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第二十九話

 誠二郎は作左右衛門の鍛造技術に暫し見とれ、併せて鋼の製法や熱処理技術について考えていたが、彼が言った「強力歩兵銃と申しましたかのぅ、その銃身ならば二日前に仕上班が引き取りに来ましたが」が気になり製鉄場を出ると再び工作場に戻り仕上班の作業場へ向かった。


仕上班は元々銃器部品量産時の仕上係りとして発足した部署であったが今のところは工作機械の部品仕上げを主に行っていた、この班の作業者は細工師・彫金師で構成され その手先の器用さを生かし銃器の仕上げ・ライフリング掘り・銃腔ラッピング・検査を専門とする班だ。


誠二郎は「強力歩兵銃」の銃身仕上工程を見ようと仕上場を見渡した、すると奥で一人の職人が鉄棒を木製バイスに締め付け、何やら作業をしているのが目にとまった。


(あれかな…)誠二郎はその職人の元へ歩いていった、すると他の職人らは皆作業の手を止め膝立ちに屈むと頭を下げた、(これはこれで鬱陶しい)と思った、元世の職場では本部長の誠二が設計室を巡回してもせいぜい目で挨拶するかパソコンを見つめ無視する者が殆どであった。


それから比べれば嬉しいはずだが…過剰に過ぎると鬱陶しいと感じるは身勝手にすぎるかと「皆さんもうお立ち下さい」と言いながら鉄棒の仕上げをしている職人の背後に廻った。


銃身仕上班の班長は朝鮮の鉄炮組から一緒だった五郎太である、彼は鍛冶を本業としていたが短機関銃製造時 銃身仕上の腕が一級であったため班長に推した者だ。


「おぬしが強力歩兵銃の仕上げを担当しておったのか」そう言うと懐かしげに五郎太を見た。


「御無沙汰しておりまする、久々の銃身仕上げに意気込んでおりまする…それにしても長い銃身でこれは骨が折れますわい」と五郎太は汗を拭いた。


「でっ、何処まで進んでおるのじゃ」


「はっ、二番篠が終わり現在三番篠で銃腔を四分二厘(12.7mm)に仕上げており、ラップ代は二厘ほど残すつもりでござるが」と応えながら篠を回転させ前後動作を繰り返していた。


「五郎太殿、では旋条篠はもう用意が出来ておるのじゃな」


「はっ、ここにございまする」と作業台の下から旋条篠が組込まれた木枠を重そうに取り出した。

旋条篠とはライフリングブローチのことで現代のものとは全く形は違いテコ引きの道具であった、これは誠二郎が朝鮮で短機関銃の銃身にライフリングを掘る際に考案した道具である。


木製二つ割りの模範螺旋溝が掘られたガイドスリーブを主体に、そのスリーブ中心に銃口内径と同径の鋼棒が挿入される。


鋼棒の先端部には6個のバイトが植えられたバイトホルダーがネジ装着できる、その棒を銃口内に通すと反対に突き出た鋼棒の先端にこのバイトホルダーを装着し準備完了だ。


テコで鋼棒を強く引くとその鋼棒側部のカムフォロアーが木製ガイドスリーブの内螺旋溝に倣い緩やかに回転を始める、すると鋼棒先に付けられた6バイトにより銃口内には六条の螺旋溝が削られていく、そのバイトホルダーは一番から五番まで用意され順次大径に交換し溝深さを広げていく仕掛けだ。


「五郎太殿なら銃口内径の仕上削りと旋条堀り、それとラッピング仕上げにどれほどの時が係ろうか」と尋ねた。


「そうですなぁ…専業でやらせて貰えば一日で何とかやっつけまするが」


「ほぅ何と一日で出来るのか、儂は三日も係ろうかと思っておったが…一日でのぅ」


「御奉行、それがしがやったらでござって、初めてやる者であれば五日でも無理でござろう、こればかりは経験がものを言いましての、ましてや旋条堀りなど面食らってしまいまする」と笑った。


「そうか、では銃身造りに現状の葛巻き鍛造を改め直接銃身に機械で穴を掘る工法に変えたとしたら銃身造りは仕上を含め二日も係らぬと言う事になるな」と五郎太の目を覗き込む。


