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大剣のアリスティア  作者: 雉子谷 春夏冬
第一章「神様は赦してくれない」
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第四話(生まれる前からって卑怯ですよね)・16

 ナナシはもうなにも姫に対して言えなくなってしまい、口を噤ぐ。


 その静寂をやぶったのは遠慮がちなノックだった。

 入室を促す姫の声にドアを開けたのは里長デエルだった。


 入るなり早々にデエルは深々と頭を下げる。


「案内役のイミタがどうやら粗相をやらかしたようで、大変申し訳ありませんでした。この責は……」


「いや、そうじゃないんだ」


 またぞろ、自分が責任をとるとか言い出しそうなデエルをナナシが遮る。


「俺が驚いちまっただけだ。あんたらその、やり方にさ」


「イミタはこの里でも特殊な生い立ちをしておりましてな。今回は本人が強く希望をしたので案内役を任せたのですが、こんなことになろうとは……」


「特殊?」


「ええ、双子だったもので、血の繋がった者同士で育てたものですから」


 ナナシは首をひねった。


「それのどこが特殊なんだ?」


 デエルはきょとんとした後、得心したような頷く。


「ああ、これは失礼しました。この里は家族は言葉預かりが振り分けるのです。つまりは我が妻が、生まれた子をどこへ配するかを決めます。他里では血の繋がりで家族となるようですが」


 ナナシは疑問をはさもうとして、諦めた。この里はあまりにもナナシの知る常識とかけ離れている。疑問も皮肉も恐らくは通じない。


「1人になってから、どんどんおかしくなってしまって……。最近家出からようやく戻ってきたと思ったらこの有り様で。ああ、殿下と護衛様のお耳を汚すようなお話ですな。ご不快なら視界に映らないようにしますゆえ」


「いや、別にいいよ。それより聞いておきたいことがあるんだ? いいか?」


「なんでございましょう?」


「この里の生業はもう殿下から俺も聞いた。家族のように、家族以上に大切に育てていると。そしてそれを殺す、と。あんたたちはどう向き合っているんだ?」


 デエルはただ、ただナナシを見つめた。


「いや、責めているんじゃない。ただの好奇心でも、たぶんないと思う。でも知りたいんだ」


 そのナナシの言葉にデエルは深く頷き、口を開いた。


「なるほど、真剣にご質問なさっておられる。なぜお知りになりたいのか、それはわかりかねるゆえ、見当違いなお答えになるやもしれませんが、私なりに真剣にお答えしましょう」


 言外に事情は問わないと配慮するデエルに、ナナシは小声で礼を言った。


「なにも向き合ってなどおりませぬ」


 ナナシは一瞬ふざけているのか、と思ったが、そうでないことはデエルの瞳でわかった。


「それが昔からの我らの生業だから、とお答えするのは簡単です。これ以外の生き方を知らぬというのも、また事実ではあります。申し上げたいのは、簡単に向き合ってはいけない、私個人はそう考えております」


「なぜ?」


「私は言葉を知りませぬ。だからもしかしたら相応しい言葉ではないかも知れませぬ。ただ、向き合うその先が恐ろしいのです。もしかしたらその行為は、命であることをいずれ忘れてしまうことにつながるのではないか、と」


「どういう意味だ?」


「上手く申し上げられるかは自信はございませぬ」


 デエルは紡ぐ言葉を探すように一呼吸置いた。


「私どもは里の子らに、まずもって教えるのは獣に名を付けるな、です。里にいる獣達を呼ぶにしても番号です。固有名などつけさせません」


「名前を、つけない?」


「名前をつけない、その行為の捉え方は各々異なります。なぜなら理由ははっきりと教えないからです。私も教わってません。でも子供というのはやるなと教えるとやりたくなるものです。自分が担当する獣に必ず名を付けます。別れがより辛くなるというのに。最後は肉にするのですから。泣いて喚いて抵抗しても必ず肉にします。例外は絶対に許さない。抵抗する子もいます。連れて逃げ出す子も。でもそんなことはこちらも百も承知です。逃がしたことはありません」


