表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポピュラリティゲーム  ~神々と人~  作者: 薔薇ハウス
十二章 そして、その星は終末に向かう
102/108

レナスの変装 潜入作戦 二

「ヘール・メナスさん……? 何かどこかで、聞いたようなお名前ね……?」


 時間にするなら約三十分後。私はティレロ邸の一室に居た。

 おそらく客間の一つだろうか、赤を基調とした派手な部屋だ。

 私は今、テーブルを正面にソファーに腰かけて話しをしている。

 テーブルを挟んだ向こうには、同じくソファーに座った女性が居て、私の偽りの名前と経歴を、手にしたメモに書き込んでいる。

 女性の年齢は三十半ばか、或いはそこから過ぎた程度。予測であるがこの屋敷のメイドを束ねる長だと思われた。


「……分かりました。あなたを採用します。真面目そうだから期待して居るわね」

「あ、ああ。よろしく頼む、じゃない、よろしくお願い致します……」


 幸いな事に採用されたが、これでは先がかなり危うい。

 言葉遣いは特にだが、意識して気を付けないとまずい事になる。

 主人――この場合はティレロになるが、奴の頼みに「うむ」等と言おうものなら、一発で私をバレかねないだろう。


「じゃあまずは基本的なマナーね。お礼を言う時には席から立って、両手をおヘソの上につけて、四十五度でお辞儀をするのよ。はい、早速やってみて」

「あ、はい……」


 どうやら早速始まったらしい。なるほど、こういう流れになるのか。

 そこには妙に感心をして、言われた通りにやってみる。


「そうそう。いいわ。筋が良いわよー。じゃあ次はお辞儀をした時に、「かしこまりました。ご主人様」と言って見て」

「なっ……!?」


 これはかなり……レベルが高い。言おうとするだけで鳥肌が立つ。

 しかも相手がティレロなのだから、私の嫌悪感も相当の物だ。


「か、か、かしこ……まりました……ご、ごしゅっ……ジン……サマ……」


 辛うじて言った。言ってやった。鳥肌もそうだが脂汗が凄い。

 本当に嫌な事をやろうとすると、人間は一瞬でここまでに行けるのか。


「ちょ、ちょっとぎこちないわねぇ……もう一度言って見て」

「殺す気か……!」

「えっ?」

「あ、いや、何でも無い……です」


 これも自分で選んだ道だ。茨だらけでも退く訳には行かない。

 顎に伝った汗を拭き、息を整えて再挑戦する。


「か、かしこまり……ました……ごしゅじん……さまあああ……ッ!」

「殺す気なの!?」


 今度は逆に女性が叫ぶ。歯を食いしばり、目を剥いた結果が、殺意として彼女に伝わったようだ。

 だが、それくらいの気迫で臨まねば、簡単には克服する事は出来ない。


「兎に角もう一度、リラックスして?」

「あ、ああ……」


 言われた為に深呼吸をする。胸が苦しい。服のせいもあるが……

 兎に角、少し落ち着いた私はそこからはひたすらに練習をした。

 そしてその結果。


「カシコマリマシタゴシュジンサマ……」


 無表情で、感情を込めなければ言える事が分かり、それでとりあえず合格となった私は別の部屋へと案内される。

 天井が高く、やけに広い。

 長いテーブルがいくつも置かれた、王宮の食堂宛らの部屋である。


「じゃあ次はお掃除の仕方ね。ここを一時間で終わらせましょう」


 普通に無理だ。三時間でもキツい。私は正直そう思ったが、「カシコマリマシタゴシュジンサマ」と、感情を込めずに言葉を返し、女性に「メナスさん!?」と驚かれるのである。