「そんな…御奉行殿、鉄の棒に何の手掛かりも無くどうして二尺以上もの穴が掘れましょうや、相手は鉄ですぞ、木の棒に穴を開けるにも穴は曲がってしまい二尺は無理というのに…鉄にとは」

五郎太は呆れかえった顔で誠二郎を見つめた。


誠二郎は五郎太の呆れ顔を見て決心が固まった(ガンドリルマシンを造ってやろう)そう決心したのだ、誠二郎は以前 国内の銃器メーカーの依頼で銃身専用のガンドリル専用機を二基ほど造った経験がある。


だがその時は高出力直流モーターや高性能ドライバー、高精度ベアリングに流体軸受や高油圧機器、それと工具も超硬やセラミックがふんだんに使えた…しかしこの時代となれば何も無い、この何も無い時代に造れるはずもないとこれまであきらめていた、だが先の構造用炭素鋼を開発するならガンドリル製作は必須となろう。


そのとき元世の入社当時のことが不意に思い出された、そのころ誠二は開発課に配属され米国製の1000mmロングガンドリルをスケッチしていたとき 先輩からこれが銃身加工専用ドリルだと聞かされ、また先端に設けられた片刃チップの異形状がDR真直性を生みその原理も詳しく教えられた、それはまるで魔法の剣にも見え一時間近くも呆けて見ていたのを思い出した。


「よし…まずは転炉造りか、その先は発電機を造り それからモーター造り、それと油空圧機器とガンドリル…」と譫言のように呟き出した。


「御奉行、どうかされたましたか」と五郎太が不安げに誠二郎を見つめた。



 過ぐる八月十日、大殿黒田官兵衛の蟄居謹慎が解かれるという知らせが豊前中津に届いた、この早期なる謹慎解除は長政の朝鮮における戦功が秀吉に高く評価されたからという、蟄居謹慎が解かれた官兵衛はそのまま大阪の黒田家天満屋敷に滞在し、豊前中津への帰着は来年二月頃になりそうとの知らせを得た。


そのころ誠二郎は銃火器工廠に必須な動力源として蒸気ボイラーとレシプロ式蒸気エンジンの製作に没頭していた、これらの設計は構想図を誠二郎が描き組立図と部品図は昨年七月 工廠建屋の完成が待てず自邸で急遽発足させた工廠設計部門が行った。


この部門発足は昨年 武士・町人を問わず公募入試を行い成績優秀者二十五人を採用、暮れまでの五ヶ月間をかけ技術・設計の教育を行い、明けて文禄三年一月より図面作成が始まり四月から工廠工員の手で半年を掛け蒸気ボイラー三基、レシプロ式蒸気エンジン九基の製作を終えた。


現在は誠二郎指導の下、設計者と工員らの手で調整段階に入り十一月を目処に工廠内の各設備に装備する計画であった。


また蒸気関連動力機械の設計が終了した者から順次発電機開発の設計に当たらせ、現在は蒸気式発電装置及び給電設備そして各種アクチュエーターの設計を進めさせていた。


そして年が明けた文禄四年二月二十日 大殿官兵衛は秀吉の命で肥前名護屋城に在番すべく大阪を発ち途中ここ豊前中津城に立ち寄った。


官兵衛が中津城に帰着した翌朝 誠二郎は呼ばれ、二の丸書院へ申しつかった書類を抱え向かった。

書院に入ると官兵衛が奥の間の一段高いところに座り火鉢で手を温めていた、そして一段下がった所には栗山善助が控えていた。


誠二郎は畏まって書院に入ると大殿の前に進み平伏した。

「誠二郎か…久しいのぅ、あれから二年近くにもなろうか、早いものよ 貴公の事は大阪や堺に噂は聞こえておったが…まっかんばしいものはなく怨嗟えんさが殆どじゃったのぅ、どうやらおぬしにばかりに苦労をかけたようじゃ、まっ皆に恨まれるが上等と心得よ。


