第三十話
誠二郎は大殿官兵衛とその一行を銃火器工廠の工場見学に引率中にあった、しかし製鉄場見学の際 いまだ見学者用の安全柵が無かったことに気づき危険と判断し早々に製鉄場から引き上げた。
次に向かった工作場は製鉄場に比べ危険は少なく騒音も数段低かった、誠二郎はホッとして官兵衛を振り返った、すると先の製鉄場を見た以上に彼の驚きは尋常ではなかった。
工作場には二年近くに渡り製造された工作機械が隙間無く並べられ、天井のプーリーから導かれた何十もの革ベルトが縦横に錯綜し薄煙と轟音を放っていたからだ。
ここでは火玉などが飛び散る心配が無いためか一行はすぐに散開し、それぞれ見たい工作機械へと近づき興奮は冷めやらず、機械を操作する職人らに質問を投げ掛けたり機械の動きを前後から溜息交じりに見取れていた、だがその中で先の若侍だけは工作機械には目もくれず工場奥の薬莢プレスラインに走り寄ると数台のプレス機廻りを興味げにグルグルと回り始めた。
手を出さなければよいが…そう思いながら誠二郎はその若者に興味が涌いた、(一体誰なんだろう…そう言えば善助様と懇意なのか彼に最初から付いていた男だったな)その若者は顔付きから二十五前後に見えた。
暫くして官兵衛が誠二郎の所にやってくると「最新鋭の銃とはああやって造るものか」と感心しきりの顔で「部品だけじゃのうて、銃の組立や弾造りも見たいものよ」と言いだした。
「弾ならばこの奥で造っておりまする」そう言うと工場最奥の薬莢・被甲プレスラインに官兵衛を案内していった。
ここではプレス機五台が軽快なリズムを刻み軽妙な動きで銅片をみるみる内に薬莢や弾被甲に成型しバケットへと排出していくオートメーション化された光景が見られた。
「おおっ三左衛門も来とったか、どうじゃ面白いか」そう言うと官兵衛も同様に軽妙に動くプレス機廻りをグルグルと見て歩き、蹲ると下から見上げたりしてその動きに目を輝かせた。
(大殿があの若者を三左衛門と呼んだが…三左衛門と言えば黒田一成様のことではなかろうか…)
黒田一成は黒田官兵衛の養子で官途は美作守(通称:三左衛門)で黒田家二十四騎や黒田家八虎のひとりに数えられ豪傑として誠二郎の耳にも届いていた。
彼の父 加藤重徳は有岡城主 荒木村重に仕える番兵であったが、黒田官兵衛が捕らえられ水牢に押し込められた際、官兵衛を陰ながら手厚く遇したため有岡城の戦い後にその恩に報いるため加藤重徳の嫡男加藤一成に黒田姓を授け、以降 長政の弟の如く可愛がり育てたという。
天正十二年、根来衆・雑賀衆一揆の戦いが初陣で「四国討伐」「九州討伐」にも参陣し「耳川の戦い」では将首二つも討取る戦功を挙げた、そして官兵衛が豊前国を領すると十六歳の一成に五千石もの禄を与えこれを遇したのだ。
また文禄の役では長政の先鋒隊をつとめ幾多の武功を上げた猛将で、誠二郎も現地で幾度かは見たであろうが、その頃は小者の分際でたとえ見たとしても記憶には留まらなかった、しかしあの子供の様にはしゃぐ若者が…どう見ても猛将とはとても思えなかった。
官兵衛や三左衞門が見詰めるプレス機は五台とも順送式クランクプレスで右から 9mm被甲プレス機・12.7mm被甲プレス機・9mm薬莢プレス機・アンビルプレス機・雷管キャッププレス機だ。
このプレス機の設計には半年以上もかけ製造もほぼ一年がかりとなった、このプレス機の構造については昔小銃弾製造メーカーに出向の折 見飽きるほど眺め詳細機構などはまる暗記していたが…いざ部品図を描こうとしたときその部品点数多さに呆れた、部品サイズは爪楊枝ほどのサイズから馬体程のサイズまであり その数二千点以上、いくら部品図を描いても終わりは見えず、他の工作機械の設計も進まぬため何度もあきらめかけた代物だ。
