再開の剣
「――きろ」
(ん? 誰かが僕を……)
「――きろ」
(これは夢……なのか?)
何者かに話しかけられている――そう感じ耳を澄ます。
「――きろと言っている」
(……誰なんだいったい?)
どうやら話しかけられるのと同時に身体を揺すられているみたいだ。
不快に思ったラーズグロムは手でそれを払いのける。
が、次の瞬間!
ガブッ!
「グァッ! な、なんだいったい!?」
左手に痛みを感じ、ベッドから飛び起きる。
キョロキョロと見渡せばガーミング伯爵の邸の一室で、枕元からは呆れ顔のフールからジト目の視線を送られていた。
「ようやく起きたか、世話のかかるやつめ」
先程から揺すられてたのは夢ではなかったらしい。
「……フール、起こすにしても噛むことはないじゃないか?」
「バカ者。さっさと起きないお前が悪い」
ラーズグロムが中々起きなかったのは確かだが、寝付いたのは殆ど朝方だ。
3時間程度の睡眠では無理もないだろう。
「ああ、もう9時すぎか……。けれど他の皆だって寝ているんじゃないか?」
眠気眼を擦って伸びを行うと、イソイソとベッドから這い出る。
レシル達は別室のため本当に寝ているのかは分からないが、恐らくは寝ているだろう。
ちなみにカズヨ達は街の外で野宿を行っている。
知らない街の中だと逆に落ち着かないらしい。
「レシル達は寝ているな。だがライザとリオンには起きてもらった。敵がこの街に潜入したようなのでな」
「敵だって!?」
【敵】という単語に敏感に反応して立ち上がる。
敵と言われると数が多すぎて誰を指すのかすら分からないが、フールが言うのだから確かなのだろう。
「クライムから南にある海で待ち伏せしていた連中だ。数からして傭兵団だと思うがな」
「でもどうやって侵入を?」
「恐らくだが、冒険者や商人に扮して入り込んだのだろうな。今も街中を5人前後にまとまって練り歩いているぞ。ライザとリオンに偵察させたがキョロキョロと周囲を探っているようだし、間違いなくお前を探しているのだろう」
侵入した相手は、海を渡るのを断念せざるを得なくなった原因と言える相手のようだ。
彼らがいなければ、今頃は順調に王都を目指していただろうが。
「また厄介な連中が……。このままだと街中で戦闘する羽目になる。被害を出さずに撃退する方法は……」
頭を掻いてベッドに腰を下ろすと、腕組みをしつつ首を捻る。
せっかく良好関係になれたガーミング伯爵の領地で戦闘は起こしたくない。
すると意外にもフールが打開策を告げてきた。
「方法ならあるぞ? お前が先陣を切って街の外へ誘導してやればよい」
「ぼ、僕がかい?」
「そうだ。連中の目的は十中八九お前だ。お前が街から出れば連中も後を追ってくるだろうし、上手く街から遠ざけたところで存分に叩きのめせばよいのだ」
誘導できればそれに越したことはない。
作戦が決まった彼らは出された朝食もほどほどに、邸を出てからライザ達と合流を果す。
「来ましたか。ザッと見たところ、10数組の傭兵が冒険者パーティとして紛れ込んでいました。テキトーに歩けばすぐに遭遇するでしょうね」
「ラーグ、貴方が先頭に立って歩きなさい。矢を放ってきても我々が払い落とす」
「分かった。後ろは頼むよ」
既に念話で指示を受けていた2人を伴い東門に向かって歩き出す。
レシル達3人は伯爵に事情を話して残してきたので、例え挟まれても切り抜けられるだろう。
「この先の脇道から奴らが来ている。通過する際に顔を向けてやれ。よほど無能じゃない限りお前に気付くだろう」
フールに言われた通り、脇道に差し掛かったところでチラリと顔を向ける。
「……!」
奥から男4人の冒険者パーティがこちらに向かってきており、先頭の男がラーズグロムの顔を見るなりハッとなって懐から何かを取り出す。
そのまま一行は何食わぬ顔をして通りすぎると、後ろから何かが打ち上がる音が聴こえてきた。
シュゥゥゥ……ポスン!
「……あれは?」
後ろを見上げれば青い狼煙が上がっており、目標発見の知らせであることは明白だ。
「よし、こちらに気付いたな。このまま門を抜けるぞ」
「分かってるよ」
後は街から誘い出してやればいい。
狼煙が上がったことから他の傭兵もすぐに駆けつけてくるだろう。
「これはラーズグロム殿、お出かけですか?」
「うん、ちょっと野暮用を片付けにね」
「そうでしたか、お気をつけて」
昨晩の事がすっかり門番にも浸透しているらしく、一行は顔パスで東門を通過すると平原へと飛び出した。
後ろからは門番と揉める男達の声が轟き、扱いの差に喚いているところが想像できる。
あとはどの辺りで迎え撃つかだが……
「東門からはだいぶ離れたと思うんだけれど、この辺りでいいんじゃないか?」
「うむ、そうだな。ここなら街まで被害は及ぶまい」
平原を進んでいた一行が足を止めると、追跡してくる傭兵達を待ち構える。
やがて追ってきた傭兵達が目の前に迫ったところで、予想だにしなかった事が発生した!
