ここから始まる国作り
翌朝……と言うよりもその日の朝。
回復した俺は朝食に呼ばれ、食堂で皆と顔を合わせた。
その中には知らない顔もあって、一応軽く会釈をしたが、あちらも会釈をしただけだったので、誰かと突っ込んで質問をしなかった。
左手には窓。
その向こうにはテラスのようなものが見える。
食堂の中には朝日が差し込み、長方形の長テーブルを左方向から照らしていた。
「さて、まぁ、早速なんだが、ヒジリにはひとつ詫びる事がある」
長テーブルの手前に座ると、奥に座っていたダーナが言った。
ちなみに座席は俺とユート、それから右手にナエミと続き、ナエミの右に知らない男が居て、その右にダーナと言う席順である。
知らない男の髪は緑で、良く見るとどこか違和感があったが、ダーナが言葉を紡ぎ出した為に、俺の視線はそちらに向かう。
「まぁその、なんだ……
今更なんだが、俺様はブッチャケ、ダーナなんかじゃねぇ。
大体察して居たとは思うが、俺様が海王、つまりダナヒだ。
とりあえず悪かった! この通りだ!」
ダーナが言って頭を下げて、聞いた俺が「ハァ!?」と言う。
察していたとは思うが、と言われたが、何の事やらさっぱりである。
第一に海王はマジェスティであるはずで、それなら妖精が居るはずなのだ。
そんな様子を目にしたダーナ――
いや、ダナヒは、頭を戻した後に「わりぃな……」と苦笑し、斜め前の男に向かって、「おい」と言って何かを指示した。
「やれやれ、やっとですか……」
聞いた男が微笑んで、自身の頭に両手を当てる。
そして、直後にはそれを押し上げ、金色の髪を露出させた。
「ふぅ……」
男がカツラをテーブルに置き、頭をひと撫でして眼鏡をかける。
「まぁ、要するにこういう事だ」
それを見たダナヒも笑ってヅラを取り、緑の髪を出現させた。
「こういう事ってどういう事……?」
ユートに聞かれるが何も返せない。なぜならば俺も分かって無いからだ。
二人の頭が荒野なら分かるが(カミングアウトだと)、そこには髪の毛が十分に生えている。
「どうやら、お分かりではないようですよ?」
金髪の男が苦笑する。一方のダナヒは微妙な顔だ。
「しゃあねぇな……」
と、面倒がったが、その後に経緯を話してくれた。
それによると、要するに……
ダーナはダナヒで海王であり、毎年この時期には大会を開くのだが、自身の背中を預けられる者――
つまり、強い者と出会う為に、密かに大会に参加していた。
しかし、海王のままで優勝した場合、当然「なんだそりゃ!?」となる為に、側近の男(デオスと言うらしいが)と身分を入れ替えて、参加者に紛れていたのだそうだ。
そんな事を繰り返して三年。
ようやく出会ったのが俺であり、ダナヒはナエミを返す代わりに、俺に力を貸してくれと言うのだ。
確かに最初にダナヒと分かれば、俺は喧嘩腰で接していただろう。
嫌がるナエミを無理矢理攫ったと、勝手に思っていたからである。
そこの部分では嘘……と言うか、偽りの身分で良かった訳で、結果的には懇意になれたのは、お互いにとって喜ぶべき事だ。
「まぁ、事情は分かりましたけど……
俺に一体何をしろって言うんですか……? これと言った特技は無いし、槍を振り回す事くらいしか出来ませんよ……?」
気持ちとしてはYESでは無いが、とりあえずの形でそう言って見る。
すると、ダナヒは「十分だ」と、俺の言葉に答えて笑った。
「十分ですね」
それを聞いたデオスも言って、二人で意味深に「にやにや」と笑う。
例えるなら「あいつ体操服のケツ破れてるぜ」と、密かに笑っている悪友に近い。
「て言うか、ナエミを返すって言いましたけど、こいつにもこいつの事情があるんじゃないですか……?
