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心刃一体アクトナイト  作者: 仲居雅人
情動の力編
62/150

第62話 イズムとの友情

 耳が千切れまともに歩けない信太郎。シャオに頼めばこんな怪我は簡単に治ってしまうが、顔を合わせようとも思っていなかった。



 また不登校になった信太郎は、イズムの様子を見に行こうと松葉杖で身体を支えながら真華の家に進んでいた。




 もうボロボロで何の魅力もない信太郎に誰も声をかけない。あまりの荒れ果てた姿に、すれ違う人々は彼がヒーローだとは気が付かない。


 パッとしない少年よりも、今はしょうなぎ、昇士と那岐を推す時代に突入していた。そもそも信太郎は注目されていただけで、ファンが出来るようなことはなかったが。



 少し歩いただけで疲れてしまうようになり、信太郎はいつも道端を歩いては立ち止まっての休憩を繰り返していた。


「はぁ…はぁ…」

(去年のこの時期は受験でピリピリしてたっけ…あの時の方が良かったなぁ…)




 横を家族連れが通り過ぎる。父と母とその間に手を繋いだ小さな子ども。


 自分にもあんな時期があったと信太郎は…


(いやなかったな)


 過去の両親は最悪の関係だったと思い出す。離婚してくれて良かったと今では思えるほどに。



 そこで信太郎はふと思い出した。両親の関係が悪化した原因の可能性である自身の事に。


 そのこともまた可能性でしかないが、離婚まで行くには充分な理由だった。


「俺はあの女とまた別の男との間で作られた…間男と悪女の子ども…」


 あくまで可能性の話である。しかしそんな感じの話で口論をしていた記憶があるようなないような、とにかく曖昧である。

 拳に血が出るほどの力が入る。最近はよく自己嫌悪しているが、ここまで嫌になるのは初めてだった。




「出ていけ!この害悪宇宙人!」

「まって!ぼくはおつかいにきただけなんだ!」


 信太郎は騒がしいコンビニの方を向き、宇宙人騒ぎかと首を傾げる。


 思った通り宇宙人騒ぎだった。コンビニの店員に箒で殴られるイズムがいた。


「…ちょ、ちょっとまっ!」


 駆け寄ろうとしたが慌てて足を出したので信太郎は転倒し、身体を地面に打ち付けた。


「信太郎!たすけて!」

「イズム…!」


「あ、君ってアクトナイトの子でしょ!ちょうど良かった!この怪人をやっつけてくれ!」

「ぼくはおつかいにいたいっ!たたかないで!」


「その子は怪人じゃない!やめるんだ!」


 信太郎の言葉は届かなかった。コンビニ店員はイズムが逃げ出すまで箒で殴り続けた。

 彼が逃げ出すと店員はガッツポーズ。勝利の喜びで信太郎のことなど忘れてレジへと戻って行った。




「イズム君が外に!?なんで?今どこ!?」

「買い物に来てたらしくて…とりあえず捜してみる」


 学校にいる真華と連絡を取った。どうやらコンビニへの買い物はイズムの意思によるものらしく、真華も心配そうにしていた。



 イズムは強いストレスを感じると、背中に存在する器官から猛毒のガスを噴出してしまう。


 もしも街でガスが発生したらどれだけの被害が出るか分からない。それに他の戦士たちに殺されてしまうかもしれない。


 信太郎は必死になってイズムを捜した。




「どうしてこんなめにあわなくちゃいけないんだろう…」


 イズムは人を避けて歩いており、どんどん真華の家から離れていった。


「せっかくの力がもったいないヨ?」

「いや!たたかないで!」


 突然目の前に現れた少年に、イズムは怯えてしゃがみこんだ。身体を震わせて今にも泣き出しそうだ。


「おうちかえりたい!」

「震えて怯えてるけど君は周りの人たちとは違うんダ。その力はもう悪の力でしかないんだヨ」


 少年は手に持っていたマテリアルを、イズムの胸へと押し付けてイズムに埋め込んだ。


「いたいいたいいたいいたい!」

「さあ行くんだ怪人」


 痛みのあまり自我を失いかけているイズム。自分でも何をやっているか分からないまま、彼は人のいる大通りへと歩いていく。


 その背中からは紫のガスが静かに漏れ出し、周りにいた生物が次々とひっくり返っていった。




 イズムを捜していた信太郎は一帯が紫のガスで充満している地域を発見し、今その目の前へ来ていた。


「遅かったか…!」


 消防士や自衛隊が集まってくる人々を追い払っている。その後ろには逃げ遅れて倒れている者たちの姿もあった。



「アクト…ベイト!」


 場所を変えてアクトナイトセルナへと変身。神秘の力が変身中だけ身体の不自由を取り除いてくれた。


 そして信太郎はガスの中へと進んでいった。



 鎧は防護服ではない。僅かな隙間からガスは侵入して信太郎の身体に影響を与えていた。

 信太郎が周りで倒れている人々のようにならないのは、セルナの神秘の力で肉体に回る毒素を遅らせているからである。


(どうしてこんな事に…イズム君がこんなことするはずない!)

