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脅しという策

「こ、これはいったい⁉」

「見ての通り、トールドシャドラーです。ちなみに捕獲でという事でしたのでまだ生きていますよ? このまま放置したらこの研究所を吹き飛ばす勢いで暴れるでしょうね」


 なんの捕縛もされていないという想定外の状態で持ち込まれた魔物を見たジャバスは驚きのあまり立ち上がり、シアと机に横たわる魔物へ交互に視線を送った。


「交渉を受け入れてくれるのでしたら最終処理はちゃんとしますし、おまけで1体余分に差し上げます。報酬額はそのままでかまいません。飲めないというのでしたら、そうですね……このままこの魔物を放置して私たちは帰らせていただきます」


 シアがにっこりと笑うとジャバスの表情が凍り付いた。


「わ、わかった! わかったから! この魔物をどうにかしてくれ‼」

「では交渉成立ですね」


 シアは満足げに笑うとトールドシャドラーを異空間へと投げ込み、椅子に座り直した。

 ジャバスも安心したようで顔色は元に戻っていた。


「ついでにもう1つ良いですか?」

「まだ何かあるのかい……」

「別に無理難題押し付けようとは思ってませんよ。ただ単にこの街のギルドの在り方があまりにも酷過ぎるんで、その原因を知りたいんですよ」


 ジャバスは言いにくそうにしていたけれど、シアの脅しが効いているようで、諦め気味に話し始めた。


「他のところがどういう条件を出されたのかは知らないけど、この研究所は依頼をゴールドホーンにのみに向けて依頼すれば、報酬の支払い額は記載額の1割引いた額でいいと言われたんだよ。そのための手筈も整っていると。どうやら他の研究所も既にそうしているようだし、どうせ依頼を達成できるような冒険者はあのギルドに集まっているし、その方がいいかと所長と話し合った結果……」

「はぁ⁉ 信じらんない! そりゃあ腐りきるはずよ!」


 シアは声を上げた。

 要はあのギルド、実力のある冒険者に関しては実質紹介料はとらず、依頼主からの報酬をそのまま冒険者に流し、その分を補うために下の方から巻き上げているという事だ。

 これがクエストをあの腐ったギルドに集中させ、他のギルドを潰し、冒険者を留まらせているからくり。

 しかもこの街のクエスト依頼を取りまとめている機関も抱き込んでいるとの言質まで取れた。


「ねぇねぇ、どういう事?」


 話しについていけていないジークにシアはこの街、というよりゴールドホーンの汚さを事細かに説明した。


「そっそんなぁ! そんなのどうすればいいんだよそんなの」


 そりゃそうだ。

 抱き込んでいる機関が多すぎて、簡単に解決できるような状態ではない。頭を抱えたくなるほどだ。

 となると、本当に見て見ぬふりをされ続けた依頼も数多いことは間違いないだろう。


「この話を聞いて合点がいきました。もともと魔物に関してはそういう地域なのかと思ってたんですけど、やっぱり違うみたいですね」

「何のことだい?」


 シアの話が何を指しているのかわからないジークとジャバスは首置傾げていた。


「端的に言うと、魔物の分布域が大きく変化してるって事です。強力な魔物達の生息域がこの街に近づいてきてますよ」

「何故、そう言い切れる?」

「一昨日、中位クラスの魔物に遭遇しました」

「それがどうかしたのかい?」

「遭遇したのはお・と・つ・いですよ?」

「一昨日……」


 先にハッとしたのはジークだった。

 ジークは恐ろしいものでも見たかのような表情をしている。


「ね、ねぇ。シアちゃん。シアちゃんはそこから馬とか乗り物を使ってここまで来た?」


 シアは首を横に振った。


「馬どころか走ってすらないよ」


 話の意図が掴めたジャバスの表情が険しくなった。


「そんな近くまでその強さの魔物が来ているのか。何故そんなことに」

「おそらくなので、本当にそうだとは言い切れないんですけど、周辺の街や村からの弱い魔物の駆除依頼が消化されていないのが原因ではないかと」

「弱い魔物が増えることと魔物の生息域の変化にどういうつながりが?」


 さすがは研究職。

 シアの頭の回転の良さや冒険者としての実力を考慮し信頼に足る人物と認めたらしく、ジャバスは真相を掴むためシアの話に真剣に耳を傾け始めた。


「ラビリスのクエスト板を見て思ったんです。クエスト板の大半は薬草収集や捜索といったものでしたけど、その中に駆除依頼のものもかなり紛れていました。しかも依頼日もかなり古い物でした。きっとゴールドホーンで請け負うには報酬として得られる額が低くなり過ぎるから敬遠されてしまっていたのでしょう。このレベルのクエストを選ぶ冒険者は実力の乏しい人ばかりですから、紹介料で半分近く取られてたら生活ができませんからね」

