3
レイは秋葉原の中央通りでドゥカティと激しい攻防を繰り広げていた。一進一退のそれは周辺を破壊するに留まり、お互いに確たるダメージを与えられない。
ドゥカティがレイの懐に飛び込み、素早いパンチを繰り出す。レイはスウェーで避け、ボディブローをカウンターで放つが、ドゥカティは後ろに飛んで距離をとり、拳は空を切る。
今度はレイが先手を切ってハイキック、瞬時にしゃがんで避けたドゥカティは顎を目がけてアッパーカット、レイは両手でそれを防御し、そのまま腕を掴もうとするが、ドゥカティはするりとかわしてまたしても距離を置く。
「キリがないな……」
レイはぽつりと呟く。耳聡くそれを聞いたドゥカティが言う。
「ですわね。少し趣向を凝らしてみようかしら?」
ドゥカティは自らの背に手を回し、生えているマフラーを二本取り外す。ドゥカティが軽くそれを振ると、長さが一メートル弱に伸び、先が鋭利に尖る。
レイは特に動じず、自らの手を腰の前あたりで、剣を握るように構える。
「フェイタル・アイシー・ソード」
言い終えるや否や、レイの手には氷の剣が形作られ始める。一点の曇りも見られないその剣は、稀代の名工にも作ることは出来ないだろう。
「なんだかあの時を思い出しますわね」
レイもドゥカティもヴォルテカが破壊され散り散りになったあの日の事を思い出す。
「そうだな。あの日の決着をここでつけよう」
気合の発声などなく、レイとの距離を一息で詰めたドゥカティは両手のマフラーソードを振るう。まるで踊っているように剣を操るドゥカティ、だがレイはそれを見事にいなす。
飛び上がったドゥカティが左の剣を振り下ろす、上段でそれを受けるレイ。にやりと笑い、もう片方の剣で神速の突きを繰り出すドゥカティ。レイは全身の力でドゥカティの左の剣を跳ね上げ、目にも止まらぬ速さで右の剣を弾き落とす。
「随分鍛え直したみたいね」
「守りたいものが出来たんだ。負ける訳にはいかない」
深呼吸を一つしたドゥカティは両の手の剣を構え直し、もう一度レイに仕掛ける。ドゥカティは横薙ぎに一閃、すかさず縦に一閃。レイは最小の動きで両剣戟を防御し、反撃の突き。ドゥカティは後ろに飛びながら自らの剣をクロスし、レイの突きを跳ね上げる。
今度はレイが仕掛ける。上段からの払い下げ。ドゥカティはわずかな動きでそれを避ける。レイが返しで払い上げ、ドゥカティは両剣でそれを防御し、片方の剣をレイの刀身を滑らせ、反撃する。紙一重でそれをかわすレイ。二人は間合いを推し量りながら歩く。
「結局勝負はつかないな……」
他の面々の戦いが気になりだしたレイ。先ほどからスマ子に呼びかけても一切返答がないことも心配だ。ここは大技でもって状況の進展を図ることを決める。
「あら? 何かする気かしら?」
レイが自らの氷剣を肩で担ぐような姿勢になったことに反応するドゥカティ。だが、あえて全力で受けようと覚悟を決める。それは絶対的な自信に裏打ちされた行動だ。
レイの周囲の大気がにわかに冷たくなっていく。辺りには粉雪が舞い始める。
レイが担いでいた氷剣はビキビキと音を立て、近隣のビルほどの巨大な姿になっていく。レイはカッと目を見開き、その巨大な氷の剣を振り下ろしながら叫ぶ。
「大氷結斬!」
振りあげられた氷剣は一度レイの直上で静止した後、ドゥカティ目がけて振り下ろされる。ドゥカティは動かない。口角を少し上げ、あの言葉を舌に乗せる。
「エクス・エグゾースト!」
氷剣が大地に爪痕を残すかと思われたが、そうはならなかった。巨大な氷剣は中程から砕かれ、その真ん中には蒸気を纏い片腕を上げたドゥカティが立っている。ドゥカティの体から発せられる熱で辺りの氷はみるみるうちに水になり、その水は瞬時に蒸発していく。
「片手で破壊するとは……」
決して手を抜いた一撃ではなかった。しかし、相手は自らの能力を理解し、以前より使いこなしている。
「私たちの相性って最悪じゃありませんこと? 炎と氷だなんて。水と油って感じですわよね。まあ私の体には実際に油が流れていますけど」
片手に付いた水を払いながらドゥカティは世間話のように言う。そして、踊るようにその場で一回転し、レイに向かい指を鳴らす。すると周囲に火柱が立ち、辺りの氷を一気に溶かす。
「冷静になって考えると、この勝負、私の方が有利じゃありません?」
背中から生えた幾本ものマフラーからの排気音で大気を震わせながら、ドゥカティは笑う。
「相性を覆すのが力量の差だろう。結局のところはそこだ」
挑発に挑発で返答するレイ。
そこに闖入者がやってくる。モータードとの一戦を終えた流星である。
「レイ! 大丈夫か!」
