第14話 正義の衝突
三日後、信太郎たちの学年で校外学習が実施される。
午後に実施されたホームルームの中で、信太郎は班員で集まって午後の自由時間をどうするか検討していた。
「ここのクレープ美味しいって有名らしいよ」
「じゃあそこにしようよ」
「いいね。私クレープ食べたことないんだ」
芽愛の提案に信太郎と真華が賛成した。昇士も黙って頷いて賛成の意思を表したが、その目は芽愛ではなく静かにしている那岐の方を向いていた。
「灯刀さん、行きたいところどこかある?」
「特にない」
芽愛の質問に対して真華は素っ気なく答えた。芽愛自身は別に何とも思わなかったが、それを見ていた昇士はもう少し人と上手く話せないのかと困惑していた。
那岐は先日、怪人を刀一本で撃破した。何故そんな少女が呑気に学校に来ているのか、昇士は気になって仕方なかった。
「ねえ灯刀さん。一緒にお昼食べない?」
そこで昼休み。昇士は那岐を昼食に誘った。
「…いいわよ」
なんと返事は予想を反してのオーケーだった。
二人は校舎の屋上へとやって来た。二人がいるのは三つある校舎の内、2号館と呼ばれる校舎だ。物陰に隠れて分からないが、1号館の屋上ではいつものように信太郎が一人で弁当を食べていた。
2号館と3号館は比較的整備されており生徒たちがよく集まるのだが、1号館の屋上にはいつも信太郎だけだ。
二人は適当な場所に座り弁当箱を膝の上に置いた。昇士は手作り、那岐はコンビニ弁当だった。
「一つ質問なんだけどさ」
「その前にいただきますは?」
「え…いただきます」
「いただきます」
那岐に指摘されて昇士は食前の挨拶をした。それから二口ほど適当に食べてから、再度質問した。
「灯刀さんは何者なの?」
「私は宇宙人から地球を守るために、宇宙人によって育てられた地球人よ」
「地球を守るためって…平気で言うけど、戦うの怖くないの?それに君の本当のお父さんとお母さんは?」
「私は物心付く前に捨てられた。捨てられていたところをダディとマミィに拾われて育てられた。この星を守るために宇宙警察の二人は私を鍛えてくれたの」
昇士は箸を止めてウンウンと頷きながら話を聞いていた。
「驚かないの?」
「いや…いい両親だなって。ところでその宇宙警察がどうして地球にいるの?」
「そういえば…どうしてだろう。言われるまで気にしたこと、一度もなかったわね」
食事を続けていると金網を突き抜けてアニマテリアルのイーグルが飛んできた。
「それって…」
「ワシ丸、宇宙人を見つけたようね」
「え、もしかして行くの?午後の授業は?」
「早退に決まってるじゃない。誰かと一緒に食べるお昼も悪くなかったわ」
那岐はゴミ箱に空の弁当箱を捨てると刀を取りに教室へ。昇士も急いで荷物をまとめると、彼女の後をついていった。
「将矢法事!」
「啓太熱!」
アクトナイトから連絡を受けた信太郎は奏芽、千夏と合流して共に怪人の物へと向かった。
「三人…ベンチがいないのは不安だけど仕方ないか」
エアボードに乗る三人はアクトナイトに変身。怪人のいる池のある公園へと降り立った。
「助けてー!」
「グワァー!」
怪人とそれに襲われている人の間にセルナたちが割り込んで着地した。
「大丈夫ですか!って宇宙人!?」
なんと怪人に襲われていたのは、地球人ではなく宇宙人だった。
「助かった!この星の戦士か?頼む助けてくれ!」
敵はたった1体。場所は大きな池のそばなので、アーキューリーの操ることが出来る水は無限と言っていい。
宇宙人を遠くへと逃がすと、三人は陣形を組んで怪人に突撃した。
「敵の能力を見極めるんだ!」
「俺が行く!」
アクトナイトのアドバイスを受けて、先頭を走るセルナは何の小細工も仕掛けず怪人に剣を振った。
当然怪人はただで攻撃を受けることなく刃を避けて、すぐにパンチで反撃した。
(今のところ変わった能力は…!)
