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流星は夢を見た。
幼い流星は泣きじゃくっている。しかし、それをあやすものはいない。増築具合から察するに十年ほど前の自宅には、流星しかいない。
流星が泣いている部屋の隣では、真新しい仏壇がひっそりと線香の煙をくゆらせている。写真を撮られることが好きではなかった流星の母の遺影は、恐らく父が勝手に撮ったのであろう、少し驚いた表情をしており、どうにも場違いだ。
流星の父は仕事を理由に外出している。彼の上司や同僚はしばらく休むことを勧めたが、彼自身がそれを断った。妻を失った心の穴を埋める何かとして、彼は仕事を選んだのだ。まだ幼子の流星から背を向けて。
泣きに泣いて泣き疲れた流星は、嗚咽を漏らしながら、点けっぱなしになっているテレビに目を向ける。家電のコマーシャルが放送されている。明るい日差しの射し込むキッチンで、仲の良さそうな母と子が新しい冷蔵庫を前に楽しそうに笑いながら料理をしている。陽気な音楽をバックに、二人はまるで踊っているようだ。
幼い流星は思う。
『どうしてぼくにはあんな風にいっしょにいてくれる人がいないんだろう?』
幼稚な流星には、いくら考えても結論が出せない。結局、自分が納得できる理由をこじつけるしかなかった。
『きっと、あのふたりのうしろにあるしろくて大きな箱のようなものが、ぼくの家にあるのと違うからだ。きっと、あれがここにあったなら、ぼくもわらったり、おどったり出来るにちがいない』
流星は、あれがどうしても欲しくなってしまった。
五歳の頃のことなんか、明確に覚えていない。それにしても、いかにも子供が考えそうなことだ。それを手にしたからって、欠けた部分を補い、満たされるはずがない。
いや……そうでもないかもしれない……。
欠けたままでも、違った形でも、満たされることはあるかもしれない。
夢から覚めようとしながら、流星はそんなことを思う。
顔に何かが乗っている感覚を覚えた流星は、まどろみから抜け出すようにゆっくりと目を開ける。視界は青一色。流星の顔面には、往年のSF映画に登場したフェイスハガーの如くスマ子が張り付いている。ヒョイと指で摘まんでスマ子を引き離す流星。
「ピピピッピピピッピピピッ☆ あっ……おはよぉござりましゅ……流星さん☆」
規則的な音を突然発したかと思えば寝ぼけ眼になり、覚束ない朝の挨拶をするスマ子。
「おはよう、スマ子。朝だぞ、さっさと起きろよ」
先ほどスマ子が音を発したのはアラーム機能のためだ。スマートフォンを目覚まし時計として使っていた流星は、スマ子が媒体として乗り移った後にも継続してそうしている。流星はアラームとして毎日使うために、ベッドのヘッドボードにスマ子の寝床を作ってやった。それにも関わらずスマ子が顔面に張り付いていたのは、単に寝相が悪いからである。そもそも異星人であるヴァイストロンが寝ることを必要とするのか、と流星が以前聞くと、いわゆる省電力モードのようなものだ、とCPは説明してくれた。そういうものか、と流星は納得した。
流星はぼんやりとした頭で寝巻から着替える。そして、未だベッドの上であくびをしているスマ子を引っつかみ、床で転がって寝ているハコを乗り越え、階下に向かう。階段を下りている最中、味噌汁の匂いが流星の鼻をくすぐる。洗面所で顔を洗ってから、台所に行き、レイに挨拶する。
「おはよう、レイ。今日も早いな。俺も手伝うよ」
「おはよう、流星。いつもすまないな」
少し前からレイは誰よりも早起きをして、みんなのために朝食を作ってくれている。流星が料理に興味を持ったレイに教えたのだ。レイは飲み込みが早く、すぐに流星と同等、もしくはそれ以上の腕になった。
カレーの一件以来ゼントロン達全員が食事をとるようになっていた。必要かは疑問だが、栄養を摂取すると、なんかこう元気になるらしい。食費が倍増してしまったが、ゼントロン達が各自のエネルギーで動いているので電気代はかなり低くなったのでバランスはとれている。
人数が多いし、おんぶに抱っこでは悪いと思った流星は、なるべくレイを手伝うようにしている。いつもの場所に置かれているエプロンを手慣れた様子で纏い、レイの横に立つ。ピンクのフリルが可愛いエプロンを着け、背中で流麗な銀髪を一つに結わえたレイは異国の若奥様といった風情だ。
