レナスの変装 潜入作戦 一
木金と投稿できませんので、少し多めに投稿しておきます。
カタギリ・ヒジリと別れた私は、ヘール諸島のコールドの街と言う所で密かに準備を整えていた。
何の準備かを一言で言うなら、それは「変装」と言う物であり、変装する事で素性を隠して王国に戻る事が目的だった。
私が――つまり、レーヌ・レナスと言う者が戻れば、殆どの者が私と気付く。
それは当然目撃者となり、現状、行方不明になっている私の生存報告にも繋がる事だろう。
今、私はティレロと言う者に、生きて居る事を知られたくは無い。
もし、生きて居る事を知られてしまえば、再びアイニーネを盾に取られ、望まぬ事を色々とやらされる可能性が生まれるからだ。
故に私は変装をして、素性を隠して戻る事を決めた。
その姿でアイニーネと接触をして、彼女を保護して反撃に移る。
そう思って色々と回っていたのだが……
「(尻が丸出しだと……!? 冗談じゃない!? こちらは何だ!? なぜ、股間の部分に♀(おんな)のマークが記されているんだ!?)」
現在の所、ろくな服が無く、決めるに決め兼ねてとっかえひっかえ。
そんな私の姿を目にした店の亭主が顔を見せ、一体どういう服が欲しいのかを具体的に質問して来たのであった。
具体的に、と言われても、正直な所は表現に困る。
思えば、私は制服と軍服……つまり殆どが鎧を着ている訳だが、それ以外の姿になった事はほぼ無く、女性としての常識とキャパシティーには大きく欠けている。
例えば普通なら「〇〇のような感じの~」と、例を出して言えるのだろうが、その例を多く知らない私は、「いや……」と返したきりで考え込むのだ。
まずは用途だが、これは変装で、私と分からなければそれで良い。
そして着ている期間であるが、購入して、着替えて王国に戻り、アイニーネをどこかに匿うまでで良いだろう。
そこに至るには移動が必要で、日数にするなら五日程か。
つまり、女の一人旅で、五日ばかりを怪しまれずに、かつ、貴族の館に近付いても不審に思われない格好がベストと言える。
「オンナノヒトリタビ……イツカクライ……ヒトニアヤシマレナイカッコウ……だな」
口に手を当ててゆっくりと言う。確認しながらの言葉で有る為、カタコトになっていた点は否めない。
聞いた亭主は「あ、ああ……」と一言。若干動揺した様で品を漁り。
「これなんかどうだい? 女野盗セット。
近くの武器屋でナタと弓を買えば、あんたも今日から立派な賊だ」
熊皮のベストに白のサラシ、麻で作られたミニスカートを見せて来て、私に購入の意思を聞くのだ。
カタコトだったのがマズかったのか、それは言うなら女の異民族。
「返って目立つわ!」と私は怒鳴り、「そ、そうか」と亭主が引っ込むのである。
移動中は兎も角、街の中には入れない。ならば移動中は良いのかと聞かれると決して頷けないセンスであるが……
ともあれ、それには拒絶の意思を見せ、「他には無いか?」とその上で聞いてみる。
「んー……じゃあこれとかは」
「変態か私は!?」
出された物は黒の下着で、上下それぞれに切れ込みがある。その場所は勿論所謂「局部」で、需要がある事にまずは驚く。
「いやでも、結構売れてるんだよコレ。倦怠期に入ったカップルとかに。
もう何年も性交渉が無い夫婦にも、良い刺激になるって話でさ?」
「そんな説明は求めて無いんだが……」
それとも私がそんな風に見えたか?
