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第六十話

 七万にもおよぶ家康軍は琵琶湖湖畔に沿う中山道を大津に向け行軍中にあり、その先頭は瀬田の唐橋二町手前まで迫っていた。


三左衛門中将率いる一千の黒田陸軍将兵は唐橋手前で街道を塞ぐよう横幅二町にも渡る封鎖陣を布いた。

この陣の前衛には機関砲二十門が一列に配置されその左右には迫撃砲・無反動砲がそれぞれ十門ずつ配備された、またその後方には一段二百人の機関銃部隊を三段に構えさせ敵一兵たりとも唐橋を渡らせない厳重な迎撃体制を布いていた。


そのころ黒田長政は瀬田の唐橋から一里東の堂山北山麓 田上辺りに本陣を移していた、この北山麓の小高い丘からは瀬田から草津宿までが一望でき全軍の指揮に適す高地である、だがこのとき長政はこれより始まる一大決戦を前に未だある事を思い悩んでいた。


それは過ぐる六月初めのことである、天下取りの最終軍議が豊前中津城本丸で進められる中、長政は昔 松寿丸と呼ばれ秀吉の居城・近江長浜城に人質になっていたころ唯一友になった加藤清正と福島正則、それと石田三成襲撃事件の武断派七将のうち朝鮮の役でも世話になった浅野幸長・加藤嘉明、この四人だけは何としても助け味方に引き入たいと如水に進言していた。


だが父・如水は「情に流されこの四人を生かせば後々お前のためにならぬ、将来に禍根を残すより情は早い内に断つべきであろう、それともお前に彼ら四人を膝下に組み伏せるだけの力量が有れば話は別じゃ」と睨み付けられた。


父は長政の情に脆い心根を戒めたのか、それとも力量が無いと見てあのように言ったのか、長政はその事を思い出すたび腹が煮えた、衆人もこの俺を甘く力量も度量も無い人間に見えているのだろうか…父の偉大さを畏敬する余り これまで己を慎み我欲は人には見せず、父の剛に対し柔をもって家臣等を導いてきたつもりだ。


そんな態度が力量の無さと捉えられては心外だ、長政は父・如水の知略・計略に勝てるとは思ってはいない、だが度量・胆力にかけては父を凌ぐと自負していた。


その根拠は先の四人のうち浅野幸長を除き後の三人は自分より年長者だ、しかしこれまで事あるごとに長政が自然に四人の上に立ち采配を振るってきた、これは年下であっても長政の知力・胆力・度量が抜きん出ているがゆえの結果であろう、ゆえにこの四人を己の膝下に敷くことはそれほど難しいとは認識していなかった。


だが親父殿に言われ改めて考えてみれば「儂が天下を取るゆえ、おぬしらは黙って儂について来い」といったところで彼らは素直に従うような小者ではない、そんな小者であれば最初から友とも思わなかっただろう。


それは清正或いは正則が自分に向かって「従え」と言っても従わぬと同じだ、友とはいえ互いに「お前らには負けぬ」という自負や意地がそう言わせるのだ。


しかしこのまま長政が傍観すれば現在九州で進めている九州平定に際し親父殿は必ずや清正を殺すだろう、またこの瀬田の地で長政自身が「彼らを助けよ」と言わねば正則や幸長・嘉明らは家康共々全滅することになろう。


やはり何としても彼らを助けたい、自分の膝下に組み伏せられぬ者達であろうと殺すことなど絶対に出来ない、何とか助ける手立てはないものかとその想いの余り七月終わり、下野国小山の「小山評定」に臨むとき福島正則を呼び出し長政は思わぬ言葉を吐露してしまった。


それは……

「この度の上杉征伐は秀頼公の下知に従い豊臣家の御為といった体裁なれど、その実は家康公の野心そのものに他ならず、現に大坂では三成が秀頼公を擁し家康打倒の軍を起こしたではないか、今より三成を打つべく大坂に上る評定が開かれるが、日頃より秀頼公を大事に想う貴公はどちらにつく所存よ」


