葬儀の後に
街の住人三千人と、デオスの葬儀はそれから三日後に、海王ダナヒの主催の下で街の郊外で執り行われた。
天候は晴れで、雲一つない青空。俺達は皆、黒服に着替えて街の郊外の山麓に来ている。
その他の参列者は千人ばかりで、犠牲者の家族が殆どを占め、残りは悲劇に心を痛めた旧ユーミルズ王国の国民達で、賓客扱いのレイラも参列して、犠牲者に花を捧げてくれた。
「海王よ。あまり自分を責めるな。これは天災。やむを得ん事じゃ」
「……心遣いに感謝します。あなたの王国の国民達にも感謝をしていたと伝えて下さい」
帰り際にレイラが言って、言われたダナヒが言葉を返す。
その後には頭を深々と下げるので、俺も遅れてそれに倣い、ダナヒが頭を上げた事を見てから、俺も体勢を元に戻した。
「(ちゃんと敬語が喋れるんだな……)」
口には出さないがそう思う。ナエミやカレルも思っているだろう。
だが、それがこの場に於いて。その立場に居る者として。
正しい物だと分かって居るので、わざわざ「今のはナンすか?」と指摘すると言う事は無かった。
「今のナニー? 何で敬語? ってかボク初めて聞いた!」
ただ一人、残念なユートを除いては。
幸いにもダナヒには聞こえないので、気分を害した様子は見られない。
その為ユートを無視する形で、立ち去るレイラ達の背中を見送った。
それから頭を上に向ける。カラスの鳴き声が五月蠅かったからだ。
いつの間にそれだけ集まったのか、空には無数のカラスが集まり、隙あらば遺体を狙おうとしているのか、思い思いに旋回していた。
「自然の摂理に従っているだけ……って、分かってても嫌いになっちゃうよね。
もうちょっと空気が読めれば良いのに」
自然の摂理に従っているだけでも遺族としては良い気はしない。世の中には鳥葬と言う物が存在するらしいが、俺が遺族ならお断りである。
ナエミの言葉に応えずに、俺は顔を右へと向ける。
眼前には山麓。そして大穴。大穴の前には献花台があり、今は師匠とギースとニースがそれぞれ花を捧げてくれている。
大穴の中には三千人と、デオスの遺体が入れられており、流石の数に火葬と言う手段で見送る事が決められていた。
「思えば妙な奴だったぜ、あいつは」
不意に、ダナヒが話し出す。体は俺と同じ方向だ。
「五~六年前に異世界に来たんだが、当時は言葉が分からなくてな。
どうした物かと悩んでいる時に、ふらりと姿を現しやがった」
どうやらあいつとはデオスの事らしい。俺もナエミも、カレルも黙り、会場を見つめて話に聞き入る。
師匠とギース、そしてニースは献花を終えてこちらにやって来て、無言で頭を下げた後に、三人で街へと歩いて行った。
「お互いに言葉が通じなくてよ。そりゃあ最初は苦労したもんだ。
だが、あいつはすぐに言葉を覚えて、俺様に言葉を教えてくれた。
そこからはまぁ、兄弟みたいなもんだったな。元国王だって話しても、あいつは態度を変えなかった。だったら実力を見せて下さいよって、逆にけしかけて来る位だった。
……つれぇ事はあんましなかったが、楽しいと思う事は共有して来た。
クソが付くほどのロリコン野郎だったから、女関係じゃ随分と苦労してたがな」
