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エピローグ

 セシリアが自室に戻ると、そこには一面のケーキが並んでいた。チーズケーキ、洋梨のタルト、モンブラン、ショートケーキにチョコレートケーキなどなど。


「あああー!アンナ、ありがとう」

「いえいえ、お仕事お疲れ様でした」


 マスティリア国王として貴族の前に立つ時などは非常に精神力を使う。それに今回は脳もかなり使ったので、脳が糖分を欲していた。

 こういう時にはアンナは甘いものを用意して待っているのが常だった。


「ううう……美味しい……」

「ほらほらセシリア様、ケーキは逃げませんからゆっくり食べてください」


 先程の国王然とした様子はどこへやら。そこには18歳らしい姿の少年…もとい少女の姿があった。


 そんなセシリアを半ば呆れ顔で見ていたのはサティ達だった。

 いつの間に部屋に入ってきたのか複雑な表情を浮かべたトーランド勢と平然としているマスティリア勢だった。


「あれが……さっきまでの少年王か?」

「残念ながらそうなんですよ」

「本当、面白い王様だな」

「振り回されるこっちの身にもなってほしいです」

「同情する」


 サティとマクシミリアンがコソコソとそんな話をしているのをセシリアはちゃっかり聞いており、目だけで2人を黙らせた。


「それにしても、マクシミリアン殿があんな風に動いてなんて知らなかったよ」

「だから言ったじゃないですか?私は1週間もすれば動けると」

「どこまではシリィちゃんの策略なの?」


 カレルが驚きながら言うと、皆そうだと言わんばかりに頷いたあとにセシリアに視線を向けた。


「うーん、これに関してはマックスの提案かな。今回のことがきっかけっていうわけじゃないけど、少しずつ叔父上には探りを入れてて」

「はい、今回のはいい機会でした」

「シリィちゃんは知っていただろうけど、僕はすっかり騙されてたね。マクシミリアン殿が裏切ったのかなぁって」

「確かに迫真の演技だったな」

「それに関しては、私も言いたいことがあるのよ!!」


 セシリアは声を荒げて再びマクシミリアンを睨んだ。


「あんなところまで言わなくてもいいでしょ?私だって本当に焦ったんだからね」

「私を信用してもらうためには必要な情報だったんですよ」


 確かに人を騙すには嘘と真実を織り交ぜるのが常套手段だ。

 だからと言ってあそこまでの情報を流してると誰が思うだろうか。

 そもそもあれは王家の最大の極秘事項なのだから。


「しかも"あんな子供の言いなりになっていては私の身が持たない"って何よ!絶対本心でしょ!!」

「……まぁ、そこは黙秘権を行使しますよ」


 そんなことを言っていると、スライブがセシリアをおもむろに立ち上がらせる。


「セシリア、本当にお疲れ様。益々惚れ直した」

「……まぁ前半の言葉はありがたくいただいておく」

「ということで、宰相殿。約束通りセシリアを借りるぞ」

「はいはい。どうぞ」

「えっ?なに?」


 スライブはマクシミリアンに向ってそういうと、戸惑うセシリアをよそに引っ張ってロイヤルガーデンへと連れて行った。

 そして"セシリア"の姿に着替えるように促すと、そのまま王城を抜けだした。

 方向からすると街だろうか?