何がどうとは言いませんけど、ダナヒさんはもう知ってるでしょう……?」
男と楽しそうに笑っていたと言うアレである。
ナエミの本心が分からない事もあり、少々「イラッ」としながら言うと、当の本人のナエミが「えっ?」と、斜め前から俺を見て来た。
「あぁ、アレな。アレはこいつだ。ナエミに言葉を教えてやってたんだよ。
ちなみにこいつは重度のロリコンで、六才から十才までのガキにしか性的な興味を示さねぇ。
ナエミの方に興味があっても、あいにく最初から成り立ってねぇのさ」
「ま、そういう事ですよ」
ダナヒが言ってデオスが笑う。
眼鏡を「くいっ」と押し上げるものの、そこは決めるべき状況では無いので、生憎あまり格好良く無かった。
ていうか六歳から十才までって、百%の危険人物だ。
「それでも不安なら本人に聞いてみな? 恥ずかしいなら外しても良いぜ?」
「良いですよ……そこまでしなくても……」
ダナヒの言葉にそう答え、「ううん!」と咳込んでからナエミに向かう。
「な、ナエミはどうする? 俺がダナヒさんを手伝うとして、向こうの世界に戻る為に、これからもここで頑張るとして……一緒に……その、ついて来て、くれる……かな?」
「うん。ついて行く。そうする為に来たんだと思うから」
何とか言うと、ナエミは即答し、「頑張ろ」と続けて笑いかけて来た。
小さい頃と全く同じだ。こいつには迷いと言う物が無い。
ハッキリしていると言えば褒め言葉になるが、何も考えて居ないんじゃないかとも思う。
だが、今回はそれが嬉しい。親しい人間が居てくれる事が心強い。
恋愛感情……とまでは行かないが、幼馴染から一歩だけ、俺の気持ちが進んだ気がする。
「決まりだな」
そんな俺とナエミを眺めて、ダナヒがその場に立ち上がった。
「国を作るぞ。ヒジリ。しっかり横について来いよ!」
「えぇぇ!?」
直後の絶句は俺とナエミ。ダナヒとデオスは「ははは」と笑っている。
「まぁ、夢を見るのはジユーですから? 巻き込まれてハメツしないように、ボクらはボクらで気をつけようよ」
一方のユートは右手を振って「アホは相手にしないしない」と、言わんばかりの顔でそう言っていた。
「(でも、あの人ならやるかもしれないな……こうなったらとことんまで手伝って見るのも、もしかしたら面白い事なのかもしれない)」
だが、心のどこかには、そう思う部分も確かに存在し、ナエミが受けた恩を返す為にも、ダナヒの国作りに限界までは協力する事を俺は決めたのだ。
私が首都へと召還されたのは、ラーク王国の占領から二ヶ月が経ったある日の事だった。
副官のヤール――
無骨な男で、おそらくは私の監視役だが、この男が勲章の授与式を行いたいと言う、本国の意向を伝えて来た為だ。
正直に言えば面倒だったし、そんなものは全く欲しくない。
だが、断れば忠誠心を疑われ、今後の行動にも支障をきたす為に、仕方が無しにヤールと共に、首都へと凱旋した訳である。
「勝利とご生還を心よりお祝いします! パレードの馬車を用意しておりますので、そちらの方に移乗下さい!」
帰るなりに門で捕まり、私達は馬から馬車へと移る。
そして、門が開いた先で、盛大なパレードの中へと合流し、騎士や兵士や国民達の喜びの声に迎えられたのだ。
鮮烈の青。
戦場の戦乙女。
挙句には王国の英雄等と言って、人々は声高に私を称えた。