 館の主、ティレロ・アルバードに帰って来たのは、雇われてから二日が過ぎた日の事だった。


「おい! 旦那様がお戻りだぞ!」


 そんな声は調理師コックの物だったか。邸内がにわかに騒がしくなる。

 私はその時、ベッドメイキングの方法をメイド長――フォルトに教えて貰っていたが、直後に「来て!」と彼女に引っ張られてティレロを迎える列にと加わった。

 場所はロビーで、玄関は左手。私の列と前の列とで主人のティレロを出迎えるらしい。

 並んでいるメイドは合わせて十程で、私は列の一番右に居る。


「(いよいよだが、まさかバレまいな……)」


 少々の不安で眼鏡を押し上げ、玄関が開け放たれる音を耳にする。


「お帰りなさいませ! ご主人様!」

「!?……んさま!」


 そして、皆から遅れて言って、フォルトに倣って頭を下げた。

 言うなら言うで合図が欲しかった。練習も無しに揃う訳が無い。

 危うく落としかけた眼鏡を押さえ、皆から遅れて頭を上げる。


「なっ!?」


 すると、立ち止まっていたティレロと目が合い、私は思わず動揺するのだ。

 見抜かれたのか!? それも一目で!?

 そう思うが故の動揺だったが。


「見ない顔だな? 新入りか?」


 どうやらそうでは無かったようで、それだけを言ってティレロは歩き出す。


「二日前に採用しました。ヘール・メナスさんと申す者です。メナスさん、ほら、ご挨拶を」

「め、メナスです……どうぞよろしく……」


 言われた為に挨拶するが、ティレロは止まらず「うむ」と言うだけ。

 そのまま階段を静かに上がり、二階のどこかの部屋へと向かった。

 感じが悪い。それも相当だ。私だから良いが普通の娘なら、初対面で心が折れてしまうだろう。

 だが、逆に、気さくに対応されて、握手の一つも求められて居たら。

 ……私は多分反射的に、その手を払い退けていたかもしれない。

 そういう意味ではあの対応で良かった。助かったと思って小さく息を吐く。


「ほら、メナスさん! 次のお仕事よ!

 厨房に行って種火を借りて、食堂の蝋燭に灯をつけて来て!

 終わったらすぐに食堂に戻って、他の子達と料理を運ぶの!