レイは流星が無事でいてくれて安堵するが、この場に来たことは非常に不味い、と思う。誰かを守りながら,力を増したドゥカティと戦うのは厳しい。
その一瞬の思考を、ドゥカティはレイの目線と表情から察する。
「ふ~ん……守りたいもの、ねぇ……」
ドゥカティは興味なさそうに流星を一瞥するが、内心ほくそ笑んでいる。ドゥカティは極小の火弾を流星に向かって放つ。レイはすかさず反応し、片手でそれを掴みとる。火弾がレイの手を焼く。ドゥカティはもはや内心の哄笑を隠すことが出来ないでいる。
「あらあらあら……ここに来てこの展開は少し興が削がれるわね……。でも相手の弱みを攻めない訳にもいかないわよねぇ?」
ドゥカティは地を蹴り、レイに殺到する。均衡状態が崩れ、戦況はドゥカティの優勢に変わる。というのもドゥカティの攻撃にフェイントが組み込まれたからだ。そのフェイントの対象は流星である。レイはそれがフェイクだと思いながらも対処せざるを得ない。その隙を突かれて、あっという間に傷だらけになるレイ。
流星はレイの戦いを遠巻きに見て、何かがおかしいことに気付く。そして、攻撃を受けた直後のスマ子の言葉を思い出し、自分がレイの足枷になっている事に気付く。その場から踵を返そうとした途端、ドゥカティがフェイクではなく実際に流星に対し火弾を放つ。
「流星!」
レイが叫び、ドゥカティと流星の間で炎に包まれる。ドゥカティは追い打ちとばかりにレイに回し蹴りを打ち込む。防御することも出来なかったレイは盛大に飛ばされ、流星の近くに落ちる。そのレイに流星は駆け寄り、言葉を掛ける。
「ごめん……! 俺のせいだ……。俺が何にも考えずにここに来たせいでっ……!」
「謝るな、流星。無事でいて何よりだ……」
倒れているレイは泣きそうになっている流星の顔を見て、安心し、今までを想う。
『流星。我々ゼントロンの地球での協力者にして、ヴォルテカをその身に宿すもの。我々は全身全霊を賭けて、彼の身を守る……。実のところこれは建前だ。そんなことがあってもなくても一度結んだ縁だ。捨て置くことなどしない。それに私個人としても今の環境は非常に心地よい。あの星での一件以来他者との距離感を測りかねる私を、今のチームの面々は温かく受け入れてくれている。まあ、皆が私と大差ないからかもしれないが……。今では流星達と過ごす日々は職務を超えて守りたいものとなっている。特に、流星とは約束をしている。私は約束を守る。ならばやるべきことは決まっている』
レイはガバッと跳ね起き、流星を庇うように抱きかかえる。流星は唖然とするが、すぐにその意味がわかる。流星は背中越しに、ドゥカティの凶刃がレイの背中を貫いている光景を目にする。
「レ……イ……」
流星は絶望に打ちひしがれた表情を隠すことも出来ずに、呆然としている。
「守る……と言った……約束は……守らなくては……な……」
地に伏せる寸前、レイはそう言った。
「アーハッハッハハ! あー笑いが止まりませんわ! あなたのおかげですわ! 心から感謝を! アーハッハッハハ!」
ドゥカティは流星にそう言うものの、もはやどうでもいいのかレイの元に歩いていく。
「あなたには散々お世話になったものねぇ……」
ドゥカティは邪悪な微笑を湛え、負傷し動けないレイに向かい、ローキックを浴びせる。
それでもレイは叫び声など上げずに、毅然とドゥカティに向かい合う。
「こんな……ことをして……何になる? さっさと止めを……刺したらどうだ? これから私が……一発逆転するかも知れないぞ?」
「そんな無様な姿でよく言えますわね」
「勝負は……決着がつくまでわからないものだ……。そして、決着は……どちらかが諦めた時にのみ……決するのだ」
流星はそのレイの言葉を聞き、はっと我に帰る。そしてあれほど傷つきながらも、まだ闘争心を絶やしてはいないレイを見て、自らを顧みる。
『レイ・スマ子・ハコ・CP。俺の家にいきなりやってきて生活を無茶苦茶にした奴らだ。はっきり言うと、最初は疎ましくてしょうがなかった。俺の家電を勝手に体に使った挙句、家にまで被害が及んだのだ。そう思っても仕方ないだろ。だけど……まあそのなんだ……いつ頃からかは知らないが、そう疎ましいものでもなくなっていた……。なんだったら好ましいとさえ思っている……。母さんは俺が小さい頃に死んだし、父さんは家にあまりいない。俺は家族っていうのをよく知らない。けど最近、彼女達が家族のようなものなのかも、と思うことがある。共に朝起きて、ご飯を食べて、笑い合ったり、怒ったり……そんな他愛ないものなのかもしれないって。ああ……認める。認めるよ! 俺はみんなのこと、好きだよ。ああ、くそ、どうすりゃいい? 一体何が出来る? 俺はただの無力なガキだ。そんなことはわかってる。そして、それでも今が、立ち上がらなきゃいけないときだってことも、わかってる』