ほぼ一人暮らしと言って差し支えない生活が長かった流星は、大方の家事は同世代の男子以上にこなす。レイに今日の献立を聞き、手をつけられる作業に取り掛かる。レイから卵を受け取り、ボウルに割っていく。流星はゼントロン達を人として扱うようになり、各々好きな場所を就寝場所にしていいと以前言った。しかし、レイに限っては台所に寝床を構えてもらうように頼んだ。というのも台所から離れたところに冷蔵庫があったら非常に不便だからだ。有り難いことにレイは快く引き受けてくれた。とはいってもレイが一番早起きなので他の場所に寝床を定めても良いかもしれない、と流星は最近思っている。
「おはよう。今日の味噌汁の具は何だ?」
「CP、おはよう。今日は玉ねぎとわかめと豆腐だ、って朝一で聞くことか?」
「朝食はその日の食事でもっとも大事なんだ。それ如何でその日のコンディションが決まると言っても過言ではない。今日は玉ねぎとわかめと豆腐か。良い選択だ」
「わたしも同感です☆ あっ、皆さんおはようございます☆」
やっと起きてきたのか、スマ子が傍にやってきていた。スマ子は食器棚を器用に飛び移りながら、流星の半袖シャツのポケットに収まる。
「料理中なんだからあっちにいろよ。危ないぞ」
「イヤです☆ わたしはここが一番落ち着きますから☆」
それから流星はスマ子にあーだこーだと文句を言いながら朝餉を準備し終える。
「まだハコは寝ているようだな……。どれ、私が起こしてこよう」
CPはそう言うと、いそいそとハコが寝ている流星の部屋に向かう。トラブルが発生しそうな匂いを感じながらも流星とレイはテーブルに料理を並べていく。大皿にサラダ、平皿に山盛りのベーコン入りのスクランブルエッグ、味噌汁、漬物、海苔、ご飯、と統一性があまりない献立。
突如、ズドン、と二階から腹に響く爆発音が聞こえる。
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
続いてハコの叫び声。そしてドタドタと階段を下りる音。
「日本では古来より早朝にはバズーカを発射する、というのでやってみたんだが」
「んなわけねーじゃん!? お前は高田純次かっつーの! ていうかわかってて言ってるだろ! CP!」
朝から言い合いをしているハコとCP。以前とは喧嘩の質が違うので、皆は安心した気持で二人のやり取りを眺めている。
「そのくらいにしておけ。朝ごはんが冷めてしまうぞ。私の料理は冷めても美味いが、より美味しくいただくのが食べるものの務めだ」
レイのその一声で二人は静まり、席に着く。
いつの間にか食事には恒例めいたものが出来ていた。それは、流星が「いただきます」の音頭をとるというものだ。
「えー、それでは、いただきます」
両手をきちんと合わせて、厳かに流星は言う。
「「「「いただきます!」」」」
「「「「ごちそうさま!」」」」
恙無く朝食は終了する。途中、ハコが味噌汁の中にご飯を投入しようとするのを行儀が悪いからと止めたり、スマ子が漬物ばかり食べるので塩分の取り過ぎは成人病の元だと注意したり、と流星にとっては少し忙しかった。食後のお茶を楽しみながら談笑していると、レイが改まった様子で流星に話を始める。
「さて流星、実は話しておきたいことがある」
ゼントロン一同は、レイが流星にあの事を話すようだ、と察してピタリと雑談を止める。
「改まって何だ? 夕飯のメニューでも指定したいのか?」
そんな事とは露知らず流星は軽口を叩く。しかし、言った後で場の空気が先ほどと随分変わっていることに気付き、流星は表情を強張らせる。
「実は……ヴォルテカの所在が判明した。意外にも近くにあって我々も驚いた……。本来なら流星に伝える義務はないのだが、事情が事情なので報告しようと思う。取り乱さず聞いてくれ。流星、ヴォルテカは君の体の中に存在している」
流星はレイの言ったことが瞬時に理解出来ない。言葉を失い、ただゼントロンの面々の前で硬直している。レイの補足をするようにCPが口を開く。
「流星には悪いが寝ている間にメディカルチェックを行った。すると著しいヴォルテカの反応を体内から捉えた。流星の左手の甲にはプラスとマイナスのような痣があるだろう。それは過去に地球に飛来し、拡散したヴォルテカの欠片が体内に取り込まれた証左だ。人の身中に存在するというケースは予想外だったので、我々も気付くのが遅れた。だが安心していい、ヴォルテカは人体に有害でない、みたいだ」
自らの左手を確認し、言われた通りの痣があることを知った流星は絶句する。流星は事態が段々と理解できてくる。その状況の危険性が。
「つまり俺はヴァイストロンにその身を狙われるってことか……?」