 十分で戻って! はいはい! 早く!」

「あ、ああ……」

「ああじゃなくて!」

「か、かしこまりましたぁ!」


 矯正は進む。マズイ程に。このままではヤールに何かを言われても「かしこまりました!」と返してしまいそうだ。

 無心。そう、無心にならなければ。あっという間に染められてしまう。

 私はそう思い、フォルトに返事して、言われるがままに厨房に向かった。

 それから銀色の皿に乗せた種火を貰って食堂に移動。

 食堂は先日掃除した、天井が高くてだだっ広い部屋で、薄らと暗くなりつつある外の風景を尻目に、一人で蝋燭に灯を点けて回る。


「メナスさん! もう十分経ったわよ!」


 半分程を明るくしたか、料理を持ってフォルトが現れる。他のメイドもその後ろに居て、彼女と共に食堂になだれ込む。

「まるで戦争だな……」と、密かに思うが、口には出さずに作業を続け、ようやく終わらせて厨房に行くと、料理は全て運ばれていた。


「三十点よメナスさん。次はもっとスピードを上げてね?」

「あ、はい……すみません……」


 基本的には私が悪い。分かって居るが何だか辛い。最初から出来る物なのか? と、疑問もしたが答えは無かった。


「ふぁいと♡」

「次があるわよ♡」

「あ、ああ……」


 同僚達に軽く叩かれる。悪気は無いのだろうが逆にキツい。


「あたしなんてマイナス六十点よ! それからしたらメナスさんは凄いわ!」


 と言う、ツインテールの同僚については「何をした!?」と聞きたい所だ。


「それじゃ次はお料理の配膳よ。今日はお客様が来られるらしいから、粗相の無いように皆、気を付けて。

 メナスさんには私が付きます。言われた事だけして下さいね」


 が、フォルトが口を開いた為に、疑問を飲み込んで「はい」と返答。

 その後にはメイド達全員で移動して、食堂の端に待機する事になった。

 目の前には二本の長テーブルがあり、そこには色とりどりの料理が並ぶ。


「(マズイな……)」


 そんな物を目にした為か、私は空腹を覚えてしまい、心の中だけでそう呟いて、両目を瞑って耐えるのである。

 願う事はただ一つ。「腹よ鳴るな」と言う物だけだ。

 同僚、即ち他のメイドは、私の本当の性格を知らない。

 それ故にここで腹を鳴らせば、腹ペコキャラとして認定するだろう。

 この歳で、この性格でそれはキツすぎる。逆に、明らかに聞こえて居るのに、無視をされるのも来るものがある。

 兎に角マズイ。相当の危機だ。

 仮病を装って抜け出すのも手だが、それでは「客」が誰だか分からない。

 ティレロが誰と接しているのかは、極めて重要な事柄なのだ。

 ならば最早、耐えるしか無い。腹が鳴らない事を祈りつつ。


 生唾を飲んで誤魔化していると「いらっしゃいました」と誰かが言った。

 目を開けると全員がお辞儀をしていたので、私も慌てて頭を下げる。

 そしてティレロと、誰かが通り過ぎ、広い食堂の一画に着く。

 気配で察するに右手最奥。向かい合うようにして座っているようだ。

 皆に倣って頭を上げると、ティレロの顔が右正面に。客、と思われる誰かの側面が、視界の中に映り込んで来た。


 赤に近い茶色の髪に、同色の口ひげには見覚えがある。

 それに加えて聞き覚えのある声が、ある知り合いを特定させる。

 ……誰かと言うならドーラスだったが、私はそれを信じられない。

 奴にはティレロに濡れ衣を着せられ、相当の煮え湯を飲まされた過去がある。

 そんな奴が食事に同席し、向かい合っている理由がさっぱり分からない。

 もしや奴も共犯なのか? 或いは引き込まれてしまったのか?


