賢者イーザーノア
アリッサは、大昔から存在していた賢者イーザーノアの一族であり、ローデスの魔物を封印したのは、他の誰でもない彼女だったのである。
もはや言葉もなく、生ける石像と化している真悟たちに、アリッサは自分と同じ名前の少女について説明する。
「あなたたちとともに冒険をしてきた少女は、幼いころのわたしです」
栗色の髪にブルーの目をした、その美しい顔には、確かに少女アリッサの面影があった。
「みなさんといっしょにいたあの子の記憶は、いま、わたしのなかにあります」
突然の予期せぬ事態に、みんなの頭は混乱する。
「アールドットからローデスの魔物の話を聞いたと思いますが、わたしが魔物を封印したのは、七百年ほど前のことです」
それを聞いた美希が、目をみはる。
「な、七百年も、ここで生きていたの?」
アリッサは首をよこにふった。
「いえ、わたしの身体は、すでにこの世界には存在しません」
彼女の言葉に、みんなの胸がしめつけられる。寂寥感が心にひろがってゆく。
「この身体は……そうですね、残留思念。意思ある残留思念といえばよいでしょうか」
桃子が足を一歩ふみ出し、アリッサに近づいた。
「ここで我々を待っていたということは、わたしたちに話したいことがあるのだろう?」
アリッサはうなずいた。
「そうです。魔物を封印してからのことを、みなさんにお伝えしたいのです」
七百年前──魔物を封印したアリッサ・イーザーノアは、バンデーバからザノーアへ移動する。
そして、ザノーアとバンデーバとの間に結界を築いた。
「この世界へやってきた魔物は、ザノーアを壊滅できれば、すべてを思いどおりに破壊できると考えていました。ゆえに、バンデーバの生物をモンスターに変貌させ、ザノーアを襲うようにけしかけたのです」
では、ラディストスについてはどうなのか。
「ラディストスの人々は魔法を使えず、またバンデーバの猛獣生物にくらべると力が弱いので、いつでも殲滅できると思っていたようです」
しかし、そうなるまえにアリッサが魔物を封印する。
「モンスターがザノーアへ進出しないよう、ザノーアで結界を張ったあと、わたしの命はそこで終わりました」
真悟たちは固唾をのみながら、彼女が続ける話に耳をかたむける。
「わたしの命が終わるまえに、わたしはザノーアの民に、賢者の秘宝と守護石を手渡しました。そして、わたしが眠りにつく直前に、わたしの魂はザノーアの民の秘術によって水晶に鎮められたのです」
アリッサはそういうと、いま話した水晶の玉をみんなに見せる。
ソフトボールぐらいの大きさの、透き通るような青い色をした水晶だ。
「彼らの秘術のおかげで、わたしはこうしてみなさんとお話しができるのです」
余談だが、「ザノーア」という名称は、イーザーノアの名前をもじったところからきている。ザノーアの民にとって、アリッサ・イーザーノアは命の恩人と呼ぶに等しい存在なのだ。
「わたしには、魔物が封印の呪縛を解くことも、あなたたち勇者があらわれることもわかっていました。きたるべきそのときにそなえ、ザノーアの民はこの水晶をラディストスのアーシズ岬にもって行き、誰の手も及ぶことのないよう、亜空間のこの部屋へ置いてきたのです」
因みに、このときよりラディストスとザノーアとの交流が、はじまるようになる。
「ローデスの魔物は、強いだけではありません」
桃子が言葉をはさむ。
「どういうことだ?」
魔物には、重大な秘密がありそうだ。
「強さという一点においては、魔物よりもアールドットの方が強いでしょう。しかし……」
アリッサが話している途中で、彼女の身体がまるでテレビの映像が乱れたように、一瞬だけ歪んだ。
「封印が解かれたようです」
真悟たちは息をのむ。アリッサは顔を左に向けると、左手をそちらにのばし、魔法陣を出現させる。
「時間がありません。魔物はバンデーバの地へ降り立つことでしょう。みなさんは、この魔法陣からバンデーバへ……」
美希が、焦ったようにアリッサにいいよってくる。
「待って、まだ大事なことを……っ!」
アリッサの身体が、先ほどよりも大きく乱れた。
「あなたたちなら、大丈夫。魔物は……が……ので……」
肝心な部分が聞きとれない。
「どうか、この世界に平和を……」
それが、アリッサの最後の言葉だった。彼女の身体は消え去り、水晶の玉が床に落ちて、ピキッとひび割れた。
アリッサがみんなに伝えるべきことは伝わらないまま終わり、彼女が出現させた魔法陣が、とりのこされたように光を放っている。
アリッサは、みんなになにを伝えようとしたのか?
気になるところだが、いつまでもこの場に佇んではいられない。しかし、敵の弱点がわからないまま戦って、大丈夫なのか。
美希が覚悟を決めて、みんなに告げる。
「ここで悩んでも、しょうがないわ。バンデーバへ行きましょう」
武も賛同する。
「ああ。戦いながら、敵の弱点を探るしかない」
桃子もうなずいた。
「あまりのんびりしていると、またザノーアの結界が破られるかもしれないからな。わたしが最初に行こう」
桃子が真っ先に魔法陣へ入ってゆくと、みんなは次々に彼女に続いた。
そして亜空間トンネルを抜けて到着したバンデーバの様子に、みんなは絶句する。
──こ、これは……
緑あふれる平原の地に多くのモンスターが死に絶え、その中心に一体の生物が、真悟たちに背中を向けて立っていた。
この生物こそ、賢者アリッサ・イーザーノアの封印を解き放った、ローデスの魔物だった。




