第20話 「勇者アヘ顔ダブルピースvsロラン」
「ふふふ……ようやく、ここまで来ることができた……」
俺から奪い取ったペンダントを愛おしそうに握りしめ、邪悪な笑みを浮かべるロランさん。
するとリディアは、困惑したような表情で口を開いた。
「ろ、ロランさん……あなた、どうしてここに居るんですか……?」
彼は父親の旧友だ。だからリディアが混乱してしまうのも当然である。
「どうしてって……ずっと、君たちの後ろをつけていたからだよ。気付かなかったのかい?」
鋭い眼光で俺達のことを一瞥しながら言うロランさん。
初めて会った時のあの温厚そうな印象とは打って変わって、まるで蛇のように恐ろしい風格が全身から漂っていた。
「アンタ……ただの歴史学者じゃなかったのか?」
今度は俺が質問をする。それを聞いた彼は、不気味な笑みを浮かべたまま首を横に振り、
「いやいや、私は正真正銘、ただの歴史学者だよ」
と答えた。
「じゃあなんでこんなことを――」
「5年前のことだ」
俺の言葉を遮って、彼は静かに話し始める。
「歴史学者として世界中の歴史を調査していく中で、私はある“魔導具”の存在を知った。それが、魔王の家系に代々伝わる銀のペンダントだ。所有者の魔力を劇的に高める魔法のアクセサリー。これを知った時、私は欲しくて欲しくてたまらなくなった」
ロランさんはそこで一呼吸置き、手に持っていたペンダントに頬ずりをした。
「これがあれば、私は神になれる。あらゆる生物の命を司る魔法を操り、新たな世界を創造することだってできる。だが、これを持つ魔王の元へとたどり着くためには、多くの障害があった」
「障壁じゃな」
魔王の少年が重々しく言うと、彼はコクリと頷く。
「その通り。魔王城までの道中で待ち受ける四天王ぐらいなら、私1人でも何とかなるかも知れないが――あの、城を囲んでいた障壁ばかりはどうにもならない」
魔王の城は、物理的には破壊することのできない特殊な障壁で守られていた。
「障壁を突破するためには、ドワーフ族の聖剣が必要だった。だが、その聖剣の在処がどれだけ書物を漁っても分からなくてね……おかげで長い間、私の研究は暗礁に乗り上げていたんだ。だが、そんな時だよ……私の前に、君が現れた」
そう言ってロランさんは、その細く長い指で俺を差した。
「君が、聖剣の在処を示す石板を持って、私のもとを訪ねてきた。その時、止まりかけていた私の運命が大きく動き出したのさ」
するとリディアが、頭を抱えて困ったように俯く。
「そんな……そんなことって……」
俺は目の前のロランさんをしっかりと見据えながら、冷静に考えていた。
つまりここまでのことを整理すると、歴史学者であるロランさんは、魔王が持つ強力なペンダントを手に入れようとしていた。
だが魔王城に入るためにはドワーフ族の聖剣が必要であり、その剣がどこにあるのか分からず困っていた時に――その在処を示す石板を持った、俺が現れた。
その時俺は一度、誤ってロランさんを殺してしまった。不死鳥の羽根で生き返らせることには成功したが、皮肉にも、ラスボスを自らの手で生き返らせてしまったというわけだ。
なんとも間抜けな話である。
そしてドワーフの遺跡で聖剣を手に入れた俺とリディアは、四天王を倒し、魔王城に侵入し、魔王からペンダントを譲り受け――そのペンダントを、後ろからずっとつけて来ていた彼に奪われた。
「なるほどな……どうやら俺は、アンタの計画を全部手伝っちまったらしい」
「ククク、そうなるね……勇者アヘ顔ダブルピース君、君には礼を言わなくてはならない」
口角を吊り上げ、慇懃無礼にニヤリと笑うロラン。
そのいけ好かない顔を見て、俺は頭に血がのぼった。
「この野郎!」
大理石の床を蹴り、ロラン目がけて一気に走る。
「アヘ顔ダブルピース様!」
「おい、勇者アヘ顔ダブルピース!」
リディアと魔王が、心配そうに俺の名を叫んだ。
「うおぉぉぉ!!!」
右手で触れる。それだけでいい。俺のチートがあれば、ロランの討伐は何も難しくはない。
……はずだった。
「無駄だ!」
彼は叫ぶと、眼をカッと見開いた。すると両目が紫色に怪しく光り、全身から黒い煙がわき上がる。
「なんだ!?」
ロラン目がけて走りながら、俺は驚愕した。
そして彼が右手を前に突き出すと、その手の平から紫の閃光がほとばしった。
その、野球ボールほどの大きさを誇る光の球は空を切りながらまっすぐ進み、俺の左肩を掠める。
「なっ!?」
強烈な痛みが、左肩から全身へと鋭く駆け巡った。俺は思わずバランスを崩し、膝から床に崩れ落ちる。
「ふむ……この魔法の力、中々制御が難しいな……心臓を狙ったのだが、少し外れてしまった」
ロランはそう言って、手に持ったペンダントをゆっくりと首にさげた。
「次は外さないぞ」
右手を掲げ、俺に向けてもう一度あの魔法を撃とうとするロラン。
「君のあの能力……“右手で触れただけで対象から命を奪う”というあれは、かなり危険なものだからな。最初に会った時はそれを知らずに君に殺されてしまったわけだが……今度は、君が死ぬ番だ」
「アヘダブ様、危ない!」
リディアは叫んで走り、床で倒れる俺の前に立ちはだかった。
「やらせはしません!」
「リディアちゃん……君を殺すのは心苦しいな……だが!」
そして彼は、何の躊躇もなく右手から魔法を放った。紫色の閃光が、リディアを襲う。
彼女は素早く聖剣を持ち上げ、ガードするように両手で構えた。
ガキンッッッ!!!
閃光が剣の刀身に激しくぶつかり、火花を散らしながら甲高い音を響かせる。
次の瞬間に球は消滅したが、彼女の剣にはヒビ1つ入っていなかった。それを見たロランが、驚いたように眉をひそめる。
「ほう……この魔法を受け止めても傷1つ付かんか……さすがはドワーフの剣、頑丈だな」
すると、俺達の後ろで事の成り行きを見守っていた魔王が、しびれを切らしたように口を開いた。
「ええい、ロランとやら! 我のペンダントを返せ!」
そして右手を掲げ、そこに小さな火の玉を形成させる。だがその火の玉は、先程俺に向けて撃った物よりも随分と勢いが弱く、大きさも頼りないものであった。
「くらえ!」
ロラン目がけて火の玉を飛ばす魔王。しかしロランが羽虫を追い払うかのように左手をサッと振ると、火の玉は空中であっけなく消滅した。
「無駄だ、若き魔王よ……所詮貴様も、ペンダントがなければこの程度の魔力なのだ」
「くっ……!」
少年は悔しそうに唇を噛んだ。そして俺の方を向いて言う。
「おい、勇者アヘ顔ダブルピースよ……何か作戦は無いのか……?」
「そんなこと言われてもな……!」
俺は頬をつたう汗をぬぐい、ゆっくりと立ち上がった。
こいつさえ。この男さえ倒せば、俺はこのゲームの世界から抜け出せる。
だが……一体どうすれば倒すことができるのか、今の俺には何も思いつかなかった。
・あとがき
作者である僕も、まだロランの倒し方を思いついていません。助けて。




