未来の為にできること
翌日からの生活は以前と比べて忙しなかった。
朝食に洗濯、掃除に昼食、果ては夕食に湯浴みの準備。
以前であればそういう事は、使用人達がしてくれていたのだが、彼ら、彼女達が居なくなってしまった為に、自分達でやらざるを得なくなったからである。
意外な事に。……と言って良いのか、ナエミは意外にそれに向いていた。
別の言い方をするのであれば、順番立てがしっかりしていて、決まった時間に決まった作業をこなすと言う事が得意であったのだ。
ダナヒや俺のパンツも洗うし、掃除に関しても手抜きはしない。
朝昼夕の食事にしても、カレルの時とは段違いの品質だ。
ナエミとはこんなにデキる奴だったのか……
確かに俺達は幼馴染みだが、四六時中一緒に居た訳では無く、知らなかった一面を目にした気がして、俺はナエミにこう聞いたのだ。
「お前ってそんなにデキる奴だったっけ……?」
と。
幼馴染みで無かったならば喰らわされても仕方が無い無礼な質問だ。
しかし、ナエミは「アハッ」と笑って、ダナヒのベッドからシーツを剥ぎ取る。
「デキるデキないは兎も角として、これって一応仕事じゃん。
自分の部屋とかチョー汚いし、仕事だから頑張ってるってだけだと思うよー」
それから言ってシーツを張り替え、俺を唖然とさせるのである。
確かに過去を振り返って見れば、ナエミの部屋は俺の部屋よりも汚い。
中学になってからは上がって居ないが、相当だったと記憶している。
つまり、ナエミは養われているから、仕事だから必死でやっているだけで、それが発生しない所では自堕落な性格のままだと言う事だ。
元の世界でそのまま生きれば、ナエミはOLにでもなっただろうか。
そこでの仕事は的確にこなすが、自宅での生活はヒドイ物で、下手をすれば足の踏み場が無い程のゴミの中で生息するような女になったのかもしれない。
誰かに迷惑をかけないのなら、それはそれで良いのかもしれないが、デキる奴かと言うのであれば、それは確かに微妙と言えた。
「あ、でも結婚して家に入る事になったら、仕事としてきちんと家事はするよ?
養って貰ってるって事は給料を貰ってる訳だから、ちゃんとしないとフェアじゃないし。
まぁそれ以前に家に入るのは、性格的に無理だろうけどねー」
そんな事を続けて言って、ナエミは着実に作業を進める。
家に入るのが無理という事は、共働きを希望していて、家事等半々ですると言うのが、ナエミの理想と言う事なのだろう。
まだ若いのに考えているな……等と思うのは年寄り過ぎるのか。
俺自身の将来のイメージが無いので、それ以上の事は特に思わない。
「とか言ってて漫画に甘いもの三昧のピッグちゃんになるに十六ギーツ」
「賭け金少なっ!」
そこで口を挟んで来たユートには言葉少なに突っ込んで置く。
と言うか、言葉にトゲがあるが、ユートはナエミが嫌いなのだろうか。
或いはライバルとして認識しているのか。判断に悩む所と言える。
「ほら、手が止まってるー」
「あ、わ、わりぃ」
怒られた為に動きを早める。宛ら学校の居残り掃除だ。
尤も、それなら雑談に移行して、殆ど掃除をせずに帰れるが、仕事の鬼が見張っている以上はそういう流れには期待は出来ない。
ダラダラとして居ても怒られるだけだし、ならばいっそ本気でやろう。
そう思った俺はそこからは無言で、集中して手早く掃除を進め、ようやくそれが終わった時に「やれば出来るんじゃん」と言う仕事の鬼の、上から目線の言葉を貰うのだ。
「あ、ああ、まぁ、本気になればな……」
それには一応そう返したが、どう見られていたのかが正直、気になる。
掃除すら出来ない駄目幼馴染みとして見られていたなら相当ショックだが、ナエミが話題を変えた為に、それはここでは聞けずじまいとなった。
「あ、そう言えば今って槍のストックはある?」
不意の質問に「は?」と言う。そこに話が至るにしても、段階と言う物があるはずなのだが、本当に不意の質問だったので、顔を顰めて言葉を返す。
「そう。槍。また失くしちゃった?」
シーツを押してナエミが言った。重ねた中には俺とカレルと、ナエミのシーツも含まれており、この後それを裏庭に運んで手洗いするまでがこの時間の仕事だ。
「あー……うん……この前の戦いで突き刺した奴が最後だな」
意識をして見たが槍は出てこない。と言う事はあの戦いで使い切っていたのだ。
その辺りの事はもう少し、自覚をしていないと命取りになるが、街に戻る度に補充をして来たので、危機感はあまり感じて居ない。
「うーん……問題だよねぇ。そのコスパの悪さは。
戦う度に壊したり、失くしちゃったりしてるしヒジリは」
それを言われるとぐうの音も出ない。相手が悪かったと言う事は出来るが、ナエミには言い訳にしか聞こえないだろう。
槍の値段はピンキリだが、平均するなら七万ギーツ程。
水夫に聞いた給料が一日大体五千ギーツだから、十日以上の給料が一戦毎に飛んでいたという計算だ。
「(考えたら結構ヤバい事してたんだな……)」
俺はたまたま財宝を譲られて、財政的には余裕を持っている。
だからこそ出来る戦い方だったが、続けるとそれすら底を尽きかねない。
と言うか、残高がどれだけあるのか、実は全く把握をしておらず、考えがそこに及んだ今は確認する事が恐ろしい程だった。
「いっそ鎖か何かをつけて、手元に戻せるようにした方が良いのかな?