そして工作機械二十台分ほどの途方もない費用を掛け完成は見たが薬莢プレス機については薬莢底部リムの溝入れ成形は未だ出来ずリム溝だけは旋削専用機で削っていた、誠二郎はいずれ溝入れ用の冷間鍛造金型を造るつもりで今は三工程分がブランク状態に空き工程となっていた。
また12.7x99mm NATO弾の薬莢プレス機に至っては深絞り時のシワ押さえは解決したが裂け破れが頻発し未だ解決できずに工作場の隅に眠ったたままだ、解決法はプレスオイルの鉱油化にあり高粘度と高い潤滑性を生む添加剤開発にあろうが、未だプレスオイルは植物性オイルに依存したままで現在鉱油の入手を検討中だ、よって12.7x99mm NATO弾の薬莢製造は未だ銅板巻きのロー付け工作に依存していた。
三左衛門は自動的に動くカラクリ仕掛けを見極めようと必死に動力伝達を目で追っている、その滑稽な挙動を見て あれは技術屋に共通する独特な挙動と誠二郎には分かった。
(あんな若者に技術を教えたら…すぐものになろうも、五千石の大身では何ともならないか…)そんな事を考えながら若者を見つめていると官兵衛が声をかけてきた。
「このカラクリには舌を巻いたぞ、こんな複雑な仕掛けをどうやって考案するのじゃ、一度おぬしの頭を切って脳味噌が見たいものよ、とにかく凄いとしか言いようがない ほんに恐れ入る、それにしても金物がまるで粘土のように瞬く間に形を成すとは手妻のようじゃ、してこの薬莢とやらは一日でどれほど造れるのか」
「はっ、一刻当たり三千六百個ほどで、現在の所は1日五千個ほどを生産しておりまする、これが戦時となりますれば1日最大四万個は生産可能と覚えまする」
「何と四万個とな!」聞いて官兵衛は眼を剥いた、それを横で聞いていた三左衛門も同様に驚き すぐさま誠二郎の手を取り機械の正面に回ると「この腕木の動きが早うてよう分からぬのだが、これは何の役目をしておるのだ」と指をさして聞いてきた。
「これは抜出し天秤と申し、薬莢をこの上方雄型が下降し銅板を絞りますると この様に下の雌型に圧着し抜けなくなりまする、ゆえに上の雄型上昇に同期し ほれこの様に天秤が上昇し雌型に内蔵されたストリップピン…いや抜出し棒を上昇させ薬莢を雌型から抜き出すのでござる」
「おおその同期をこの歯付き車の組み合わせが担っておるのだな…んん凄い!いや全く凄い、貴殿一人でこの工作場と隣の製鉄場の設備を考案したと聞いたが…ふむぅどんな頭をしているのか」と呻り後は黙ってしまった、そして畏敬の眼差しで誠二郎を見つめだした。
「では大殿、隣りに組立場が御座いますのでそこも御目にかけましょうぞ」そう言うと大声で皆を呼び全員が揃うと先と同様に右奥に続くトロッコレールに沿って組立場へと向かう、組立場は工作場が手狭になったら建築しようと計画していたが、必要設備の台数を考慮すれば端っから組立スペースなどなく、昨年の夏に小型高炉完成と同時に組立場の建設も終えていた。
今度の工場は静かすぎるほどであった、およそ五十人ほどの組立工が五組に分かれそれぞれにラインを構築し流れ作業に黙々と銃器を組み立てていた。
またそれぞれの組溜まりには銃架が横に設けられ組み上がった銃器が整然と並べてあった。
その時一行全員の口から感嘆の声が洩れた、それは組立場入口正面に展示されている「二寸七分榴弾野戦砲」の実物大レプリカを見たからだ、これは来期からの試作計画の砲で木製レプリカにオリーブ塗装され本物さながらに機関部が動作できる模型であった。
「ほうこれが先ほどの来期計画にあった大筒か…んんしかしこれはどう見ても儂が知る大筒とは一線を画すもの、誠二郎よこれは一体どれほどの威力があるのじゃ」と官兵衛は砲身を手で触りながら誠二郎に聞いた。
「この砲は野戦砲と申し、最大射程二十里 有効射程五里、口径は二寸七分で使用する弾頭は榴弾ともうし弾頭内部には五百匁の炸薬が詰められ着弾と同時に径にして二十間周囲を吹き飛ばす程の威力がございまする」