「イズム君!俺だ!信太郎だ!いるなら返事してくれ!」


 信太郎の声が街に響くが返事はない。だがガスが集中しているということは、イズムは近い。



「がおおお!」


 獣のような声が聞こえると同時にセルナは背後から攻撃を受けた。だが大したダメージではない。


「イズム君!?」

「がおおお!がおおおおおお!」


 姿は禍々しくなっているがこの子どものような声は間違いなくイズムだ。


「イズム君!俺だよ信太郎だよ!落ち着いて!」

「がお!がお!がお!」


 暴れ狂うイズムは話も聞かずにセルナを攻撃した。


「その背中のガスを止めて!街の人が困ってるんだ!」


 止められるのならとっくに止めている。イズムとはそういう優しい人物だ。




「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!…たすけ…」


 声が聞こえるた。セルナが振り向くと、このガスの中で息をしている人物がいた。


 その人物は地下鉄のホームに繋がる階段から身体を見せている。空気より軽い毒ガスは、まだ地下にいる人間を襲っていなかったのだ。


「とりあえずこのガスを…消さないと!」


 まずはそうしなければならなかったのだ。遅れてはしまったが、セルナは剣を掲げてその力を発揮。街を襲った毒ガスをゼロにした。



 だがイズムの背中からのガスは止まらない。このままではまた街にガスが充満してしまうだろう。




「がおおおお!がおおおおおおお!」

「やるしか…ないの?」


 イズムはこれまで倒してきた怪人とは違う。まだ子どもの宇宙人。広く見れば自分と同じ人間だ。


 しっかりと勉強してこの星のルールを覚えようと努力している。優しい性格をしていてきっといい大人になれるだろう。



「アクトナイト!そいつをやっつけて!」

「がんばれー!」


 悪気のない声援が信太郎の心にのしかかる。街の人からして見れば、いや誰から見てもイズムの醜い姿は怪人そのものだ。


 アクトナイトは怪人を倒す戦士だ。怪人はアクトナイトに倒されなければならない。


「イズム君…しっかりして!」

「がお!」


 周りに人が集まり始める。毒ガスの無効化は何度も出来る技ではない。


「イズム君!」

「が!おおおおお!」


 イズムを殺したくない。なんで集まってくる?邪魔だからどこか遠くに行ってくれ!こういう都合のいい時だけ応援なんてするな!俺が殺したいのはお前たちだ!



 一瞬の内に色々な事を考えた。とても人には言えないような黒いことばかり。もっとも信太郎らしい瞬間だった。




 だが今の彼は少年大月信太郎ではなく戦士アクトナイトセルナだ。彼は自分の考えを嫌でも捨てさせられ、イズムに致命傷の一撃を繰り出した。


「うわあああああ!」


 ガスが止まってイズムが倒れる。裂けた胸の中からはマテリアルの一部分が見えていた。


「そんな…ごめん、俺こんなつもりじゃ」

「いたいよ…いたいよ…」

「…なんでコンビニに行こうとした!愛澤さんから家を出るなって言われてたはずだろ!」


「信太郎…ぱん、みんなでたべたかったんだ…ごめんなさい…おつかいにいって…」


 信太郎は諦めなかった。セルナの力で出血を止めた。仲間たちに電話してシャオが来るのを待った。


 しかし、イズムの胸の中にあるマテリアルがブルブルと震える。そしてその身体は崩壊を始めた。


「なんなんだよ…このマテリアル!」


 引っこ抜こうと無理矢理手を入れるがイズムが痛がるだけでビクともしない。身体の崩壊は止められない。


「なんとか…なんとかならないのか!神秘の力で!」


 自分の力ではもうどうにもならないということは彼が一番よく分かっていた。だが諦められなかった。



 最期にイズムは何も話さず、全身は塵となって風に飛ばされていった。


「あ…」


 信太郎の手には今までいた彼の温もりと、崩れた身体の中から出てきた袋のような物が残っていた。



「そいつはキンカク星人の毒袋だ。無理に開けようとしなきゃ毒が漏れることはないから大切にしろ」

「シャオ…」


 後ろに立っていたシャオが信太郎の頭に触れる。以前の戦いで負った怪我はあっという間に治ってしまった。


「すまない…街の人たちを治していたら、ここに来るのが間に合わなかった」


 戦いが終わったことで彼らを囲んでいた街の人々が日常へと戻り始めていった。


 シャオは信太郎を連れて歩道へと移る。力が抜けてしまったような信太郎は虚ろな目で毒袋を見ていた。


「信太郎…」

「なにがヒーローだ…こんなの人殺しと変わらない!」


「でもお前は街の人たちを」

「こんな街の人間、守る意味があるのかよ!」


 意味はないが守らなければならないのが力を持つヒーローの使命である。


 そのことを理解していたシャオだったが、今の信太郎の言葉を訂正しようという気にはなれなかった。


「強い怪人には負けてばっかで、か弱い子どもを殺して…俺は最低だ」


 信太郎は街の奥へと姿を消した。まるで幽霊のように、瞬きの間に見えなくなってしまった。

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