気づいた時には既に遅かった。地面から延びている無数の腕が、セルナに絡み付いて動きを封じた。
「なんだこれ!」
「廃棄物で造られたゴミの腕だ!」
割れたガラスが鎧の間接部から突き刺さり、固い紐で腕が切れるかと思うほど締め付けられた。
アーキューリーは水を操り、無数の小さな弾を生成した。
「いけ!」
発射された弾は見事ゴミの腕に命中してセルナは解放された。セルナは怪人から距離を置いて様子を見た。
「あの怪人、全身がゴミだ。小さなゴミが集まって人のような形になってるんだ」
「じゃあ私の攻撃は有効じゃないね」
ビヴィナスの放つビヴィナススラッシュは触れた物を原子に分解する強力な技だが、一振りで原子化させられる物体は一つだけだ。
彼女の攻撃はゴミのが集まって出来ている怪人には全くのダメージにはならない。
「コアがあるタイプかもよ。前も色々吸収する気持ち悪い怪人と戦ったじゃん」
「ならあの時みたいにコアを見つければいい…ウィークポイントチェッカー!」
アクトナイトセルナの技の一つ、ウィークポイントチェッカーは敵の弱点を探ることができるのだ。
信太郎はその能力で怪人の頭部に固定されているコアを確認することに成功した。
「頭だ!やつの頭にエネルギーを生み出すコアがある!」
「分かった!だったら…ジェットウィップ!」
アーキューリーの刃が水の鞭へと変化した。ジェットウィップと名付けられたそれは、ウォータージェット並みの威力を持つ水の鞭を発生させる技だ。
アーキューリーは鞭を振り回して怪人に歩いて近付いた。
怪人は身構え防御するがジェットウィップには防御など意味はない。
アーキューリーが腕を突き出した。鞭は怪人の首元目掛けて一直線で走り出し、怪人の防御を貫通して頭を跳ねた。
コアと切り離されたことによってか身体が崩壊した。後は、コアを破壊すれば彼らの勝ちだ。
「久しぶりにやってやる!」
「行け信太郎!闇世を照らす輝きの一撃!セルナスラッシュ!」
セルナは高く跳び上がり、空中の頭部へ必殺の一撃を振り上げた。
コアは粉々に砕け散った。戦いを終えた三人は変身を解除し、先ほど助けた宇宙人の元へ移動した。
「いやー助かった。私はビルマ星からやって来たベン」
「ビルマ星。聞いたことがある。確か星の9割が貴重な鉱石で出来た特殊な星だとか」
ソードを通して伝わるアクトナイトの豆知識を適当に聞いてから、一番会話が上手な奏芽がベンと会話をすることになった。
「どうして地球に?この星はまだ宇宙人と交流する文化もないし、それどころか侵略行為されてる真っ最中なんですよ」
「野蛮なメルバド星人が攻めて来ているのは知っている。実はここに来たのもお忍びなんだよ。内緒で頼むよ」
そう言うとベンは宝石の入った巾着袋を奏芽に押し付けた。どうやら賄賂のつもりらしい。
「こんなの…受け取れませんよ」
「いらないのなら捨ててくれていい。それよりも私はこの星にいる息子に会いに来たんだ。ここ日本で合ってるな?日本の世須賀市だな?」
ベンはそう言うと道路の方に向かって歩き出した。
「ちょっと待って!宇宙人が現れたなんてなったら街の人たち大パニックですよ!」
「そうなのか?うーん遅れてる星だな。じゃあお前たち。私を息子の場所まで護衛しろ」
「いや、私たち午後の授業があるんですけど」
「君たちの授業と私の護衛どちらが大切だね?それに護衛を完了したら報酬をたんまりとくれてやる。それともビルマ星への移住権の方がいいか?」
会話をしていく内に三人は、このベンという男はあまりいい人ではないのだと認識するようになった。
午後の授業を休むように各々知り合いに伝えると、ベンに地球人の格好をさせて偽装し、息子の元までの護衛を護送を開始した。
「やめてくれ!もう二度と人を騙して金を盗らない!誓うよ!」
仮面を付けた一人の少女が、泣きながら懇願する宇宙人の首元に、刀の刃を突きつけていた。
どれだけの弁明を聞いても彼女の意思に変わりはない。この宇宙人の首はもう間もなく跳ねられる。
