第五十四話
慶長五年九月十四日(関ヶ原の合戦前日)黒田陸軍第四師団は陸路二千七百の将兵が筑後国境を越え久留米を陥落させると大迂回路を取り柳川に殺到した、また海路は安田誠二郎中将が率いる新鋭鉄甲艦二艦が有明海から沖端川を遡上し柳川城から一里半離れた小湊に向かっていた。
第四師団副長の黒田利則少将は辺りのざわめきに目を覚ました、辺りは既に明るく 廻りでは多くの兵が忙しく立ち働いていた、知らぬ間に眠ってしまったらしい、座っていた近くの荷車に積まれてあった干飯俵も既に消えていた。
「少将殿お目覚めで御座りまするか」と目の前に立ったのは太田英勝少佐だ、彼は如水の小姓として十三歳で城に上がり、歳は利則より一つ年下であったため子供の頃はよく遊んだ知古の友である。
「こんなものしか有りませんで…」と言いながら少佐は申し訳なさそうに紙に包まれた干飯と白湯を差し出してきた、少将はそれを受け取ると包みを開き干飯を見詰めた、それはほんの一握りの量しか入ってはいなかった。
「秀勝、干飯は三年ぶりよ、おぬしは知らぬだろうが朝鮮の戦役当時は干飯が食えたらまだ良い方で虫や蛆まで食べたものよ」そう言いながら少将は干飯を口に頬張るとカリカリと音を立てて咀嚼した。
「ところで砲弾の荷駄は昨夜確認したときは些か少ないようにも感じたが全数無事かのぅ」
「はっ、迫撃砲弾を積みし荷車一台は川に落としもうしたが後は無事で、現状 残った迫撃砲弾七十二発と無反動砲弾六十発はそれぞれ砲兵荷車に分乗を終えたところでござります」
「左様か、して今は何時になろうか」
「そろそろ明け五ツ(7:00)にもなりましょうか」
「もうそんな時刻か、知らぬ間に寝てしもうたな、しかしあれから敵兵は襲って来ぬようじゃが…城にでも籠もったのかそれとも途中で待ち構えておるのか」
「先程物見の報告では昨夜の内におおよその敵は柳川城に退避した由、ここより柳川までの半里四方には敵兵は一人もおらぬということでござった」
「ふむぅ、やはり敵は籠城戦に持ち込むつもりか、したが極力砲弾は使いたくないものよ」
「それはどういった訳でござりましょう」
「なぁに敵の兵粮が欲しいのよ、秀勝よ この干飯を食ったらあとは無いのだろう」
「御存知でしたか…」
「しかし内地で干飯を食うとは思わなんだぞ、師団長殿から敵地の百姓米を襲うことは固く禁じられたが…いざとなれば綺麗事は言っておれぬかもしれぬなぁ」言うと少将は残った干飯を口一杯に頬張り、咀嚼しながら白湯を呑んで嚥下した。
「時刻が五ツ過ぎであれば、師団長の安田殿は柳川の沖端川河口から遡上を開始し矢留湊に向かっておる頃と思うが、開戦の合図は四ツ(9:20)以降で確か信号弾二発が天に打ち上がるはず、そうとなればもうそろそろ我が方も城北五町付近まで移動せねばならぬのぅ」
「少将殿、つかぬ事を伺いまするが安田師団長様のことはよく御存知でしょうか」
「秀勝よ、何をまた唐突に…儂はあの御方の手下ぞ、知らぬ訳は無かろうが」
「ではお教え願えませぬか、あの御方は何者で御座りましょう、家中の多くの者等は大殿様が京の高名なる学者を中津に招聘したと言っておりますが…それがし京の高名なる学者で安田誠二郎という御名は聞いた事も無く、それも文禄二年 京ではなく朝鮮から来られたのは如何なる理由からでござりましょう、どう考えても合点がいきませぬが」
「ふむぅ、そうよなぁ…おぬしには悪いが今は言えぬ、その内分かる日も来ようて」
と苦しげに応えたが少将とて詳しく知らなかった、ただ酔った席で母利太兵衛が「彼奴はこの世の者ではない」と、うっかり口を滑らせたのを聞いたことが有り、どうやら大殿・殿、そして御老中三人ほどが知っているのみで暗に箝口令が敷かれている様子であった。
以降彼を知れば知るほどにその手業は神がかり的に過ぎ、ひょっとしたら母利太兵衛が言った「この世の者に非ず」は本当の話ではなかろうかと思えてきた、
そんな或る日、酒宴の席で何気なく「安田様は何処から参られたので御座ろうか」と聞いたとき、「なぁに四百年後の旅客機から朝鮮の海州に落ちたのさ」と事も無げに焦点の合わぬ眼で応えてくれた、その時は酔った席での冗談と聞き流したが後から考えればあながち冗談では無かったのかもしれぬとも思った、それにしても「リョカクキ」は謎の符丁のままであるが。
