……」
カレルも意味は分からないのだろうが、しっかりとそれに目を通していた。
「何これ? 怒りのメーターグラフ?」
「違う違う、前の会議からの人の増え方の推移だよ。
ってか誰の怒りなんだよ……」
唯一、完全に間違っているのは、俺の肩に居るユートであり、今後の誤解を招かない為にも、すぐにも答えを正しておいた。
「結果的には七千人弱が増えています。前回の会議から今までの間に。
その殆どが旧ユーミルズの国民ですので、レイラ王女を招き入れた事が、人口増加の最大のキーだったのでしょう」
デオスのそれにはダナヒが「ほぉ」と言い、俺が無言で小さく頷く。
その後に七千人について考えてみたが、いまいちリアルには掴めなかった。
学校七つ分と考えるなら、まぁ、割と凄い数なのか。
「ナエミーランドの方はどうなんだ?」
これはダナヒで、切り替えての質問で、「ナエミーランド……?」と疑問するのは、それを初聞きしたカレルであった。
「あちらの方はまだまだですね。おそらくヒジリ君の学校よりも完成は後になる事でしょう」
ダナヒの問いにデオスが答え、これにもカレルが「学校……?」と疑問する。
このままで居るとしかめっ面で梅干しになってしまいそうだ。
「全部あとで話しますよ……」
故に、一応の助け舟を出すと、カレルは「ああ、そう……」と、ようやく落ち着いた。
「という訳で宣伝と建設は続行します。
今日の議題は別にありまして、これは国の内政では無く、外交部分に関わる事です。
海王陛下はご存知でしょうが、ヒジリ君とカレル嬢の為に、一応説明をさせて頂きます」
その言葉にはダナヒは「ああ」と言い、両腕を組んでデオスを眺めた。
俺とカレルもそちらに向かう。
「ではこれを見て貰えますか?」
まず、回された来たのは地図だった。
ヘール諸島と旧ユーミルズ王国。それと大陸中央と、ヘール諸島から見るのであれば、西に隣接した地域の地図だ。
「右下は言うまでも無く、我らがヘール諸島です。
その北が旧、ユーミルズ王国。
西が大陸の中央部分、エイラスなどがある地域ですね。
そして、その南。ヘール諸島から見るなら、西に隣接した地域ですが、ここを少し前まではデイラー王国と呼んでいました」
「呼んでいまし「た」?」
そこの部分に食いついたのは、俺でもカレルでも無くユートであった。
しかし、それが聞こえない為に、デオスはマイペースに説明を続ける。
「しかし、つい最近の事ですが、デイラー王国の王が倒れ、長男と次男による継承者争いが発生。
現在は内乱に突入しており、多くの人達が苦しんでいます」
「まさかそこに付け込んで、国を奪うって言うんじゃないでしょうね……?」
そこで反応したのはカレルで、これにはダナヒが「まさか」と笑う。
それには俺も安心し、ダナヒへの信頼を更に強めた。
「その、内乱を起こしている国で、第三勢力が発生したのです。
これが多くの国民達を擁する「デアジャキア」と称する組織で、元々はこの国一帯に住んで居た、原住民を筆頭とする組織だそうです。
という事で現状までの説明は終了で、ここからが海王陛下のお話となります」
デオスはそこまでをマイペースに話し、ダナヒに託して椅子に座った。
託されたダナヒは腕を組んだまま、「あー要するにな」とまずは一言。
「国を作るからには味方が必要だ。
ヨゼル王国と対抗するには、俺様達だけじゃちっとばかりキツイ。
つーわけで同盟を組もうと思うんだが、どいつとしようか迷ってるって訳だ。
第一王子か、第二王子か。それともデアジャキアだかのリーダーか。
それの意見をオメェ達に聞きてぇ」
その後に言って、俺達からの反応を待つような姿勢を見せたのだ。
「ドーメーって何? 攻撃的な何か?」
「むしろ逆だな……何て言うか、国と国の約束ごとみたいなもんかな」
直後の言葉はユートの物で、教えてやると「ほー」と言う。
「良いかしら?」と斜め前で声を出したのは右手を少し上げたカレルであった。
「どうぞ」
「どうも」
デオスに許可を貰った後に、座ったままで話し出す。
「ハッキリ言って情報が少ないわ。
同盟相手が他に居ないのも、今じゃないと駄目なのも分かるつもりよ。
でも、もう少し情報を集めてからの方が、間違いを起こす確率が下がると思うの」
俺も同感だ。情報が少ないと言う部分には。
せめて三人の性格を知らないと、決めてくれと言われても決めようがない。
続く、どうして今じゃないと駄目なのか。であるが、これは後で聞いた話では、一国として纏まって居ない今だからこそ、対等な同盟が結べるのだという事だった。
こちらもまだまだ国としては纏まって居ない状況であり、あちらが纏まった後になると、見下される可能性があるのだと言う。
その辺りの事は良く分からないが、分からないが故に黙って待った。
「確かにその通りなんだがな……」
すると、ダナヒはそう言って、俺の顔を眺めて来たのだ。
「ヒジリ、オメェ、今ヒマしてるか?」
突然の質問に「ハァ?」と言う。一応、ダナヒ程には飽きてはいないつもりだ。
いや、確かに話にはついて行けないが、必死で聞いているつもりではあるのだが。
「暇そうだな」
そう思っているとダナヒは笑い、「行って見るか?」と続けて聞いて来た。
何だか会話がかみ合っていない気がする。
疑問の表情で「え」と言い、どこに行くのかとりあえず聞いてみた。
「決まってんだろ。どれかにだよ」
返って来た言葉はそんなもので、俺は更に混乱し、顔を顰めて続きを待つのだ。
「分かんねぇかな……三人の内の誰かに手を貸して見るかって言ってんだよ」
「ああー」
ようやく分かった。つまり暇なら三人の内の誰かに会って、手を貸して来いと言っているのだ。
それはつまり……要するに……
「内乱に手を貸して来いって言う事ですか?!」
「ああ」
「一石二鳥ですね」
その後に気付いて大声で言うと、ダナヒとデオスがそれぞれ言った。
手を貸してやれば恩が売れるし、恩があれば断りにくい。
そう考えた上での作戦だろうが、俺の命があまりに軽すぎる。
「大丈夫かしら……こんなので」
一人、良識派のカレルが言うが、止める権利は持っておらず、結果として俺は使者兼助っ人として、彼の地に向かう事になったのである。
負ける所に手を貸してヒジリタイーホ