 デエルの視線がふと遠くへとずれる。ナナシは察した。デエルは経験しているのだ。捕まえることも、かつて捕まったことも。


「不思議なもので、これを経験すると子らは獣の世話に一層身が入ります。やらされ仕事ではなく、自分ごととして働くようになります。もう名前を付けなくはなりますが」


 あくまでも私個人の考えと前置きすると、デエルは目を瞑って呟いた。


「お恥ずかしながらこの歳になってようやくわかりました。私は生かされているのだと。この土地に、獣たちに。生かし、生かされていると。これ以上は上手く申し上げることができませぬ。ご質問の答えとしては不明瞭やもしれませぬが」


「いや、十分だ。答えにくいことを聞いた。悪かったな」


 里長、デエルは首を横に振った。


「私以外の里の上役は、忘れてしまっております。かつてみな通った道のはずなのですが、直接手で育てることから離れてしまうと、やはりいかんのでしょうな」


「なるほど」


 それまで大人しく話を聞いていた姫が突然口を挟む。


「デエル、それが本題ですね。あなたがここに来たのは。イミタの件ではなく」


 弾かれたように姫を見たあと、デエルすぐさま平伏した。


「やはり、殿下はお気づきであらせられましたか。唾棄すべき行為でございました。命繋ぐ食事に毒を混ぜるなどと。我らのような生業の者が、とっていい手段ではごさいません」


「よくもぬけぬけと言えたものだな。他人事のように」


 ナナシの拳が固まる。


「ナナシさん、違いますよ。この人はね、最後の最後まで止めようとしていたのです。思い出して下さい。食事にこだわっていたのはツァイです。デエルは私達に帰れと言ったのです。食事をとる前に」


(そうだった。姫さんが畜産は無理だと言った時、ツァイが怒りだして、そしてこいつは帰ってくれと言っていた。それを引き留めたのはやはりツァイだった)


 デエルは顔を上げないまま、口を開く。


「止められませんでした。同罪でごさいましょう。私ではどうにもならぬのです。お願いでございます。どうか、どうかこのままお帰りいただけませんか?」


「しょうこりもなく、まだ俺達の命を狙っているのか。お前達素人が」


 デエルは沈黙したまま、姫がナナシの疑問に答える。


「どうでしょうね。多分ツァイは方針を変えたと私は睨んでますけど。ねぇデエル?」


 固まったままのデエルに姫は構わず続ける。


「あなたがそれでも私達に帰れと言う、その理由は、あなたが里長だからですよね? この里の長とはまとめ役ではない。それはツァイ、つまり言葉預かりの役目。あなたの役割は外部との折衝役で、里の外に出る機会がある。だからあなたはこの里で唯一、見たことがあるのですよね? 神罰現象を」


 びくり、とデエルの身体が跳ねた。


「そう、あなただけは予言の日になにが起こるのか、本当のことを知っているということ。だから私達にこの里から離れろと言っているのですよね? 巻き込まれないように」


「左様でございます、殿下」


 ついにデエルは絞りだすように声を上げた。額をめり込ませるように床に押し付けて。


「どうにも、私ではどうにもならないのです! 歴代の里長達は段々と気が触れていきました。謝りながら死んでいくのです! 私は神罰を目にしてようやくわかりました。この里の、なんと愚かなことか! でも、もうどうしようないのです」


「顔をあげなさい、デエル。そして私の顔を見なさい」


 その言葉に、デエルは恐る恐る姫を見上げる。


「予言の真実を知ってなお、この里に残るその勇気に応えて私の能力の一端をあなたに教えてあげます。私はね、モトで生き物の位置も数も種類もわかるのですよ。正確にね。この意味がわかりますね?」


