第四十三話
論功行賞の発表があった三日後、誠二郎は二ノ丸の中老部屋からさらに南奥の老中之間に部屋替えとなった、午前中に部屋が整ったとの知らせで早速 老中三番之間に行き部屋内を見渡した。
間の内は書院、押し板、棚、納戸構が設けられ、壁は淡彩や濃彩の障屏画が描かれ上段に座す高位者を荘厳に見せる演出がそこかしこに工夫されていた。
誠二郎は床の間を背に一段高い御座に座ると漆塗りの瀟洒な座卓を前にして愛用の煙管を取り出すと早々に一服付けた。
この老中之間は二ノ丸奥の南に面し、老中職である善助を筆頭に太兵衛・誠二郎・三左衞門の順に間は連なり各間を仕切るのは引き違いの建具で、この大襖にも障屏画が描かれていた。
(元世では七年も前に役員に昇格したはず、そうすると今頃は専務か社長…てな事は無いかククッ、しかしこの世では老中が役員なら五十二才にしてやっと役員になれたわけか…元世では出世頭と言われたこの俺がようやく役員とは…情けない)そんな埒もないことを考えながら煙管の灰を盆にたたき落とした。
「御老中そろそろ刻限になりまするが…」と取次衆が平伏し声をかけてきた。
「おっ、もうそんな時間か」誠二郎は言いながら机上から障子へと視線を転じた、障子には ほんのり赤みがさし部屋内も知らぬ間に薄暗くなっていた。
「では出かけるとするか」と机に手をつきゆっくり立ち上がった。
「ふぅ…歳か運動不足か、最近は膝に少々難ありか」と誰に言うのでもなく苦笑し膝を摩った。
昼過ぎ本丸より取次衆が来て「殿のお呼びにつき申刻夕七ツに二ノ丸書院の扇ノ間に来られたし」の伝言を携えてきた、誠二郎はようやく殿からの御呼び出しが来たか…と刹那に長政の貌を脳裏に浮かべた。
誠二郎は老中之間を出ると扇ノ間へと急いだ。
あれから久右衛門は訪れてはこない、また来られても先日の繰り返しとなるだけで煩わしいばかりであるが先日の論功行賞で朝鮮に渡海した諸将らの禄は一様に上がり渡海前の利権以上の収入は約束されたはず、これにより誠二郎への恨みは多少なりとも軽減したと思うが…こればかりは本人から聞いてみないと分からぬ事であろうが。
それよりも早々殿より今後の黒田家の行く末、つまり天下取りの方針などを諸将らに話していただき諸将の怒りの矛先を外の敵に向けて貰いたいものよと誠二郎は思った。
また先日の久右衛門の解釈を聞いてから誠二郎の憂鬱は薄らいでいた、それは捉え方の齟齬が生んだ疑心暗鬼と気付いたからだが完全に払拭したわけでなく今から殿に会って己の思い込みに過ぎないということを明白にしたい、そんな想いも有った…。
暫く廊下を進み 扇ノ間で足を止めた、すると中から微かに笑い声が洩れてきた、誠二郎は片膝をつくと襖を静かに開け「安田、御呼び出しにより参上仕りました」と告げ顔を少し上げ部屋内を垣間見た、部屋中央には長政と老中首座の善助そしてあの太兵衛が寛いだような感じに座談中であった。
(あっ、母利太兵衛がいる…)
誠二郎は一瞬躊躇したがここで逃げ出すわけにも行かず、一瞬で腹を決め立ち上がると中へ進んだ、そして母利太兵衛を横目に見ながら長政に促されるまま太兵衛の横へと進み、少し間を広げその右に座った、そのとき三左衛門も部屋に入ってきた。
「遅れて申し訳ござらぬ」と襖を閉め、急ぎ歩いて座に寄ると 何を思ったのか誠二郎と太兵衛の狭い隙間に無理矢理割り込んで座った。
これにより太兵衛は左に押され、何をするかと言った顔で三左衛門を睨めつけた、しかし当の三左衛門は素知らぬ顔で誠二郎の方を見てニヤっと笑った、まるで太兵衛と誠二郎の確執を断つかのような挙に出たのだ。
一瞬険悪な空気が流れた、その時「おお、これで全員が揃ったな、では席を移そうか」と長政は立ち上がり隣部屋との仕切襖を大きく開いた。
開いたその部屋の中央には大きな座卓が設えられ豪勢な料理の数々が所狭しと並んでいた。