「端的に言えばそうだな。学校での戦闘で流星はヴォルテカの力を意図せずとも使ったようだ。相手ももう気付いているだろうし、今頃襲撃の機を窺っているかもしれないな」
CPは淡々と恐ろしい事を言う。
「実は数日前からこの家の周辺で、ヴァイストロンらしき影を何度か捉えています☆」
「やはり向こうも察知したようだな。いずれ衝突は避けられないな」
スマ子とレイはいつもの調子で物騒なことを言っている。
流星は今の今まで自分を、異星人達のゴタゴタに巻き込まれた端役だと思っていた。まさか物事の中心的な存在になるなんて考えてもいなかった。自らの一挙一頭足が多大な影響を与えてしまうポジションにつくなんて全くの想像の埒外だ。これからの生活を思うと流星は頭を抱えてしまう。
「俺の平穏は今を持って消滅したんだな……。とりあえずスマ子、店長に電話かけてくれ……。バイトの用事でアキバに行く予定だったけど断るから……」
今日は日曜日で流星が働いている町の電気屋への久方ぶりの出勤日であった。用事というのは店長の知り合いの秋葉原でパーツ店を経営している人に会い、幾つか品を受け取るというものだ。どうしても外せない要件があるという店長に代わって、アキバに行って品を受け取るだけで時給が発生するのならボロい、と思った流星は二つ返事で了解した。
「気にせずに行ったらどうだ、流星?」
レイは穏やかな様子で、流星が秋葉原に行くことを勧める。そのあまりの泰然自若とした態度に流星はついカッとなる。
「俺はあいつらに狙われてんだろ!? 俺の体の中にあるヴォルテカをどうやって取り出すかは知らないが、捕まったら碌なことにならないのは明白じゃないか!」
「……流星はそうやっていつまでもこの家に籠り続ける気か?」
レイは流星の瞳を真っ直ぐに捉えながらそう問う。
「そんなのは、無理だ……けどどうすればいい? レイは俺にどうしろっていうんだ……」
「秋葉原に行けばいい。我々もついていく。何も流星がこそこそと生きなければならないことはない。ヴァイスロトンとの衝突は最早避けられない。今までは相手に先手を打たれてばかりだったが、今度は打って出る。秋葉原は電気街なのだろう? ならば我々のホームじゃないか。戦いの場にふさわしい」
「打って出るって……本気か? 秋葉原には関係ない人もたくさんいるんだぞ!」
「その点は一案ある。関係ない人間はなるべく巻き込まない」
「……信じていいのか? 勝てる見込みはあるのか?」
「ドゥカティと同様、私も勝てる見込みのない戦いはしない主義だ。そして、どうか、流星には、私たちを信じて欲しい」
ゼントロン一同は流星の目を真っ直ぐに見つめ、次の言葉を待っている。その目に流星は抗えない。それに流星は、レイたちならあいつらに負けたりしない、と信じたいと思っている。流星の答えは決まった。
「……わかった……わかったよ! 今からアキバに行くぞ! ただ約束してくれ、他人は巻き込まない、物は壊さない! これを守ってくれ!」
流星はそう言うと皆に背を向け、自室に荷物を取りに戻ろうとする。その背中にレイが声を掛ける。
「流星、もう一つ言っておくことがあった。今日の夕飯はカレーにしよう」
「さいですか……」
若干の呆れ顔で流星はそう言い、階段を上っていく。
「それにしても……物を壊さない、か。これは守るのが難しいかもしれないな……」
二階への階段を忙しく上る流星には、レイが呟いた本音を聞き取ることが出来なかった。
秋葉原へと向かう電車に乗りながら、ゼントロン全員で外出するのは初めてだな、と流星は思う。学校における戦闘での帰り道はレイがいなかった。
「全員で外出なんて初めてですね☆ なんだかワクワクです☆」
「遊びに行くんじゃないんだぞ……。よくそんな気楽なことが言えるな……」
車内に人が少ないからか、スマ子が能天気な事を言い出す。
「こういう時こそ平時と同じ態度で臨むべきだと思いませんか?」
「スマ子は戦う気がないからそんなことが言えるんじゃないのか? ほら次の駅で人が大勢乗ってくるから黙ってろ」
流星はやや冷やかにそう言い、会話を打ち切る。スマ子は何か言いたそうにしていたが停車駅で大勢の人が乗り込んできたので、口を噤むことしか出来なかった。
約一時間半電車に揺られて、流星達は秋葉原に到着する。
秋葉原は電子部品なら何でも揃う電気街から、アニメ・漫画などのサブカルチャーを中心に取り扱う観光地へと姿を変えたが、裏通りには以前の名残の電子機器を売る店も依然として残っている。そんな裏通りに並ぶ一軒に店長の知り合いが経営している店がある。