「それで?」

「そうなると、弱い魔物、低位の魔物は駆除されることなくどんどん増えていきます。そしてあまり知られてない事なんですけど、実は魔物は魔物を取り込むことで力を強めることができるそうです。弱い魔物は一回り強い魔物のエサだとも言えますね。増えすぎた低位の魔物を食べるために中位の魔物が生息域を広げ、そして中位の魔物が増えれば上位の魔物が生息域を広げる。そうしてキャロンジアに強い魔物が近づきつつあるのではないでしょうか」


 後半の見解はハイドの受け売りだ。おそらくとは言ったけれど、そう言っていたからほぼ間違いないだろう。


「なるほど、魔物同士力を取り込み合うことで……面白い考えだ。しかし、それがもし本当に事実だとするなら、非常にまずい事態なのでは?」

「非常にというか、今のギルドの体勢だとこの辺り一帯終わりでしょう。実際この街から1日ほどの距離の場所でウイングヘッドウルフの群れに会ったわけですし」

「⁉」


 ジャバスどころかジークも勢いよくシアの事を見た。

 2人とも驚きの表情をしているところから見て、この街に置かれている状況を本当に理解してくれたようだ。


「待って待って! ウイングヘッドウルフがいるところって、ここから2週間くらいかかる辺りのはずだよ! そんな近くにいるはずないよ!」


 ジークは理解できても信じたくはないらしい。

 それもそうだ。ウイングヘッドウルフは強さで言うと中位クラスといえどほぼ上位クラスの強さを持つ魔物だ。そんな魔物がキャロンジアの近くをうろついているとなると、ジークは冒険者としてクエストに挑むことができなくなってしまう。

 しかし何と言われようがそれが事実。嘘だと言ったところでただの気休めにしかならない。


「嘘じゃないよ。まあでも、他にも多少中位クラスの魔物には会ったけど、ウイングヘッドウルフくらいの強さの魔物にはそれ以外に会ってないから、あの群れだけが例外的に近づいていた可能性はあるね。でも中位の魔物が生息域を広げているのは確かだよ。近いうちに上位クラスの魔物もかなり接近して来るんじゃないかな?」


 2人とも言葉を発さなかった。というより絶望に似た感情に襲われて発せないというが正しいだろう。


「まぁこうなったのは目先のお金に目がくらんだ人たちのせいだよね。これまでやってこれてたからって現状の魔物の生息域の確認をないがしろにして、さらにはお金のない、権力のない人たちの救いを断って来たんでしょ?」


 ジャバスは口を強く噤み、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。もう一押しすれば確実に味方に付いてくれる。


「まあ私は渡りの冒険者だし、しばらくしたらこの街を発つから別にいいんだけどね。今さえどうにかなってくれてれば」

「シ、シアちゃん……?」


 シアの畳み掛けるような言い方に、ジークも戸惑いの表情を隠せずにいた。


「正直私の見解だと、シルバーホーンだかゴールドホーンだか知らないけど、あのギルド1枚岩じゃあこの街も終わりだと思いますよ。あのギルド、実力のない冒険者からお金巻き上げて、実力者の優越感を満たさせる道具みたいな扱いをしてるんですよ? あれじゃあ下の方が育たないでしょう?」