一同はそれを見て釣られるように席を移動し机の左右に分れて座った、席次は自然と長政と善助が並んで座り その対面側に太兵衛・三左衛門・誠二郎の順で座った。
「今宵は遅ればせながら朝鮮から無事帰還の祝いで内輪だけじゃ、些細なもてなしじゃが皆心置きなく呑んでくれ」そう言うと塗りひさげを手に長政自ら皆の盃に酒を注いでいった。
誠二郎は長政が言った「内輪だけの祝い」という下りに痺れた、(俺も内輪の者に入るんだ)…そう思うと これまでの憂鬱が霧の如く消えていくのを覚えた…誠二郎の矜持とはさほどに軽いものであったのやもしれぬ。
三回ほど乾杯をすると めいめい卓上の料理に箸を付けていく「ほぅこれは料亭桂木の京料理じゃな、こんな旨いものを食うのは七年ぶりかのぅ」母利太兵衛は旨そうに矢継ぎ早に箸を繰り出した、「おいおい餓鬼じゃあるまいし、もそっと落ち着いて食わぬか」と善助の窘めに一同は失笑し座は和んでいった。
「そう言えば誠二郎よ、おぬししばらく見ぬ間に髪に白いものが幾分増えたようじゃが…今年幾つになるのかの?」長政は盃を煽ると誠二郎の髪を見つめて目を細めた。
「はっ、今年齢五十二になりまするが」
「ほぉっ親父殿の一つ下か…ふむぅ皺の少なさから親父殿より五つか六つは若いと思うておったがそれでもこの座では一番の年長者になるのか、まっ白髪が急に増えたはこの豊前で何かと苦労が多かったからかの、こうして馳走が食えるのも誠二郎がこの七年で我が家を富ませてくれたお陰よ、この通り礼を申す」と長政は誠二郎に向かって笑いをおさめ真顔で頭を下げた。
それを見た母利太兵衛は面白くなさそうに三左衛門越しに誠二郎を睨めつけると「ふん、戦も無い平和呆けした国元で少しばかり功を上げたぐらいが何じゃ、青なり瓢箪にはさぞソロバンが手に馴染んだのでござろうよ」と鼻を鳴らした。
「これ太兵衛!口が過ぎるぞ、おぬしは戦に優れておるやもしれぬが誠二郎は勘定には人の十倍も優れよる、人にはそれぞれ能力に合った役割というものが有るものよ、例えばおぬしなど逆立ちしても僅か七年で御家の収入を三倍に増やすことなど不可能であろう、人にはそれぞれ得手不得手が有るもの、もう少し真摯に誠二郎の能力の程を見つめてはどうじゃ」と善助のいつもの小言が始まる。
「ふん面白うない、善助殿は何かと言えば誠二郎は凄いと申されるが彼奴はそんなに凄いのか」言いながら太兵衛は手近に有った丼を見つけると その中身を他の器に荒っぽく移し、空になった丼に酒をなみなみ注ぎ始めた。
「おや、また太兵衛殿が無茶呑みを…」と太兵衛の隣りの三左衛門が手を出しかけた。
「ええい煩い!この青二才が、お前は黙っとれ」と三左衛門の手を払いのけ丼を掴むと一気に喉へと流し込む太兵衛である。
その翌日、誠二郎の姿は工廠の工廠頭取室にあった、昨夜はあれから亥刻四ツ半まで呑み続け今日は完全に二日酔いである。
昨夜太兵衛は酔いが回ると誠二郎に異常なほど絡んできた「何処の馬の骨とも知れぬ青なり瓢箪が老中に成り上がるとはこの世も仕舞いじゃ」など罵詈雑言を吐き、誠二郎が朝鮮で下人当時の事柄を揶揄したり、誠二郎の袖をまくり「こんな細腕で戦に勝てるか!」と腕をねじり上げるなどやりたい放題、まるで猫が鼠をいたぶるにも似たりである。
その無法を善助が叱ると「よし、俺に酒で勝ったら今日からお前の家来になってやる」と言い、善助が止めるのも聞かず誠二郎の胸ぐらを引きずり眼前に座らせると丼を誠二郎に持たせて酒を注いだ。
誠二郎は太兵衛が怒りにまかせ いつ腰の脇差しを抜くやも知れず、怯えるばかりで酔うどころではなかった、それでも交互に酒を呑み五杯まで呑んだことは記憶には有るが後はどうやって屋敷に帰って来たかは覚えていない。
朝のうちに数度吐き多江に背中をさすられながらも何とか馬に跨がり辰刻朝五ツ半には工廠頭取室の椅子に崩れ落ちた、以降そのまま一刻ほど青い顔で椅子に崩れたまま昼前になってようやく顔色が戻ってきた。