「ちょっとここで待っててくれ。すぐ戻るからどっか行ったりするなよ」
流星はゼントロン一行を店舗前に待たせ、用事を済ませるために一人店内に入っていく。
「スマ子、例の準備はどうなっている?」
「万事オッケーであります☆ あと周辺の監視も並行していましたが、今のところヴァイストロンの姿は確認できていません☆」
「そうか、我々の動きを怪しんで今日は仕掛けてこないかもしれないな」
流星の姿が見えなくなった途端、一同は緊張感を漲らせ作戦についての会話を始める。
「レイ、それはないだろう。あいつらがそんな殊勝な考えを持っているとは思えない」
「おいおいCP、どんな相手でも侮っちゃいけないんじゃね?」
「珍しくハコの言う通りだ。来るにしても来ないにしても各自警戒は怠るなよ」
「珍しくって……レイは時々心を抉る発言を入れこんでくるよね……。傷つく……」
「どうしたハコ? 怪我でもしたのか?」
雑然とした店内からパーツの入った紙袋を持った流星が現れる。
「いやいや、どうでもいいことよ。さっ! 流星の用事も済んだし、今度はあたしらの用事を片付けようか!」
屈伸、伸びをしながらハコは気軽に言ってのける。
流星達は裏通りから、歩行者天国の中央通りへと移動する。普段は自動車が行き交う道路には人がごった返しており、思い思いの休日を楽しんでいる。
突然スマ子が緊迫した様子で流星のポケットの中から喋り出す。
「皆さん、前方三〇〇メートル先にヴァイストロンの一団を確認しました☆」
「やはり来たか……。スマ子、手筈通り頼む。流星、少し騒がしくなるが、気にするな」
レイはスマ子に指令を下す。ヴァイストロンの面々は流星を囲むように移動する。一同の影に隠れ、スマ子がポケットから這い出てきて、流星の手の平に乗る。スマ子は何かをしているようだが、見た目には一切わからない。すると、やにわに手の平の上で華麗にターンを決める。
「あ~らよっと☆ ……これでしばらくすれば人がいなくなるはずです☆」
スマ子は一仕事終えた表情で、皆に向き直る。すると、突然あちこちでジリジリジリピーピーピーガーガーガーピピピピピピ、といくつもの警報が鳴り響きだす。思わず耳を塞ぎたくなるほどの騒音。中央通りを歩いていた人達、屋内にいたであろう人達が慌てて駅の方へ向って走っていく。スマ子の行動から、辺りは騒然となっている。
「一体何をしたんだ? この騒ぎはスマ子の仕業なのか!?」
「そうです☆ アキバに存在するあらゆる警報装置を一度に作動させました☆」
「そんなの数え切れないくらいあるだろ? そんなことが可能なのか?」
「実は少し前から事前に準備してました☆ この規模の電子工作はさすがのわたしにも大変です☆ なのでCPさんにも手伝ってもらいました☆」
「さすがにやりすぎだろ!? こんな大勢の人が一気に駅に殺到したらパニックが起こるんじゃないか?」
「そんなこともあろうかと各路線の駅には警官を配置しておきました☆ まあ事は彼らが収めてくれるでしょう☆ 日本の公権力の力を今こそ発揮する時です☆」
「どうやって警官を動かしたかはあえて聞かないでおく……」
「懸命だな、流星。おっ、どうやら敵さんのお出ましのようだぞ」
騒ぎに関与しているらしいCPが、いち早くヴァイストロンの姿を目に留める。
逃げ去っていく人々とは明らかに目指す方向が違う一団が、神田方面からゆっくりと歩いてくる。こちらの意図を察した上で、あえて乗ってくれるようだ。相手も邪魔が入らない方が好都合だと思っているのか。
ゼントロン達とヴァイストロン達が、再び相対する。
流星達の約十メートル先に、ドゥカティを筆頭としたヴァイストロン達がいる。ドゥカティがちらりと流星を見る。流星は紅い女と目が合う、思わず一歩後ずさりをする。
「まさかそこの人間がヴォルテカを宿しているなんて……この私にもわかりませんでしたわ」
「そうだな。その上でここは引いてくれないか」
レイはドゥカティに退散を願う。しかし、ことここに至って、それはもはや野暮というものだ。ドゥカティは辺りを見回し、レイに言う。
「ここまでお膳立てしておいてそれはないんじゃなくて?」
「……望む望まないに限らず、君たちとは戦う運命にあるようだ」
「やっとご理解いただけましたか? それでは始めますか……。死力を尽くした闘争を!」
爛々と燃え盛る瞳のドゥカティが胸のあたりで、自らの手を握り締める。
東京都千代田区秋葉原は、これより戦場となる。




