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第十四話

 鉄炮二番組詰所に居候することになった誠二は佐八郎の好意で広さ八畳ほどの部屋が与えられた。


誠二は与えられた部屋を見回し 部屋の造りは薬房の方が数段上等だったと感じた、それはたぶん薬房が以前は宮殿造りである昇華院の続き部屋であったからだと思った。


(この部屋が今後 兵器開発の設計事務所になるわけか…)

だが残念ながら事務所と呼ぶにはほど遠く 今は大きめの座卓一脚があるのみで製図板や定規 カラス口など製図用具や備品一式を早々にそろえなければと もう一度辺りを見渡した。


(畳とまでは言わないが…せめて茣蓙でもあれば助かる、板の間に直接座るのは冷えるからなぁ)

そう考えながら座卓前に座り、机上に無造作に置かれた銃や実包の説明図を机の隅に押しやった。


そして半紙束より真新しい半紙1枚を抜き出すと今後調達しなければならない用具や書棚、机、椅子など思いつくままに書き出していった。


一通り書き終えると(さて、全てを自作するには手間がかかりすぎる、誰かに手伝って貰うか)そう考えたとき普請頭の後藤の顔が不意に浮かんだ(そうだ…彼には石落とし以上の工夫を頼まれていたんだ、よし迫撃砲の話でもしてみるか、後藤殿が迫撃砲案に関心を示してくれれば製図板や机椅子などの調達は何とかしてくれるかも…)


そう考えると早速半紙3枚ほどに迫撃砲や弾頭の構造図を描き始めた。

(迫撃砲の口径は25cmぐらいとして八寸か、砲長は持ち運びの便利さから短い方がいいな…)

およそ一時ほど筆を走らせ迫撃砲と砲弾の構造図を描き要所に寸法を入れた、そして出来上がった図面を点検しながら(この迫撃砲が気に入って貰えるといいが)と考えた。


(衣笠久右衛門様が後藤殿のことを日の本一の造城図匠と言ってたが…このような直接的過ぎる殺戮兵器製造には抵抗があるかもしれないな…いや石落としの方が残虐だろう、だが石落としは何と言うか滑稽さが残虐性を希釈しているような…まっ一度見てもらい意見でも聞こうか)


そう思い図面を丸め立ち上がった、そのとき部屋に若い兵が入ってきた。

「白兵衛様 昼餉をお持ちしました」

そう言うと佐八郎が言ったとおり麦飯の握りが二個と具無し味噌汁それにタクアン三切れが添えられていた。


若い兵は御敷きを座卓に置くと「後ほど御敷きは取りに参りますのでそのままに」と言って退室した。

誠二は置かれた麦飯の握りを暫く見つめてしまった、この地に落ちて口に入れたものは病人でもないに雑炊が常食、つまりは流動食ばかりでこうして形有る飯は貴重だった。


それに今日は麦である、それも混ぜ物なしの麦100%だ(あぁなんて勿体ないことを…)とつい思ってしまうのは日頃のひもじさが身に染みついたせいだろう。


元世であれば麦100%の飯など不味くて食えたものではない、せめて米7麦3くらいにとろろ汁をかけた「麦とろ」なら旨かろう、だがこの地に落ち口にしたものは粟か稗…たまにそれら雑炊へほんの一握りの麦が入っただけで驚くほど旨くなり争うように鍋に殺到したものだ。


その麦100%の握りがいま目の前で僅かに湯気を立てている、誠二は止めどなく溢れる唾液を満面の笑みで嚥下し、堪らぬとばかりにその一つに食らい付いた。



 昼餉を済ませ誠二は外に出た、普請頭の後藤に会うため城門近くの工事詰所へと向かっていた。

「握りで一個食べ 残る一個は味噌汁に入れジャブジャブと食ってやった、いずれも旨かったなぁ…まてよ二個ともそのまま握りで食った方が食いごたえがあったかもしれん、よし 今度はそうしよう」

