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第五十三話

 筑後久留米の城島城と海津城を陥落させた黒田軍第四師団は翌十四日の暁七ツ半(3:50)柳川城より半里ほど北にある矢加部まで進軍すると兵を休めた、このとき未だ空に暁は見えず満点の星が眩しいほど輝いていた。


第四師団副長の黒田少将は予定より二刻も早く目的地に着けたことを喜んだ、しかしこれほど早く着けるなら途中で兵等を休ませればよかったとも思った、現に少将の近くに集まった佐官・尉官クラスらは肩で苦しそうに息をし 立っているのも辛いといった体で今にも崩れそうに見えたからだ。


少将は天を見上げ暫し考えると周囲の士官等を集めた。

「これより兵に二刻ほど仮眠をとらせよ、幸い敵も周囲には見当たらず、兵半数を一刻寝かせ半数は警戒に当たらせ一刻後に交代とする」そう命令すると少将は辺りを散策しはじめた。


星明かりに照らされた矢加部の地は刈り入れが済んだ田が大きく広がっていた、少将は南の方を向き柳川城が見えぬかと目を凝らしたが…星明かりだけではさすがに見えなかった。


ここへ来る途中 矢部川岸辺の狭隘で敵の待ち伏せ攻撃を受けると兵らは情けなくも半狂乱に走り出してしまった、確かに第四師団の兵らはこの一年の間に募った新兵が殆どで文禄慶長の役など知らず肝が据わっているとは言い難い、しかし半年以上も練兵場で訓練を受けた兵達である、黒田少将は歩きながら兵の短期育成の難しさを嘆きつつ それがこの度の死傷者を多く出した言い訳にはならぬと悔やんでもいた。


暫く歩くと荷駄隊の横に差し掛かった、少将は兵器積載荷車や砲弾銃弾荷車の無事を確認し、ホッとしながら荷駄隊の横を通り過ぎようとしたとき兵糧荷車を見なかったことに気付き慌てて戻り、近くに立つ中尉に「兵糧荷車は何処にあるのだ」と聞いた、すると中尉は直立不動に「申し訳ありません、矢部川を急ぎ走り抜けるさい砲弾・銃弾の荷駄は多くの兵に守らせましたが兵粮荷駄は引く手も押し手も少なくその横を走り抜ける兵らに押されその殆どが脱輪し川に落とされてしまった由」と申し訳なさそうに頭を下げた。


「何!全て落とされたのか」と詰め寄るも「はっ!この一台が残るのみで御座いまする」と応え砲弾荷駄の後ろに隠れた荷車を指さした、見たところ干飯が積まれた小振りな荷車が一台しか見当たらずその荷車にはわずか六俵ほどの俵が積まれてあった。


(たった六俵とは…こんな量で二千五百人分が賄えるものか)一握り分が全兵に行き渡るか不安な量しか残っていない。


少将は溜息をつき干飯が積まれた荷車の横に座った。

(兵等は昨日朝飯を食ったきりでその後は食う暇無く戦闘と走破に明け暮れた…さぞ腹が減っていよう、それをほんの一握りの干飯で今日は戦わせるとは…)少将は積まれた干飯俵を横目に憂鬱に暮れた。


(柳川城が直ちに降伏してくれれば敵の籠城米で何とか凌げようものを…)

だが城島城や海津城と同様、柳川城も決して降伏はしないだろうと思えた。


そのとき少将は文禄の役のとき、かつての高麗の都「開城」で馬を食い人肉さえ食った凄まじい飢餓体験を思い出し思わずブルっと震えた、


(師団長が乗る鉄甲戦艦に兵粮の余剰が少しでもあれば良いが…)

そう思ったとき不意に涙が溢れた(そんな馬鹿な)と天を見上げたとき視覚に映る星々は微かに滲んで見えた。



 慶長五年九月九日、黒田家は九州制覇に向け以前決定された軍隊組織を臨戦に即し将卒の人選を一部変更し第一から第四師団に再編成されるとそれぞれ決められた攻略地へ赴いていった。


