アルテリスとフェリス
アルテリスは領地に建てられた前領主の屋敷で、腕を組み考えごとをしていた。
イニス王国は領地が広がった、アルテリスに与えられた領地がそれである。厄ネタ押し付けられた気もするが、まぁそれは置いておこう。
現在考えるべきことは、国境警備についてである。
国がやれと言いたいが、国境については国境が接する領地の貴族に一任されている。
と、いったところで壁に掛けられた時計が約束の時刻をさしていることに気が付いた。
会議の時間だ。
貴族のあかしであるマントを翻し、アルテリスは会議場へと向かった。
議題は先ほど思考したものである、国境警備について、それに伴う関所の設置である。
「アルテリス様はどうお考えで?」
と、アルテリスの教育係であった、今でも部下として連れているデリグが言った。白いひげを蓄え、眉間にしわを刻んだ初老の男である。
デリグの言葉に、兄のツテや学校の交流関係から選び出した、アルテリスの部下たちは頷いた。
アルテリスは顎を撫でつつ考える。部下たちぐらいはルーウェルスの、呪いのような救いのような力のそれを理解してほしい、しかし結果がなければ一笑されるだろう、と思った。
ならばひとつ失敗しようと、アルテリスは行動を開始した。
机の上に広がる地図で、適当に指をさした。高い山がそびえる中腹あたりを。
関所を作るには、些か都合の悪い場所だ。
すると、周囲は首を傾げた。
「そこはただの山ですが、何故そこを?」
「支給調査せよ」
アルテリスは真剣な眼差しを周囲へと向けつつ、言い放った。
困惑に包まれる会議場で、フェリスはひょこりと頭を出し、敬礼した。
「了解です。即時調査隊を編成後、調査を開始します」
「よろしく頼む」
アルテリスはそのまま警備について話し合い、警備隊の編成も行っていく。
十日後、フェリスは帰ってきた
「アルネスの義賊が潜伏していました」
「……お、おう」
なんでだよ、とアルテリスは小さく呟いた。
『アルネスの義賊』義賊は自称であり、実態はただの人さらいと奴隷売買を行うクズの集合である。国境関係なく動くため、捜索されるも影すら見つからないという非常に隠密能力の高い集団であるため、イニス王国だけでなく周辺国家も手を焼いている有様だ。
「少数精鋭で出兵用意をしろ。速さを尊ぶ部隊だ。大きく動けば感知するだろう、いやもはや感知されている可能性も高い――」
「ならば国外でしょうか」
デリグの言葉にアルテリスは目を瞑った。よくわからんのが本音だ。
「……違うのですね。ならば国内――? ……そうか、イニス王国が戦争したのだ、国境警備などもその分ぴりぴりとしいているはず。それは大きなリスクですね」
が、勝手にデリグが勘違いしてくれた。
アルテリスはフェリスへと告げる。
「編成後私も出る」
「え……アルテリス様がですか?そんな必要はないのでは?」
「民草を安心させるためだ。彼らは私の守るべき存在であると、示さねばならない」
と、尤もらしいことを言っているが、アルテリスは現実逃避をしたいだけである。
さて、とデリクを見て、問う。
「アルネスの愚者どもはどちらへといく」
「恐らくは……西です」
「了解だデリグ」
結果を言えば、すべてが的中した。アルテリスは奇襲に成功し、アルネスを壊滅へと追い込んだ。アルテリスは一騎当千の働きをし、五十という少数で構成された騎馬隊は敵へと差し込み、将の頭と体を別れさせた。
浚われたものたちを、元の土地へと返すために手配をし、周辺国家へと伝え、身元の引き受けを要請する。身寄りのないものは職を斡旋した。
そのすべてが成功した。おもしろいほどに成功した。
「……なんだ、この喜ぶべきなのに喜べない感じ」
意味不明な感情に、アルテリスは思わず執務室で天を仰いだ。
いやいや……領民たちが平和になったと喜んでいる、とある村では若い者をさらわれ、助けを呼べば滅ぼすと言われ、動けずにいいように蹂躙されていたと言うではないか、と考え直し、目の前にある資料を見た。
治水事業の話である。この領地、水が不満足で作物があまりとれないらしい、水を引くにはかなり遠くから水路を引かねばならない。
「もうひいちゃえばいいんじゃないかなぁ?」
適当に放ったこの言葉で、水路を引く大工事が行われようとは、このアルテリスの目をもってしても見抜けなかったわけである。
ネームバリューにより水源が豊富な隣領地は、二つ返事で許可し、そこへ兄であるハルトが介入し、事業は拡大していった。