「手でも振ってやったらどうです? 国民の期待に応えるのも、英雄の仕事のひとつじゃねえですか?」
そんな事をヤールに言われ、私は止む無く右手を上げる。
その顔はさぞや冷めていただろうと、振っている最中に自分でも分かったが、気付いた直後に自分に嘲笑し、結果としてそれが笑顔として、彼らに映ったのは幸いな事だった。
「鮮烈の青! レナス様万歳! ヨゼル王国に栄光あれー!」
「王国の英雄レナス様万歳! ヨゼル王国に更なる繁栄を!」
彼らがそれを好意的に受け取り、興奮を勝手に高めたからだ。
宣伝や媚びは生来苦手なので、誤解であってもそれは助かる。
だが、私には彼らにも、親しい部下にも言えぬ事があり、その事を思うと手を振りながらも、心に刺さる物はあった。
「真実を知らないと言うのは、楽で良いな……」
「は……?」
つい、そう零してしまい、聞いたヤールが眉根を寄せる。
「……いや、ただの弱音だ。忘れてくれ」
突っ込んで聞かれると厄介なので、そこはそう言って誤魔化して置いたが、「はぁ……」と返したヤールは暫しは、私の様子を勘ぐっていた。
やがて、馬車は王城に到着し、開かれた城門の先へと向かう。
間もなく見えたのは豊穣の庭と呼ばれる、草花が咲き誇る王宮の中庭だ。
そこには数十人の騎士達が居て、私達の馬車の到着を待って居た。
騎士達の鎧は黒色で、持っている武器は全員が斧。
漆黒の斧騎士と呼ばれている、ドーラスが率いる騎士団のようだ。
その脇には侍従が控えている辺り、どうやらここで済ませる気らしい。
所謂、勲章の授与式と言う物を。
「相変わらず嫌われてますな? いや、疑われていると言うべきですかね?」
「そうだな。すぐ傍にも、副官と言う名の監視役も居るしな」
ヤールが言って、私が答え、止まった馬車の右から降りる。
「ちょっ……! そりゃ無いですぜ? 俺はもうこっち側です! あなたに不利な事は伝えてませんよ!」
皮肉が伝わったのか、ヤールが焦り、それを背後に受けながら、私は馬車から足を下ろした。
馬車から離れて男に近付く。
漆黒の騎士団を従えている兜を脱いでいる男の近くだ。
その名をドーラス……何とかと言い、三十五才位の男であった。
あやふやな情報が多いと思うが、ハッキリ言って良くは知らない。
知りたくも無いので調べなかったので、全てはヤールの話からの情報だ。
見た目としては赤に近い茶色の髪と、口ひげを蓄えた人物で、ひとつの騎士団を統括するに相応しく、その実力は高いと言って良い。
だが、彼が好きかと聞かれれば、私は「いや」と言わざるを得ない。
理由は僅か一つだけ。
上には諂い、下には厳しく、理不尽に当たる人物だからだ。
故に、私は彼とは距離を置き、彼もまた私から距離を置いた。
結果として、ほぼ同じ地位に居て、王からの信頼を得られた者と、得られなかった者とに分かれ、私に取っては有難い、簡素で、手短な授与式を行われる身分になったという訳である。
「一同出迎え!」
その言葉には部下達が斧を上げ、言ったドーラスが前に出る。
所謂、気をつけに近い姿勢で、片手で斧を突きあげているので、部下達はさぞやキツイだろうと、見ている私は同情をする。
「生還おめでとう。生憎な事だが、陛下は体調を崩されてな。
貴殿の勲章の授与式は、ここで手短に済ませる事になった。
言って置くが、私は陛下には何も進言しておらぬからな?