・第一師団は、師団長:栗山善助中将、副長:久野次左衛門少将、以下二千名、攻略地:薩摩

・第二師団は、師団長:母利太兵衛中将、副長:黒田直之少将、以下三千名、攻略地:豊後

・第三師団は、師団長:後藤基次少将、副長:井上之房少将、以下二千名、攻略地:豊前小倉

・第四師団は、師団長:安田誠二郎中将、副長:黒田利則少将、以下三千名、攻略地:筑後


そのころ黒田軍の第三師団二千の将兵は西軍に与した毛利吉成(勝信)の居城・豊前小倉城を降伏・開城させるべく小倉城正面外堀に布陣を終えたところであった。


第三師団を率いるのは後藤基次少将を師団長として副長の井上之房少将がこれに付き従った、毛利吉成は秀吉の九州平定に参戦し功を上げた剛の者で、肥後の住人 甲斐親英を首謀者とする一揆を鎮圧した功を以て天正十五年に豊前国小倉領の六万石を与えられていた。


吉成が居城の小倉城は鎌倉時代の中ごろ紫川河口西岸にあった丘に築かれという。

天正十五年その跡地に毛利吉成が自ら縄張を行い石垣造りの壮大な城郭を築き上げた、本丸を中心に南に松丸、北に北の丸、それらを囲い込むように二の丸、三の丸、そして外郭が配された梯郭式の平城である。


城の北背後は響灘に面し、東は紫川と西は板櫃川に挟まれ、南面及び城周囲には深い堀が幾重にも取り囲み、当時は難攻不落の城として九州一円に知れ渡っていた。


第三師団は九月九日、兵二千を率い豊前中津を発つと周防灘沿岸を進み十五里北西の小倉を目指した、そして途中 小倉勢が布いた苅田・朽網・下曾根など三重の防御線を熾烈な戦いのすえ打ち破ると敗走する毛利勢を追って十三日の申刻七ツ半(17:30)小倉城より半里南の皿山に兵を集結させた。


皿山から北を望むと沈む夕日に照らされた小倉城は赤黒く見え、その後ろには真っ赤に染まった響灘が大きく広がって見えた。


小倉の毛利勢は二日間にわたる防御線での攻防で兵一千二百を失い敗走、今は正面に見える小倉城へと逃げ込み籠城の構えを見せていた。


過ぐる先月の事、毛利吉成は豊前中津の黒田如水から突如送られてきた降伏勧告状を読んだときは(如水め、兵もろくに持たず何を世迷い言を吐くか!)とせせら笑った。


天正の頃より黒田家が抱える兵数は秀吉よりおよそ六千と決められており、文禄・慶長の役で一千余りの兵を失い、その後補填したとしても長政が五千を引き連れ現在は美濃の関ヶ原に赴いている、ゆえに現時点で中津に残る兵力は留守居兵一千そこそこのはず、無理して雇い兵を入れたとしても二千に満たないと吉成は検討をつけていた。


如水はその全兵をこの小倉城に向けるようだ…。

先月大坂の石田三成から大友義統を豊前の南隣国・豊後に上陸させ、上陸後は豊後七党の諸将らと協力体制を敷き東軍にくみした黒田の背後を脅かすとの情報が送られてきた。


この報を聞いたとき如水には昔から親しんでいた経緯もあり「今からでも遅くはない、西軍に与されよ」と書状を送ったが…その返書が降伏勧告状であったとは。


三成の情報通りであれば豊前中津の周囲は北面を我が小倉勢、南面を豊後の大友勢、西面を筑後の立花勢と、東面の周防灘を除くほぼ全域は既に西軍三勢力に抑えられ袋の鼠というにそれを降伏勧告とは…これを世迷い言と言わずして何と言う。


だが毛利吉成は如水ほどの人物がこの状況で降伏勧告状を送るは必ずやその裏に何か秘めたる策が有るはずと読み 多くの間者を黒田領内に送った、しかし国境の警備は陸も海も厳重で領内侵入のこころみみは全て徒労に終わった。