なにしろ守護者にして、事業をいくらでも成功させ続ける一族兄弟がかかわったのである、国内では一枚かませろと国と共に貴族がこぞって出資した。
結果、水不足がなくなれば非常に肥沃な大地であることがわかった。
倍プッシュで水路建設中に、山々の一つが金鉱山であることがわかった。国は戦争原因であると考え、隠すことを決定したが、恩恵がなくなるわけではない、小規模であるが開発は行われ、イニス王国保有の金山は存在するためにそれと混ぜて輸出を開始した。
「……」
領地が急速発展していく、すでに前領主が八割奪い取っていた税金は五割まで引き下げられていた。
薄暗い執務室でアルテリスは腕を組み、
「なんで!?」
と叫んだ。小国であるが故の食糧事情も解決へと向かい、経済面でも大きく肥大化していっているのだ。これが一年の間での結果なのだから、もはや笑うしかない。
「やはりよくわからない力に流されている……いや、まぁいい。それはいいんだ、国が強くなるということに悪いことなどない」
外道に努力云々など言ってはいられない。彼等こそ人の営みを邪魔するものなのだから、喜々として人を踏みにじる悪なのだから。
思考に没頭していると、部屋の扉がノックされた。アルテリスが入っていいと声をかけると、フェリスが親友でも死んだかのような面を下げて現れた。
「ど、どうしたんだ?」
「家が……」
家が?とアルテリスが問うと、フェリスは口をきゅっと結んで言った。
「昨日の落雷で燃えました……さすがに誰も家を貸してくれません……」
「……ではこの屋敷にでも住むがいい」
なんと一年で三軒目である。そりゃ男爵と同等の権力を持つ騎士勲章持ちでも、家など貸したくはないだろう。
なんと言えば良いのかわからなかった。ので、部屋を用意させることにする。
「で、ですが、また燃えてしまうのでは」
「私の命令で不幸に塗れることはなかっただろう。なので命令しよう、屋敷に住め」
屋敷は異様に広い、前領主時代の土地はあまり良好ではなかったというのに、税金を使って豪華絢爛な屋敷を建てている。使用人の寮はボロ屋だったがそれも改装したし、どこへ住もうとも不便することはなくなった。
「一筆書く、使用人に用意してもらうがいい」
そういって机から一枚の紙を取り出し、筆を走らせた。
フェリスの名前の下に、
『この者に屋敷の居住を許可する』と書かれ、右下に判を押した。
紙を押し付け、使用人と話をするよう言いつけてフェリスを送り出した。
椅子へと再び座り、嘆息した。
「命令は不幸なく完璧に遂行するんだがなぁ……」
椅子の肘掛を使って頬杖をつく、呪いのような幸運は彼女にも作用するようだ。
ならばどうすればいいのやら。
「私生活すべて俺に関係させてみるか?」
これが騒動を及ぼすとは、アルテリスの目を持ってしても見破れなかった。
「やっぱり優しいです」
フェリスは紙を握りしめて廊下を歩いていく、時節ちらちらと背後を振り向いて、今出てきた部屋の扉を見てしまう、アルテリスを間近で見ると、最近なんだが胸が苦しいのだ。
そのまま使用人を探していると、デリグと対面した。
「あ、デリグ様」
とフェリスが言うと、デリグはにこりと笑った。
「もう少し気安く『さん』でいいですよ。フェリスさん。同じ主に仕えているいわば同士ではないですか」
「は、はいデリグさん」
そうは言うが、年齢が三十は違うので、フェリスの性格もあいまって、気を抜くと自然と敬語になってしまう。
「そういえば……また燃えたのでしたね。大丈夫でしょうか、ツテはありますが……」
「いえ、アルテリス様が助けてくれたので」
「おや、坊ちゃまが」
公の場ではアルテリス様や、領地名を取って『アーフィード侯爵』などと呼んでいる。
が、特に親しい人の前だと、デリグはアルテリスのことを「坊ちゃま」と呼んだ。
「それが助けてくれる内容で?」
「はい、この屋敷に住めるようにしてくれるそうです」
「おや」
とデリグは言うや否や、楽しそうに笑みを浮かべた。いつもは紳士らしい振る舞いをしているが、今は無邪気な子供のように目を輝かせている。
「もうそんな年齢ですか」
「え、年齢……ですか?」
「恐らくはそんなつもりはないのでしょう、昔からそうでしたから」
「はい?」
フェリスは首を傾げるが、デリグはにこりと笑うだけで、詳しくはなにも言ってはくれなかった。
「さて、もう行きます。手配しておくことが増えたので、今日は少し忙しくなります。ではまた」