「ただいまお伺いいたします」


 そう思っていると、ベルを鳴らされ、メイドの一人が近くに向かう。

 そして、何かを言われた後にフォルトの前に移動して来た。


「お肉と野菜とお魚を少々。ワインは赤をご所望されているわ。

 お肉はメナスさんにやって貰うから、その他はいつもの担当でお願いね」

「かしこまりました」


 フォルトの指示でメイドが動く。向かった先は料理が殆どで、おそらくワインを取って来るのだろう、一人は食堂の外へと消えた。

 私の担当は、多分、肉で、すぐにも呼ばれてフォルトに近付く。


「まずは一つを枕にしてから、左から順番に置いて行くのよ」

「あ、はい……」


 それから始まった肉の講義には、適当な言葉を返して凌ぎ、ティレロとドーラスの会話の方にこそ聞き耳を立てて内容を伺う。


「良く生きて戻って来れたな」


 これはドーラスで、ティレロは微笑する。


「私には女神がついていますので……

 尤もそれは思い込みで、純粋な「運」で助かった気もしますが」


 その後にそう言って小さく笑い、私とドーラスを疑問させた。


「さ、それではメナスさん、やってみて」

「……良い所なんだ。邪魔をしないでくれ」

「メナスさん……?」

「あ、いや、何でも無い……! 盛れば良いんだな……盛れば……」


 間が悪いが仕方ない。彼女は仕事をしているだけだ。

 悪いのはむしろ素性を偽って潜入している私なのだ。

 考え直して素早く動き、適当に、大雑把に肉を盛って行く。

 そして、皿を「そら」と突き出して、その動作のままで二人を伺った。


「まぁ、それは良いとしてだ……そろそろ教えて欲しいのだがな。

 こんな所まで足を運んだのは、貴殿の言葉に一理を見たからだ。

 誰に聞かれるか分からんと言う、貴殿の周囲への警戒の言葉にな」

「……単刀直入。まさにそれですね。

 良いでしょう。ドーラス卿の御心配を一つ取り除いて差し上げましょう」


 教えて欲しい。と、ドーラスはそう言った。

 という事はティレロが知りえる事の、何かを教えて貰いたいのだろう。


「メナスさん! これは何!? 私がこんな事を教えたかしら!?」


 良い所なのにフォルトが五月蠅い。このままでは二人に怪しまれてしまう。


「持って行けばいいんだな」

「ちょっ!? メナスさッ……!?」


 そう思った私は皿を奪い、二人の元へと静かに接近。

 料理を置くどさくさで聞き耳を立て、ティレロが教えた内容を知る。


「レーヌ・レナス。鮮烈の青は行方不明ですが生きてはいます。

 ヘール諸島のコールドの街で、見かけたと言う情報を入手しています。

 ただ、その後の消息は不明で、現在の居場所もそれと同様。

 ドーラス卿もご存知のように、簡単に死ぬ方ではありませんよ」


 そう言って、ティレロは食器を握る。

 それから止まったのは肉の配膳――私の取り分けを待っている為で、気付いた私は若干慌てて、ティレロの皿に肉を乗せた。

 何の事は無い、私の生死をドーラスはティレロに聞いていただけだ。

 そして、話の通りであれば、コールドの街では見つけられていたらしい

 或いは変装を見抜いている可能性も、こうなるとゼロでは無くなってしまう。


「そう……か。いや、そうだな。レナス卿が簡単に死ぬはずが無い。

 情報に感謝する。気持ちが晴れた」


 こいつ……本当にそれだけの為に来たのか?

 ドーラスの言葉に少々呆れ、食器を両手に私が固まる。


「ドーラス卿にも」

「あ、は、はい」


 しかし、直後には取り分けを促され、鶏肉の腿のカットに移った。


 ぐぅぅぅ~……


 直後に鳴るのは私の腹の

 思わず「あぁぁぁ~……」と、誤魔化しの声を出す。

 が、二人とも気を遣って私に何も言って来ず、むしろそれが心に堪えて、眼鏡の奥の両目を潤ませる。

 何か言え! むしろここは!

 そうは思うが流石に言えない。仕方なく作業を続けていると、ティレロが唐突にドーラスに聞いた。


「……ちなみにドーラス卿にとって、レナス卿とはどういう存在で?」


 勘弁してくれ。と、切りながらに思う。もしも悪口でも出て来ようものなら、後の付き合いに影響が出る。

 勿論、この場に私が居ると思っていないから聞いたのだろうが、分かって聞いているのであれば、ティレロは本当に嫌な男だ。

 せめてそう。「同僚だ」とか、「最近はちょっと見直した」とか、そういう言葉が出て来て欲しい。

 肉を斬りながら思っていると。


「それこそ女神だな。愛していると言って良い。

 尤も、歳の差を鑑みるに、本人には決してそんな事は言えんが」


 とんでもない事をさらりと言って、ドーラスは横を見て遠い目をした。


「あ、あ、あ、愛だと!? 貴様! 何を言っているのか……ッ!?」


 あまりに驚いた事もあり、私は思わず口走る。

 二人の怪訝な顔を見て、不覚に気付くがもう遅い。


「あああっ! 手が! 手が滑りましたぁぁぁン!!」


 と、切り分けた肉をドーラスに投げ、顔面にぶつけて素早く逃げた。

 ドーラスとティレロ、そしてフォルトが「待ちなさい(て)!」と言っても私は止まらない。

 結局そのまま厨房にまで逃げて、ドーラスが帰る時を密かに待った。

 そして、約一時間後。

 ドーラスが帰って片付けが始まる。

 やがてフォルトに見つけられた私は当然の如くに説教をされ、なぜ、あんな事をしたのかの理由を質問されるのである。


「あー……その……昔付き合った事があるダメオにそっくりだったもので……」


 勿論それは口から出まかせ。その場を切り抜ける為だけの嘘だ。


「……ふぁいと!」

「……次があるわよ!」


 が、フォルトを「含めた」同僚達に、肩に優しく手を置かれ、何となく惨めな気持ちになった私は、引きつった笑みをその顔に浮かべた。


恋愛関係には好意的な同僚達……


と言う訳で旅立ちます。

予定では月曜には戻ってきますが、或いは何日か過ぎるかもしれません。

お待たせしてスミマセンが、よろしくお願い致しますです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