とたわいもない独り言をブツブツ呟きながら歩いている。


暫く歩き城門近くの工事詰所に着いた、入口を入り狭い三和土たたきに面した二十畳ほどの板の間が普請場工事詰所で、昼餉を終えた大工ら数人が思い思いに休息を取っていた。


誠二は三和土に立つと「後藤殿はおられぬか」と目の前で煙管をくゆらす男に尋ねた。

「御奉行様は普段は昇華院の普請本所の方におられますが」と丁寧に答えてくれた。


「えっ、後藤殿は御奉行であられたか!」と驚いたように聞き返す。


「はっ、後藤様は御奉行で御座るが何か…」男は不審げにじろじろ誠二を見始めた「わ、分かりもうした、それでは普請本所を訪ねてみます」そう言い慌てて普請詰所から飛び出した。


(治兵衛殿は確かに組頭と言っていたはず…俺の聞き違いだったか、それなら呼び捨てはマズかったなぁ、後藤様と様付けせねば)と頭を掻きながら普請本所に向かって歩き出した。


普請本所は重臣らが詰める昇華院内にあり、誠二はまたぞろあそこに行かねばならないのかと少々ためらいもあったが致し方なしと歩を進めた。


昇華院に着き門衛の前で案内を請おうと口を開いたとき「午前中に衣笠様は白川城にお出かけになりもうしたが」と応える、「いえ本日は普請奉行の後藤様にお目にかかるため参りました」と慌てて返した。


「左様でしたか、たしか白兵衛様で御座りましたな、普請本所はここを入って廊下を左に進み、突き当たりを右に曲がって六つ目が普請御奉行の御部屋にござる、只今御奉行様は部屋の方にお見えになると存じまする」と詳しく教えてくれた。


どうやら若い門衛は佐八郎が昨夜ここで騒いだことを覚えているらしく したり顔で応えてきた。

誠二は顔が赤らむ想いに入口に入ると案内された通り廊下を左へと進んだ。


六つ目の部屋前に佇むと軽く咳払いをし「白兵衛に御座る」と中に声を掛けた、すると「白兵衛殿か、中に入って下され」と声がかかった。


朝鮮襖を開けると広さ二十畳ほどの部屋に奉行が南奥に座し、部下らしき男ら四人がその手前に置かれた座卓で書物をしていた。


「おっ、白兵衛殿よう参られた、さっさこちらへ」と手招かれ後藤の前へと進む。

「まぁ座られよ、本日お越しということは何やら工夫がついたということじゃな、これは嬉しや」と満面の笑みだ。


言われるままに座り、もう一度部屋を見回すと持参した絵図を懐より出し後藤の前に置いた。


「ほぅ、これで御座るか」と言いながら、後藤は机に置かれた絵図を開き 顔を半紙に近寄せると子細に見入りだす。


「ふむぅ、白兵衛どの…これは一体なんぞや」

後藤は三枚の絵図を見てから首をかしげ誠二を正面から見据えた。


「この三枚のうち、砲弾と書かれたものじゃが…ひょっとしてこの形から察するに焙烙玉ほうろくだまでは御座らぬか」と後藤は問う。


(そうか…この戦国期には焙烙玉は常用されていたんだ、ならば話は早い)

誠二は少し緊張がほぐれ 大きく息を吸うと膝を躙って座卓に身を寄せた。


「後藤様は打上花火を御存知でしょうか」


「打上花火…はて聞いた覚えはないが、尾張や三河の方では火玉を打ち上げて豊作を祝うということは以前誰ぞに聞いた覚えはあるが、詳しくはよう分からぬ」


「後藤様、この絵図はまさしく火玉を打ち上げるもので打上花火と申しまする、それがし尾張か美濃の生まれらしくその製法は心得ておりまする」


「左様か、そう言えばおぬしの喋りにはどこか尾張訛りが出てござるの、でっ その打上花火がこの度の新しき工夫ともうされるのか」


「いえ、まずは思い付きといったところで、この工夫がこの度の守城戦に適した仕掛けかは後藤様の評価で決まるかと…」


「なんじゃ、えろう自信なさげの物言いよのぅ、まっ内容を詳しく聞こうぞ」

後藤は腕を組むと誠二が喋り出すのを待った。


「この仕掛けは迫撃砲ともうし、目標物に肉迫して撃つの意であり、大筒とは異なり至近距離の敵を粉砕するに適した砲でござる。

言い換えれば城外に押し寄せる敵に対し面制圧、つまり鉄球砲弾を撃ち出す大筒や火縄銃のような点制圧でなく、敵兵の群れを面と捉え その面をまんべんなく平らげることを意味します。


