75 ルークの反対
75 ルークの反対
瘴気の探索に出ていたパーティーが、次々と戻ってきた。
机の上の地図には、次々と赤い印が書き込まれていく。
「ここだな」
フェルナンドは地図を見下ろした。
報告された場所にはわずかなズレがあったが、どれも同じ一帯を指している。
ついに瘴気の中心地を突き止めたのだ。
「間違いない」
二人の騎士団長も、真剣な面持ちでうなずいた。
「待っていても被害は増えるだけだ。今、叩く」
フェルナンドの声に迷いはなかった。
目的地までは二日ほどの野営が必要になる。騎士団二隊と冒険者部隊、計三方向から包囲する形で進軍することが決まった。
その話を聞いたルークは、当然のようにジョン、ビル、ケントの3人は留守番だと思っていた。
ところが、
「え?」
参加者名簿に3人の名前がある。
ルークは思わず紙を二度見した。
「これは、どうしてですか?」
真顔でフェルナンドを見上げる。
「3人も行くんですか?」
「ああ、そうだ」
「だめですよ!」
ルークが珍しく大きな声を出す。周囲の大人たちが思わず苦笑した。だが、ルークは本気だった。
「まだ剣を習い始めたばかりです。そんな危ない場所に行くなんて……!」
「それがなぁ」
アンディが困ったように頭をかいた。
「ルーク、3人とも行く気満々なんだよ」
「スリングショットの腕前は凄まじいぞ。足手まといにはならん」
フェルナンドの言葉にも、ルークは納得がいかない。相手は大切な恩人なのだ。
「やぁ、ルーク」
振り返ると、ジョンたち3人が歩いてくるところだった。ケントが笑いながら手を上げる。
「一緒に行けるな」
「いきなり実戦とか、手が震えるぜ」
「なに言ってるんですか!」
ルークが鋭く遮ると、3人はびっくりして目を丸くした。
「え? ルーク? どうしたんだよ」
「どうした、じゃないです! 危ないって言ってるんです!」
「危ない? なにが?」
ビルが不思議そうに首をかしげると、ルークは一歩詰め寄った。
「行くこと自体が危ないんです!」
「危なくないよ。ルークも一緒だしさ」
ジョンが言うと、他の二人もうなずく。
「ルーク、大丈夫だ。俺も問題ないと判断して連れて行くんだ」
フェルナンドがルークの肩を抱くようにして言った。
「えぇ……」
ルークが不満げに声を漏らす。すると、ケントが静かに、だが芯のある声で言った。
「俺たちは、アガペーナでやっていくと決めたんだ」
「いつまでも雑用係じゃ終われないからな」
「それに、こんな大きな討伐に参加できる機会なんてそうそうない。足を引っ張らないように頑張るからさ」
ジョンも真剣な目をしている。3人には、それぞれしっかりとした覚悟があった。
ルークは3人の顔を見回し、しばらく黙り込んだあと、小さくため息をついた。
「……危ないところには行かない?」
「行かない」
「無茶もしない?」
「しない」
「勝手に前へ出ない?」
「出ない」
3人が口を揃える。
ルークがまだ疑わしそうな顔をしているので、フェルナンドたちは笑いをこらえるのに必死だった。
やがて、ルークはこれ以上ないほど真剣な顔つきになった。3人を順番に見つめ、静かに告げる。
「じゃあ……僕のそばにいてね」
その声音には、冗談がいっさい混じっていなかった。
3人は一瞬圧倒されたように目を丸くしたが、すぐにケントがルークの目を真っ直ぐ見返した。
「わかった。約束する」
ルークは、少しだけ安心したようにうなずいた。
出発の準備が早かったのは、やはり場数を踏んでいる冒険者たちだった。
