救済と補助
「大変申し訳ないことをした、ラーズグロム殿!」
ラーズグロム一行がドミニク子爵と登城した際、城内の控え室で待ち構えていた頭頂部のみがキレイにハゲている男――ワドムンド侯爵の第一声が先の台詞だった。
「えっと……」
ワドムンド侯爵による頭を下げての謝罪なのだが、初めて見る相手だけに一行は首を傾げて困惑した。
そこへドミニク子爵に耳打ちされて、ようやく理解のいろを浮かべる。
「あ、貴方がワドムンド侯爵で宜しかったでしょうか?」
「おっと、重ねて申し訳ない! 私がヤデランの領主ワドムンドだ」
目の前にいる男の正体がハッキリとしたところで、互いに腰を落ち着かせ改めて話を続けた。
「此度は代官レモードルツの暴走により多大な迷惑を掛けてしまった。こうなったのも全て私の監督不行き届きであるのは間違いない。地下の独房にいるレモードルツには、判決の末に必ず極刑を下すよう上申する。どうか謝罪を受け入れてほしい」
レモードルツを代官に添えたのがワドムンド侯爵なので、当然侯爵にも責任の一端はあり、一行に責められても文句は言えない。
だがここでワドムンド侯爵に詰め寄るよりも、穏便に済ませて譲歩を引き出した方が利点があると考えたラーズグロムは、国王に謁見した後に自分にとって不利に動かないようにしてもらおうと決めた。
「此度の一件は代官の暴走です。ワドムンド侯爵が気にする必要はありません」
「いや、しかし――」
「遠く離れていては常に目を光らせるのにも無理があります。どうしても負い目があるとお考えでしたら、是非国王に【プラーガ帝国にのさばる逆賊】に屈しないようにとお口添え願いたい」
「そ、そのような事だけで許していただけると?」
ワドムンド侯爵にとっては簡単な事だ。
ラーズグロムが国王と謁見した後、貴族達を集めてどのように動くか話し合いが行われるだろうその時に、プラーガ帝国の――恐らくはバドラーゼの話に耳を傾けるなと言うだけで済む。
「いかがです? 僕としてはワドムンド侯爵とは良好な関係でいたいと思っておりますので、これ以上の要求はするつもりは――」
ガシッ!
「え?」
けっしてそっちの気があるわけではないが、ワドムンド侯爵はラーズグロムの両手をガッチリと掴み、涙を流して感動していた。
「なんと器が大きい御方だ! 貴殿がプラーガ帝国に帰国し、無事皇帝の座につける事を祈っておりまするぞ!」
「ハハッ、あ、ありがとう御座います……」
早とちり過ぎたワドムンド侯爵により、勝手に次期皇帝にされてしまう。
一瞬だけ玉座についた自分を想像するが、すぐに頭を振って現実へと舞い戻った。
コンコン!
「失礼します。ラーズグロム様、ラーゼフォルド様の準備が整いました。謁見の間へご案内致します」
「分かりました」
(いよいよか……)
やや緊張した面持ちで子爵らと頷きあい、ラーズグロムは一人――控え室にやって来た兵士と共に謁見の間へと向かう。
フール達はドミニク子爵の邸で待機中のため、緊張を分かち合う仲間はいないのが少々寂しいところだが。
(まずは皇帝暗殺は濡れ衣だと強く訴えて、バドラーゼ打倒という流れを作る。後はドミニク子爵を始めとするガーミング伯爵やワドムンド侯爵に頼る形になるが……)
勿論彼ら3人だけの意向で決まるわけではない。
その他大勢の貴族がラーズグロムを敵視すれば、危うくなる可能性もあるのだ。
(いずれにしろ、僕と国王との謁見が鍵を握るんだ、弱気になるわけにはいかない!)
