第60話 父親
信太郎の父親、大月雄大を覚えているだろうか。
母親を知らない男に寝取られて自暴自棄になり、息子に虐待をしては仕事に逃げていた哀れな男だ。
雄大から信太郎は謝罪を受けたが、当然すぐに許せるわけもなく、それからは一度も顔を会わせていなかった。
信太郎はある日、理恵子から勧められ、元いた自分の家に来ていた。
(うわ~…)
建ってから10年経った二階建ての一軒家。最後にちゃんと見た時は汚れていたはずが、壁は綺麗に塗り替えられ、玄関前は片付いていた。
雑草が生え散らかっていた庭も綺麗になっていて、本当にここが自分の家かと信太郎は疑った。
(今はあの怪人を捜さないといけないけど…母さんに言われたんだ、ちゃんと顔見せなとな)
「…信太郎、こっちだ」
雄大の声がした頭上を見上げた。家の屋根には工具を手にした彼がいた。
「…何やってんの?」
「雨漏りしたから直してる…鍵開いてるから、入れよ」
リビングは以前とは全く違った家具で溢れていた。散らかった様子もなく、居心地のいい部屋である。
(…あの人なりに母さんのこと、忘れようと頑張ったのかな)
「…おかえり…耳どうしたんだ?包帯巻きになって」
「…」
まだただいまと言う気持ちにはなれない。信太郎は黙って椅子に座った。
「飯食うか?昼、まだだろ?」
「食欲ないからいらない」
「そうか…でも食べないといざって時に戦えないぞ」
信太郎がアクトナイトだということは世間に知れ渡っている。当然、雄大も自分の息子が街の平和を守るために戦ってくれていると知っていた。
ご飯を主食にサラダと鮭のホイル焼き、インスタントの味噌汁とシンプルな昼食が並べられ、食べないわけにもいかず信太郎は嫌々口に運んだ。だが、意外にも美味しく出来ていたので内心では驚いていた。
「どうだ、旨いか?」
「普通…」
「あのさ、分かってる?俺が嫌々ここに来てるの。馴れ馴れしく話しかけないでくれる?」
「そうか…ごめん」
こんな態度ではダメなことは信太郎も分かっている。相手に謝罪の意志があるのだから、こちらも許さなければならない。
「…やっぱり無理、帰る」
「待ってくれ信太郎!」
信太郎が玄関の扉を開ける。すると路地にはテレビ局の車が来ており、信太郎はカメラを向けられてマイクを近付けられた。
(そんな!?気付かれないよう注意して来たのに!)
「あなたが怪人と戦っていたアクトナイトだというのは事実なんですか?」
「やめてください!あぁそうだよ!早くどっか行ってくれ!」
「他のメンバーは?他のメンバーは知り合いなんですか?同級生とか友だちとか」
「!言えるわけないだろそんなの!取材されてる俺が迷惑してるって分かんないのかよ!」
しかし彼らはマスコミだ。情報が得られるのなら信太郎のことなどどうでもいいのだ。
「ここには何の用があって?御自宅は遠くのアパートらしいですけど。ご両親が離婚されているというのも本当なんですか?」
(…殺す…殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!)
感情的になった信太郎がアクトソードを召喚しようとしたその時だった。背後の扉が開いて雄大が姿を見せた。
「…押し売りですか?」
「あ、信太郎君のお父様ですか?ちょっと今取材の最中でして、アクトナイトに関してお話を聴けたらなと」
「その子、嫌がってるみたいだからやめてくれませんか?迷惑なんで…帰ってくれません?」
「信太郎君が虐待を受けていたというのは本当なんでしょうか?」
「…事実です。自分は過去に何度も信太郎に嫌な思いをさせてしまいました」
カメラのレンズが信太郎から雄大へ向けられた。戦士の毒親、そんな風にネタにされるのだろうかと信太郎は思った。
結局、ターゲットは雄大へと移り30分にも渡り彼は取材を受けた。
後日、信太郎の悪態と雄大の悪行が報道されることになる。しかしとりあえず、取材班が帰ってくれたことで二人は一息ついた。
「…俺ってあんな人たち守ってたんだ」
「…ごめんな…強く言って追い払うつもりだったのに…」
「いいよ。まあめでたくテレビデビューだからこれから大変になるだろうけど…ありがとう父さん」
「え?」
「…俺の事、庇ってくれたんでしょ。じゃないとあんな風に取材受けれないよ」
「…はぁ…怪人と戦うお前みたいにあいつらを、カッコよくやっつけてやりたかったなぁ…こう、ガツンってさ」
信太郎はリビングへ戻って食事を再開した。さっきよりもご飯が美味しく感じる。素直に「おいしい」と言うことも出来た。
「…なあ、帰って来ないか?」
「う~ん…もう少しだけ待って…心の準備が出来たら帰って来るよ」
信太郎はこの家に戻ることを決めた。と言ってもまだ後の話になりそうではあるが…
これはさっき、自分のために恥をかいてくれた雄大の尊敬すべき父親らしい姿を見たからなのかもしれない。