 その言葉を飲み込んだデエルの全身は、傍目にわかるくらいに震え始めた。


「ここには30戸あって、獣の数は137頭」


 その数にナナシは戦慄した。多すぎる。


 離脱することだけ考えればどうにかなる自負はナナシにある。装備の少なさに不安はあるが、それを補って余りある強力な詠術が姫にあるからだ。


 しかし、里の人間の被害は計り知れない。守りきるのは非現実的だった。しかも里の人間は姫の言葉を信じない故に事前に避難も見込めない。


 姫はもう御神体がもたないと言っていた。それが事実なら、木猫族や姫がしきりに言っている予言の日とやらは、モトが溢れ出す可能性の日に他ならない。


 137頭の豚が137体の神罰に変わる時、この里に待ち受けているのは夥しい犠牲が出る、壊滅の未来だ。


「そう、豚は137頭。ここに」


 姫が繰り返した言葉に、デエルは嗚咽を漏らした。


「ああ、ああ! なんという、なんという……! 殿下は全てご存知の上でここに!」


 それはもはや悲鳴だった。


「どうにも、本当に私にはどうにもできなかった! 殿下がこの里を壊してくださるのなら、私は、私は……」


 ばちん、と手を鳴らし、姫はデエルを黙らせた。


「明後日の予言の日、私は決断をします。でもね、デエル。それにただ乗っかるだけではあまりにも他力本願が過ぎると思いませんか!?」


 静寂が場を包んだ。


 両手で顔を覆ったデエルの指の間から、涙がこぼれ落ちる。


「わかりますよ。どうにもならないことくらい。だって400年も前からなんですから。あなただって生まれていない。歴史の大河に石を投じても、その流れは容易に変えられないのは共感します」


 打って変わって姫の声色は優しい。


「それでも、デエル、あなたは今さっき言っていたではありませんか。この土地に、獣達に生かされていると。ここで暮らしてきたのはあなた達です。ここで歴史を刻んでいたのはあなた達なんです。幕を引きたかったというのなら、その幕は私が準備しましょう。けれどもその幕を引くのは誰なのか、よく考えてほしい。私はそう思っています」


 しばらく身動きできなかったデエルは、かしこまりましたと、そう残して部屋を辞した。


「生かし、生かされている、か。まさかここでその台詞を聞くなんて」


 今のやりとりが何を意味しているのか、ナナシは問い質すか迷っている内に、姫はつぶやく。


「悔しいかも」


「あんたが、悔しい?」


「ナナシさんはラティカ国教の祈り文句を聞いたことがありますか?」


「ん? ああ、まあ、あちこちで聞くからな。俺はうろ覚えだけど」


「罪は土の中で解け、その魂、空を昇りて、太陽に抱かれん。煌々と輝く真なる炎の中で、新たなる光へと生まれ変わり、再び地に恵みとなりて降り注ぎますように」


「ああ、そんなんだったな、確かに」


「これね、実はアマリア様が亡くなられてからできた句なのです。ちょっと気取った言い回しですよね」


「身も蓋もねぇな」


「本当は死体喰いの特性というか、なぜ土葬なのかを説いていたものだったのですよ」


「死体喰いの? なんだそりゃ」


「生き物が死ぬと、その体内モトは空気中に霧散していきます。そして遺体は土の中で死体喰いが分解します。分解が終わるとね、死体喰いはモトを排出するのですよ。あらゆる生き物のなかで、一番人間の死体が多くモトになります」


 ナナシは目を皿のようにして驚いた。


「死体がモトになるのか!」


「そうです。死体喰いを通して、最期私達はモトに還元される。そしてモトは世界を住みやすく整えていくのです。新たな命を育めるように。この星が命を拒まないように。私達は生態系の頂点に孤独にいるわけではない。ちゃんと命の円環に含まれている、それを忘れないようにするための祈り。生かし、生かされている」


 姫は苦笑いした。


「ナナシさんに命の話なんて偉そうに言ってしまって恥ずかしい。木の実だって巡り巡って私達を生かしている。私は傲慢でしたね。アマリア様の直系の子孫である私が、デエルに教えなおされるとは」