……もう良い。この店は流石に駄目だ。まともな物を一つも置いて無い。
そう思って立ち去ろうとした私であったが、出口の近くで普通の服を見つけた。
色は白で、所謂ワンピース。
こういう物もあるんじゃないか。と、素直にそれを手に取るのだが。
「ああそれね。雨で溶ける素材で作られた悪戯用のワンピースだよ。
あんたが露出狂か何かだって言うなら、買うのは無理には止めないけどさ」
危ない所だ。買う所だった。もし、亭主が説明をしなければ、雨が降った時に私は終わった。
いつものように傘をささずに、「雨に当たりたい気分だ」と外出すれば……
私はたちまち露出狂の変態女として認定されただろう。
「こんなものを置いておくな……」
一言言って服を戻す。説明で助けられた部分がある為、あまり亭主に強くは当たれない。
「となると、あれかなぁ。ウチで一番マトモなのは、メイド服くらいしか無いのかも知らんなぁ」
「メイド服?」
亭主が言って動き出す。普通と言えば普通であるが、場所が場所だけに警戒をする。
それに、例えば普通であっても、街の中なら兎も角として、移動中にメイド服はあり得ない。
その為に亭主の動きを止めて、立ち去ろうとした私であったが、その時、不意に浮かんだ考えに自身の動きを逆に止めた。
「街の中なら兎も角として、か……」
思った事を口に出す。すると、言葉を出し終える前に、次の考えに自然に移行した。
それは、ティレロのやろうとしている事を暴けるかもしれない。と言う物である。
王都に戻ればアイニーネには会える。彼女が無事ならの話であるが。
それでは匿った後にはどうするか。
安全を確認して職務に戻っても、ティレロのやろうとしている事は分からない。
いや、むしろアイニーネを隠した事で、奴との接触の回数が減り、それと同時に奴の目的が霧の彼方に見えなくなる事もあり得る。
ならば逆に近付いてみるか。
それが私の思った事で、具体的な方法は、潜入捜査と言う物だった。
要するに、メイドに化けて忍び込み、内側から奴の目的を探る。
そして、決定的な証拠を見つけて、奴の身柄を拘束するのだ。
幸いな事に今の私には相棒妖精と言う物が居ない。
その点でマジェスティと気付かれる事は、万が一にも無いと言えよう。
他の点、つまり、髪型や見た目だが、これは少々変える必要がある。
そのままの姿でメイド服だけを着ても、「何をやっているのですか?」と言われるだけだ。
そうと決まれば。そのように動こう。
「亭主。探してくれている所を申し訳ないのだが……」
「あったあった! ちょっと待っててくれ!」
決意した私は亭主を呼ぶが、その時には丁度見つけてしまい、何やら色々を抱えた上で、私の前にとやってくる。
「まずはこれ、黒メイド服」
ガラスケースの上に服が置かれる。丈が若干短い気がするが、割と普通のメイド服だ。
「それからネコミミと悪魔の翼」
えっ……
「悪魔の尻尾にハート型の貞操帯……っと。鍵はコレね。ご主人様に渡して」
何かがおかしい。この店はやはり。渡された鍵をすぐさま返し、「邪魔をしたな」と亭主に告げる。
「すまなかった」
結果としては冷やかしである為に、謝意を示して歩き出し、「ちょっ、まっ」と、慌てる亭主に構わず、軒下から出て陽光を身に受けた。
「これで終わりじゃないんだよ! まだあるんだ! 猫の肉球が!?」
「どうでも良いな!?」
直後の言葉には思わず突っ込む。それで興味を引けるだろうと思われて居た事が少し心外だ。
「ダメか……この程度のマニアックさでは、あんたを納得させられないんだな……」
「人を変態のように言わんで貰おう……」
最後にそう言い、店を離れ、私はマトモな服屋を探す。
どうやら街自体がオープンと言うか、随分とフリーダムな雰囲気であり、そこで商売している関係か、マトモな店はなかなか無かった。
だが、何とか、それを見つけて、旅用の衣服をまずは購入。
その後に私は整髪師の元に行き、その者に任せて髪型を変えた。
「どうーでしょぉぉん? あたしが思うにぃ、あなた様はぁん、こういう髪型もイケると思うのォン♡」
先にいうならそれは男で、年齢で言うなら四十ばかり。
喋り方はちょっと……アレだと思うが、そこは個人の自由な所。
私はそこには追及をせず、運んで来られた鏡を目にする。
「ううーん……」
一言で言うならかなり地味。所謂三つ編みにされたらしい。これに眼鏡の一つもかければ確かに正体は分かりづらいとは思うが……
「あたしの初恋の子の髪型なのよ……その子にフられて、切っちゃったの、アレ♡」
この街にはマトモな人間はいない。そう思った私は「そうか……」と返し、かけていた椅子から体を起こした。
それから五日後。王都に戻った私は館に立ち寄らずに服屋に向かった。
流石にあの街――コールドとは違い、品の揃えも常識的で、その中から青色のメイド服を選んで、私は服屋を後にする。
「(もののついでだ。買っておくか……)」
偶然見つけた眼鏡屋だったが、そう思った為に立ち寄ってみる。
視力自体は悪くは無いので、それは完全に変装用だ。