「何と有効射程が五里とな…それに玉はムク鉄球ではなく炸裂弾と申すか、ふむぅこれは出来上がりが楽しみじゃて、これを戦に用いればこれまでの戦とは全く異なる形態になろうのぅ」と感心しきりに砲の機関部を手で操作しだした。
「大殿、この野戦砲は来期より試作に入り、完成には二年ほどの歳月を要しましょうか、これまでの銃器とは異なり開発する箇所も多く、また製造するに特殊工作機械も作らねばなりませぬ、また開発予算も一万石は優に係りますよって多年度に渡る計画と致しました」
「仕方あるまい、これほどの火砲であればのぅ…しかしこれが一門あればもう城防備の意味は無くなるよって戦国に終止符が打てるほどの武器となろう、誠二郎頼んだぞ」そう言うと官兵衛は頼もしげに誠二郎を見つめた。
一行はここで散開しそれぞれ銃組立に見入っていった、誠二郎は組立場中央に設えられた休憩場の椅子に座ると皆が銃を見入る姿を目を細め見つめ、手は腰の辺りをまさぐっていた(あっ、煙草を忘れて来た)官兵衛に呼ばれ気が動転し煙管は持ったが肝心の煙草入れは奉行部屋に忘れてきたようだ。
無いと分かると無性に吸いたくなるのがニコチン中毒者の常、誠二郎はこれまで幾度となく禁煙にチャレンジしたが結局は無駄な足掻きであった、ましてやこの時代に落ちたなら今度こそ禁煙できると思ったが…何とこの時代にはもう煙草が存在していたのだ。
五十年前、火縄銃伝来と共に煙草も伝来し、南蛮貿易隆盛に伴い多くの地に喫煙は広まり、今や九州各地でも煙草葉が栽培されるようになってきた。
苛つきの目で誠二郎専用の煙草盆を覗くも煙草葉は無かった、仕方なく煙管だけを咥え吸う真似で苛つきを押さえた、その時あの大柄な三左衛門の挙動に目がとまった、それは重機関銃の組立溜まりの銃置台に置かれた機関銃を頻りに手で触り首を傾げていたからだ。
三左衛門は暫く重機関銃を触っていたが不意に掴むと誠二郎の方を見つめ 銃を携えやってきた、しかし重機関銃は本体だけでも10貫はあるというに まるで小銃でも持つように軽々と右手に掴み すたすたと歩いてくるのだ、一体どれほどの膂力があるのかと誠二郎は唸った。
持ってきた重機関銃を誠二郎が座る机上にドカッと乗せるとその対面に座り質問してきた。
「誠二郎殿と言われたか、この銃だがゴチャゴチャと厳めしく何やら部品が一杯付いておるが…肝心な火鋏も火蓋も無いが…どうやって発射するのか教えてはくれまいか」
その時誠二郎は「あっ」と思った、元込銃…いや機関銃の存在を知る者は鉄炮二番組の一部と朝鮮在陣の大将級数名、後はここにいる大殿と善助しか知らなかった事を思い出した。
という事は現在したり顔で各種の銃器を見て回る供の四人も火縄銃の変わり種くらいに組立途中の銃を見ているか、或いは全く銃器に関心が無いかのいずれであろう、ならば弾頭被甲プレス機や薬莢プレス機などはどんな思いで見ていたのやら…。
百聞は一見に如かず、口で説明するより実際撃って見せた方がよほど分かりが早いだろうと思った。
「三左衛門様、これより実際に試射してご覧に入れましょうか」と言ってみた。
「おおっ撃つところを見せて貰えるのか、それは是非にも見させて下され」そう言うと鼻を膨らませ昂奮顔で再び重機関銃を捧げ持った。
「三左衛門様、試射用の銃は試射場に揃っておりますゆえこの銃はここに置いておいて下され」
誠二郎は再び散開した一行を呼び寄せた。
一行が机の廻りに集まると「これより各銃器の試射をご覧に入れまする、工場裏の試射場に案内仕ります」そう言うと皆を先導し右手の裏扉へと案内した。
裏扉を抜け空き地を渡り外塀の厳つい扉を開けるとそこは広場になっており、その広場は厳重に竹矢来で囲まれ外には歩哨が数名巡回していた、竹矢来正面は中津川の流れだ。
