06 - 悪食
「その仮面、気色悪いですよ。品性を疑います」
「……放っておいてくれ。言っておくが、僕の好みじゃないからな」
窓ガラスに映った自分と目が合うと、つい苦笑いが漏れてしまった。何の儀式をするわけでもないのに、そこには白狐の覆面をつけた人間がいた。そいつは血の付いた白衣を纏い、しかも若干猫背で、なんとなく性格も悪いんだろうなと伝わってくる。不気味、くらいの認識で収まってくれれば御の字だ。不審者扱いで射殺されてもおかしくない。
けれど僕も、好き好んで顔を隠しているわけではない。一般人に顔を知られてはいけない、というのがまず一つで、それに加えて――。
「協力者さん、ねえ」
施設の廊下を二人で歩く。行き先は、僕がいまから力を借りようとしている『もう一人』が待つ部屋だった。僕がかぶる狐の仮面も、そいつに渡されたものなのだ。
「その人は信頼できる方なのですか?」
「僕の幼馴染だ。少なくともきみの倍は強い」
「……そんな人に助けを求めるなんて、取引が成立しなくなるじゃないですか」
「言われてみればそうだな」
「絶対、気づいたうえで黙っていましたよね」
ライカの最終目的はあくまでも、シアン=ルイスと殺し合いをすることだ。彼女からしてみれば、わざわざターゲットのそばに強敵を置く格好になるのだから、反発するほうが自然だろう。だが少女は、「まあいいです」と妙に物分かり良く息をつき、あっさり引き下がってしまった。物分かりのいいテロリストがいたものである。
「安心しろ。話は分かる奴だし、言わなくても勝手に察してくれる。……と、着いたぞ、この部屋だ」
研究棟入り口の脇にある小部屋に、目的の人物はいる。数度ノックしたのち、「待っていたよ」というアルトボイスが聞こえたので、名乗ってから扉を開く。エンブレムのないラフな白パーカーを着た女性が、無邪気な微笑みで出迎えてくれた。
「カディア、面倒事を持ってきたぞ」
「やあシア、3時間ぶりだね。朝に比べて、やけに血圧が低いみたいじゃないか」
女性はけらけらと声をあげ、わざとらしくフードをはためかせる。ひとつにまとめた金の髪束が左右して、ほのかにバニラの香りが広がった。仕草だけなら幼子のようだが、しかし彼女のくりくりとした碧眼は、見透かしたように僕のことを捉えていた。
「そちらの金髪さんが、シアンさんの幼馴染のかたなのですか」
「ああ。カディア=アルバートだ。きみも名前くらいは知っているんじゃないか?」
「……ええ。『エスト防衛の最大戦力』と噂されているのを聞いたことがあります」
「ありゃ、随分仰々しいじゃないか。わたしはもっとこう、……『最強さん』みたいなキャッチーな称号が欲しいのだけれど」
自称の通り、カディアの外見はどうあがいてもロリだ。小柄な体格や、無垢な笑顔も相まって、もうすぐ二十歳を迎えようという年齢にもかかわらず、まだ十代前半の小娘のように映ってしまう。
けれどそんな見てくれでも、彼女は僕たち第13部隊の監査役を担っている。言い換えるなら、――もし僕たちの手に負えない事態が発生したときに、実力をもって鎮圧する役割を担っている、国内屈指の武闘派だった。現在の防衛組織に名義がある中では、もう全くもって文句なしの最強さんである。
「……で、シアはわたしに何を頼みたいのかい? 生きるのが嫌になったのかな。それとも、一生を添い遂げる相方でも探しているのかな」
「助けてくれ」
カディアとは長い付き合いで、加えて彼女の脳みそは僕のものより遥かに優れている。こちらの事情なんて、およそ筒抜けだと思って喋って良い。僕がすべきは、愚直に頭を下げることだった。
そして、僕が素直な態度をとったとき、彼女はいつも困ったように笑う。そういう奴だ。
「シアに頼まれちゃったら仕方ないね。乗ってあげるよ」
「恩に着る」
「わたし的には、着飾るよりもさらけ出してくれるほうが好みなのだけれど」
少女はくすくすと音を立て、可愛らしさと憎らしさが同居したニヤつきを見せる。おそらくこの幼馴染は、僕とライカの関係についても読み切っている。思えば先の冗談だって、生きるのが嫌になったことも、一生を添い遂げる相方を探していることも、あながち的外れではないのだ。
「ところでシア。隣の銀髪ちゃんのことは紹介してくれるのかい?」