この砲弾図を見て下され、球形弾の中身は黒色火薬三斤と鉄片二斤が混ぜられ、それを幾重もの紙を糊付けし押し包んだ砲弾でござる。


その砲弾にはこのように短い導火線が植え込まれ、この発射筒より打ち出されるさい発射薬の爆火がこの導火線に燃え移り、敵の頭上へ飛び破裂する仕組みです、三斤の火薬量ともうせば火縄銃一千発分に相当する量につきその威力は想像に難くは御座りますまい。


また火薬だけでは殺傷力に乏しいゆえ、焙烙玉では外皮の焙烙焼の破片を飛散させまするがこの砲弾は古クギや鉄片を爆風に乗せ飛散させまする。


この砲弾は三町(300m)ほども飛ばせばよろしいから発射薬は少量で済み爆発力も僅少のため発射筒は鉄製でなく木製として竹のタガを筒全域に嵌め込む程度でよろしかろう。


この発射筒を十筒ほども造り、現在鉄砲組には大筒用の玉薬が百斤樽で十樽ほどもあり、これらを全て費やせば迫撃砲弾は三百発ほどは造れようかと、この一発が地上五~十間高さで破裂したなら四散する鉄片や爆風は二十間ほどの円状に広がり、三百発ともなれば城門前から礼義河付近までの一帯に群がる敵兵ら数千は殺戮することができましょう」


誠二はここまで一気に喋り、一呼吸すると後藤の反応を窺った。


暫く目を瞑り考え込んでいた後藤がおもむろに口を開いた。

「おぬし…こんな怖ろしげな仕掛けをようも考えついたものじゃ、こんなおぞましいものを何も無いところからは考えつくまい、何かそれなりの下地が有ったのでござろう」


そう言われても誠二に下地などあるわけもなく咄嗟に思いついた作り話を口にした。

「昔三河の花火師が打上花火を打ち上げた際、花火玉が不発に終わりそれが地上に落ちて破裂したそうな、そのとき見物する群衆の中に落ちたらしく二十人ほどが死傷したという話を聞いた覚えが御座りまして」


「やはりのぅ、そうでのうてはこのような無慈悲極まる仕掛けなど考えつく白兵衛殿ではないはず、ふむぅどうしたものやら、儂は普請が専業でそれでも黒田直之様に命じられ嫌々石落としなど無慈悲な仕掛けを造っておるが、儂の押しつけがましい要求で白兵衛殿の御心を悩み参らせたことは誠に申し訳ない限りじゃ。


まっ 石落としなどは栗山様や母里様ら重臣の方々にはこぞって小馬鹿にされ、まず日の目を見ることはありますまい、じゃからこうして気楽に造っておられるのよ、しかしじゃ…もしこの迫撃砲とやらを御重臣方に披露したなら一も二も無く採用と決まるじゃろう、それほどに武器としては優れた発案と存ずるがさてさてどうしたものやら…」


(この後藤という男…平和主義者なのか、しかしこの時勢に今にも敵が攻めてくるというに無慈悲な殺戮は心が咎めるとは、どうやら持ち込んだ相手がわるかったようだ)


後藤は暫く考え込んでから「この案は儂より鉄炮奉行に持ち込んではどうじゃろう、先ほど申された火薬十樽の管理は鉄炮奉行の管轄ゆえの、儂の裁量では如何ともしがたいわ」


(あっ、逃げた…この男 木田専務と同類だ…)


「後藤様 承知致しました、なに 無理矢理捻った案ゆえそこかしこに無理もありましょう、ではこの件は無かったということで、これにて御無礼致しまする」

そう言うと後藤の二の句を待たず座を立ち、頭を下げると逃げるように退室した。


(製図板や机と椅子はとても頼めなかった、仕方ない自分で造るか…それでもボツになったとは言え後藤様の頼みはこれで果たしたことになろう、目の上の悩みが一つ消え心置きなく機関銃製造に没頭できるというもの、それにしてもこの時代に御奉行という重席にありながら殺傷を好まぬとは…やはり兵あがりでなく大工上がりのせいだろうなぁ)そんなことを考えながらとぼとぼ鉄炮組の詰所へと歩いて行った。