 姫は唸った。


「うーん、やっぱり悔しい」


 どうやら本気で悔しがる姫の様子に、ナナシは吹き出した。


「え、笑うとこではないと思いますけど?」


「あんたってさ、実はかなり負けず嫌いだよな」


「私、ナナシさんには可憐でお淑やかな面しか見せてないと思いますけど」


「お淑やかって言葉の意味を、今度はわたくしが教えて差し上げましょうか、殿下」


「あ! もう、ナナシさんは結構イジワルですよね!」


 自分の胸をポカポカと叩く姫の肩は少し震えている。わざとおどけているのがわかる。


 だから、ナナシはもういいか、と思い直した。自分にできることは限られている。


「ここにデエルが来たことはツァイには筒抜けでしょう。おそらく明日、動きがあるはず」


 里の事情がどうであれ、姫を守るだけだ。この剣で。


 不意に姫は視線を窓にやった。


「明日から雨が降りますよ。振り出したならしばらくずっと、雨」




○記憶・妹・想起

 雨の日だった。不思議と思い出に残る日は雨が降っていた。


 嫌な思い出ばかりではない。


 ねえお兄様、覚えていますか? 家族で見た最後の演劇も弱く雨が降っていましたね。最初で最後の家族みんなでのお出かけでしたよね。


 楽しかった。舞台の上で、1人の役者さんが何人も演じ分けるの。すごかった。同じ人が演じているのに、別人にしか思えなかった。ほらアムトの役者さん。すごかったよねぇ。私ずっと憧れていたの。あんな風に私もいろんな私になりたいって思ってたの。


 私は雨の日が嫌いじゃないよ。だから泣かないで、お兄様。久しぶりの再会じゃない。私ずっと会いたかったのよ。


「約束が違うじゃないか! 妹には手を出さないって。ちゃんと約束したのに!」


 大丈夫、コツがあるんだよ。最初嫌で嫌でたまらなかったけど、私コツを掴んだの。感情を切り離しちゃえばいいの。フワフワと幽霊みたいに意識を飛ばせばいいの。後は男の人が勝手に私の身体を使うわ。私には簡単よ。


「約束を破るから! だからだから!」


 それに雨の日ってね。血の匂いが紛れるの。だから便利よね。


「血の匂いがどうにかなったって! この死体はどうすんだよ! このくそ野郎は貴族だぞ! 終わりだ、もう」


 ああそうね、きっと貴族だと思ってた。血が美味しかったから。これも不思議よね。血の味は見た目じゃないの。脂っぽい味かなって予想に反してすっきりしていて、でもコクがあった。のど越しがいい人だったわ。


「おまえ、一体なにを」


 なのにお兄様ったら、後ろからいきなりこの人の頭を殴るんだもの。動かなくなっちゃったじゃない。


「早く逃げよう。俺、お前を迎えにきたんだ」


 どうして逃げなきゃいけないの?


「どうしてって、捕まっちまうだろう!」


 記憶を変えちゃえばいいじゃない。


「さっきから何言ってんだよ! ふざけてる場合か!」


 倒れて動かない男をひっくり返すと、左胸に耳を当てる。ああ良かった、まだ心臓動いてる。まだ死体じゃなかったんだわ。


 ベットから男の頭だけを落とす。そして抽斗から護身用のナイフを取り出すと、男の首を掻き切った。溢れ出す血を零さないように私を口をつけた。喉を鳴らして飲み下す。


 力を使うなら、多量の血が必要だった。


「化け物、化け物ぉ!」


 ああ、もう、うるさいなぁ。泣き叫んでないで、足ぐらい抑えていてよ。バタバタと動いて飲みにくいの。ここが音が漏れない部屋で良かったわ。貴族は秘密がお好きだもの。


 それに私、化け物じゃないわ。ちゃんと名前があるの。


 ねぇお兄様。私の名前を言ってみて。


 今度こそ、私を守ってくれるのでしょう?


 可哀想なお兄様。

 お姉様は遠くに行っちゃった。


 可哀想なお兄様。

 お父様とお母様は死んじゃった。


 可哀想なお兄様。

 妹は御子にならないはずだったのに。


 可哀想なお兄様

 誰もあなたに本当のことを言わないの。


 でも、それでも、今度こそ私を守ってくれるのでしょう?


 だ、あ、れ。だ、あ、れ。


 わたしの名前を言ってみて。


 わたしはだ、あ、れ。

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