そう心に決めたところで、案内役の兵士が一際大きな扉の前で立ち止まる。
「こちらが謁見の間です」
ギギギと鈍い音を立てて扉が開けられ、扉の先に見える玉座へと進むのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ラーズグロムが謁見に挑もうとしている頃、城の地下牢では一人寂しく刑を言い渡されるのを待つレモードルツが、独房でブツブツと呟いていた。
「クソゥクソゥクソゥ……どうしてこのような事になったのだ……。そ、そうだ、ラーズグロムがおとなしく捕まらないのがそもそもの原因なのだ、皇室のクソガキめが……」
薄暗くジメジメとした独房で、ひたすら石造りの壁に文句をぶつける代官の姿は、言うなれば薬付けにされた精神異常者のように見えなくもない。
「それにガーミングだ。伯爵のくせにいい気になりおって……。いや、儂を悪魔の囁きの如く貶めたのはバドラーゼだ。奴がラーズグロムの件を口にしなければよかったのだ」
尚も納得がいかない代官は、ガーミング、バドラーゼと続き、とうとうワドムンドの名前まで持ち出してくる。
「そうか、ワドムンドの奴めが儂を裏切ったのだな、そうだ、そうに違いない!」
妄想甚だしい代官の話を聞くものは居らず、一度は握りしめた拳を解き、ガクリと項垂れる。
ガーミング伯爵とワドムンド侯爵が互いに納得している以上、もはや極刑が免れる可能性はゼロ。
しかし、そんな代官の独房に近付いてくる者が一人現れた。
「おやおやおや、これまた随分と荒れてね? 荒れちゃってね?」
やがて独房の前にやって来たのは真っ白なローブに身を包んだ中年の男で、オールバックにした髪を掻き上げて気取った様を見せつけてくる。
「だ、誰だお主は? この城の兵士ではないな?」
「そうそうそう、その通りさ。オイラはこの城のモンでもないし、この国の人間でもない。プラーガ帝国の人間様さ」
「プラーガ帝国の……」
なぜプラーガ帝国の人間がここにいるのか――当然代官は疑問に思ったが、それよりもこの男が現れた理由が気になる。
極刑を待つだけの自分に何の用なのか。
「何をしに来た? まさか極刑を待つ儂を嘲笑いに来たわけではあるまい?」
「ロンロンロン、勿の論さ。大ピンチの貴方にビッグなチャンスをお届けに参上したってわけさ」
「チャンス……だと?」
チャンスと聞いた代官がピクリと反応する。
「お? お? お? 食いついたね? 食いついちゃったね? それじゃあ行きましょ、ご説め~い♪」
そう言って懐から怪しげな薬瓶を取り出し、代官へと差し出した。
理解が追い付かない代官ではあったが、とりあえず鉄格子から手を伸ばして薬瓶を受け取ると、マジマジとそれを眺める。
「さぁてさてさて、貴方が手にした薬瓶は、ななななんと、膨大な力を手にした悪魔へと変身できる幻の秘薬でござ~い♪」
「幻の秘薬……」
「そうそうそう、左様でござ~い。そいつを一気に飲み干せば、誰もが羨む悪魔へと大変身! しかもお代はタダときたもんだ――持ってけドロボーデクノボー♪」
「…………」
普段であれば胡散臭すぎて、まともに取り合おうとはしなかっただろう。
しかし、現状打破の可能性にすがりたい代官の心は、グラグラと大きく揺れていた。
「……一つ確認したい。こんな事をしてお主に何の得がある? お主はいったい何者だ?」
「おいおいお~い、一つが二つになってるぜ~ぃ? まぁ細かい事はいいとして、オイラの目的はただ一つ――ラーズグロム殿を連れ帰る事な」
「ラーズグロムを?」
「そうそうそう。そんでもってオイラの正体は、聖プリムラ教の宣教師――ハイドラーでござ~い♪」
聖プリムラ教の事は、現在のプラーガ帝国のあり方を憂いている反帝国組織であると、代官も小耳に挟んでいた。
だからこそ余計に分からない。
なぜ聖プリムラ教がラーズグロムを連れ帰ろうとしているのか、そしてなぜ自分に秘薬を寄越したのかが。
「おやおやおや? 疑問に思ってるって顔してるね? しちゃってるね? けれどこちとら大真面目さ。貴方に暴れてもらってる間に、さっさと用件を済ませちゃおうって訳さ、ギブアンドテイク――簡単な話だろう?」
「フン、なるほどな」
ようやく代官は合点がいった。
つまりこの男はラーズグロムを捕縛する隙を、自分に作れと言っているのだと。
「ありゃりゃりゃっと、誰かが来たみたいだ。悪いがオイラは失礼するよ。そんじゃバイビーベイビー♪」
足音を立てずに器用に去っていくハイドラーを見送り、代官は手にした秘薬に視線を落とす。
「悪魔か……。もはや助かる見込みのない有り様だ。だったら――」
ドス黒い感情が代官から溢れ出す。
まるで悪魔に魅入られたかのように……。