「っ! フール様、奇襲です!」
「チッ、どうやら嵌められたようです」
「バ、バカな! 多数の生命反応が突然現れるだと!?」
なんと、フールの生命感知を掻い潜り、一行を取り囲むように傭兵団が姿を現したのだ。
ライザも気付かなかったらしく焦りつつも低く身構え、リオンも舌打ちして詠唱を開始した。
そしてラーズグロムが切っ先を向ける先では、巨大なハンマーを手にしたドワーフが豪快な笑い声を上げる。
「ダーーッハッハッハッ! まさかここまで上手くいくとは思わなんだ。己の運の良さには感謝せねばなるまい!」
「お前は誰だ? それにどうやって罠を?」
「詳しくは知らん。ただ一つ言えるのは――」
「……言えるのは?」
「儂の名前はダルバだ。覚悟しろラーズグロムよ!」
脳筋が多いドワーフらしく、ハンマー片手に迫りくる。
他の傭兵もそれに続き、囲まれている一行には逃げ道はない。
「一点突破して包囲から抜けよう。フール、援護を頼む」
「任せろ。既に準備は出来ている」
「二人は幹部の捕縛を頼む。クライアントを聞き出したい」
「出来なくは無さそうですね、やってみましょう」
「私に指図を……。まぁいい、望み通りにしてやろう」
ラーズグロムがダルバに背を向けて走り出すと、召喚されたグレーウルフがラーズグロムを護るように並走を始めた。
ライザとリオンも後ろから迫る傭兵を適度に払いのけ、ラーズグロムの後ろに続く。
「待てぃ! 逃げるとは卑怯な、正々堂々と勝負せい!」
「伏兵戦術を行っておきながら正々堂々とは笑わせてくれますね」
「まったくだ。これだから脳筋は……」
「ノウキンとはなんだ! 金の塊か!?」
あまりに天然すぎる発言に二人はペースを乱しつつも背後はしっかりと護り、先頭を走るラーズグロムをしっかりとサポートする。
「かかれかかれぇ! コイツを捕らえれば金貨一万枚だ!」
「おぅよ、更にクライアントからの追加報酬も上乗せだ、絶対に捕まえろ!」
「「「おおっ!」」」
両目を$マークにした傭兵が意気揚々と迫った。
だがグレーウルフが横から襲いかかることでラーズグロムは正面の敵だけに集中でき、効率よく斬り捨てていく。
「ムッ!」
バズッ!
飛来した氷の矢を落ち着いて斬り落とす。
もう少しで包囲を抜けられるかといったところで、前方から放たれたのだ。
「ほほぅ、たかが貴族のもやしだと思っていたが……中々やるではないか」
「……エルフか」
行く手を阻むよう現れたのは男エルフのナレーツだ。
これにより包囲を突破すること叶わず、ダルバにも追い付かれてしまうことに。
「ご苦労だったなダルバ。後はわたくしナレーツに任せてもらおうか」
「何を言う! この金の塊、最後まで戦い抜いてみせよう!」
「……金の塊? ハハッ、なるほど。確かにコヤツらは金の塊だ。そしてそれを手にするのは我ら【再開の剣】である!」
微妙に噛み合っていないやり取りの末、明らかになった彼らの正体。
「再開の剣……まさかメガロディウスか!」
その名を聞いたラーズグロムが目を見開いて叫ぶ。
彼はメガロディウスを知っていたのだ。
「知っているのですか?」
「ああ。プラーガ帝国で数年前に没落したイルニア家の末子――メガロディウスだ」
プラーガ帝国において侯爵という地位まで上り詰めたイルニア家。
武勲により成り上がったまではよかったものの、政敵の策略により財産の8割を没収され存続が出来なくなった貴族家である。
末子以外はどうなったか不明だが、メガロディウスだけは傭兵団を立ち上げて各地を転々としていると聞いていたのだ。
「まさか皇族の末子が僕の事を知っているとは驚きですね」
ダルバの横から現れたのは細身でメガネをかけた青年――メガロディウスであった。
「昔ならば名誉な事だと思ったでしょうが……。フッ、残念ながら今は違う。我が家を復興させるのに必要なのは、お前からの名誉ではダメなのだ!」
「…………」
「バドラーゼ様は約束してくれた、お前を連れ帰れば復興させてくださると!」
事の経緯は読めた。
彼らは焚き付けられたのだ、バドラーゼによる誘惑に乗せられて。
「最悪は死体でも構わないと仰られた。お前はバドラーゼ様にとっては邪魔な存在らしいな」
「くっ……」
メガロディウスには同情したくなるが、死んでいいわけでもない。
ラーズグロムはやむ無く唇を噛みしめ剣を構える。
「行くぞラーズグロム! 我が家のために糧となれ!」
非情にも似た境遇の二人が異国の地で激突した。




