王都潜入観光(二)
セシリアはくるくると椅子を回して今度のことを考える。
(うーん。これは直接探った方が早いかなぁ……)
こうなれば直接市中の状況を探った方がいい。
そうだ、これは調査だ!決して……決して遊びに行きたいわけではない!
そう言い聞かせながらセシリアは執務室の窓枠に足をかけてそこから飛び降りようとしていた。もう何度もこうやって逃げているのでバレることもないだろう。
(よし!周りに誰もいない。いまだ!!)
セシリアそうして執務室から抜け出すと、いつも着替え…もとい変装をしている薔薇園の温室に向かった。
温室はいつものようにひっそりと建っており、しかも見向きもされないせいか、ガラスはくすんでいる。
それでも天窓から刺す光はまぶしく、温室の温度を上げている。中の植物はそれでも鬱蒼と生えており、変装用の洋服やウィッグを隠すのはちょうどいい。
セシリアは少し汗ばむような温室内を進み、茂みの奥から一般的な市民が着る少年用の服を取り出した。
女装?というか"セシリア"としての女の姿でも良かったのだが、この間のスライブと鉢合わせした件を考えるとあまり得策ではない気がしたのだ。
だが、短い髪のウィッグの予備はなく、仕方ないのでライナスの亜麻色の髪のままにした。
そして着替えるとこっそりとロイヤルガーデンを抜けてお忍び用に使っている道に行こうとした。
その時だった。
「陛下、どちらに行かれるんですか?」
ロイヤルガーデンを出て行こうとしたところでにっこりとほほ笑む人物を認めて、セシリアの顔が強張った。
「ル……ルディ……?どうしてここに……?」
「まさか城下にお忍びで出かける……何てことないですよね」
「いや……それは……その……」
言い訳をしたくても咄嗟のことで思い浮かばず、セシリアは口をパクパクするしかなかった。
だが、次のスライブの言葉にセシリアは驚いた。
「見逃してもいいですよ」
「え?本当に?!」
「でも、私も一緒に行きます。私が陛下の側を離れると思いますか?」
「いや……でも……」
「じゃなければここで大声で叫びますよ」
スライブはワザとらしく大きく息を吸って大声を出すような真似をした。慌てたセシリアはその口を押えてスライブの身も下で小声で言った。
「分かった!分かったから!!」
「そうですか。では早速行きましょう!」
「え、もう行くの?」
「ぼやぼやして誰かに見つかったら困るので」
逆に意気揚々とセシリアの前を歩くスライブを慌てて追った。
特に問題もないまま茂みを抜けて城下町の方に向かうことができたが、抜けてきたセシリアを咎めるどころかどこか楽し気なスライブを見て少し疑問を持った。
何故こっそり抜け出して、あの薔薇園の端で待ち伏せをしていたのか分からない。むしろ何故バレたのか?そこが一番の疑問だった。
「なぁルディ。どうしてあそこにいたの?」
「あー、まぁ…推測です。あそこはロイヤルガーデンだと聞きました。王族しか入れない場所から抜けるのが一番人目に付かないかと」
「そう……。流石だね」
「流石なのは陛下ですよ」
「え?」
「ラバール伯爵……でしたか?彼の土地の税収に疑問を持ったのですよね」
「う、うん」
「それでワインについて市中の調査をしに行こうとした……というところでしょう?」
あまりに図星なのでセシリアは大きく目を見開いた。
「なんで、分かったんだよ?」
「メモですよ。陛下が執務机に置いていたメモを見たんです。状況の整理に使ったんですよね?」
確かに先ほど税収の件で頭の整理をするために紙に書いていたが、それはあくまでメモ程度。単語を並べたに過ぎないものだったがそれを見たスライブは状況を察するとともに、セシリアの行動を読んだというわけだ。
(凄すぎでしょ……)
スライブの能力に脱帽していると彼は更に驚くべきことを口にした。
「ちなみにセジリ商会というところをご存じですか?」
「え?うん、もちろん。王都では有名な商会だよ。そこがどうしたんだ?」
「陛下は察しがついていると思いますがラバール伯爵領のワインの流通はセジリ商会が一手に担っています」
「それは……」
「はい。この件、セジリ商会も一枚噛んでるかもしれませんね」
その時にセシリアは昨日スライブと図書室で会ったことを思い出していた。彼は取引記録が見たいと言って図書室に来ていたはずだ。
あの時調べていたのはこれだったのだ。
思いがけない情報にセシリアは最早ため息をつくしかなかった。
この男の能力を前にしては、もうセシリアの正体がバレるのも時間の問題のような気がしてきた。
(いやいや!!弱気になったらだめよ!絶対に少年王が女だという極秘事項は守らなくては!!)
自らを叱咤しながら歩いているといつの間にか城下町についていた。
城下町はいつものように賑わいを見せておりたまにしか来れないせいもあって、何度来ても城下町の活気には胸が高鳴ってしまう。
それに、これが自分が治めている国の一部で、皆が幸せそうにしているところを見ると嬉しくなる。だからどうしても定期的には街に出かけたくなってしまうのだ。
まぁ……その度にマクシミリアンには胃薬を強いている自覚はあるが……。
「やはり王都の賑わいは凄いですね」
「ルディは王都を見たんだっけ?」
「こちらの到着した夜に少しだけ歩きましたが、やはり昼間と夜では趣も違いますね」
「じゃあ案内するね。こっち来て!」
セシリアは意気揚々と市内を案内した。
成果物や鮮魚を扱う市場、それとよく行く書店に古書店。スライブのことも考えて紳士服の店にも行く。
カフスやボタン、正装用の生地などを試着してもらってあれでもないこれでもないというのも楽しかった。
帽子や香水、時計屋なども見て回ると結構な時間にもなっていた。
ワインのことを探りに来たのに、これではまるで観光だとは思いつつも、折角街に来たのだからスライブに王都の良さを知ってもらいたいと思ってしまう。
存外この時間を楽しんでしまい止めれなくなっている自分もいた。
(そう言えば昔もこんなことあったなぁ)
セシリアはランドールでも時間を見つけてはスライブに街を案内していたのを思い出した。案内という名前で連れまわしていた感は否めないが……。
当時始まっていた淑女としての勉強は息が詰まるもので、セシリアはストレス発散のためにあれこれとスライブと街を回っていた。いい思い出だった。
あの頃はまさかセシリアは少年王ライナスとして、スライブはトーランド王太子付騎士ルディとして、王都観光をするとは思わなかったが。
(本当、何が起こるか分からないのが人生よねぇ)
などとしみじみ思っていたところで、セシリアは目の前の人に気づかずぶつかってしまった。衝撃で転びそうになった所をスライブが腰に手を回してがっちり支えてくれる。
「あ、ごめん」
「危ないですよ。考え事ですか?」
「まぁ……ちょっと」
まさかスライブとのことを考えていたとは言えず、セシリアは曖昧に返事をしたが、スライブは心ここにあらずといった様子と勘違いしたらしく、手を差し伸べてきた。
「人も多くなってきましたし、危ないです」
最初は戸惑ったセシリアだったが、確かに往来の人が多くなりはぐれてしまいそうな気もした。
一瞬考えたが、スライブに促されるままその手を取った。