そんななか九月十日の夜、黒田領内より筑後に向かう三千近くの黒田勢を見たとの由々しき情報が小倉に届くと翌十一日には周防灘沿岸沿いを三千の兵が豊後に向かって進軍中との情報が相次いで寄せられた、そして十二日未明に黒田勢およそ二千が我が方が布く苅田・朽網の防御線に突如襲い掛かったとの情報が届いたのだ。


これらの報に毛利吉成は倒れんばかりに驚愕した。

「黒田には一体どれほどの兵がおるのか!」と眼を剥くと、策謀家にして希代の軍師とまで秀吉に言わしめた黒田如水の恐ろしげな貌が脳裏に浮かんで離れなかった。


(如水め…同時に三国を襲おうと言うのか!)


慶長の役が終わってまだ二年も経たぬこの時期、朝鮮戦役による諸国の疲弊は未だ深刻な状況にあった、しかし秀吉亡き後の覇権紛争は一年も待たずに日本中を巻き込みその派兵による軍費捻出は何処の大名も困窮に瀕していた、それは黒田家とて例外ではないはず。


現に小倉もこの度の覇権紛争では西軍の石田三成に与し、我が子 勝永に三千の軍勢を与え中央へと送り出している、だがその費用たるや莫大で伏見城の戦いで勝永が格別な戦功をあげ毛利輝元・宇喜多秀家より感状と三千石の加増を受けたが…そんなものなど焼け石に水で、借財ばかりが増え続け頭を悩ませていた。


黒田家においてもこの度は東軍・家康方に与して息子・長政に五千の軍勢を率いさせ中央へと送り出している、その莫大な費用負担を慮れば…増兵や三国に出兵する費用など有ろう筈もない。


だが情報によれば筑後・立花領に三千、豊後の大友氏と七党領に三千、豊前小倉領に二千、中央への五千の派兵を合算すれば、中津に残留する兵を含め優に一万四千以上の兵力となり、三十万石級の大名でもこれほどの兵数を召し抱えるは困難なはず…。


たかが十二万石の黒田家に出来ようはずはない…と毛利吉成は思った、しかし現に小倉より南方四~五里の苅田・朽網・下曾根に布いた防御線に黒田勢が襲い掛かったと言うではないか。


毛利吉成は半信半疑のまま小倉領内に臨戦態勢を敷くと南の防御線にさらに一千の兵を送った、だが十三日の昼過ぎ苅田・朽網・下曾根の防御線から二千の兵が小倉城へと敗走してきたのだ、これら逃げ込んできた兵等の殆どは負傷しており現地に打ち棄てたる死傷者も一千二百を超えると報告された。


その報告に依れば黒田勢が携える武器は火縄銃ではなく連発に射撃可能な銃という、その威力は凄まじく弾が当たったが最期その四肢は引き千切れ吹き飛ぶとほどの威力だったと兵らは口々に叫んでいた。


敗走してきた兵らは余程怖かったのか無様に震え戦意は完全に喪失していた、また敗走途中に逃亡した兵は五百を超え、帰還できた兵らはまるで猛獣にでも遭遇したかのように怯えていた。


惨憺たる敗北に毛利吉成は唸った、我が方は息子・勝永に殆どの火縄銃を持たせたため防御線の兵らには弓矢を持たせた、しかし弓矢など全く用を為さなかったと聞く。


この時代、火縄銃の射撃には時間が係り接近戦では弓矢の方が俄然威力を発揮するとされていた、しかし敗走兵に依れば敵の放つ弾幕は驚異的で、矢を弦につがえる間とて無くただ逃げ惑うだけで精一杯だったと報告されていた。


敵は連発に撃てる銃を携えていたと言う、現に負傷兵の体内から摘出された弾はこれまでに見たこともない奇異なる形状の弾であった、また兵が戦場から持ち帰った銅製の小さな筒は明らかに硝煙の匂いを漂わせ、誰が見ても新種の早合と分かった。


