閑話:ザファークの野望
「まったく、なんという一日だ……」
武術大会初日にして、皇帝候補の二人があわや暗殺かという波乱含みの一日が終わろうとしていた。
大会中止により庶民からのブーイングが巻き起こる中、ザファークに後始末を押し付けたバドラーゼはそそくさと退散し、自身の邸へと戻ってくるなり先の台詞を口走る。
「闘技場の一部が破壊された上に観客や参加者にまで被害が出てしまっては、明日以降の開催は見送らねばならないか……」
庶民の反応を想像するに猛反発は必至だ。
しかし襲撃者を捕らえられなかった以上、続行はできない。
「ウーーーッス、来てやったぜぇ」
「む? 西園寺か」
西園寺がダルそうに入室してきた。
そもそも襲撃者を捕らえられなかった西園寺にも原因の一つであると考えたバドラーゼは、その舐めた態度もあり顔をしかめる。
「妙に辛気臭い顔してどうした?」
「どうした……だと? いったい誰のせいだと思っている!?」
「……いや、何の話さ?」
突然声を荒らげるバドラーゼに臆することもなく、両手を広げておどけて見せる。
気が短いのはすでに知っているので、彼にとってはいつものことだ。
――が、バドラーゼは眉を吊り上げ一気に捲し立てる。
「観戦席を破壊した聖プリムラ教徒にはアッサリと逃げられ、俺を暗殺しようとした輩も逃走中。医務室で暴れた男に至っては、いつの間にか姿を消していた。これを失態と言わずに何だと言うのだ!」
そう、何一つ解決してないのが問題で、これでは無能を晒してるに等しい。
未遂に終わったとは言え、暗殺を目論んだ存在がいるのは確かなのだ、それを野放しにして良いわけはない。
――が、西園寺にとってはどうでもいい事なので、肩を竦めて失笑する。
「そりゃ警備に穴があったからじゃない? 聞けば中に入れなかった観客に警備員がボコられて強引に突入されたらしいし、こりゃもう穴だらけだね」
「ああそうだ、確かに穴があったのは間違いない、貴様という大穴がな!」
己の指を西園寺の眉間に突きつけ更に叱責は続く。
「不測の事態に備えて貴様を招いたのだ、その貴様が役立たずでは本末転倒ではないか! そもそも急に踞って何をやっていたのだ!?」
「そ、それは……」
西園寺が観客席で踞っていたのは確かだ。
襲撃者の元へ向かったところをバドラーゼは見ていたのだから。
しかし襲撃者が転移する寸前に、そのうちの一人によりカウンターでボディブローを食らったところは死角になって見えてなかった。
「ちょ、調子が悪かっただけだ。別になんでもねぇよ!」
まさかカウンターを食らってその場で吐いたとは言えず、西園寺は誤魔化すことにしたようだ。
そもそも攻撃を食らうのが予想外のことで、彼にとっては有ってはならない事実である。
「だ、だいたいさ、俺一人に押し付けるのがそもそもの間違いだろ? それなら由良川も呼べばよかったじゃん」
「無茶を言うな。チョワイツの軍と国境間際で睨み合いをしてるというに、呼び戻して手薄にしろと? それこそあり得ん」
いまだ自国のヴァレリー辺境伯とチョワイツ王国のエボルガント元帥が総大将となって睨み合っており、いつ動くかは分からない状態が続いている。
そこへ勇者である由良川を前線に配置して、進攻を妨げているのだ。
由良川を呼び戻せば好機とばかりに進軍してくる可能性が高い。
「なら本城は?」
「本城には周辺国へ赴いてもらっている。こらもすぐには呼び戻せんな」
チョワイツ王国軍と一戦交えるタイミングで他国に介入されては堪らない。
そこでザファークの案により、勇者である本城を特使として送り込んだのだ。
今頃うまい具合に脅しをかけてるに違いない。