ダナヒはそこで苦笑した。寂しさを含んだ痛々しい笑顔だ。
ある意味での恩人を失ったのだから、それは当然の表情なのだろう。
俺は笑って良いのかが分からず、ナエミと顔を見合わせる。
「あたしも随分言い寄られたわ」
直後にカレルが首を振って言うと、ダナヒは「へっ」と短く一笑。
「あんたはピンポイントで野郎の好みだ。表面には出して無かったみたいだが、隙あらば堕とす気で居たみたいだぜ。
縛り上げて目隠しをして猿轡を噛ませてヨダレを舐めたい。
って、酔わせる度に言ってたしな。あいつ」
「そ、そう……出来れば知りたく無かった事だけど、知った以上はそうならなくて良かったと思うわ……」
それから続けた恐怖の内容で、カレルと俺達の表情を凍らせた。
「ま、兎も角、寂しくならぁな……何か一言言ってから逝けってな」
それについては俺もそう思う。だが、本人だって死にたくは無かったのだろうから、それは酷な注文ではある。
考えてみれば俺もそうで、唐突に死んでしまったのだから、残された親父と母さんは、さぞや辛い思いをした事だろう。
その点に関してはナエミはどうなのか。自殺をした事は知らされているが、何か書置きはしたのだろうか。
それともそんな物を書く必要は無く、両親としては自殺した理由をおおよそ察せる状況だったのか。
「ん?」
「あ、いや、何でも無い……」
そう思って見ると、目が合ってしまい、聞く事が出来ずに慌てて目を逸らす。
きっと不思議には思ったのだろうが、ナエミは何も聞いては来なかった。
「さて、んーじゃそろそろ始めるか。盛大な炎で見送ってやろうや」
ダナヒが言って歩き出し、献花台の前へと進む。俺達も遅れてそれに続き、ダナヒの後ろに並んで整列。
カレルが無言で黙祷をした事を見て、ナエミと共にそれに倣った。
「海王陛下」
「ああ、わりぃな」
誰かの言葉にダナヒが応える。おそらく火を渡されたのだろう。
それから体を動かす音と、何かが落下した音が聞こえ、遺体を包む布に引火したのか、火が広がり始める音が聞こえた。
「あっちでロリガキとうまい事やれや……今までありがとうよ。キョーダイ」
ダナヒはそれきり口を閉ざし、燃えあがる炎を無言で見つめた。
俺達もまた何も言わず、天へと送られる住民達の魂と、お世話になったデオスを見送った。
あっち。即ち天国と言う物があるのならば、そこでは幸せに生きて欲しいと誰にともなく願いながら。
魔の島での出来事を皆に話したのは、その翌日の事だった。
メイド達が居ない為に、食事は俺とナエミで作り、その際にナエミには話し終えたので、ナエミが聞くのは二回目となる。
ちなみに一回目では皇帝の所――つまり、ミュリペーの事を話した時にはナエミはジト目で俺に言った。
「フーン……ヒジリが国の救世主様ねー……で、どうしたの救世主様は?
どうにでも出来る王女様をどうして連れて帰らなかったの?」
と。
自慢気に言った覚えは無いのだが、どうやらナエミ的には気に喰わなかったらしい。
それってもしかしてジェラシーか? 等と、少しは思ったが口には出さず、「嬉しいのは嬉しいけど何か怖かった」と正直に言うとナエミは豹変。
「へー! 嬉しかったんだ……!? やっぱりヒジリも男の子かぁー!
