ローデスの魔物
みんなはバルコニーから王女の部屋にひき返すと、国王が思い出したように真悟たちに声かける。
「そうじゃ、おぬしたちに話しておくことがある」
きわめて重要な話である。
「大昔に封印された魔物が、近いうちに目覚めるかもしれぬ。もう一体のローデスじゃ」
武が眉をよせる。
「もう一体のローデス?」
「そうじゃ。くわしく話すので、よく聞きなされ」
国王は語りはじめる。
はるかな昔──まだ三つの世界区域の境界が存在せず、「ラディストス」や「ザノーア」という名称すらなかった時代である。
大陸に境界は定められてはいなかったが、ザノーアにもラディストスにも、すでにいくつかの集落が存在し、みんなは平和に暮らしていた。
ザノーアそしてラディストスの民たちは、おたがいに干渉することはなく、この二つの世界区域が友好関係を締結するのは、これから後のことである。
当時のバンデーバは、真悟たちの世界でいえば、いろいろな動物が生活する巨大なサファリパークのようなものだった。
弱肉強食の世界ではあるが、どちらかというとおとなしい生物が多く、必要以上に獲物を襲ったりはしない。
なかには、魔法を使って自分より弱い獲物を狩る生物もいた。
そこへ、未知なる生命体があらわれた。
異世界からの侵入者がバンデーバへ降り立ち、おとなしい動物のような生物たちを狂暴な怪物に変貌させ、獰猛な生物はさらに凶悪なモンスターへと変えていった。
魔法を使う生物には、悪魔の知恵をさずけ、言葉も話せるようになった。
これが、現在のバンデーバにおけるモンスターの始祖となる。
異世界からの侵入者であるローデスの魔物は、この世界を破壊しつくして快楽の愉悦に浸ろうと、ほくそ笑んだ。
だが、この世界には、ずっと以前から非常に優れた能力をもつ賢者の一族が存在していた。
その賢者イーザーノアは、ラディストスで日々の生活を営んでいたが、バンデーバでの異変を感じると現地へ赴いた。
イーザーノアは、どうにかローデスの魔物を封印し、亜空間のなかに閉じ込めることに成功する。
だが、すべての力を使いはたしたイーザーノアは眠りにつき、賢者の代はここで終わることになる。
「そして百年前、別のローデスがあらわれ、ザノーアに攻め入ってきたのじゃ」
真悟たちは、この世界にそういう歴史があるとは思ってもみなかった。
「封印された魔物が、このローデスの魔物に感応し、胎動がはじまっておる。閉じ込められている亜空間のなかで、目覚めのときを迎えようとしているのじゃ」
国王の顔が、険しい表情に変わる。
「百年ものあいだ、魔物は己の力を蓄え続けておる。封印が解かれるのも、もはや時間の問題といえよう」
彼は、真悟たちに残念な事実を告げなければならない。
「わしは、ザノーアの国民を守らねばならぬ。魔物が復活しても、おぬしらといっしょには戦えないであろう」
もっとも頼りになるアールドットは、残念ながら真悟たちの力にはなれないのだ。
「きたるべきそのとき、世界を救えるのは、おぬしたちだけじゃ」
国王はそういうと、みんなに提言するのだった。
「ラディストスの最南端に、アーシズという岬があっての」
まだ、一度も立ちよったことのない場所だ。
「そこへ行ってみなされ。わしがおぬしたちの役に立てるのは、ここまでじゃ」
国王は真悟たちに十分なヒントを与えてくれた。彼のおかげで、次にどこへ向かえばよいのか迷うことはない。
武が国王に感謝する。
「じいさん、ありがとな」
美希が、王女のそばにいるラーゼに伝える。
「あなたから、あずかってたこのペンダントで、助かったわ」
彼女は、守護石が砕け散ったペンダントを首からはずして手にとると、そういった。
自分の命を救うほどの石だった。たいへん貴重な、ザノーアの宝ともいえるものだったのではないか。
それを失ってしまった美希の顔に、困惑の色が浮かぶ。
「これ、とても大事なものだったんじゃ……」
ラーゼは優しく微笑んだ。
「よいのです」
美希からペンダントを受けとったラーゼは、自分の想いを語る。
「わたしは、国王様がこの地へ帰られたことが、なによりも嬉しいのです。この砕けた守護石は、そのための運命を導くものだったのです」
美希は、もうしわけない気持ちで心がいっぱいになるのだった。
国王が、なにやら考えこんだ表情で口をひらいた。
「さっきから、気になっとったんじゃが」
そういいつつ、彼はアリッサの方へ顔を向ける。
「お嬢ちゃんは、もしや……」
アリッサは右手の人差し指をピンと立てて、自分の口元にもっていく。それは、国王に「黙ってて」と合図するかのような仕草である。
国王は「わかった」とでもいうように、なにもいわないまま、ゆっくりとうなずいた。
やがて真悟たちは、パルモの魔法陣から亜空間トンネルを経て、ラディストスに帰ってゆく。
エルレアが、父親のアールドットにたずねた。
「お父様、彼らといっしょにいたあの女の子は……」
エルレアも、アリッサの存在がそれとなく気になっていたのだ。アリッサは、ただの女の子ではない。
「うむ、あの子がラディストスの勇者を導いておるのじゃろう」
アールドットは、遠くを見るような目をして心に思う。
──この世界の平和は、ラディストスの彼らにかかっておる
真悟たちの冒険も、終わりに近づいている。