しかし腹の渋りは未だ治まらず朝から四度目の厠である、厠から渋顔で戻ると「御老中、殿が受付に参られましたぞ!」と工廠長の佐八郎が飛び込んできた。
「何、殿がお見えに…」誠二郎は慌てて立ち上がったがすぐにへたり込んだ、再び吐き気が襲い目眩まで起こった、それでも何とか肘掛けを握って立ち上がると頭取室を出た。
殿を迎えに門へ行くとまだ受付で入門手続きの最中であった、その横では母利太兵衛が煩わしそうな顔で門番が入門証を胸に貼るのを顔を顰めて見つめていた。
(ゲッ、太兵衛が来てる…)
太兵衛の顔を見て反射的に昨夜のことを思い出した、あの飲み比べの最中 太兵衛も酷いことを言ったが誠二郎も負けじと積年の恨みを吐き出すように暴言を吐き 終いには掴み合いに及んだ。
誠二郎とて学生時代は柔道でならした覚えも有り、得意な寝技に持ち込めば遅れは取らぬとばかりに太兵衛の関節を思い切り絞め 悲鳴を上げさせたところで 背後に回り、太兵衛の丸太のような首に腕を回し二の腕をのどにくい込ませ後方に思い切り反った、いわゆる「裸絞め」でスリーパーホールドと呼ばれる絞め技だ、太兵衛が酔っていたからこそ出来た技であろうがさすがの太兵衛も数秒で失神した。
それを見た殿や善助は目を剥いた、虎をも殴り殺すと言われる豪傑を瞬殺に締め落すとは…。
誠二郎は虚ろに起き上がるとニヤっと笑い、太兵衛の頬に数度ビンタをくらわし「積年の恨み覚えたかぁ…」と言ったまでは覚えているが その後どうなったかは知らぬ。
(これはマズイなぁ…)と思うも 酒の席でのこと、誠二郎は太兵衛を一瞥し何食わぬ顔で「殿、今日は何の前触れも無く突然の御越しとは…何か急用でもござりましたでしょうか」と昨夜は何も無かったような顔で長政に話しかけた。
「いやなに、太兵衛に工廠で造っておるものを見せようと思ってな、儂も文禄の役が終わって一時帰国したさい武器庫を一度見たきりじゃから六年ぶりとなる、あれから工廠がどう変わったのか楽しみにしておっての」長政は言いながら誠二郎の肩を叩くと早々に歩き始めた。
誠二郎はその後に続く太兵衛を一瞬振り返ったが逆光で表情までは読み取れなかった。
そのとき何とでかい野郎だと感じた、誠二郎の背丈も180cm以上あるが彼の方が頭一つ大きいようにも見えた、それは彼の堂々とした歩き方がそう見せるのかも知れない、しかし昨夜取っ組み合ったばかりの太兵衛が後方にいると思うだけで背中が妙に強張った。
やがて脇門をくぐり抜け工廠内を見上げたとき「ゴォン!」と大きな音が後ろで響いた、振り返ると太兵衛が痛そうに頭を抱えて蹲っていた、誠二郎は(ふん、ざまぁみやがれ!)とばかりに思わず噴き出る笑いを手で押さえたが隙間から洩れてしまった。
工廠は建造当初に比べ化学肥料・農薬工廠が増設され 製鉄場も広げたためほぼ三倍の広さになっていた、誠二郎はまず殿と太兵衛を展示室へ案内し茶を振舞った、展示室は二年ほど前に無駄な施設とは思ったが今後朝鮮より帰還する諸将らに黒田家の兵器技術の水準を知って貰うべく佐八郎の勧めで造ったものだ。
展示室は三十畳ほどの部屋を洋風に改造し、展示机や銃架を整備し 各種銃器や実弾、迫撃砲・無反動砲と砲弾など銃火器工廠で製造しているおよそ二十品目の兵器実物を展示していた。
殿と太兵衛は展示室に入るなり小さく「おおっ」と叫んだ、以後は茶などそっちのけでこれら火器を手に取ったり操作したりと、まるで子供が玩具にでも戯れるような喜びようであった。
「誠二郎、儂はまだこれら兵器が持つ威力を知らぬ、是非にも今日は実射など見みたいものじゃが」
「はっ、では早々に試射の用意を整えまする、用意が調うあいだ製造工場や組立工場を見学なされまするか?」
「そうじゃの、見ても解らぬと思うが太兵衛が見たいじゃろうから見学するか」そう言うとまだ銃器を手に取ってしげしげと見つめている太兵衛に「こやつ今日はえろう関心げに見ておるが…おぬし飛び道具などは嫌いじゃなかったかのか」