 シアはやれやれと言いたげなポーズをしてみせた。

 ここまで言えば無視できないだろう。というより、無視できないまともな人であってほしい。

 シアは内心緊張しながら回答を待った。

 ジャバスは苦し気な表情だ。悩んでいたようだが、溜め息をつくと口を開いた。


「わかった、協力しよう。ただ、少し時間が欲しい。これに関しては本当に私の一存では決められないんだ」

「わかりました」


 シアは内心ガッツポーズを決めていた。“ギルド立て直し計画“の第一歩を踏み出せたのだ。


「じゃあ、お約束通りトールドシャドラー2体お渡ししますね」


 シアは2体のトールドシャドラーを異空間から引き出して床に置くと、どちらも魔封じの縄で縛り上げた。

 魔封じの縄はこの魔物のように実態が曖昧な魔物を縛ることのできる縄だ。そして、外部から魔力を与えられることで縛られているモノの魔力を封じる。

 これで魔力で動いていると言われているトールドシャドラーが暴れ出す心配は無くなった。

 ジャバスはトールドシャドラーを縛り上げるシアに感心していた。


「手際がいいね。よほど魔物の扱いに慣れているようだ。それにさっきの何もないところからこの2体を出していたよね。君はいったい……」

「それは……」


 初めて出会う人からはいつも言われるけれど答えるわけにはいかない。答えてしまえば自分が敵だと認識されてしまう可能性があるから言えるわけがない。

 シアはフッと笑った。


「企業秘密です。ただの珍しい能力ですよ」

「そうか……そうだろうね。君のような冒険者が手の内を簡単に見せていたのなら、名が広まっていないわけがない。今日の事は私の心の内に秘めておこう」

「はい。お願いします」

「素直だね。けれど、もし私がこのことを私が脅しに使おうとしたらどうするつもりだったんだい?」

「そんなことをしたら、ハイトールドシャドラーを起した状態でプレゼントして差し上げますね!」


 ハイトールドシャドラーはトールドシャドラーより大きく魔力も比ではない。

 おそらくこの街にいる冒険者達では歯が立たないような大物だ。そもそも彼らは遭遇したことすらないだろう。


「まさか脅しを脅しで返そうなんてね。しかもそんな魔物まで捕獲しているなんて。本当に底が知れない子だ。君の能力をばらすなんてことは絶対にしないから実行だけはしないでくれよ」

「もちろん。ご察しの通り、私だってそんな悪名が轟きそうなことはしたくないので。黙っていてくださるのならそんな愚策は使いませんよ。あ、あとこれいりませんか?」


 シアは異空間からスルーアの死体の頭だけを引き出した。全身そのままはさすがにこの部屋には入りきらない。

 案の定ジャバスは驚きの表情を浮かべている。


「こ、これは」

「スルディアート山にいたスルーアです。魔核と風切り羽は横取りされちゃいましたけど、研究材料としては使えるんじゃないですかね?」

「これも君達が倒したのかい?」

「君達というか私が倒したんですけど」


 もっと正確に言うとハイドが倒したが、それは秘密なのでシア自身が倒したという事にした。


「そういえば、しばらく放置されていたクエストがゴールドホーンの冒険者によって解決されたとかいう情報がさっき入って来ていたな」


 おそらくあのギルドが自分たちの名をさらに上げるために依頼主候補たちに言いふらしたのだろう。そうすればより多くのクエストを出すだろうと思っているに違いない。

 今のジャバスなら真相を伝えればこちらの言い分を信じるに違いない。


「山の麓に打ち落としたのを探している間にゴールドホーンの冒険者に魔核とかお金になりそうなものを全部持ってかれちゃったみたいで。本体は持ち運べなかったのか置いて行ってくれました」

「そうか……」


 ジャバスは再び真剣に考え始めた。そして、何かを決めたのか「よし」と1人で頷いた。


「上には生息域の変化の可能性を伝えて、そちらのギルドに依頼ができるよう掛け合ってみるよ。それに私としては今後の依頼は君たちを指名したいと思う」

「いいんですか? そんな露骨なことをしたらあのギルドに睨まれませんか?」

「ああ。かもしれないね。今後あのギルドにクエスト依頼は出せなくなる可能性はある。だが、君のいるギルドならあの図体だけでかいギルドには達成できないようなクエストでも楽勝で達成してくれるだろ?」

「それは、もちろんですけど……」

「ならば問題ないよ。君のはっきりとしないその反応はもしかして、あのギルドと同じようにズルをして依頼を貰おうとしているって思ってるからかい?」


 その通り過ぎてシアは答えを口にすることは出来なかった。


「正直、交渉と言いながら脅してきたことには思うところはある」

「すみません」

「いいんだよ。今のギルドの現状を作った一旦の責任は私たちにもあった。それを正そうと君は動いてくれていたんだろう?」


 ジャバスはシアに向かって手を差し出した。握手を求めている。

 思った以上の好待遇に、シアは喜んで手を取りたいと思った。

 けれど、この手を取ればかなりの迷惑をかけるかもしれない。

 そう思うと差し出された手を取ることができずにいた。

 そんな考えを見透かしたかのようにジャバスは続けた。


「指名して依頼をすることは禁止されているわけではない。別に君に脅されたから申し出ているわけでもない。これは君の、君達の実力を見込んでの依頼だ。これからこの研究所に起こるかもしれない苦難は私が勝手に選んだ道だ。君のせいではないよ」


 ジャバスもこの街の現状を変えようとしてくれている。

 近い将来訪れるかもしれないこの街の危機。

 自分がキャロンジアのギルドの在り方を、あのラビリスを立て直そうと決め、そして彼を巻き込んだのだ。

 その彼の覚悟を決めた申し出。シアも腹をくくるしかないと決めた。


「わかりました。お願いします」


 シアはジャバスの手を力強く握り返した。

 お読みいただきありがとうございます。

 最近いろいろありましてちょっとモチベーション下がってるので、更新頻度を不定期にします(別の作品も出発させたいし)。もしかしたら今書いてる部分が早く終われば早めに更新はしますが、どうなるかは未定。そんな感じです。

 でわ、また次回!

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