毛利吉成は弾と薬莢を手の平に乗せ「この様なものを黒田軍は使っているのか…」と呟き眼を剥いた、その後は喉を衝いて苦汁の唸りが洩れ出るばかりである。


この惨敗なる経緯より城を出て戦っても防御線での敗北の二の舞は必至、情けないが押し寄せる敵勢に対し籠城策を取ろうと各城門を固く閉ざし内側より頑丈な厚板を打ち付けさせた。


幸いこの小倉城内には今秋収穫されたばかりの米は備蓄数ヶ月分は有り、また難攻不落の城としても毛利吉成には自信があった、ゆえに一ヶ月も籠城すれば中央での覇権争いで三成ら西軍が勝ち、息子・勝永が兵を連れて凱旋するであろう、それまでは亀のように頭を引っ込め成り行きを見守ろうと決断した。


さらに朗報として敗走してきた兵の情報から敵勢の移動はすこぶる早く、為に大筒などの重量物は一切携えず身軽な軍装であったと報告され、毛利吉成は唯一憂いていた大筒の存在が敵に無いことが知れ籠城策は成功したのも同然と大いに喜んだ。


だが依然として時勢にあわぬ黒田家の財政の潤沢さは謎のままで、報告された数千丁にも及ぶ高性能連発銃の真偽も謎のままである、毛利吉成は一時は兄とも慕った黒田如水の貌を再び脳裏に描くと(あの御方は昔から計り知れない人だった)そう想い、盤石なる籠城策とは思ってはいるが…あの御方にかかったならばと考えるとその自信も揺らぐ吉成であった。



 九月十四日辰刻五ツ半(8:10)敗走兵を追って小倉城の外堀にまで迫った黒田勢より降伏勧告の使者が正面門に訪れた、使者は大音声で城内への案内を請うたがこの知らせを本丸御殿で聞いた毛利吉成は「降伏を請うとな…そんなもの矢でも射かけて追い払え!」と命じた。


これにより黒田勢は攻城体勢へと入った、また城方は防火のため早朝より多くの兵が掘から水を汲み城建屋を濡らせていた、やがて半刻後の明け四ツ(9:20)黒田方から攻城戦の幕は切って落とされた。


「シュポーン」という射撃音と共に三十門の迫撃砲が一斉に火を噴いた、天空に高く舞い上がった弾頭はやがて降下へと移り城内に配された二ノ丸、三ノ丸の屋根に着弾した。


すかさず天地を揺るがす大音響が轟き、巨大な火柱が城内数箇所に噴きあがった、その凄まじい爆発に発射した当の砲兵さえも仰天したほどである、火柱はやがて赤黒い噴煙に変わると辺りを焼き尽くしていく、指揮を執る井上之房少将は迫撃砲手に「的を変え、さらに三十発撃ち込め」と大音声で命じた。


再び迫撃砲が火を噴いた、今度の砲弾は全弾が焼夷弾で本丸、松丸、北ノ丸を除く城内建屋に命中するとそのことごとくを焼き尽くしていった、その光景を布陣の最後部で見ていた師団長の後藤基次少将は大殿如水の言葉を思い出していた。


「毛利吉成は秀吉恩顧と三成らに言われ西軍に与した、吉成ほどの者が何で三成らの口車に乗ったのか…彼も文禄・慶長の役のおり三成や行長への恨みは相当なる筈、これも時勢かのぅ、じゃが基次よ 難しとは思うが出来る限り奴は殺すな、彼は決して投降はせぬであろうが、もし生きておったらこの如水が悪いようにはせぬと言っておったと伝えてはくれぬか」


後藤基次少将はその言葉から本丸・松丸・北ノ丸には砲弾を撃ち込まぬよう命じたが毛利吉成の生死は時の運次第であろう、基次は腕を組み城内に上がる炎が静まるまでじっと見つめていた。


一刻後やがて炎は下火になり、煙だけになったとき黒田勢の前衛から再び降伏勧告の使者が正面門へと走った、今度は時を待たず固く閉ざされた門は開かれた、やがて使者の一行は門内へと消えていった。


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