「きみのことだから、大雑把な見当はついているのだろうが、――」
「初めまして。ライカ=バラードです。職業はテロリスト、たぶん指名手配中です」
「そっか、うんうんよろしく。お姉さんに似てきれいな銀髪だね、部屋に飾りたいくらいだよ。……で、わたしたちはこれから具体的にどう立ち回るのかな。シアの口から聞こうじゃないか」
僕の幼馴染が、想定の五倍くらい話が早い奴だったことはさておき。
今後の方針はある程度定まっていた。最終目標は、防衛システムを破壊した『誰か』を見つけ出すこと。それを達成するため、僕たちは今から、破壊現場へと向かう。
カディアは特に驚いた様子もなく、しかし時おりどこか憂鬱そうに、僕の言葉を黙って聞いていた。とんでもない頼みごとをしているというのに、相応のツッコミは一度も飛んでこなかった。彼女の碧眼は真っ直ぐ僕に向けられているが、その裏では一体何を考えていたのだろう。僕の頭脳では想像もつかなかった。
「以上がこれからの計画だ。カディアには諸々助けて欲しい」
「具体的には?」
「馬車の操縦から現場での交渉まで」
「……わたしを雑用係にするのは、エストの中でもシアくらいだと思うよ、本当」
嫌味を言われているのかと思ったら、見惚れてしまうような満面の笑みなのだから、こいつは本当によくわからない。
「テロリストさんも、異論はないのかな?」
「ええ。不本意ですが、シアンさんと私は一蓮托生なのですよ。運命共同体と言い換えてもいいです」
「……随分と、歪な形だけれどな」
カディアからすれば、いますぐここでライカを拘束するのが「正しい」行動だ。ライカに協力するなど、本来あってはならないし、バレたらどうなるかわかったものではない。
けれど金髪少女は、「やってくれるか?」という僕の問いかけに対して、二つ返事でイエスを示したのだった。
「シアの頼み事なら、そりゃあ聞かないわけがないだろう? いいよ、助けてあげよう」
「……感謝する」
「しょうがないなぁまったく。それで、今すぐ出発、ってことでいいのかい」
「ああ。ただ、少しだけ準備があるから待っていてくれ」
僕は手ごろな机に数枚の紙を広げ、外出書類を急ピッチで仕上げる。「防衛システム破壊状況の視察」と題して、班内の今後の行動や有事の対応を書き記す。……もしも僕がこの場所に帰ってこなかったとしても、その後しばらく国防が回るように、最低限の保険もかけておく。
この施設には、国境に配置しているものと同等以上の強度を持った防衛システムが用意されている。何かあれば、そいつがまとめて撃退をしてくれるはずだ。僕やカディアが居なくても、並の襲撃への対応は十分だった。そのシステムをもとに、安全面のケアを行なっておく。あるいは、これが最後の仕事かもしれないから。
「カディアさん、でしたっけ。すみません、急な頼みごとをしてしまって」
「やー、気にしなくていいさ。でも、あんまりシアのことは虐めないであげてよ」
背後では、最強少女と危険少女がくすくすと声を漏らしている。時おり視線が飛んでくるあたり、僕にとってはあまり愉快ではないことを話題としているらしい。
「ところでカディアさん、どうしてシアンさんに仮面をつけるよう頼んだのです? あの狐の面は、あまり趣味が良いとは言い難いのですが」
「そりゃあ、わたしがシアの顔を見たくないからさ」
「……顔も見たくないほど気に入らない、ということです?」
「いいや、シアのことは大好きだよ。命くらいはダース単位で捧げるつもりだし、シアが望むなら永遠の愛と忠誠を誓ったって良い。というか、それくらいしないと借りを返せないしね」
すぐそばの幼馴染から「大好きだ」と告げられたが、僕の精神は冷め切っていた。長い付き合いの友人なのだ、この先にどのような言葉が続くのか、くらいは大体理解できる。
「好きな人の顔を見たくない、とはどういうことなのです」
「や、単純な話だよ。わたしはシアの顔を、……特に笑顔を、生理的に受け付けないのさ。直視したらゲロを吐く自信があるね」
……理解はしていても、傷つくことは傷つくのだが。そんな僕の事なんて一切気にせず、あるいは気にしたうえでわざとだろうか、カディアはけらけらと笑ってみせた。