そこの所は誤解なきよう、気持ち良く受け取って行ってくれたまえ」
侍従が持った箱を開け、勲章を取り出してドーラスが言う。
「承知した」
感情を込めずに言葉を返すと、ドーラスは一瞬、眉毛を動かした。
「……くっ」
そして、何らかの言葉を飲み込み、勲章の裏の留金を外す。
「オイオイ、鎧を着たままでは無いか……勲章の授与式に正装で来ないとは、貴殿の常識を疑ってしまうぞ……?」
それから、私の格好を見て、わざとらしくそう言って来た。
少女の頃の私であったなら、即座に正拳を入れていただろう。
だが、大人になった私は我慢し、とりあえずは冷静に両目を瞑る。
「ならば事前に伝えてくれないか。
授与式は豊穣の庭で行うと。さすれば私も常識的な格好で、突然の授与式に応じられたのだがな」
「な……っ……!?」
理にかなった事を言ったつもりだが、言った直後には「しまったな」と思う。
挑発に応じてしまった事もそうだが、聞いたドーラスが黙ってしまい、下唇を噛んで止まったからだ。
八つ当たりを恐れたのか部下達は動揺し、侍従も両目を泳がせている。
ここを何とか耐えたとしても、この後の爆発は確実である。
「あ、あぁー!! そう言えばそんな事も、言ってきてたような、言ってきて無かったような? まぁ、アレですね、お互いに、情報の交換が不足だったって事で!ね!」
そんな空気を吹き飛ばしたのは、私の左に居たヤールであった。
「そ、そうだな……今回はそう言う事で、お互いに目を瞑ろうじゃないか」
聞いたドーラスはそれに便乗し、私に「ほれ」と勲章を手渡す。
ヤールが不手際を被った事で、ドーラスのメンツは保たれた訳である。
「どうもサーセン!」
と、ヤールが言って、ドーラスは「いや……」と背中を向けた。
そこで感謝の一つでもすれば、少しは評価が変わるものなのだが。
「ああ、もう一つ。どちらかと言うと、こちらの方が重要だが……」
しかし、何かを思い出したらしく、体はそのままで顔だけを向けて来る。
背中を睨んでいたような形になっていたので、私は慌てて表情を戻した。
「我が国にもう一人マジェスティが現れた。貴殿に預けると言う陛下のお言葉だ。くれぐれも教育を間違わんようにな……」
そして、それを伝えた後に、ドーラスは部下達に「出迎え、解け!」と言い、彼らを後ろに付き従える形で、王宮の方へと向かって行った。
「ふぅ……」
取り敢えずの体で息を吐く。本当に疲れる相手である。奴の部下に付けられなかった事だけは、陛下に素直に感謝をしたい。
「新しいマジェスティですか……これはまた大変な事ですな」
「ヤール」
私個人はそうは思わず、答えを返さずにヤールの名を呼ぶ。
呼ばれたヤールはなぜか大声で「は!?」と、驚いた反応をした。
「気を利かせてくれた事に礼を言う。助かった。ありがとう」
ヤールの機転が無かったならば、もう一悶着があったかもしれない。
そう思ったが故に礼を言うと、ヤールは「いえいえ……」と直後に言った。
言うべき事は他には無いので、王宮に向かって歩き出す。
すると、ヤールは聞き間違いで無いのなら、「(可愛い所もあるじゃないの)」と、私の背後で言ったのである。
「……何か言ったか?」
敢えて言うと、「いえいえ!!」と言って後ろに続く。
「(可愛い……か……)」
そういう事を言われた時に、自分はどう言った反応をしていたか。
そんな事も忘れた私は、足を止めて空を見上げる。
そこにはどこの星の空でも見られる、澄んだ青空が広がっており、渡り鳥達が編隊を成して遙か頭上を飛んでいた。
「(あれと同じだな。今の私は。願わくば列の先頭を飛ぶ、あの鳥のようにありたいものだ……)」
続く者は誰一人として居ない。そんな戦いをどれくらい続けたか。
願うような気持ちで彼らを見送り、視線を戻して歩き出した。
久々の執務室で待って居たのは、生意気そうな少年だった。
見た目の歳は十五~六才。
髪はオレンジでクセ毛が酷い。
一体どれくらい待ったのかは不明だが、左手に置かれたソファーに座り、不機嫌な顔と黒い目で、私達の事を睨み付けていた。
「レーヌ・レナスだ。お前の名前は?」
それに構わず質問すると、少年は「なっ……」とまずは驚いた。
おそらく言葉が分かる事に驚いたのだろうと推測したが、少年はそこに驚いたのではなく、私の存在に驚いたようだった。
理由は彼が立ち上がり、頭を下げて言った事で分かる。
「失礼しました! あんたが……いや、あなたがレナスさんですか!
俺はゼーヤというもんです! こっちに来てから一か月程が過ぎました! あなたの噂を耳にして、ここまでなんとか訪ねて来ました……
レナスさんはスゲェマジェスティなんですよね……?
