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俺と少女Aの物語  作者: 野上上
9/11

夢と現

2章

4話


「君は大きくなったら何になりたいの?」

目の前の女の子は言う。顔はモヤがかかったようで確認できないが、多分小学生の時に仲が良かった子だろう。

「分からないよ。未来のことなんて俺には想像できない。」

女の子はつまらなそうにこちらを向く。

懐かしい。自分を見ると体は小さく、ランドセルを背負っていた。傷だらけで、いつ壊れてもおかしくないようなランドセルを。夢。というより思い出を見ているのだと思う。10年以上前のこと。女の子の顔を思い出せないから、俺には見えないのだろう。

「そういうお前はどうなんだよ。何かなりたいものがとかあるのか?」

女の子は少し恥ずかしげにして

「私はお嫁さんになりたい。幸せなお嫁さん。子供も育てて、旦那さんといっぱい幸せな思い出を作るの。」

女の子らしい返答だ。俺は喋っているが、今の俺の意思で喋っている訳では無い。あくまで当時の俺が聞いたことに過ぎない。今の俺でも同じ質問をしただろうけど。

「へぇー、ならいい旦那さん見つけないとな。」

その言葉を聞いた女の子は少し落ち込んだようにしていた。今思えばあの子は俺のことが好きだったんだろうな。でも俺には人を好きになるなんて余裕が当時なかった。その気持を察することが出来なかった。本当にそうだろうか。出来なかったんじゃなくて、出来ないふりをしていたんじゃないだろうか。今の俺には分からない。通学路が別れるところでお互いに手を振り、家路につく。

家に帰ると母親が仕事の準備をしていた。夜の仕事をしている母は18時ぐらいに家を出るようになっていた。たまに早く出ることもあったが、俺が顔を合わせる数少ない時間。

「ただいま。」

母に声をかけるも返事はない。いつもそうだった。

「お母さん、これ。」

俺はランドセルから1枚のプリントを取り出す。授業参観のお知らせ。しかし母は無言で俺の手からプリントを取り、ゴミ箱に丸めて捨てた。そして仕事の準備にとりかかる。俺は部屋の隅でランドセルから宿題を取りだし床で勉強をする。

小さなアパートに住んでた当時は、一部屋を母の部屋、もう一部屋をリビングとして使用していた。俺には部屋も、勉強机も、布団もなく、母がリビングの机を使い終えるまで床で宿題をしていた。

母が家から出る頃に、俺は冷凍食品を取りだし夕食を用意する。ご飯を作ってもらったことはほとんどない。そしてテレビアニメを見ながら眠くなった頃に座布団を2枚並べて冬用のジャンバーを布団替わりにして寝る。こんな日常を過ごしていた。何も疑問はなかった。これが家の普通なのだと。そう思っていた。

 長い夢だ。しかし不思議と目が覚めてほしいと思うことはなかった。俺にとって自分の過去は嫌な思い出だとか、忘れたいものではない。それを経験しているからどんな形であれ今の自分がいると思っている。

 朝は起きると母が寝室で寝ていた。俺は食パンをかじり、学校へ向かう。落書きされた机、教科書。それを注意しない先生。何もかもが俺の敵だった。女の子を除いては。小学生のいじめといえど悪質なものが多い。直接バカにしてくるのは低学年までで、それ以降は落書きや、私物をごみ箱に捨てたりなどの犯人がわからないものが多いのだ。まさか夢の中でもいじめられるとはな。昼休みは女の子と色々な話をする。女の子は俺を気にかけてくれるが、周りのいじめの対象にはならなかった。理由はわからない。単に俺だけいじめていれば彼らは満足だったのかもしれない。

「それでね、昨日見たドラマでね、主人公が・・・」

女の子とする会話は何気ない日常会話が多かった。だからこそ俺は友達というものを知ることができた。


「懐かしかったな。」

目が覚めた。時計を見ると20時過ぎ。煙草を吸い、仕事の準備をする。そこで今朝のことを思い出す。少女は喜んでくれただろうか。あと2時間ぐらいすればわかることなのだが、体がそわそわして落ち着かない。悪いことをしたわけじゃないのにな。煙草を吸い終え、身支度をする。時計を見るとまだ21時。まだ早いな。テレビをつけ、ドラマを見ながら煙草に火をつける。正直ドラマの内容が頭に入ってこない。


 21時55分。部屋から出て、監視室に向かう。

「あっおじさんだ。」

少女はこちらを見て飛び跳ねる。どうやら所長はちゃんと渡してくれたようだ。

「その様子だと、受け取ったみたいだな。」

「うん。」

少女は元気よくうなずくと、冷蔵庫の方に走って小さな箱をベットに持ってくる。揺らさないように慎重に慎重に持ってくる。

「えへへ、まだ開けてないんだ。」

箱に揺らさないでって書ておいてよかった。

「そうか。なら開けてみなよ。」

少女は小さな箱をきれいに開く。中にはイチゴのショートケーキが入っていた。

「うわー、なにこれなにこれ!」

少女はカメラに向かってケーキを見せてくる。

 ケーキを渡そうと思ったのは、誕生日だからだ。1年に1回の楽しみを作ってあげたかった。ただの思い付きでやったことには間違いないが、俺の中で毎年こういったことをしてあげたいと買っているときに思った。ケーキは何にしようか悩んだが、無難にイチゴショートがいいだろうと決めた。それにケーキを渡せたことによって、食べ物は少女に直接渡せることが分かった。このまま所長から信頼を得れば、漫画やほかの娯楽品も渡せるかもしれない。