「他は他で役目を全うしてるのだ。勇者の貴様が腑抜けでは、貴族達にも示しがつかん」
「示しって……生意気な貴族は始末しちまえばよくね?」
「貴族の8割が晒し首になっても構わんならそうするがな」
ムンゾヴァイスの死後、明らかに助長する者が増えてきたのは事実だ。
見せしめに殺してしまうと猛反発を招く恐れがあるし、何よりチョワイツ王国の件があるのに国内で争ってる場合ではない。
「はぁ、めんどくせぇ……。そんなくだらない事を話すために俺を呼んだのかよ?」
「貴様……いい加減――いや、ちょっと待て」
会話の中で引っ掛かりを覚えたバドラーゼが話を止める。
「貴様を呼んだ覚えはないぞ?」
「はぁ? だったら何で伝令が来るんだ? アンタが呼んでるって雑魚兵に言われたから来たんだけどさ」
「伝令だと? そんな命令を下した覚えはないが……」
どうにも話が食い違う。
西園寺は伝令から聞いてやって来たらしいのだが、バドラーゼには覚えがない。
どういうことだと互いに首を傾げていると、不意に扉が開いた。
「……俺が呼んだんだ」
「「本城!?」」
なんと、入室してきたのは帝都にいないはずの勇者――本城直哉であった。
「貴様、任務はどうしたのだ! なぜここにいる!?」
顔を真っ赤にしたバドラーゼが噛みつく。
他国にいるとばかり思っていたが、まだ帝都にいるとは思わなかったのだ。
「……ちょっとした野暮用だ、気にするな」
「なっ……」
堂々と言い放つ本城に、逆に毒気を抜かれてしまった。
「ハハッ、なぁんだ、結局本城もサボってんじゃん。ハハハハハッ!」
西園寺にいたっては腹を抱えて笑っているくらいで、仏面の本城の顔が更に笑いを増幅させている。
「ったく、貴様らは揃いも揃って……。で、その野暮用とやらは何なのだ?」
「……そうカッカするな。ちょいと西園寺に用があるだけだ」
苛立つバドラーゼに見向きもせず、本城はいまだ腹を抱えている西園寺へと近付く。
「……西園寺」
「あん? 何か用――」
ドズッ!
「ガッ……ア"……ァ"……」
「ほ……本城!?」
予期せぬ事態が起こる。
本城が西園寺の心臓目掛けて剣を突き刺したのだ!
刺された西園寺は震える手で本城を指し、傍らで見ていたバドラーゼは二人を交互に見比べ視線を動かしていた。
「な……ぜだ?」
すでに虫の息となりつつある西園寺が声を絞り出す。
そもそも殺し合う理由がないのだから疑問に思うのは当然だ。
すると、その疑問に答えるためか、本城の全身が徐々に変化し始める。
「な! ほ、本城……貴様はいったい!?」
本城に姿を変える能力はない。
なのでバドラーゼは得たいの知れない何かを見るように、一歩二歩と後退っていく。
その間にも本城の変化は続き、ついに見覚えのない全身黒ずくめの青年へと姿を変えた。
「お……お前、生きて……やがっ……たの……」
最後まで言いきる前に西園寺は力尽きた。
青年が剣を引き抜くと、ドサリと床へ倒れ込む。
「き、ききき、きさ、きさ――」
不意討ちにより西園寺の絶命を目の当たりににし、バドラーゼは呂律が回らない様子。
そこへ今度は見知った人物が入室してきた。
「落ち着いてください兄上。キチンと説明致しますゆえ」
やって来たのはザファークで、いつも通りの爽やかな笑みを浮かべると、バドラーゼの肩に手を置いた。
「ザザザ、ザファーク! ここコイツはいったい――」
「どうせ最後になるんだし、紹介しておきましょう。俺の腹心とも言える存在のクロカゲという男です」
「……ク、クロカゲ……だと?」
目をパチクリして目の前の青年を視界におさめる。
つい釣られて口に出したが、名前などはどうでもよい。
知りたいのは西園寺を殺した理由と本城はどうなったのかという二点だ。