色仕掛けなんかであっさりやられて、自慢げにそんな事話しちゃうんだしねッ!?」
凄まじい勢いで魚を切り出し、片っ端から鍋へと入れて、熱さに悲鳴を上げる俺を押し退ける形で味付けを始めた。
どう考えてもナエミは妬いている……タイミング的にはそうとしか言えない。
むしろ、これが嫉妬で無いのなら、今後の付き合いを考えるレベルで、機嫌を直して貰う為にはどう言えば良いのかを無言で考えた。
第一に浮かんだのはこんな言葉。
「色仕掛けなんかにやられてないよ! 確かにあの人はエロイ体だったけど!」
……これでは誤解が解けたとしても、機嫌は直らず顰蹙を買うだけか。
「自慢げになんて話してないだろ? 嫉妬はやめろよ。見苦しい」
では、いくらそれが正論であっても、俺達の歳では受け入れがたいだろう。
ならば誤解を解きつつも、少し持ち上げるような言葉が良いか。
そう思った俺はナエミの横に行き、出来上がった野菜炒めの鍋を握った。
「いや、確かにあの人は魅力的だったけど、俺にはナエミの方が魅力的だから」
完璧じゃないか……直後にそう思う。
ミュリペーの魅力を認めた上で、色仕掛けにかかって居ない事を示し、ナエミの機嫌を直す為の、持ち上げる言葉も同時に言ってる。
これで機嫌が直らなかったら、怒りの原因は俺には無くて、その場合はむしろ「何言ってんの……?」と、困惑されると言う恐れはあった。
鍋を動かして料理を盛り付け、その後の反応を背中で伺う。
「バカッ!」
「いてっ!?」
すると、ナエミは唐突に、俺の後頭部をオタマで殴るのだ。
「な、何言っちゃってんの!? 何なのそれ!? 告白か何か!?
場所とか時間とか色々考えてよ!」
「ヒドイよヒジリ! 目の前で告白とか!
せめてボクが見て居ない所でやってよ! ヒトデナシ! アクマ!
ムッツリマジェスティ!」
「ぎゃああああ!?」
どうやら怒りは消えたようだが、何やら激しく動揺している。ユートもそれに加わる形で俺の髪の毛を引っ張り出して、二人から逃れるべく動いた俺は。
「あぎゃあ!? フッホォォォ……!」
台の角に股間を激突。声にならない声を出して二人に背を向けて屈み込むのだ。
「ちょ、ちょっとヒジリ大丈夫……?」
「自己回復だよ! 回復魔法だよヒジリ!」
二人の言葉に「ああ……」とは返す。まさかこんな事で魔法を使うとは。情けない気持ちで魔法を意識し、股間の痛みを和らがせて行く。
「ふぅぅぅ……」
聞いた話では女性の生理はこんな痛みがずっと続くと言う。
そこには空恐ろしさを覚えながら、完治した事に息を吐いた。
その後の空気は和やかな物になり、俺達は協力して朝食を作り上げる。
そして、出来上がった朝食を食堂に運んで、ダナヒとカレルを食堂に呼んだ。
「なるほどな。まぁそういう事なら、手を取り合って行く事にも吝かじゃあねえな。
アンティミノスの何とかとやらには、どっちも相当に痛ぇ目に遭わされた。
それだけにお互い痛みが分かるし、何とかやって行けるだろうさ。
それにその黒真珠だったか? そいつは立派な交易品になる。
教えてやるのは勿体ねぇ気もするが、かと言って騙すんじゃあ、人の道に外れるわな」
「そうですね。俺もそう思います」
話を聞いたダナヒはそう言い、和睦と交易に応じてくれた。
交易の方は甘いとは思うが、だからこそのダナヒで、だからこそ、俺はダナヒについて行くのだ。
デオスもきっとそうだったのだろう。文句も言わずに支えて居た理由はそこにあるのだと俺は思う。
それ故にデオスが居なくなった事は、この国にとって相当の痛手で、「では唐突に開始しますよ」と言う、第〇〇回新しい国を作ろう会議がふと懐かしく思えるのである。
「ま、これまで以上によろしく頼むわ。カレルも、ヒジリも、ナエミもな」
同じ事をダナヒも思ったか、複雑な顔でそう言って来る。
俺達はそれに苦笑いを浮かべて、バラバラの順番で頷きを返した。
実際の所、ヒジリの中ではナエミは親友未満と言う所で、恋人未満ですらもありません。
ナエミの方は恋人未満くらいで、ヒジリさえ良ければ……なんですけどね。
ちなみにヒジリは割と権威主義で、「王女」とか言う肩書きに弱いです。
童貞ゆえに夢見がちと言うか、そういう立場に居る女性に、幻想を抱いているのでしょうな……
ま、どうでも良い話ですが、またまたひとつの小ネタまでに(笑)