その竹矢来は奥行き三十間、幅十間ほどで奥の川側だけは土煉瓦が塀を成していた。
銃を撃つ射場は厳つい扉のすぐ前にあり十畳広さの板場造りで前縁には半間高さの銃置き台が設けられ、試射係りはそこに重機関銃・強力歩兵銃・短機関銃・歩兵小銃、それと将校用拳銃を一丁ずつ並べそれぞれに実包を装填していた。
誠二郎は見学者一行を射場の端に集まってもらうと、「ここに揃えました銃器は現在この銃火器工廠で製造している各銃に御座る」と前置きし、一丁ずつ銃を指差すとその銃の諸元を説明していった。
「まずはこの銃で御座るが重機関銃ともうし…」
一通り諸元を解説すると「説明だけでは解らぬ事も多いかと存じまする、ゆえにこれより試射をご覧にいれまする、皆様出来るだけ銃の後方にお立ち下さい」そう言うと試射係に準備せよと申し渡した。
その時 前方煉瓦塀の横に設えられた頑丈な煉瓦小屋から的係が半身をのりだし旗を振った、見ると煉瓦塀中央に白い皿八個が吊されてあった。
試射係はまず将校用拳銃を握ると置き台に銃を握った右手を乗せ、左手を軽く銃把に添えてから的を狙った、この射撃場から的までの距離はおよそ二十五間(45m)、この手慣れた射手ならば全弾マトである小皿を粉砕するだろうと誠二郎は思った。
試射係は息を止めると静かに引き金を絞った、初弾を撃ち放つとほぼ連続に引き金を引き絞っていく、全弾がマトの小皿を粉砕させると拳銃の遊底は後退したまま停止した。
見学者らはそれを見てようやく息を吸い唸った、火縄のロング銃でもこの距離で全弾命中させるは相当の熟練を要す、また八弾撃とうとすれば十分ほどは係ろうか、それをわずか数秒で撃ち尽くしたのだから溜息も漏れよう。
手のひらに収まる拳銃が二十五間も先の皿を一瞬で粉砕する威力、また一度の弾込めで八弾連続撃ちが出来る元込め新鋭銃の工夫の程にも驚いた。
それを見た三左衛門は初めて理解した、この工廠で造られる銃は全て元込銃で、また弾は先程見た弾と火薬入り薬莢が対で組み合わされた実包というものであるという事を、三左衛門は排筴され射撃場に散らばった薬莢を一つ拾うと匂いを嗅ぎしげしげと見つめた。
試射係は歩兵小銃を飛ばし隣の短機関銃を握った、それを今度は腰に構えると「参ります」そう言うと無造作に引き金を絞った、一瞬で轟音が立ち激しく薬莢が飛び散り床に転がった。
この時ばかりは驚いて全員が後ろに後退した それほどの衝撃だった、しかし三十発撃ち尽くすに数秒とは係らず見学する者の後退する足が床に付く前に全弾撃ち尽くしてしまった。
皆呆然と佇む中、試射係は先と同様 強力歩兵銃を飛ばし銃置き台に二脚を支えとして置かれた重機関銃の銃把を握った、するともう一人の試射係が弾帯を真っ直ぐに広げ「よし」と応えると射手は又もや「参ります」と叫んだ。
今度ばかりはその声で誠二郎は耳を両手で押さえた、すぐに腹に響く重低音と衝撃波が誠二郎を襲った、着ている羽織は断続的にバタバタ振動し音は胸を圧迫した、しかし見学者らは誠二郎の比ではない、その衝撃波の恐怖に我勝ちに後方へ身を翻すと射撃場の隅に頭を抱えて蹲ってしまったのだ。
弾帯百発の12.7x99mmNATO弾を全弾撃ち尽くすに僅か十秒足らず、床には夥しい薬莢が転がった、空に殷々と重低音が轟きやがて大気に融け込んでいき静寂が訪れた、全員は恥ずかしげに立ち上がると重機関銃の前へと駆け寄り前方の煉瓦塀を見た。
もはやその煉瓦塀の中央辺りは基部のみ残し掻き消えていた、その破壊的威力を目の当たりにし皆息を呑んだ、重機関銃からは僅かに煙が立ち上りその禍禍しい姿は発する熱に揺らいでいた。
官兵衛は「これほどのものだったか…これで歴史は変わるだろう」とボソッと呟き誠二郎を見た。