流星は震える足に何とか命令を聞かせ、レイとドゥカティの間に割って入る。ドゥカティは視界に入ってきた蚊を払うようなさりげなさで流星を張り飛ばす。数メートルは吹き飛んだ流星はすぐに立ち上がり、またしてもレイとドゥカティの間に歩を進める。またしても流星は片手でおざなりにその場から除外される。三度目にしてようやくドゥカティは口を開く気になる。
「人間風情が私の邪魔をしないでくださる?」
張り飛ばされた時に額を切ったのか、流星の顔には一筋の血が流れている。ドゥカティはその顔を見て、バックステップで距離を開ける。血を流していたことに驚いた訳ではない、流星の持つ何か得体の知れない雰囲気を感じ取ったのだ。
「レイ、俺も戦うよ。いやそんな大それたアレじゃないな……ってそれはいいや。レイはまだ諦めてないんだろ?」
「当たり前だ。私は体が動く限り戦い続ける系の人種だ」
「デーン人の血でも引いてるのか?」
下らない事を言って笑い合う、その間に流星はレイを背負う。レイの総重量は百キロ近くある。流星の体が軋む。
「重いと言ったら怒るぞ?」
「軽い軽い。同じものが後三つあっても大丈夫だね」
額に汗を浮かべながら、流星は軽口を叩く。実のところ、流星はドゥカティに張り飛ばされただけであばらを二三本折られているのだが、脳内物質が大量分泌でもされているのか、不思議とそれほど痛まなかった。
「あなた方がそんなに終わりにしたいのなら終わりにして差し上げるのが親切、というものですわよね」
ドゥカティはそう言うと両手を引き絞り、体に力を溜め、叫ぶ。
「エクス・エグゾースト・トランザム!」
周囲の空気がビリビリと震える。ドゥカティの背の数多のマフラーからは絶えず炎が噴き出し、圧倒的な力が流星にもわかる。しかし、それでも流星は臆してはいない。
「勝てるかな?」
「私と流星が手を組めば、勝てないものなどいないさ」
レイは自信満々に言ってのける。その余裕が気に入らないのか、ドゥカティが吠える。
「余裕ぶっこいていられるのも今の内だけですわ! 行きますわよ!」
その声を合図に流星は走り出す。疾走するドゥカティに対してあまりにも遅い流星。
ドゥカティとの衝突の間際、流星の背でレイは自らの拳を突きだす。同じようにドゥカティも拳を突きだす。ぶつかり合う拳と拳。
その時、流星の左手の甲は一際輝きを増し、秋葉原一帯は爆発と光に包まれる。
流星はガバリと起き上がり、周囲を確認する。砂埃の舞う中、倒れているレイを見つける。
「レイ、しっかりしろ!」
悲鳴を上げる体で駆け寄り、レイを抱き起こす。
「やったか……?」
「こんのド畜生がぁ……」
ドゥカティはまだやる気だ。殺意の籠った目で、二人を睨みつけている。
「相変わらず諦めが悪いな……」
レイはドゥカティの長所を思い出す。士官学校に共にいた頃から、彼女は勝つまでやる、を実践していた。それゆえに頂点に君臨していたのだ。
「なんてしぶといんだ……」
「負けて……たまるもんですか……」
ドゥカティはそう言って、近くに停めてあった車に歩み寄り、給油口に拳を突き立てる。そして、漏れ出るガソリンを飲み始めたのだ。浴びるように赤褐色のガソリンを飲み、口元が濡れている。
「何をしてるんだ……?」
「わからないが、これはまずいな……」
ドゥカティは爛々とした目を二人に向け、こう言い放つ。
「完膚なきまでに叩き潰すっ!」
言い終えるや否や、ドゥカティは車に自らの体をめり込ませる。姿が消えたと思った途端に、周囲のあらゆる車が磁石で引き寄せられるようにそこに集まって行く。そして、車の群れは蛇が如くその身体をもたげ、ドゥカティの姿を形成する。その大きさは近隣のビルに並ぶほどの巨大さである。
「踏み潰して差し上げますわ!」
高笑いを上げながら完全な姿になったドゥカティが足を上げ、レイと流星を踏みつける。
「くぅっ!」
満身創痍のレイはなんとかその足を両手で受け止める。
「レイっ!」
「流……星……。早く、逃げろ……。長くは、もたない……」
「そんな! そんなことが出来るか!」
「頼む……最期の願いを……聞いてくれ……」
「最期だなんて……」
流星に決断の時が迫る。このままこうしていれば、二人とも死ぬだろう。しかし、レイを置いて自分だけが逃げるなんて出来ない。だけど、二人とも助かる道はあるのか。
違う。
道はあるんじゃない……自らの手で作るんだ!