「知らないのか。これはケーキっていう食べ物・・」

「それくらいは知ってるもん。おじさんバカにしすぎ。」

「なんだケーキは知ってるのか。」

確かに少しバカにしすぎたのかもしれない。しかし少女に知識の偏りは予想できない。

「食べるのは初めてなんだ。でも、どうしてケーキを買ってきてくれたの?」

「昨日誕生日だっただろ。誕生日にはケーキって決まってるんだ。」

あくまで持論だが、世間的にも誕生日ケーキって単語があるし間違ってないだろう。少女はケーキに付属していたプラスチックのフォークを取り出す。金属製のものは脱走や自傷行為の可能性があるため、プラスチック製なら何とか許可を取りつけた。

「うわ~おいしい。すっごく甘いしやわらかい。このイチゴの酸っぱさも甘さとあってておいしすぎる。」

10歳の少女がする味の感想にしては少し具体的な気もするが、喜んでいる少女を見ると俺も嬉しくなる。デジャブを感じる。と言っても昨日の話だが。

 少女はあっという間に食べ終わり満足そうにしている。

「おいしかった。また食べたいな~おじさん。」

上目遣いでこちらを見てくる。自然にしているんだろうが、そんなことをされるとまた買ってやりたくなる。女性に貢ぐとはこのことなのだろうか。しかし自分に鞭を打つ。

「ならまた来年だな。次の誕生日に買ってきてあげるよ。」

少女は顔を膨らませる。

「えー。いいじゃない。また明日買ってきてよー。ケーキって誕生日だけ食べるものじゃないでしょ。おじさんにケチ。」

「おっしゃる通りだ。でもなこういうものは、たまに食べるから特別に感じるんだぞ。例えば毎日ケーキを食べてる人に誕生日ケーキを渡して喜ぶと思うか?」

少女は腕を組み、いかにも考えてますよと言わんばかりのポーズをとる。

「おじさんの言うことも一理あると思うよ。でも納得できないー」

「そんなことばかり言ってるともう何も買ってこないよ。」

言い争っているように見えて、実はただの言葉遊び。少女は怒った素振りを見せるが、時折楽しそうな顔を見せる。最終的にはお互いに頃合いを見て笑って終わらせる。

「まあなんだ、またそのうち買ってきてあげるよ。特別な日にだけど。」

「うん、お願いね。おじさん。」

 


 そのあとは漫画を読み聞かせ、気が付いたら時間が来ていた。

「それじゃあまた今夜。」

少女にむかって手を振る。

「また今夜ケーキ待ってるよ、おじさん。」

少女は意地悪な笑顔で返答する。俺は後頭部を掻きむしり、困った素振りを見せる。実際困ったことはないんだけど。

「嘘だよ。でも、今度はおじさんの分も買ってきてよ。一緒に食べたいな。」

「わかったよ。いつになるかわからないけど、待っててくれ。」

今度こそ少女に手を振って、部屋を出る。


 監視室を出たところで、所長に出会った。というか出てくるのを待っていたように感じた。

「お疲れさまだね。どうだったかな。」

ケーキのことだろう。所長には協力してもらったからお礼をしとかないとな。

「はい。だいぶ喜んでくれてました。無理を聞いてくれてありがとうございます。」

「ははは。初めての試みだったからね。それで君はどうだったんだい?」

ん?俺?俺も嬉しかったが、所長はそんなことが聞きたいんじゃない。何を聞かれているかはわからないが、小学生の会話じゃないんだ。

「すいません。質問の意図があまり把握できなくて。」

「ははは。そんなに深読みしなくてもいいんだよ。ただ私は君がこのまま女の子を監視し続けることが可能かと聞いてるだけなんだ。」

なるほど。再び釘を刺しに来たわけか。まだ俺に中の処分の記憶を乗り越えたわけではない。しかし俺は少女と接するたびに少しづつ心の傷を癒しているように感じた。所長もそれを感じ取ったのかもしれない。仕方がない。先ほど所長は“初めての試み”だと言った。プレゼントを渡したいと言った俺の心のゆるみを押さえに来た。

「大丈夫です。俺は今まで、我が身大事で生きてきましたから。無理だと言われれば諦めますし、危険は冒す気はありません。」

「そうか。すまなかったね。私も年をとってから心配性になってね。気を悪くしないでくれ。」

所長は腕時計を確認し

「もうこんな時間か。引き留めてすまなかった。ゆっくり休んでくれ。」

所長と別れ、自室に戻り、そのままベットに入った。昨日は午前中にケーキを買いに行ったから睡眠時間が短かった。今日はゆっくり休もう。

「おやすみ。」

誰もいない部屋で、俺は無意識にそう言っていた。

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