「い…いや好きとか嫌いではなく、飛び道具は卑怯なるものと心得もうす、誠二郎の卑怯な心根が生み出した小賢しい玩具を見るのも一興かと思いましての」と薄笑いを浮かべながら誠二郎を見つめ 毎度の嫌味を嘯いた。
誠二郎は(この野郎、昨夜の遺恨か…)と思うも、佐八郎に銃器試射の用意を至急調えよと命じた。
「御老中、展示物にもある無反動砲はご覧に入れまするか」
「そうだな…攻城戦に威力を発揮しそうな無反動砲や迫撃砲もご覧に入れるよって用意しておけ」
「分かりもうした ではすぐに用意いたしまする、用意が整い次第使いを行かせますよって試射場にお越し下されませ」そう言うと佐八郎は足早に展示室を出て行った。
無反動砲とは工廠設計部が昨年初めより開発を始めた携帯用「対戦車グレネードランチャー」のことで、1961年以降 対戦車兵器としてソ連軍に大量に配備された RPG-7を模したものである。
仕様は、種別:クルップ式無反動砲 口径:40mm 全長:950mm 重量:7kg
砲口初速:115メートル毎秒 最大射程:900~1,100m
本体は軽量で携行に適し、それでも威力は榴弾野砲と比べ遜色はない、砲の構造はいたって簡便で製造コストも重機関銃より安価に出来るが榴弾弾頭は製造工数がかかり迫撃砲弾の倍近いコストになるため戦場での無駄撃ちは避けねばならない。
なお映画でもテロ組織が菱形弾頭を装填したRPG-7を担いで登場する場面をよく見かけるが、現代では携行用ランチャーとして一般的に知られた火器であろう。
発射器の構造は、単純に加工された薄肉鋼管の筒構造で、直径40mm、全長950mm、重量7kgと軽く、中央部分は樫材で覆い発射時の熱から兵を守る、尾部はラッパ状に広がり発射の際のバックブラストから射手を守ると共に反動を相殺させる役割も担う。
砲弾は、弾頭とロケットブースター及びランチャーから撃ち出す発射薬と安定翼で構成される。
弾頭とロケットブースターは一体化され、装薬は折りたたまれた安定翼の周囲を取り囲むように配置されている。
この弾頭は発射薬により115m/sの初速で撃ち出されるとその直後に大型の安定翼が風圧により開き弾頭に方向性を与える、そしてさらに後方の小型安定翼は弾頭に回転を与えるよう配置され、野戦砲のライフリングと同様に自転によるジャイロ効果で直進性を付与する、そして発射後10m程の距離でロケットブースター内の固形推進薬に点火、最大295m/sに加速しその後は慣性によって飛翔していく。
また弾頭先端には圧電素子を用いた信管を装着するが、圧電セラミックス開発には時間が係るため迫撃砲弾と同様に炸薬信管を装着している、このため先端部が対象物に激突しないと起爆しないことから不発時を懸念し炸薬信管後部に時限信管も設けていた。
この無反動砲を開発する中、陸戦用に供する砲はこのRPG-7と 80mm迫撃砲が有れば当面は事足りよう、だが天下取りを考慮すれば陸戦もさることながら海戦にも備えは必要であろう。
昨今海戦に優れる大名家は多く、特に薩摩の島津家は戦国の当初から戦艦保有には力を入れていた。
その島津家は今では志摩国を領する九鬼水軍にも勝るとまで言われ、安宅船を改造した鉄張り戦艦を数隻保有し、それら戦艦には大筒四門と大手門や櫓などを破壊する攻城兵器の三十匁筒大火縄銃が左右矢倉の鉄砲狭間に二十門ずつ配備されていると聞く。
しかしながら九鬼水軍や島津家が保有する櫓で漕ぐ戦艦などは元世の軍艦を知る誠二郎からすれば戦艦と称するは笑止であろうが この時代では黒田家などこの両家からすれば歯牙にもかけられぬ御粗末すぎる海軍力と言わねばならない。
そのため誠二郎は今年度より戦艦建造のための造船ドックと造船工廠建設の予算を会計に計上し併せて銃火器工廠に於いては設計済みの二寸七分榴弾野砲を艦載用に設変し一月から砲身加工用の工作機械を製造中であった。