「長政よ…正直儂はようわからんのよ、この度の上杉征伐に家康殿に付き従った時点で儂は豊臣家を裏切ったという思いは強い、清正も東軍に与することを鮮明にした時点で想いは儂と同じだろう、貴公とて太閤殿下亡き後 いま天下を治むるは家康殿をおいて他には無いと思うておろうが、つまりは豊臣恩顧と言えど所詮は御家が大事、数千の家臣を死なせたり路頭に迷わすことなど儂には出来ぬ…となれば気は進まぬが今は勝てそうな者の笠に入る、つまるところ家康殿に付くしか有るまいて…」


「貴公、“今は”家康殿に付くと申したな、と言うことは今後の成り行き次第ではどうなるか分からぬという事よな」長政は畳み込むように言葉を発した。


「………………」


「であるならば今から評議の席で家康殿に味方することを鮮明にしてはくれぬか、そしてこれより大阪へ上るさい、関ヶ原辺りで三成と相見え戦闘に及ぶじゃろうが、家康殿がもし勝ったなら大阪行きに付き従おう、そのとき…ここだけの話じゃが瀬田の辺りで黒田家が待ち伏せ家康殿を襲う、そのとき貴殿は傍観して欲しいのだ」

長政は言い終え、遂に口に出してしまったと思った、この後の小山評定の席で福島正則が今言った長政の謀反を口にすれば即座に長政は殺されよう。


「いま黒田家が家康殿を襲うと言うたな…おぬし気は確かか!」


「正則殿、儂や親父殿が今まで勝算なき戯れ言を一度でも言うたかよ、儂らが家康にもし負けそうに思えたならその時は打ち掛かって来られよ、じゃが勝てそうと見えたら儂の軍門に降れ、後は悪いようにはせぬ、どうじゃ これならば貴公にとって痛くも痒くもあるまいよ」


正則は絶句した、直ちに返す言葉が見つからなかった、ただこの長政とあの大軍師・如水が練りに練った計画である事だけは長政の不退転の眼差しから理解できた。


結果、小山評定で福島正則は徳川家康に付き従うことを鮮明にし、長政が憂いていた謀反のことは一切口にしなかった、評定後 長政は正則を呼び止め礼を言うと、琵琶湖湖畔の瀬田での襲撃について子細を語り、福島軍の引き際と詳細段取りを伝えた、そしてくれぐれもこの謀が外部にもれぬよう機密漏洩には充分注意を払って欲しいと頼み、併せて謀反を成功裏に導く新鋭武器の存在も明かし、その証拠として将校用拳銃(ワルサ-P38)に実包入りマガジンを付け「護身用に使え」と言って渡したのだ。


もしこの内容を父・如水が知ったら…さぞ激昂することだろう、如水の言う通り長政は情に脆い「甘ちゃん」そのものであろうか、例え毛筋ほども正則の裏切りを憂慮すれば、たかだか五千の福島軍など家康軍共々琵琶湖湖畔で殲滅した方がどれほど簡単か…しかしどうしても正則を殺すことが出来ない長政であった。


その後、大垣城攻撃の際に もう一度正則に念を押し、関ヶ原に来る途中 浅野幸長・加藤嘉明らにも同じ質問をし同様の対処を願い将校用拳銃を各々に渡した、このとき二人は「家康殿に何の義理も無し、儂らは見ておれば良いのじゃな、だが言うておくが…おぬしが負けそうに見えたなら存分に打ち掛からせて貰うよって恨みに思うなよ」と存外あっけらかんの様子で、拍子抜けの感に長政の緊張はほぐれていった。


しかし不安はその後も続いていた、彼らは絶対に裏切らないとは思うものの、心の隅ではもしも裏切られたなら黒田家の夢は瀬田の地で尽きると憂いていた(俺はやはり甘いのか…)その戦闘が今まさに始まろうとしているのだ。