鎖鎌の要領でさ、鎖を左手にでも巻き付けておくの。で、投げてもそれを引っ張れば手元に戻せるようにするとか。
でもそれだと鎖が邪魔になるから、納めて置く場所が問題になるなー。
て言うか、鎖に拘る必要は無くて、丈夫な素材で代用した方が良いのかなぁ。
それとももう投げる事は前提にして、壊れない槍を創った方が良いのかな……
うーん、迷う……究極の選択だこれ」
ハッキリ言って俺は引いて居た。「なんか怖い……」とユートも言っている。
ナエミのそれが質問では無く、口に手を当てて考え込むと言う、完全な独り言であったからだ。
今現在もああじゃない、こうじゃないとブツブツ呟いており、やがて出て来た答えに頷き、置いて居たシーツを両手で抱えた。
「じゃ、これ洗って来るから」
「い、いや、答えは!?」
直後の言葉がそれだったので、動揺のあまりに思わず聞くと、ナエミは「あー」と言ってから。
「師匠に貰った本を読んでみるよ。絶対壊れない槍ってのがどこかに載ってた気がするんだー」
決意の方向を俺達に発表。
「あ、それと学校の事だけど、あと一週間もあれば完成するって。
孤児院の方はあと四日位で、多分出来るって親方が言ってたよ」
その後に現場からの報告を伝達し、シーツを抱えて部屋から出て行く。
「あと四日だって! ピシェトさん達を迎えに行かなきゃー!」
「学校の方もあと一週間か……嬉しいは嬉しいけど意外に早いな」
準備と言えば文系理系と体育の教師を見つけているだけ。
授業のカリキュラムを組んで居なければ、制服すらも決まっておらず、このままではとても開校出来ないと思い、俺は明日からの行動を決意した。
元の世界に戻るにしても、こちらの世界に留まるにしても。
学校周りの事だけは使命としてきちんと果たして行きたい。
そう思った俺はユートと共に、先に出て行ったナエミに追いつき、具体的にこれからどうすれば良いのかを歩きながらに相談してみた。
「あー。じゃあ制服とかは、任せてくれるならわたしが進めるよ。
ヒジリはまず机や椅子とかの、学校の備品を集めてくれるかな?」
「じゃあボクは教科書作る! 漫画で教える分かり易い教科書!
おっと保体は袋とじだぜ!? を!」
ナエミは兎も角ユートは却下し、そういう物を仕入れる為にはどこに行けば良いのかを考える。
自然、すぐに出てきた答えは、所謂「家具屋」と言う物だったが、この街には生憎それが無く、あったとしても人が居ない。
「コールドの街ならあるんじゃない?」
とは、裏庭についてからのユートの言葉だが、あの街にマトモな物があるとは思えない俺は「うーん……」と言って答えを保留した。
「エイラスは? 大陸で一番大きな街だし、もしかしたら教科書なんかもあるんじゃないかな?」
続いた言葉はナエミのもので、これには俺も素直に納得して、「だな」と答えて行き先を決めた。
「最近ヒジリのナエミ推しがヒドイ……」
「そ、そんな事ないだろ……お前とナエミの意見を比べて、ナエミの方がマトモだから選んでるってだけの話だし」
「良いですよー。どうせボクはマトモじゃないし、小さいからヒジリとはケッコン出来ないんだよね? ナエミとケッコンしてキュウリョウブクロになって、ボロ雑巾のように捨てられると良いよ」
「なんだそれ……」
もしかして嫉妬か? と、思わなくも無いが、ユートは大抵こんなものだ。
今回もまたおふざけだと認識して、飛んで行くユートの背中を見送った。
「実際の所、ヒジリはどうなの?」
直後の声はナエミの物で、振り向き様に「は?」と言う。
「あ、ううん。何でも無い……!」
すると、ナエミはそう言って、持ってきたシーツを洗い始めた。
コールドの街か、それともエイラスか。どちらに行くのかを聞いて来たのだろうか。
前後から察するにそういう事になるので、エイラスに行く事をナエミに告げる。
「あ、そ、そう。気を付けてね」
振り向く事無くナエミは言った。聞いて来た割には微妙な反応だ。
もしかしたら答えが間違っていたのか。
俺はそれに首を傾げて、洗濯を続けるナエミから離れた。
さて、実際はどういう事だったのでしょうね……