「私の仕事は悪い宇宙人を倒すこと。この星で悪に手を染めてしまったあなたが元はどれだけいい人間だったとしても容赦しないわ」
「助けてくれ!誰か!」
「波絶は波を絶つ刀。私たちの声は誰にも聞こえてないわ」
那岐が刀を構えると宇宙人はスーツの懐からピストルを取り出したが、彼女に銃口を向けようとした時には既にピストルは斬られていた。
「頼む助けてくれ!」
那岐は黙って刀を振るい宇宙人の首を跳ねた。そして刀に付着した青色の血を布で拭き取ると、鞘へと収めた。
物陰に隠れていた昇士が那岐へと駆け寄った。彼には二人の会話は聞こえていない。なので昇士には、悪い内人が那岐に命乞いをしているようにしか見えていなかった。
「悪い宇宙人だったの?」
「うん。だから殺したのよ」
「その…他に何かないの?捕まえるとかさ」
「今この星に宇宙人を捕まえられる法律はない。私も両親を通して宇宙警察から駆除の許可をもらってるし、解剖とかされる前に殺してあげたいの」
那岐は小さな便を取り出すと怪人の死骸へと投げた。瓶が割れると緑色の炎が発生し、死骸を跡形もなく燃やし尽くした。
その場から二人は立ち去ろうとした時、足音が近付いてくることに気がついた。
「隠れてなさい」
再び戦闘があることを予期した那岐は昇士をまた安全な場所に移動させると、音の主が現れるのを待った。
そしてそこに現れたのは、ビルマ星人のベンとそれを護送している信太郎たちだった。
「………ダズル!ダズルはどこだ!」
ベンは自分の息子がいるはずの家の前に着くと大声で名前を叫んだ。だがそのダズルは、たった今那岐によって殺されたのだ。
ばに立っている仮面の少女が恐ろしいほどの殺気を放っていて、彼女が何かをした気付くのにそう時間はかからなかった。
「仲間がいたのね…家族だからって容赦はしないわ」
波絶の鞘を投げ、那岐は再び戦闘態勢に入った。
「な、なんだこいつ…」
「みんな気を付けろ!そいつは!」
アクトナイトが何か言う前に仮面の少女はベンに狙いを定めて走り出した。
信太郎はトロワマテリアルからソードを抜いて、少女の攻撃を阻止した。
「あんたは…!」
「アクトベイト!」
信太郎は再度アクトナイトセルナへと変身して、少女を押し返した。
「二人ともベンさんを逃がすんだ!」
奏芽たちはベンと一緒にその場を離れる。そのあとすぐに、セルナの能力によってドーム状のバリアが張られた。
「邪魔しないでよ!」
「ベンさんの息子はどうした!…まさかお前!」
「あいつは地球人から騙し取った金で暮らしていた!この星に彼を裁く法律がないから代わりに私が裁いた!それだけよ!」
信太郎は何も言い返せなかった。しかしベンは守らなければいけないと、バリアを解くことはしなかった。
(逃げ切れたらそれでいい…それにしてもどういうことだ。剣を握ってるのにアクトナイトと繋がらない…)
アクトナイトだけでなく奏芽と千夏にも繋がらないことに信太郎は不安を感じていた。
仮面を付けた那岐の目の前にアクトナイトが立ちはだかる。悪の宇宙人の味方をするのなら容赦はしない。手を掲げるとバリアの内側に潜んでいたワシ丸こと、イーグルアニマテリアルが飛んできた。
「あれは…まさかアニマテリアルか!」
アニマルからマテリアルへと変形したイーグルは、那岐の持つ波絶の特徴的な鍔へと押し込まれた。
「鷲之型!壱之段!クリムゾンフェザー!」
すると那岐の背中から赤い翼が現われる。信太郎がアクトナイトに変身したように、彼女もイーグルの力を使ってパワーアップしたのだ。
「鷲之型!弐之段!イーグルストライク!」
翼をバサッと大きく動かした。そして那岐は地面を蹴るとその翼で地面すれすれを低く、そして速く滑空した。
那岐はセルナをバリアの壁まで押し込んだ。そして勢いに任せてバリアを破壊、セルナが手に握っている剣を弾き上げた。
「しまった!」
頭上の剣に気を取られたセルナは那岐の次の一手に反応できなかった。がら空きになった胴めがけ、横から素早い一撃をセルナに与えた。