流星の心が決まった瞬間、その左手が眩く輝きだす。
「レイ、約束は守るんだろ? だったら、勝とう」
流星は輝く左手でレイに触れる。そして、レイのコアストーンが光を放つ。
「これは……ヴォルテカの力……!」
レイの体に力が漲り、ドゥカティの足を跳ね上げる。
「なっ! なにぃ!」
コアストーンは輝きを増し、段々とレイの体は大きくなっていく。そして、ドゥカティとほぼ同じ大きさで止まる。
「状況はイーブンだな」
流星は上空からレイの声を聞く。
「レイ! 頼んだぞ! ぶっ飛ばせ!」
「任せろ!」
そう言ってレイは大地を蹴り上げ走り出す。その一歩一歩が地面に大きな穴を穿つ。
大気を震わす剛腕が繰り出される。流星はその風圧で飛ばされそうになり、街灯に掴まる。
「小癪なぁぁぁぁぁ!」
耳を張り裂かんばかりの叫び声を上げ、ドゥカティが迎え撃つ。レイの拳を真っ向から受けつつ、カウンターを返す。お互いの拳が顔面に突き刺さる。
しかしどちらも一歩も引かない!
それからはまさに全てを賭けた殴り合い。防御なんて行儀の良い真似を双方せずに、ただ相手を打ち倒すためにのみ拳が振るわれる。
すぐに辺りは爆撃でも受けたかのように破壊され尽くす。
「負けてたまるものですかぁぁぁ!」
ドゥカティの怒声が響き、拳がレイの顎を捉える。それをまともに受けたレイは巨体を浮かせ、後方に吹っ飛ぶ。倒れたレイがビルにもたれかかる。
「それはこちらもよぉぉぉぉぉぉ!」
レイはすぐに体勢を立て直し、躍りかかる。
レイの拳は冷厳な氷に包まれ、ドウカティの拳は業火を纏う。
「レーーーーーーーーーーーーーイ! ぶっとばせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
流星は思わずそう叫んでいた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「うらああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
双方が雄叫びを上げ、殺到する!
氷と炎が接触し、周囲が爆発的な蒸気に満たされる。その際に起こった爆風で流星は吹き飛ばされ、気を失う。
流星は白昼夢を見る。それはおぼろげな母の記憶。
薄ぼんやりとしているが、それは幼い流星をあやす母の姿だ。流星には温かな気持ちが灯る。幼すぎたので明確な思い出はないが、確かに母は流星を大切に思っていた。
景色がゆっくりと移り変わり、レイ、スマ子、ハコ、CP達がいる情景になる。
笑ったり、怒ったり、悲しくなったり、ふざけたり。
それは、新しい日常の姿。流星の心中に先ほどと同じような気持ちが満ちる。
流星は思う。失ったものは取り戻せない。その代わりとなるものはない。
しかし、新しい何かで満たされることはある。それは、とても、素晴らしいことだ。
真昼の夢は終わる。
空は青。
流星は荒れ果てた秋葉原中央通りのど真ん中に倒れている。視界にスマ子・ハコ・CPがいて、心配そうにこちらを覗いていることに流星は気付く。皆は流星が目を開けたのを見て、各々安堵の溜め息を吐く。ふと横を見ると、元の姿に戻ったレイが同じように倒れた状態でこちらを見ている。
レイの向こうにはドゥカティが倒れている。腰を曲げるように地面に伏している様子から、完全に意識を失っていることがわかる。プライドの高いドゥカティがあんな頓狂な格好でいるわけがないからだ。
流星はまたしても空を見て、誰にともなく呟く。
「さて……さっさと家に帰ろう……」
ゼントロン達は楽しそうに流星に同意する。そして、レイがこう言う。
「そうしよう……なにより今日の晩御飯はカレーだからな」
屈託のない笑みを浮かべるレイ。それを見た流星は、不覚にも思ってしまう。
みんなに出会えて良かった、と。