 家康はそのころ先頭から一里後方に在り旗本衆に囲まれ馬上の人となっていた、このとき本多忠勝と談笑していたが行軍の前が次第に詰まり圧縮されるように縮まってくると遂に長蛇の軍列は止まってしまった。


家康は訝しそうに馬上で背伸びをすると前方を眺めた、そのとき前方より転げるように注進する者が駆け寄り「瀬田の唐橋手前で黒田軍が街道を封鎖!、封鎖の訳を問い糾しに行った大須賀弥兵衛様は無代にも斬られもうした、殿 如何致しましょうや!」


「なに弥兵衛が斬られただと!…」家康は絶句した、黒田長政といえば石田三成を追って伊吹山に分け入り一時消息を絶ったが、昨日の報告に依れば瀬田川辺りで先駈け露払いとして我が軍の到着を待ちわびていると聞いたばかり、それがたった一日で真逆の唐橋封鎖の挙に出るや我が軍の先頭特技将である大須賀弥兵衛を斬り殺すとは…これを謀反と言わずして何と言う。


そう思ったとき家康は思わず震撼した。

(まさか西軍総大将の毛利輝元が大阪城を出陣し、瀬田付近で関ヶ原から落ちのびた毛利秀元や吉川広家、それに長宗我部・長束・安国寺ら諸勢力を糾合し我が軍に決戦を挑んできたのやもしれず、黒田長政は儂に味方すると誓ったくせに何でまた奴らに…そうなれば福島正則や豊臣恩顧の大名衆など皆を疑わねばならず、いやそんな馬鹿なことは…もしそうであれば西に放った多くの間諜らからとうに報告が入っているはず…いや待てよ中山道に延びきった我が方は既に西軍方に取り囲まれておるやもしれず…)


「んん…分からぬ、忠勝!おぬし長政に直に会って事の子細を問い糾して参れ」そう命じると、周囲に西軍の影が無いか注意深く見回し、また前方で行軍しているはずの福島隊の方を望むと(まさか有り得ぬ…)そうは思うも不安は募っていく。

その怯えからか周りにいる旗本衆に「きさまら我を厳重に囲まぬか!」と怒鳴りつけ馬上で身を竦める家康だった。


本多忠勝はすぐさま隊列より脇に外れると前方へ馬を飛ばした、この行軍停止を後続隊は知る由も無く五列縦隊はいつしか団子状に圧縮され、伸びきった軍列は いつしか二里程にも縮まり、最後尾は草津宿を五町ばかり過ぎた位置にあった。


この軍列の縮まりを草津宿南東の林に潜んでいた吉田長利少将は「図に当たった!」と喜んだ、これで家康軍の後方に回り込める、そう思うやすぐさま行動に移った。


黒田軍の後詰め兵一千は中山道へと繋がる竹林間道をひた走り中山道の街道筋に展開した、そして数十人が草津宿に走り住民らに「これより戦場となるゆえ至急栗東方面に逃げよ」と知らせ、家康軍の最後尾から五町後方の街道を完全封鎖した。


その陣立ては瀬田に布陣する封鎖陣と全く同じで、機関砲・迫撃砲・無反動砲・短機関銃の部隊を横幅二町の範囲に配置し攻撃準備は完了した。


そのころ街道南東の山側に家康軍と平行して二里以上の距離に潜む黒田軍の伏兵五千余も一斉に短機関銃や歩兵小銃を構えると四町先の街道に団子状に停滞する家康の軍列に照準を合わせた、また伏兵の中央付近に移動した選りすぐりの狙撃兵十名も再び家康とその周辺の将級旗本衆に狙いを定めた。


一方瀬田の唐橋に陣を布く黒田三左衛門は先ほどより苛立っていた、大須賀弥兵衛を斬ってから既に四半時が過ぎようとしていた、だが依然 堂山の北山麓に打ち上がるはずの戦闘開始信号弾が一向に打ち上がらない。