それにしても強引に進めたものよ…どうせ善助にせっつかれたのじゃろうククッ」笑いながら下座に控える一老の善助を見た。


「まっここでは堅苦しいゆえ場所を変えようか」

そう言うと官兵衛は座を立ち廊下に出ると後に付いてこいと善助と誠二郎に目配せした。


官兵衛の後に続き暫く歩くうち奥書院の廊下に佇み松竹が描かれた襖を開けた、そして中を見回し「ここはぬくそうじゃ」そう言うと二人に中に入れと促した。


「おぅほんにここは温いし落ち着くわい」

入った部屋は八畳と狭く表障子が南側一杯に切られ暖かそうな陽光が部屋奥まで差していた。

また部屋の調度品も落ち着いたものが配され官兵衛は黒塗りの座卓向こうに座ると「そこに座れ」と二人を対面に座るよう促した。


「さて、誠二郎よ 慣れぬ土地でようもやりおった、儂らが手も付けられなかった諸役改革を僅か二年そこそこでやってのけ、長政の途方もない築城費用を捻出したり領地経営の破綻を露呈もせず乗り切ったとは…ようも命があったものじゃて」と言いつつも目には感謝の色が見えていた。


「中でも主税部の改革には目を見張るものがあったと善助が言っておったが、昨年の会計報告でもゆるり聞こうか」そう言うと誠二郎の目を見据えた、しかし以前のような眼光の鋭さは見えなかった、やはり一年にわたる蟄居謹慎が応えたのだろうかと誠二郎は慮った。


「これに御座いまする」と座卓の上に書類を置き、文禄三年度の決算報告を語りだした。

経営成績と財政状態、損益計算書、包括利益計算書、貸借対照表の説明に詳細を添え 順次語り継ぐと、会計書だけでは見えない金の動きはキャッシュフローで説明しセグメント情報も添えた。


この半刻にもおよぶ会計報告に官兵衛の昂奮は隠せない、次第に目は輝き書類に食い付いてきた、そして「ふむぅ…これはもう儂らの及ぶところでは無い、この様に分かり易い会計方法が有ったとは…のう善助や」と唸り眼を剥いた。


次いで事業報告を行い、併せて今年度の事業計画と収支予想を書類で対照し報告を終えた。

官兵衛は目を瞑り誠二郎の報告に頻りに頷いて聞き入っていた、そして聞き終わるとその理路整然とした報告内容に余程感心したのか「おぬし…やはりこの時代のものではないようじゃ、その本人が今儂の手の内にあるとは…なんと頼もしい事よ、これならば領地仕置きが任せられるというもの。


儂は当分名護屋に詰めねばならぬし善助も来月には朝鮮に赴かねばならぬ、長政もあのように帰れる見通しさえたってはおらぬ、そんなとき目端の利く老級はおらず無骨な武断派ばかり、正直儂は名護屋入りをためらっておったのよ、しかしおぬしの報告を聞いて安心した、おぬしならば任せられるじゃろう、のぅ善助」そう言って顔を綻ばせた。


「おおぅそうじゃ、これより銃火器工廠とやらを見せて貰おう、善助 おぬしはもう見たのか」


「いえ、それがしもまだ見てはおりませぬ、誠二郎が設備がおおよそ整うまで暫く待て欲しいと言い募りますよって、しかし誠二郎よ もう見せてもらってもいい頃だろう」


「はっ、当面の銃火器製造に足る設備は先月末にほぼ整いもうし、今月より未だ一部では御座いますが稼働を始めておりますゆえ どうぞ見てやって下さりませ」そう言うと誠二郎は平伏した。



 大殿官兵衛、一老 栗山善助、主税奉行兼工廠長 安田誠二郎、それに供の者五人ほどを従え城の西門より出ると中津川の河原を西に歩いた、川面から吹く霙交じりの風はまだ冷たく一行は背を丸め急ぎ城に隣接する銃火器工廠正門に向かった、歩いてすぐに高い塀に囲まれた工廠が迫り、その屋根に突き出した煙突からは猛烈な黒煙が噴き上がっていた。