「ちょっとスライブ、どこに行くのよ」

「お疲れ様を兼ねて城を出る約束を宰相殿に話を付けておいた。午後の政務は休みにしてくれるそうだぞ」

「本当!!やった!!」


 思いがけないご褒美をもらってセシリアの足取りも軽くなった。

 だが、おかしい。

 スライブはセシリアを急き立てるように街へと急いでいる。


「で、だ。お前は約束を覚えているか?」

「約束?」

「兄が見つかったら結婚してくれるという約束だ」

「まぁ……覚えているけど」


 確かにそんな約束をしたような気もする。

 だが、現実問題としてライナスは見つかっていない。

 それに今回の町に行くこととライナス発見のことが何か関係があるとは思えない。頭に疑問符を浮かべつつ連れてこられたのはレース編みの店だった。


 スライブに促されるように中に入ると、見事なレースの数々が並んでいた。


「ここのレースが最近の流行だという。貴重品ということでトーランドでも一度献上されたが、本当に見事だな」

「ふーん。そうなのね。なら輸入品に出来るかもしれないわ。視察しましょ」

「視察ではないのだが……まぁ、いいか」

「わー綺麗ね」


 セシリアはその一つを見て感嘆の声を上げた。

 繊細かつ複雑に編まれたレースは確かに一級品だ。だがそれほど高値ではないうえに、街角にある普通のレースの店だ。

 穴場といえば穴場の店だろう。


「じゃあこれを一つ貰おう。セシリア、これは贈り物だ。受け取ってくれ」

「貰っていいの?」

「あぁ、お前に貰って欲しい」


 セシリアは一瞬戸惑ったが、あまりにもスライブの目が優しいものなので、思わず手渡されたレースをそっと受け取った。

 何やらくすぐったい気持ちもある。


 そんな2人を暖かく見守っていただろう店主が、不意にセシリアの顔をまじまじと見てぽつりと言った。


「あれ?あなたセザンヌさんに似ているのね」

「えっ?セザンヌは私の義母ですが」

「お義母様??いえ、同じ年頃でここのレース編みはセザンヌさんが受けているのよ」

「……もしかして」


 まさか、そんなことがあるはずがない。

 セシリアは頭の中で否定しながらもスライブを見上げると、スライブが懐中時計を取り出して何やら確認している。


「そろそろだな」

「マダム!今日の分を納入しに……ってセシリア!?」

「兄さん!!」


 そこには驚愕と共に固まっているライナスと、してやったりという顔のスライブの姿があった。

 あんなに探し続けていた兄が王都に潜んでいるとは誰が思うか?


 しかも女装して。いや、同じ顔だから違和感はないし、自分も通常は男装しているのだがとやかくは言わないが。


(それにしてもそれにしても…灯台もと暗し……)


 セシリアは心の中でため息を付いて脱力したが、逃げようとするライナスの腕をガシリと掴んだ。


「兄さん……分かっているわよね」

「せ、セシリア……その顔……義父さんに似て……」

「いいから来なさい……」

「ひいいいいいい」


 そうしてライナスを引きずるようにして、セシリアは城へを戻ったのだった。

 城に戻ってきてまず待ってのは仁王立ちになったマクシミリアンだった。


「ライナス様!!!」

「マックス……その……元気だった?」

「元気だったじゃなありません!!我々がどれほど探したのか!!もう私の胃が限界でしたよ……さて、十分休養しましたよね。その分しっかり働いてもらいます。あ、ヴァンディア様にも連絡しますから」

「マックス勘弁してよ」


 こうなったマクシミリアンは正直セシリアも怖い。冗談じゃなく怖い。そして養父はもっと怖い。


 そしてそれを知ってるからこそライナスは泣きそうな目で助けを求めるようにこちらを見ていたが、セシリアとしては助ける義理はない。散々迷惑をかけれたのだ。


 無視していると絶望した顔で連行されていった。


「はぁ、これで肩の荷もおりたわ。お父様にも報告しなくちゃ」


 その言葉を聞いたスライブは神妙な顔をして言った。


「…そうか、お前の父も病気だったのだな」


確かトーランド国王も3年前に病気で倒れ、政権が乱れたと聞く。だからセシリアにも同じ境遇だと感じたのだろう。同情の様子で神妙にスライブは言った。


「お互い父親が病気で倒れたことで、苦労したな」

「あー、それなんだけど……」


 セシリアは言いにくそうにため息混じりで真実を伝えた。


「バカンスに行ったのよ」

「はっ?」

「だから、両親ともどもバカンスに行ったの。私が即位したのをいいことに、全て押し付けてバカンスに言っちゃったのよ!各地を転々としてるわ」


 まぁ、父親が倒れ、それを機に即位したのだ。そう思うのが当然だろう。だが真実は違う。まさかそんなことを大っぴらにいうことも出来ず、父王は病気のため離宮で療養ということにしてるのだ。


(本当、ライナス兄さんといい、血筋かしら!?)