「西園寺は血迷った行動に出ました。そのため勇者である本城が西園寺を始末した――というのが筋書きです」
「筋書き……」
ザファークの言う筋書きというフレーズはおかしいのだが、それは頭の片隅に追いやる。
「し、しかしコイツは本城ではないのだろう? 本城はどうなったのだ?」
「……残念だが、本城とやらはすでにこの世にはいないぞ?」
「……は?」
またしても信じがたい言葉が飛び出した。
思わず間の抜けた顔で首を傾げるバドラーゼだが、構わずクロカゲは続ける。
「本城と西園寺、あと由良川とかいう女もいたような気がするが……まあいい。コイツらをチョワイツ王国軍に向けて送り込んだ時、俺は本城とやらの相手をすることになった」
クロカゲの台詞を引き継ぐと、本城とクロカゲの二人は場所を遠くに移して戦うことになった。
西園寺に負けず劣らずな性格の本城は、当然初見のクロカゲに対しても完全に見下した様子であり、結果アッサリと殺されることとなる。
クロカゲは仕留めた相手に成り代わる能力を備えており、なに食わぬ顔で本城に成り済まして西園寺らの元へと戻ったのだ。
つまり、ラーズグロム達の前に現れた時は、すでに中身はクロカゲだったのである。
その際フールは微かにクロカゲの反応を感知し、妙な感覚に陥ったようだが。
「さて兄上、以上で説明は終わりましたが、何か質問はありますか?」
「待て待て待て! いったいなぜ本城と敵対したのだ! それになぜ西園寺は死ななければならなかった!?」
肝心な部分が残されていた。
結局のところ、本城と西園寺が死んだことには変わりなく、その理由が明らかにされてはいないのだ。
しかし、ザファークはいつも通りのなに食わぬ顔で……
「ああ、そんな事ですか。一つは制御の難しい勇者を始末するためです。いつ気が変わって裏切るか分からないんですから、不安材料は予め取り除くのがベターでしょう」
現に他国へ亡命した勇者や、最近だとアルカナウ王国へと逃亡した勇者達がいるのだ。
今後も起こらないとは限らないだろう。
「そしてもう一つが本命なのですが――」
「…………」
ザファークがクロカゲへと視線を送ると、黙って頷きバドラーゼへと振り向いた。
「な、なんだ? 何をする――」
ドジュ!
「グボッ!?」
躊躇うことなくバドラーゼの心臓を手で貫いた。
クロカゲが手を引き抜くと、ヨロヨロと仰向けになって倒れる。
「ザ……ファーク……貴様ぁ……」
「これが本命です。先ほどとある公爵の屋敷で、ニースレイが死体になっているのが発見されましてね。まぁ誰がやったのかは見当がついてますが」
ザファークは既にラーズグロムが帝都に潜り込んでいることを知っている。
つまり、ニースレイを殺したのはラーズグロムであると見当をつけているのだ。
しかし、そうするとバドラーゼがザファークを排除しに動く可能性が高いため、先手を打ったのである。
「兄上が日頃から西園寺を叱責しているのは知られてますからね。あとは誰が見ても納得できる状況を作り上げるだけです」
筋書きはこうだ。
叱責を受けた西園寺が激昂し、バドラーゼを殺してしまう。
そこへ本城が駆けつけ西園寺を討った。
これだけで誰もが頷く状況の出来上がりである。
「ク……ソッ……たれが……」
「おやおや、辞世の句にしては言葉が汚いですぞ? まぁ気持ちは分からないでもありませんが」
バドラーゼが死んだのを見届けると、ゆっくりと窓際まで歩き外を眺める。
「さて、あとは逆賊としてラーズグロムを始末するだげだ。頼むぞクロカゲ」
「……うむ。最善を尽くそう」
翌日、プラーガ帝国は新たな日の出を迎える事となる。
新皇帝ザファークの誕生を経て……。