「はぁ……また」
足早に去っていくデリクを見届けると、アルテリスがいる執務室の扉で立ち止まった。
そのまま静止すると、十秒ほど待ってからノックを響かせた。
フェリスは不思議そうにそれを見届けて、使用人を探すべく歩き出した。
結果から言えば部屋は与えられた。豪華絢爛な部屋だ。屋敷の外見はアルテリスが眉を顰めるほどに豪華であることは知っていたが、それと比例してきらびやかだ。
赤い絨毯で敷き詰められ、天井にはシャンデリアが蝋燭の光を拡大し、部屋を淡く照らしていた。ベッドは淡いピンクで天蓋つき、カーテンでさえ高級品である。置かれている小物はどれもお姫様が持っているような……。
「眠れない……ベッドがふわふわすぎて眠れない……」
目をぱっちりとさせたフェリスは上半身を起こして、窓へと近づいた。カーテンを横に退けて、外を見る。
ふと、とある一室から光が漏れていることに気が付いた。
不思議に思い、気になったために部屋の外に出る。静寂に満ちた廊下は、床近くが一層ひんやりと冷えていて、なんだか不気味に感じられた。
「こ、怖くないー怖くないー全然怖くないー」
下手な歌を唄いながら、廊下を進んでいくと目的の部屋に到着した。
そっと扉に耳をつけて、中をうかがおうとして――その前に扉が開いた。
中にいたアルテリスは呆れたような表情で、フェリスを見下ろした。
「何をやっているんだ」
「あ、えっと……その……気になったもので」
と言ったところで、フェリスは羞恥心に顔を赤くした。誰も聞いていないというのに、言い訳のように言葉をつづける。
「その、眠れなくて!それで気になったものですから!」
「あ、あぁそうか。部屋やベッドが変わったら寝られない感じか?」
「い、いえその」
もじもじと指を交差させて、握ったり開いたりを繰り返し、おずおずとフェリスは口を開いた。
「ふわふわなベッドって眠れないんです。軍学校の硬いベッドくらいしか知らないので……」
「まぁ、あれに慣れたらな」
「はい、ふわふわで軽くて、眠っている感じじゃないんですよ!」
肯定的な意見を得られて、思わずフェリスは身振り手振りを交えて断言した。その後、それが恥ずかしくなってさらに顔を赤くする。
アルテリスは苦笑しつつ頷いた。
「今日一日は我慢してくれ。明日になったら使用人に伝えておこう」
「ほ、本当ですか?」
あぁとアルテリスが頷いた。それを見てフェリスは嬉しそうに笑った。
部屋へとるんるん気分で戻り、ベッドへともぐりこむと、先ほどと違ってすっと眠れ、目を開けると朝日がカーテンの隙間から漏れていた。
ノック音が響いた、声をかけるとメイドが室内へと入ってきた。
頭を下げて、水の張られた洗面器と、タオルを差し出される、それに困惑しつつも
フェリスは洗顔をしてから立ち上がった。
するとどうだろうか、服を着替えさせようとしてくるではないか。
「あ、いや、服は自分で着替えるので」
というと、不思議そうな顔をされた。これが貴族なのだろうか、と不思議に思った。
「いえ、その私に仕える必要はないので」
「ですが、デリグ様が」
デリグさんが?と思わず口に出した。メイドは頷くと、言葉をつづけていく。
「将来の奥様なので、相応の扱いをするように、と」
「えっ」
フェリスはメイドの顔をまっすぐに見てから、部屋の鏡へと近づき、ぺしりと頬を叩いた。元の位置へと戻り、メイドの顔を覗き込む。
「えっ?」
「どういうことだデリグ!?」
アルテリスはデリグの住まう部屋の扉を、勢いよく開け放った。
寝起きだというのにぱちりと目を見開いたデリグがにこりと笑顔を浮かべて出迎えた。
「なんだ奥方様って!意味わからんぞ!」
「ですが、アルテリス様」
「なんだ、なにか言い訳があるのか」
「生活すべてをアルテリス様に関係させるのは、もはや結婚しなければできませんよ?」
部屋に沈黙が訪れた。アルテリスは顎に手を当てると、目をゆっくりと瞑った。
「……まぁ、確かに」
「そう考えると将来の奥方様というのは間違ってはいないではないですか」
「そう、なのか?」
「では間違いではない、と」
「間違ってはいないだろうが……」
「では、着替えますので外へ」
「……あ、あぁすまなかった」
そういってアルテリスは外へと出た――ところで、はじかれるように振り向いた。
「やっぱおかしいだろ!?言ったら即座に結婚とか、そういうのは早計すぎるだろ!?」
屋敷内に壮大なノック音が響いた。
六話で終わりそうだぁ