俺は元の世界に帰りたいんです! どうか力を貸して下さい!」
少年、ゼーヤは頭を上げて、言った後に再度頭を下げた。
どうやら私の噂を聞きつけて、自らここを訪ねたらしい。
私、つまり、「スゲェマジェスティ」が、自分をきっと助けてくれる。
元の世界に戻す事だって、この人ならば簡単なはず。
誰に聞いたか不明であるが、そう期待して訪ねて来たのだ。
しかし、それには「ああ」とは言えず、「とりあえず座れ」と言葉を返す。
「あ、はい……すんません……」
ゼーヤが言ってソファーに座り、その正面に私が座る。
ヤールは私の左横に立ち、珍しいモノを見るような目で、右正面に居るゼーヤを見ていた。
「相棒妖精が居ないようだが、この世界でのルールは聞いて居ないのか?」
肩を「ちらり」と見てから言うと、ゼーヤは「あ、はい……」とすぐに答えた。
「なんすか? 相棒妖精って……?」
が、それが何かは分からなかったのか、直後には逆に質問してくる。
「この世界に来る前に会った者が居るな?
その者からここでのルールを聞くか、或いは説明書を読み終えると、マジェスティ同士にしか見えない妖精が出現するという仕組みになっている。
つまり、それが居ないという事は、そのどちらも終えて居ない可能性が非常に高いと言う訳だ」
「はぁ……面倒なんで読んでないっすね……読んだ方が良いもんなんですか?」
両目を瞑ってそう言うと、ゼーヤは更に質問してきた。
面倒なんで、と、正直に言う辺り、「読んだ」と言う奴よりは好感が持てる。
「助けになると言えばなる。孤独を愛するなら話は別だが、読み終える事を推奨するな」
真顔で言うと、ゼーヤは笑い、「面白い言い方っすね」と、私を褒めた。
いや、或いは皮肉だったのかもしれないが、この少年の性格的には、純粋に褒めたのだろうと私は思う。
「分かりました。今夜にでも読みます。で、その、アレなんですけど、力を貸して貰えませんか?」
「アレとは?」
聞くと、ゼーヤは「いや……」と戸惑い、
「元の世界に帰りたいんですけど……」
と、半笑いの表情で私に答えた。
何やら勘違いをしているようなので、私は小さく首を振る。
「ならば強くなり、生き残る事だ。
それだけが元の世界に帰る、唯一無二の道と知れ。
差し当たりは言語を進めて行って、折を見て特能に切り替えると良い。
信じるも信じないもお前の勝手、自由と言う事も付け加えて置く」
それから言って、立ち上がり、ヤールに「後は任せた」と伝えた。
どうやら母国語は習得済みらしく、ヤールにも言葉が通じていたからだ。
意地悪では無く、本当に、言葉の通りが最短の道で、それが伝わったかどうかは不明だが、私はゼーヤに背中を向けた。
細かい説明をしても良いが、その際に隠さねばならない事があり、誤魔化す為の嘘を言うのが私はかなり嫌だったのだ。
「合点承知! シゴいてやりますよ!」
そんな言葉を聞いた後に、私は隣の部屋へと向かう。
遠征の為の鎧を脱いで、執務の制服に着替える為だ。
「着替える。外に出ていろ」
「へーい」
顔を向けずに妖精に言い、聞いた妖精が外へと飛んで行く。
それを見てからドアを閉め、剣を置いて鎧を脱いだ。
「ふぅ……」
上着を脱いで移動して、窓を開けて息をつく。
眼下には緑の草原が広がり、彼方には煌めく海が見えた。
心が安らぐ。
湯船を除けばここが唯一の場所かもしれない。どこの世界でも海と言う物にはなぜか心が落ち着かされる。
「……カタギリヒジリ。お前はどうだ? 信じてくれたのか、私の言葉を」
思い出す事は先程のやりとり。ゼーヤに対するスキルの指導だ。
カタギリに対してはやりすぎたと思っている。
或いは私を憎んでいるかもしれない。
だが、憎しみでも何でも構わない。奴にはもっと強くなって欲しい。
私と同等か、それ以上に。
その時が来たなら私は奴に……
「フッ……いや、期待はするまい」
そんな事を何度したのか。その度に私は落胆して来た。
過去を思い出し、自嘲気味に笑い、髪を掻き上げた後に窓を閉めた。
核心にはなかなか触れませんが、少しずつ、少しずつ明かされて行く予定です。