「うあっ!」
波絶の力に外界と遮断された信太郎はアクトナイトからパワーを供給されなかった。今の一撃で鎧は崩れ、深手を負っていた信太郎は傷口に手を当てた。
「もう邪悪しないでよね」
「そのマテリアル…お前は一体…」
「信太郎大丈夫か!急に心の繋がりが切れて…何があったんだ!信太郎!」
那岐はとどめを刺すことはせず、那岐はベンを追った。
走って逃げるベンたちを那岐は空から発見し、彼らの前に降り立った。
「ヒィィッ!」
「アクトナイトは全部で五人…お前たちもそうなの?残りの二人は?」
「そうだけど…あんた一体何なのよ!」
千夏はソードとマテリアルを手に持ち、変身しようとしている。だが那岐はすぐには襲いかからなかった。
那岐はベンを指さして話し始めた。
「私が殺した宇宙人。つまりそいつの息子は犯罪を犯していた」
「だから殺したの?」
「そうよ。あなたたちと同じで、私は悪の宇宙人と戦っているの」
「それでもこの人は悪人じゃ」
「そいつはビルマ星の政治家ベン。惑星外交を行っていないこの星に息子の別荘を建てた。まだ惑星外との交流を行っていない発展途上のこの地球に、建物を建てた犯罪者よ。この地球で活動が許されるのは宇宙警察から許可が下りた者のみ。そいつもその息子も許可を取らずにこの地球で罪を重ねた犯罪者なのよ」
二人は先ほどまで守ろうとしていたベンの方を見た。ベンは酷く怯えた顔をしている。
「本当…なんですか?」
「あぁ…」
「…でもそれなら!宇宙警察っていうのに通報すればいいじゃない!」
「今の地球は宇宙警察の管轄外よ。だから私が代わりに裁く」
那岐は警告と言わんばかりにバッと力を込めて刃先をベンに向けた。
「私の邪魔をするのなら、地球人のあなたたちでも斬るから」
その時だった。腹の右側に深い傷を負ったはずの信太郎が現れ、少女と剣を交えた。
「あの傷で動けるなんて…あなた死ぬわよ!」
「悪いが今の俺は信太郎じゃない。俺はアクトナイト…の仲間だったカナト人のシャオだ」
今現在信太郎の意識は眠りについている。この身体は心が繋がっているシャオが動かしていた。
「カナト人って…本物のアクトナイトはどうしたの?」
「とっくに死んでるぜ!」
シャオはそのままタックルして那岐の姿勢を崩し、回し蹴りを放った。
「くっ!」
「俺たちは守るため、お前は殺すために戦っている。こんな風に衝突するのは仕方ないだろうよ」
「守るって…そいつも息子もあなたたちが守るものを傷付けてるじゃない!」
「これ以上傷を付けさせない。こいつには…自分の星に帰ってもらう」
「星に帰したところでそいつは間違いなく次も悪さをするわ!だってそういう人間してるもの!」
「だとしても俺たちに殺す権利はねえよ!俺たちが責任を持ってこいつがもう悪いことをしないと信じるしかねえんだ!」
ソードを持つ奏芽と千夏は、悲しくはち切れそうな思いをしているシャオの心を感じていた。
「そいつがまた何かした時にはもう遅いのよ!ここで殺さないと!」
「そしたらここで生かした俺たちと殺せなかったお前とで責任を取るんだよ!」
シャオはセルナマテリアルがセットされたソードのグリップ底を叩いた。
那岐はアクトソードの刃から発せられた突然の光に目が眩み、視界を取り戻した時には既にシャオたちは逃げていた。
その後、那岐の元へ昇士が現れた。
「灯刀さん…大丈夫?」
「許せない…」
昇士が見たのは泣きそうな顔をしている那岐だった。普段はクールなイメージの彼女がこんな顔をするのかと、失礼とは思いながらも昇士は可愛いと思っていた。
「朝日、私に協力しなさい」
「…宇宙人退治に?」
那岐は頷くと刀を鞘に戻して乱暴に昇士へと投げ渡した。
「今日からお前は私の助手よ!」
「え…えええ!?」
那岐はハンカチで涙を拭いて、それから気晴らしに歩き始めた。昇士も困惑しながらその後を追った。
そして那岐は決めた。自分の甘ったれた正義で排除すべき宇宙人を守ったアクトナイトたちを、己の正義で否定してみせると。