 翌朝、まずは製図板の板を探そうと部屋を出かかったとき、佐八郎が火縄銃の古ぼけた銃身ばかりを十本ほど担いで部屋に現れた。


「師匠、このように錆付いたガラクタ銃身になりもうすが一度見ては下さらぬか」

そう言うと座卓にガラガラと音を立てて並べた。


誠二はその銃身群を暫し眺め その中から二本の銃身を手に取り相互に打ち付けて音を聞いた。

「僅かだがヒビが入っている様子、それも二本とも火口辺りでしょうか」


「左様、この一本はまだ新しい銃ですが早々にヒビが入ったようで、こちらの銃身は十年以上は使い込んだ銃ですが先日突如ヒビが入ったと聞いております」


「一本は鍛造不良、もう一本は疲労破壊でしょうな、やはり焼入れ温度の管理や焼鈍の時間管理などは正確をきすべきでしょう、佐八郎殿 銃身を熱処理する際は是非私にも立ち合わせて下さい」

そう言いながら(おいおい製図板造りなど悠長にはしておれんぞ)と想う誠二である。


その後数日間は機関銃の設計に没頭した。

銃の構造は当初より構造が簡単なマキシム機関銃を模倣簡素化したものに決めていた、そのマキシム機関銃とは1884年にイギリスの発明家 サー・ハイラム・マキシムによって考案された世界最初の全自動式機関銃だ。


たった一丁の銃で数多くの敵兵を一瞬でなぎ倒せる機関銃は戦場での効果は絶大で、当然マキシム以前にも種々の連射方式は実用化されていた、しかしマキシム機関銃のように空薬莢の排莢と次弾装填に発射反動を利用したまるで内燃機関のような原理で弾を撃ち出せる方式は初めてで、メカ式連続発射方式の代表格であるガトリング砲さえも陳腐化させてしまった。


しかしながら二十一世紀の機関銃と比較すればマキシム機関銃は重くて巨大、且つ水冷式で冷却水の補給に手間がかかるなど運用するには数名の人員が必要だったと聞く。


それでもマキシム機関銃は毎分600発ほども発射でき、その時代のボルトアクションライフル約30丁分に匹敵したという。


もしこれを火縄銃と比較したなら、火縄銃の弾込めから発射までを三十秒と見積もれば、マキシム機関銃一丁で火縄銃三百丁相当にもなる計算だ。


この自動機関銃の出現で以後 戦場において大きな革命をもたらしたというのも頷けよう。

このマキシムが考案した偉大なる発明品は、後の戦争を歩兵数の多寡たかでなく、いかに低コストで高い戦果をあげるかという兵器のパワーゲームと捉えることができようか。


ではなぜ誠二がこの機関銃製作に思い至ったのか、それは誠二がと言うよりも佐八郎の関心がこの機関銃にあって、それに引きずられるように事ここに至れりが正解であろうが。


しかし佐八郎が機関銃に関心を持つように仕向けたのはやはり誠二である、あの迫撃砲を作ろうと思い至ったとき、それはいま目の前にあるものが1ton近い火薬しかなかったからで、そのあと武器庫にならぶ夥しい火縄銃を見た時…やはり造りたいものは銃、それも最新鋭の銃…できるなら機関銃と決めていた、それゆえ佐八郎に銃器技術を説明する際 自然と機関銃を強調したのかもしれない。


一方 迫撃砲は後藤の煮え切らない拒否にあい一度はあきらめたが、出来れば造ってみたい兵器にかわりはない、そのためにはまずは花火師を探すことが先決と言えよう。


朝鮮・明連合軍とのパワーゲームにおいて敵は数にして10倍以上、その差を埋めるものは武器…それも圧倒的な火力、そうであるなら今の環境下で造れるものは機関銃と迫撃砲くらいなもの。


何も敵を殲滅できる程の圧倒的火力でなく、敵を驚嘆させ一時的に逃げ道を開けさせるほどの火力で充分なのだ、だがたった四丁の機関銃でそれを叶えさせることなど出来ようか…。


(やはり四丁ばかりの機関銃ではどうにもならぬ、逃げ切るには戦術に依るところが大きいやもしれぬ、戦術かぁ…何か昔の戦術で似たような類いはなかっただろうか)

誠二は思い出すように鴨居辺りを見つめ瞑想に耽りだした。

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