五ツ半(8:10)第四師団二千は南に移動し、四ツ(9:20)過ぎ柳川城の間近までに進むと前方の堀外に迎撃陣を組み大筒や火縄銃で武装した柳川勢三千が布陣する正面に対峙した、その距離およそ三町(327m)火縄銃の殺傷射程外であった。
黒田軍第四師団は幅五町に渡って置楯を敷くと中央に百門の機関砲部隊を置き、その左に三十門の迫撃砲部隊、右に二十門の無反動砲部隊を配し、その後ろに一千の機関銃隊と歩兵小銃を構えた六百の兵を二段構えに配し臨戦態勢を整えた。
そのとき天守閣の左手遠方に二発の信号弾が打ち上がり落下傘に吊られた発煙筒が緩やかに東に流れていった、師団副長・黒田少将はそれを見るや「撃てぃ!」と叫んだ、その
.号令に黒田勢は一斉に引き金を引いた。
機関砲百門、短機関銃一千、歩兵小銃六百が一斉に火を噴いたとき、その弾幕は恐るべき破壊力を生み柳川勢の陣中に襲い掛かった、その破壊力は柳川勢が敷く薄っぺらな置楯など何の用もなさず一瞬で粉々に打ち砕き、勢い余った弾丸は敵兵を貫いていった。
わずか十秒足らずの猛射で敵三千の兵は反撃することも出来ず破裂するように倒れていった、その時「シュルシュル」といった奇妙な音が南天に響くと前方に聳える柳川城本丸天守が一瞬で破裂し勢い余った爆風と共に瓦礫が黒田軍の頭上に降り注いだ、次いで複数の砲弾が発する怖ろしい唸り音と耳をつんざく爆発音が相次ぎ、黒田軍は五町先まで吹き飛ぶ瓦礫を楯で防ぎ、その隙間から忘我の中で本丸が消失していく様を見ていた。
僅か十発の艦砲射撃が終わったとき柳川城本丸は石垣を残しその上部本丸は残骸の山となって燃えていた、黒田軍二千の将兵はそれを見て固唾を呑んだ、何と三十町(3300m)もの彼方から打ち出された80mm榴弾は全弾が本丸に命中したのだ。
これがもし一発でも外れようものなら着弾後方に布陣する味方の頭上を飛び去るか或いは不発弾が見方陣に転がり落ちてくる可能性が有るに、これを断行したるは艦載砲の命中精度や砲弾性能に絶対的自信を持つ安田中将ならではの芸当であろう。
黒田少将は我に返ると「全軍突撃!」と叫び軍刀を頭上に掲げた、この号令に歩兵六百が歩兵小銃に着剣すると少将の後に続き正面に対峙した敵陣へと迫った。。
だが堀外に布陣していた柳川勢三千の将兵は殆ど形を成さず肉塊に変じていた、だが中には動ける負傷兵もおり、少将は兵三百ほどを堀外に残すと城内に繋がる北門を無反動砲で破壊するよう命じた。
すぐさま北門に向けて無反動砲から二発が発射された、この砲撃で三間半の大櫓門は上部の櫓ごと吹き飛んだ、その大穴から兵一千五百が突撃していく、瞬く間に各所で短機関銃音が轟き渡ったが、その音は次第に城内奥へと遠ざかっていった。
そのころ黒田軍の第一師団二千は西軍に与した島津義弘の居城・鹿児島「内城」を降伏・開城させるべく薩摩半島と大隅半島に挟まれた鹿児島湾に九月十二日未明侵入を果たしていた。
第一師団長は栗山善助中将で副長は久野次左衛門少将であった、師団は九月九日豊前中津の軍港を蒸気鉄甲戦艦四艦と安宅軍船六隻に兵二千を乗せると九州沿岸沿いを右回りに航路を取り薩摩半島を目指した。
船速は安宅軍船に合わせるべく超低速航行となり、蒸気鉄甲戦艦だけであれば二日以内で薩摩に到着出来ようが、一本帆の安宅船を伴っての航行となれば風待ちもあり三日間を要した。
十隻の艦隊は十二日未明、鹿児島湾に侵入すると鹿児島と桜島の狭隘水路を目指し北上を始めた、だが辰刻四ツ半(10:30)前方右手に桜島が大きく迫ったとき左彼方に千石安宅船クラスの軍船四隻が早舟三十隻余りを率いてこちらに向かってきているのが見えた。
北上航行する黒田軍の鉄甲戦艦甲板上では敵来襲が告げられると兵らは急ぎ持ち場に着いた、その先頭艦には第一師団二千を率いる栗山善助中将が船首に立ち、その横に朝鮮水軍との戦いで功を奏した井関祐三郎大佐が立っていた。
「井関よ、あの丸に十字の紋は島津の旗印よのぅ、ふむぅ…こうも早うに敵の水軍が押し出してこようとは思わなんだぞ」
「中将殿、朝方我が艦隊が左手の指宿に近寄りすぎたため物見などに航行する姿を見られたやもしれませぬなぁ」