「ほぅあれが工廠の煙突か…思ったよりでかいのぅ、何やら凄い黒煙が立ち上っておるが初めて見る巨大な煙突じゃて」と大殿官兵衛はその煙を見て感嘆の声を上げた。


一行は工廠を囲む見上げるような塀に沿って正門入口へと向う、途中 数人の歩哨が槍を携え辺りに目を配りながら巡回していた。


一行は工場正門に着いたときその警戒の厳重さに驚いた、衛兵四人が火縄銃を構え門の両脇を固め鋭い眼差しで辺りを窺っていた、また門内に入るともう一つ厳重な内門扉が有り、出入りする職人や業者を門番四人が厳しく検閲していた。


一行の中に工廠長の誠二郎がいることが分かっているのに入門所受付では全員が氏名を書かされ一人一人の胸に入門許可証が縫い付けられた。


「誠二郎!何という警戒の厳しさよ、これなら他国に洩れるおそれは無いじゃろう」そう言うと官兵衛は満足そうに周囲を見渡した。


ようやく入門所奥の大扉に付帯する小さな扉が内側より開かれ一行は中に入った、その時後方でゴツンと音が響いた、一行の誰かが頭を入口上縁にぶつけたらしい、誠二郎も初めのころはよくぶつけたが最近はよく屈んで入るようにしていた。


一行の中で確か背の高い奴が一人いたなと思い後ろを振りかえった、やはりそいつだ。

痛そうに頭を抱え工場内に入ってきた、背丈は六尺は越えていようか誠二郎とほぼ同じ身長で巨漢体躯の若者だった。


これから見学者も増えることだし見学用ヘルメットを用意しなければ、そう思いながら皆を先導して まずは製鉄場の入口に向かう、ここでも衛兵のチェックを受け製鉄場に入る事が許された。


一行を工場中央の幅六間、奥行き三十間程の中央通路へと案内する、すると両側にはびっしりと設備が立ち並び猛烈な騒音を発していた。


入口左側には破砕分鉱機、焼結炉、コークス炉が並びその奥に小型高炉の基部が少し見えた、そして転炉、キューポラ、鋳造所を最後に左側ラインが終わると右側は圧延関連設備が並び平板用、薄板用、丸鉄、角鉄の圧延機械や特殊鍛造設備が所狭しと配置され、ライン全体としてはUの字に構成されていた、そして出来た成形鋼は入口右奥から隣の工作場へトロッコレールで導かれる。


大殿官兵衛と善助は入ってすぐに耳をつんざく凄まじい轟音に驚き怯えた、これまで聞いたことがない異様な騒音だったからだ、丁度その時すぐ横の破砕分鉱機が稼働を始めたところで、鉱石が砕かれるたび地響きをたて飛び散った石が集合板に激しく当たりけたたましい破裂音をたて始めた。


一行はその音に恐れをなし右端に退避するように寄った、すると今度は右手の圧延機から蒸気とともに猛烈な火玉がぜ一行の所へ蒸気と共に降り注ぐ、見ると真っ赤に焼けた鋼塊が夥しい水蒸気を噴き上げながらローラーに挟まれ激しく往復していた、その熱気は冬とはいえ頬を刺すほどの熱気に感じられたのだ。


「おお…これは何とした事じゃ…」官兵衛は声も切れ切れに呆然と眼前に広がる喧騒を見つめ震えた、それは恐怖からではない その途方もない先進技術のすいに恐れおののいたからだ。


官兵衛と善助以外の供の五人は一人を除き恐怖のためか眼を閉じ耳を塞いで震え上がっていた、しかしあの巨漢の若侍だけは破砕分鉱機に走り 目を輝かせローラーや振動篩機に見とれ、次いでコークス炉や転炉の間近に寄っては目を輝かせた、また火花を怖れるふうでもなく圧延機に身を乗り出すと感嘆の声を上げ職人らに「危ないから下がれ!」と怒鳴られている。


耳栓やヘルメットをつけず一般見学者に製鉄場を案内するのはこれ以上は危険と考え 誠二郎は皆を引き返させた、そして工作場に繋がるレール横に集合させると次は工作場へと先導していった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 蒸気機関が作れたなら素直にそれを動力に使って、高価な銅を大量に使うダイナモやモーターは後回しにすればよい(ポルシェティーガーはやっぱり無理があるよ派的思考)と思ったんですが、よく考える…
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