51 クリフと話す
51 クリフと話す
気が付いたとき、まず感じたのは土の匂いだった。
少し湿った、森の奥の匂い。
ゆっくりとまぶたを開けると、視界に入ってきたのは木漏れ日と、その下に広がる揺れる枝葉だった。身体の下には毛布が敷かれていて、硬い地面の感触はあるのに、不思議と楽だった。
「あ」
喉がかすれて、うまく声が出ない。
すぐ横で気配が動いた。
「気が付いた? 今回は大変だったな」
クリフの声だった。少しだけ、安心したような、でもまだ気を抜いていない声。
僕はゆっくりと顔を横に向けた。クリフが膝を立てて座っていて、腕を乗せたままこちらを見ている。
「うん……あれは……大きかったけど、木の実の援護に助けられた」
「ルークが付与したものだけどな」
クリフの声に笑い声が混じる。
確かにそうだ。でも、あれがなければ危なかった。僕の浄化の力はあの時、ほぼ限界だった。そこに浄化の力が入った木の実を打ち込んでもらった。それでなんとか出来たんだ。
今回の「瘴気だまり」は、それほどまでに巨大で、禍々しかった。
「あぁ、森に入った時から嫌な感じだったな。だけど石が有難かった」
クリフが僕を見ながら言った。
僕は、考えながら答える。
「うん……あんな風に使えるとは……思ってなかった」
自分の手を、少しだけ持ち上げてみる。
まだ、力が入りきらない。
ためらいがちにクリフが言いだした。
「あれ、石ね……前に、もしかしたらって……思ったんだけど……よく分からなくて……」
言葉を探しながら、ぽつりぽつりと続ける。
「今回……ちゃんと……証明できたよ……ほんとに良かった。石は僕たちに浄化を付与してくれてる」
「うん」
少しの沈黙のあと、クリフが視線を落とす。
「あの……ルーク。この国に来てくれてありがとうな」
不意打ちだった。
僕は少しだけ目を瞬かせて、それから視線を空へ逃がす。
葉の隙間から、光が揺れている。クリフは気が付いていても、黙っていてくれた。
「うん」
それしか言えなかった。
でも、それで十分な気がした。
クリフが肩の力を抜いたのが、なんとなく分かる。
「あ、そうだ。フェルナンドさんは心配してたけど、責任者だから、魔獣討伐に出かけたよ。夕方には戻る」
「うん、さすがの指揮だったね」
その名前を聞くだけで、胸の奥が少しだけざわつく。
怖いのに、いないと落ち着かない。自分でもよく分からない感覚。
そのときだった。
足音が近づいてくる。重く、ためらいのない歩き方。
「ルーク、気が付いたか?」
見上げると、逆光の中にマーシャルの姿があった。腕を組んだまま、まっすぐこちらを見下ろしている。
僕は少しだけ身体を起こそうとして、結局やめた。
「はい……大丈夫です」
「次は騎士団にしっかりと守らせるから安心だ。馬車も用意させる」
言い切る口調。決定事項みたいに。
僕は苦笑して、小さく首を振った。
「お気遣いなく……一介の冒険者ですから」
「そうもいかない」
間髪入れずに返ってくる。逃がさない声音。
その空気を、別の声が割った。
「マーシャル。やめろ」
低く、よく通る声。
振り向かなくても分かる。
「お前は帰れ。王宮を空けすぎると足元をすくわれるぞ」
フェルナンドだった。
マーシャルが舌打ち混じりに顔をしかめる。
「なに……」
荒い声。でも、そのあと少しだけ黙る。
なにか思い当たることがある顔だった。
フェルナンドは一歩も引かない。
「騎士団を貸すから帰れ」
短く、それだけ。
次の瞬間、合図もほとんど見えなかったのに、周囲から騎士が五人、すっと寄ってきた。無駄のない動きだった。
マーシャルはしばらく黙っていたが、やがて息を吐く。
「分かった」
完全には納得していない顔だったけど、それでも背を向けた。
そのまま、森の外へと戻っていく。
足音が遠ざかっていくのを、ぼんやりと聞いていた。
ふっと、肩の力が抜ける。
「ふっ」
小さく息がこぼれた。
なんだろう。
怖かったわけじゃないのに。
なんか、ほっとして。
それから、少しだけ、嬉しかった。