「であれば島津は黙って通してはくれまい、致し方ないが敵の水軍を蹴散らしてでも通ってみようぞ…井関よ射撃装填に掛かれ」
「はっ、では敵大型軍船は艦載砲で沈め、早舟は機関砲で仕留めまする」そう言うと井関大佐は甲板上に控えた兵等の方へ走って行き大声で命令伝達を始めた、やがて手旗信号で後続の鉄甲戦艦三艦にも命令を伝達し始めた。
その信号で後続する鉄甲戦艦は次第に速度を上げ先頭艦の横へと並び並走航行に移っていく、そして上陸兵を多く乗せた安宅軍船六隻は五町余り後方へと下がらせた、このとき敵の水軍先頭との距離はおよそ八町、このとき敵の軍船四隻は散開航行から行く手を阻むように横一文字へと並びを整え、黒田軍艦に対し舷側を見せるように転回を終えると停船した。
敵水軍との距離六町を切ったとき、敵船四隻の舷側に大筒数門が構えられているのが見えた、その大筒は径三寸ほどもあろうか、今打ちださんばかりに筒先はこちらに向けられていく。
敵砲の最大射程は十町ほどだろうか、だが船から撃ち出すとなれば有効射程は二町がせいぜいだろう、また撃ち出す玉は榴弾ではなく鉄球弾である、だが敵との距離が有効射程内であれば鉄球弾でも船体に直撃すれば大破は免れない。
一方こちらの艦載砲の有効射程は三十町以上もある、これを五町先の軍船舷側が的であれば船が多少揺れていようが間違い無く土手っ腹に命中できよう。
その距離五町を切ったとき鉄甲艦四艦の前部に搭載された80mm榴弾砲が敵軍船の舷側に向けて一斉に火を噴いた、その衝撃と発射音は凄まじく、艦は大きく揺らぎ栗山中将は思わず手摺りに掴まったほどである。
発射された榴弾は敵船の舷側中央付近に命中し爆発した、その爆発は凄まじく木造船体は一瞬震え次いで木っ端が恐るべき爆風で空中に舞い上がるのが見えた、続けて第二弾が撃ち込まれると今度の爆破は千石軍船を中央で引き千切るが如く二分したのだ、この四艦による二回の砲撃で敵軍船四隻はことごとく中央付近で中折れ状態となり船首船尾を持ち上げ音を立て海に沈みだした。
この光景を甲板指揮所で見ていた井関大佐は驚愕にうち震えていた、これまで試射には何度も立ち会ったが海に浮かぶ千石安宅船を的に試射した経験は無く、艦載砲がこれほどの威力あるものとは想像だにしなかったからだ、大佐は思わず艦載砲を振り返った。
たった二発で巨大船を引き千切る威力…それはこれまで幾度も海戦を経験し朝鮮水軍には何度も手痛い被害を被った経験を持つ井関にとって、目の前の艦載砲は神がかり的に映ったのも無理からぬ話だ、このとき(この艦載砲が八年早く出来ていたなら…朝鮮水軍に多くの部下を殺されずに済んだものを)と、これを造った安田誠二郎中将の貌を不思議な想いで脳裏に描いていた。
暫し呆然と佇む中、砲兵が「次弾装填完了!」と叫ぶ声が聞こえた、大佐は我に返ると反射的に敵船の破壊状況を確認した、だがこれ以上の砲撃は無用と考え「砲撃中止!諸艦全速前進!」と叫んだ。
鉄甲戦艦の最大速度は短期であれば七ノット(秒速3.6m)は出せた、戦艦は煙を一際大きく噴き上げると高速へと移った、みるみる内に大破した敵軍船が目の前に迫ってくる。
そのとき敵の早舟が我勝ちに逃げようと櫓が藻掻いているのが視野に入った、だが海に投げ出された兵らが早舟に殺到しその舳先に多くが取りすがるためか漕げど重みで同じ所を旋回していた。
だが殆どの早舟は海面で助けを求める兵を救出しようともせず迫ってくる鉄甲戦艦に恐れをなし一目散に退却に移っていた。
これを見た井関大佐は舷側で機関砲を構える砲手に「撃てぃ!」と叫んだ、すぐさま「ドドドドッ」という重低音が艦上に鳴り響くと遁走する早舟に高速弾が次々に襲いかかっていく、みるみる内に遁走船は粉々に砕け人もろとも海の藻屑と消えていった。
半刻後、艦列を整えた十隻の黒田艦隊は鹿児島の湊を目指し動き出した、あと一刻もすれば敵地への上陸になろう、甲板上に集まった兵等は先ほどの快勝を目の当たりにしただけに血気は滾っていた。
やがて左に鹿児島「内城」の天守が大きく迫ってきた、いよいよ艦砲射撃後に上陸が敢行されよう、兵等は続々と甲板上に駆け上がり「内城」の威容をその目に焼き付けていった。