 それを聞いていたサティは笑いを堪えている。愉快そうにクククと喉で笑っている。


「まぁ、とりあえずは一件落着。そういうわけで、約束は守ってもらうぞ」


 どうやら結婚の話は続行中だった。

 そもそもスライブが自分に固執する理由がよくわからない。

 初恋だと前に言われたがピンとこないのだ。


「大体、私のどこがいいの?男の人からしたらこざかしいし、男装してるし、王だし。そんな厄介な女が良いなんておかしいわよ?」

「そうだなぁ。一言では言えないがお前の言葉に救われた。お前は荒んでた心を癒してくれたし、俺に希望を与えてくれたんだ」


 スライブはセシリアを見て眩しそうに目を細める。近づいてきて、セシリアの瞳を覗き込むようにして、その頬を包み込んだ。


「それに……その瞳。意志の強いその瞳に俺の心は捕らわれたんだ王太子として不満ばかりだった時、お前の理想を聞いて目が覚めた。俺もお前と同じ理想を持った。だから、側で見ていて欲しい」


 どうやらスライブの意思は固い。

 とは言っても、やっぱり現実としては無理だ。


 自分は今や国王の影だ。貴族としての身分は無いに等しい。それにトーランドの王太子に嫁ぐとなればそれ相応の家柄が求められる筈だ。


「大体身元不明な私がトーランド王太子と結婚なんて無理でしょ?言っておくけど、私は一夫多妻には反対。妾を取るような男とは結婚する気ないの」

「それなら問題ない。他の女と結婚する気はない。というか、お前以外は要らないんだ。」


 ライナスを見つけたら結婚するという約束を破る気はない。だが、このままだとトーランドで王妃になれないかも知れないし、なっても愛妾をとると言われるのは御免だ。


 そんなセシリアの心のうちを読んカレルがにこやかに告げる


「これ、本当だよ。ウチの王子は執着したらとことん執着するし、今だって他の姫は要らないっていって一切の縁談を蹴ってるからね。」

「それと、セシリア殿の身分だが、私の家の遠縁ということになってる。一応養子に入ってもらうが先方からま了承を得ている。もちろん国王も了承済みだ。」


このくらいトーランド王太子付きとして当然とばかりにサティが自信満々に言い放った。


(完全に外堀埋められてる……)


 ニコニコと笑みを浮かべるスライブを見て、ため息しか出ない。

 本当にこの男はどこまでもセシリアの先手を打ってくる。


「じゃあ、半年後まで待って。兄さんに政務を叩き込んでからそっちに行く」

「本当か?!」

「もちろんよ」


 そもそもセシリアはスライブを嫌いなわけでは無い。結婚という一足飛びは戸惑うが、スライブの人となりは分かっている。


 結婚を渋ってたのも現実的に不可能に近かったからだが、その懸念も払拭された今、求婚を断る理由もない。


 それにここまで根回しをされては、逃げるのは無理だろう。


「ありがとう、セシリア。愛してる」


 そう言ってスライブはセシリアをぎゅっと抱きしめた。セシリアはドキドキして羞恥で顔が熱くなる。それにサティ達もいるのだ。だがそんなことも意に介さずにスライブは抱きしめてくる。

 なんとなくセシリアもスライブを抱きしめ返していたのだった。


 そんなことがあった翌日。

 スライブはトーランドに帰った。今まで無理をしてマスティリアに逗留していたのだ。これ以上はトーランドを空けるわけにはいかない。


 別れる際、スライブはセシリアの手を握って、その感触を確かめたのち、頬にキスをして一言言った。


「次は花嫁として会えるのを待ってる」


 もちろんそこにはマクシミリアン達もいるわけで……セシリアは公衆の面前でキスされたことで二の句が告げない。そんなセシリアを見て笑いながらスライブは馬車に乗って行った。


 それを見つめてセシリアはそっとスライブが口付けたところを触れた。


 半年後、彼の花嫁になる。異国に行くことも、新しい環境に身を置くことも、好奇心旺盛なセシリアにとっては楽しいことだ。


 だけど、今はやることがある。ライナスを立派な少年王に仕立てあげなくては。

 セシリアの後ろでスライブ達を見送ったマクシミリアン達に、セシリアは向き直って言った。


「さあ、諸君。仕事の時間だ」


 セシリアはそう言って城に足を向けたのだった。


これにて完結です。

長い間ご覧いただきありがとうございました

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― 新着の感想 ―
[一言] セシリア様、スライブ様、お幸せに。( *´艸`)。 お兄さんは、地獄の様な政務の日々 が待ってるんだろうなぁ。頑張れ。(^。^;)。
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