視界がぼやける。気持ちが悪い。目と耳に違和感がある。
二つばかりを試着して、そんな事を考えて顔を顰めると、亭主なのだろう男が現れ、眼鏡の用途を質問して来た。
「そ、そうだな、用途は特に無い。ふぁ、ファッションの一つとして求めに来ただけだ」
変装用だ。等とは言えず、少し動揺して亭主に答える。我ながら何と言う誤魔化し方だ、と、直後には思って額に手を当てた。
ちなみにだが私の今の恰好は、藍色のダブレットに黒のズボンと言う物。
その上で三つ編みを背中に垂らしていると言う図で、下手をするなら男に近い。
そんな人物が「ファッション」等と言うのだから、私が亭主の立場であれば、その格好を何とかしろときっと忠告する事だろう。
無論私を男では無く、女と見た場合の話ではあるが……
「そうだねぇー、お兄さんハンサムだから、こんな感じのフェイクグラスはどうかな?」
そらみろ。と言う声が聞こえてきそうだが、やはりは私を男と見たようだ。
まぁ、それは仕方が無いので、亭主の間違いを責めようとは思わない。
だが、出された眼鏡、フェイクグラスと言う物らしいが、レンズばかりかその縁までもが真っ黒な事は頂けない。
この姿ならばまだ良いが、メイドでその眼鏡は反社会的すぎる。
「かしこまりましたぁ……と言うと思ったかクズが!」等と言って、机を蹴り倒しそうな風体になるだろう。
故に、短く「いや」と言って、どう続けるかを思案する。
「じ、実はその……妹が……居るのだが、ある所で働く為に変装をしたいらしいのだ。
その為の眼鏡を探しているんだが、それにふさわしいものは無いだろうか?」
やがて出て来た言葉はそれで、聞いた亭主が「ほー」と返す。
それから少しの間を探し、出して来た物は厚底の眼鏡で、「まず、目は見られないね」と亭主が言ったので、私はそれを受け取って見た。
着けてみると視界は良好。一つだけ言うなら少々重い。
それはそのはずレンズの厚さは、適当に見ても二㎝はあり、自分は兎も角相手からはこちらの目が見えない仕組みになっていた。
不思議な物だな。と思いつつ、眼鏡を動かして両面を見る。
しかし当然、仕組みは分からず、気に入ったかを聞かれて亭主に向かう。
返す言葉は「ああ」と言う物。気に入ったと言う訳では無いが、変装をするなら打って付けだ。
「それじゃあそれ、六千五百ギーツだから」
「あ、ああ」
言われた後に背中を向ける。セキュアから財布を取り出す為だ。
と言っても、袋に詰めているだけだが、それだけに持ち運びが不便である為、本来の使い方とは違うのだろうが、私はそれをセキュアに置いて居た。
ちなみに一つが五十万ギーツで、同じ袋が六十八個、セキュアの中には入れられている。
それがこの星での私の財産で、即ちヨゼル王国からの、給料という名の借りと言う訳である。
まぁ、労働への正当な報酬なのだから、借りと言うのは違うのかもしれないが、私も元騎士、いや、今も騎士で、そこには多少の恩義と言うか、負い目と言う物を感じている。
だからこそティレロ。あの獅子身中の虫を、何とかしなければこの国は滅びる。
これからの行動は自分の為だが、そう考えて動いて居る所も、私の中に多少はあったのだ。
「(さて、いよいよだが、どこで着替えるか……)」
支払いを終えて店を出て、右を見ながら考える。
通りを行き交う人は少ない。おそらく曇り空のせいなのだろう。
丁度、荷馬車がやって来ていたので、それを目で追って更に考えた。
自分の館には近付くべきでは無い。おそらく見張りが居るだろうし、出入りは厳しく監視されているはずだ。
ならばドーラスの館にでも行くか? いや、素性をはっきりさせられん以上は、門前払いが関の山か。
「(考え込んで居ても仕方が無いな……服屋に戻って着替えさせてもらうか)」
やむを得ずにそう思う。変装する所を見られてしまっては、心配事を残してしまうが、だからと言って路地裏等で着替える勇気は流石に無かった。
服屋に戻り、頼んだ上で服を着替えて眼鏡を付ける。
そして、姿見の鏡を前に「誰だこいつは……」と呟くのである。
頭から行くならまずはカチューシャ。色は白でフリルがついている。
少し下に行って買って来た眼鏡。厚底な為に目が見えず、無意識に根暗をイメージさせる。
それから青のメイド服。これは少々胸回りがキツイ。その上にはこれまたフリルがついた白いエプロンを身に付けている。
何と言うか、イメージで言って悪いが、田舎のどん臭い娘と言う所か。
何かにつけて「はわわわ」とか言って居そうな、ノロマでドジな娘な印象だ。
私を知る者、例えばヤールやドーラスがこの姿を見たとしたら……
高い確率で気付かれないとは思うが、もしも気付けば口封じをする事も考慮に入れた方が良いのかもしれない。
まぁ、それは頭を殴るとか、記憶を失うまで首を絞めるとか言う物だが、それでも忘れてくれない時には、後は露骨に脅迫するしかないだろう。
「やれやれ、だな……」
自分の考えた事だとは言え、馬鹿な事をしているとため息を吐く。
それから私は仕切りを動かし、店を後にしてティレロ邸に向かった。