夜明け前には荷物の確認を終え、武器の手入れも済ませている。今回の部隊は大きく回り込むルートを取るため、移動距離が長い。そのぶん早い出発が必要だったため、先行は自然と冒険者たちの役割になった。騎士団との連絡役もそこに同行する。
フェルナンドが全員を見渡した。
「出発する」
号令とともに隊列が動き出す。
朝霧の残る草原を抜け、一行は深い森へと足を踏み入れた。
鳥の声が響き、木漏れ日が揺れる。一見すると平和な景色だった。
だが、奥へ進むにつれて魔獣の気配が濃くなっていく。
「来るぞ!」
斥候の叫び声とともに、最初の牙猪が現れた。
だが、慌てる者は一人もいない。
先ず、放たれた矢が突き刺さり、間髪入れずに石が唸りを上げて飛ぶ。体勢を崩した魔獣を、前衛の剣士が一撃で切り捨てた。
「よし、次だ!」
誰も気を抜かない。そのまま進み続けた。
しかし、しばらくして全員が妙な違和感を覚え、足を止めた。
静かすぎるのだ。森の音は聞こえるし、風も吹いている。なのに、肌を刺すような不気味な気配が漂っていた。周囲への警戒を強める。
「何だ?」
「気配が上から……」
その時だった。
ピィーッ! ピィーッ! と、鋭い鳴き声が静寂を切り裂いた。
「鳥だ!」
上空から黒い影が猛スピードで飛び込んんでくる。小型の鳥型魔獣だ。
速すぎる。弓で狙いを定める暇もない。剣士が跳び上がるが、魔獣はひらりと翼を翻して上昇していく。
「くそっ! 高すぎる!」
「速いし、小さい」
鳥型魔獣は木々の間を縫うように翻弄する。二羽、三羽、四羽……。数はまたたく間に増え、冒険者たちの顔に焦りが浮かび始めた。
――ドッ!
鈍い衝撃音が響き、羽が派手に飛び散った。鳥型魔獣がそのまま地面へと落下する。
「当てた!? 誰だ!」
驚きの中、ジョンはすでに次の的へスリングショットを構えていた。
――ドッ!
二羽目がきりもみ状態のまま落ちていく。ビルはもう次の獲物に狙いを定めていた。
「よっしゃ!」
「やるじゃねぇか、お前ら!」
さらに三羽目、四羽目。
小気味いい衝撃音が響くたびに羽が舞い、魔獣が地面へ叩き落とされていく。そこからは完全に3人の独壇場だった。
「右だ!」
「任せろ!」
――ドッ!
「後ろ!」
「おう!」
――ドッ!
「上から来るぞ!」
「落とす!」
――ドッ!
落ちた魔獣を、地上の剣士たちが素早く仕留めていく。
やがて、最後の一羽が地面に落ちると、森に静寂が戻った。
誰からともなく、拍手が沸き起こる。
「すげぇぞ!」
「助かった! 鳥相手じゃ手も足も出なかった!」
「連れてきて大正解だったな!」
ジョンは照れくさそうに頭を掻いた。
「いやぁ、たまたまですよ」
「たまたまで何羽も落とせるかよ!」
冒険者が笑い、ビルも嬉しそうに顔をほころばせる。ケントは少し得意げに肩をすくめた。
「練習した甲斐がありました」
そこへ、ルークが歩み寄ってきた。本当に驚いたような顔をして3人を見つめ、それから、心の底からほっとしたように笑った。
「よかった。……いてくれて、本当に良かった」
その言葉に、3人は顔を見合わせた。
ルークはずっと反対していた。それは自分たちの身を案じてくれているからだと知っていた。
だからこそ、認められたその言葉が、何よりも嬉しかった。
少し離れた場所で、フェルナンドが口元を緩める。
「拾い物だったな」
騎士団の連絡役も、深くうなずいた。
「ええ。あれは立派な戦力です」
森の奥では、まだおぞましい瘴気が待ち受けている。だが、この仲間と一緒なら恐れるものはない。彼らは力強く、再び前を向いて歩き出した。