家康軍との睨み合いが続くばかりで痺れを切らし(最後尾はまだ準備が整わぬのか、それとも殿に不都合な事態でも出来しゅったいしたというのか…)三左右衞門の苛立ちが頂点に達しようとしたとき家康軍の軍列より土埃が立ち、数頭の馬がこちらに向け駆け寄るのが目に入った。

三左衛門はそれを見るや家康軍の将級旗本衆がやってきたと合点し俄に緊張した。


長政も堂山の北山麓から一里北東の草津宿街道に展開する兵の配置完了が遅れていることに苛立っていた、朝の軍議で一里先の人の大きさは黒点ほどにしか見えぬゆえ軍の配置完了の合図は「黒点の動きが止まったとき」がその合図と決めていた、だが黒点はいつまで経っても止まらなかった。


また家康の行軍に従う福島隊五千、浅野隊六千、加藤隊二千五百は銃声が鳴り次第 南東の山側へ一斉に避難せよと伝えてあり、その三隊は旗印から家康軍先頭より半里後方を先頭にして福島隊・浅野隊・加藤隊の順列で行軍しているのは分かったが加藤嘉明隊の殿しんがり位置を特定するのは困難で、取り敢えず加藤隊先頭旗印より三町後方以降を攻撃目標とせよと山側に潜む伏兵らには通達されていたが…もし加藤嘉明隊の隊列が三町以上に伸びていた場合は傷を負わせるやもしれずと長政は憂いていた。


そのとき待ちわびた草津宿の街道に展開する黒点の動きが止まった、これで家康軍の先頭封鎖と後端封鎖の体勢は整った、長政は福島・浅野・加藤の三隊が約束通り山側へ避難してくれるか一瞬考えた、山側から黒田軍伏兵五千余が一斉に歩兵小銃や短機関銃で弾幕を張るが…それに向かって走り寄るは死に物狂いにならずば難しい、それゆえ避難する兵らは当然躊躇しよう。


また家康軍から離脱する機会を逸したり恐怖の余り琵琶湖側へでも避難されたら敵味方の区別が付かずこちら側も攻撃できないことになろう、長政は暫し瞑目した だがこの期に及んで躊躇しても詮無きこと、長政は目を開くと横に控える吉田重明大佐に「信号弾を撃て」と静かに言い放った。



 堂山の北山麓から一条の白い筋が打ち上がった、やがて上空で発火すると白い煙を吹きながらゆっくり西に流れていった。


この合図を見て真っ先に銃の引き金を絞ったのは山側に潜む伏兵中央付近の狙撃兵十名だ、構える銃は高性能狙撃銃で狙撃兵らは黒田軍でも特に狙撃に特化した訓練を三年以上修練した兵達で、五町先の瓜大の的であれば一発必中の名手らである。


狙撃兵らの放った50口径高速弾十発はマッハ2.5の速度で家康とその周辺の将級旗本衆の頭部を一瞬で破裂させると次弾以降は彼らの上半身を集中的に狙っていった、馬上の数人が血しぶきを上げ吹っ飛ぶように落馬していったが家康を特定することは出来ず、狙撃兵らはその周辺の馬上の将らをことごとく撃ち抜き、マガジン装弾数十発は瞬く間に撃ち尽くされた、するとすぐにマガジンは交換され家康がいたと思われる周辺ことごとくを標的にし幾つものマガジンが消費されていった。


一方瀬田の唐橋で痺れを切らして布陣する三左衛門はようやく堂山の北山麓に打ち上げられた信号弾を確認した、と同時に狙撃銃の重低音が山麓に木霊すのを耳にし思わず拳を握った。


三左衛門はほくそ笑むと、後方の機関砲部隊に向かって「撃てぃ!」と絶叫した、そのとき本多忠勝ら数騎が唐橋に布陣する黒田軍間近まで進み馬を止めたところであった。


だが既に遅し機関砲二十門から撃ち出された大口径弾は本多忠勝ら数騎を馬ごと吹き飛ばし肉塊に変えるやそのまま後続の団子状態に屯する家康軍先頭集団に弾丸は容赦なく突き刺さっていった。

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