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研究開始

 翌日。ゼンイチは図書館の片隅で紙とペンを手に、うんうんとうなっていた。


 机の上には、簡単な見取り図のようなものがいくつも並んでいる。配管のルート、水の流れ、詰まりやすい箇所、そしてそれに対する対策のメモ。


「……高圧洗浄機があればなぁ……」


 呟いて、紙の隅に小さくスケッチを描いてみる。日本で使われていたホースとノズルの構造。だが、それを作るにはゴムのような柔軟な素材が必要だし、そもそも強い水圧を出す装置が存在しない。魔道具で再現できるかもしれないが、技術者を見つけて、試作して、失敗して……そんな余裕があるのか。


「ダメだな……知識はあるのに、道具も素材もそろってない……。この世界じゃ、あんまり役に立たないな……」


 ゼンイチはため息をついて背もたれに身を預けた。天井を見上げながら、まぶたを閉じる。


 そのとき、向かい側からそっと声がした。


「……ゼンイチさん、落ち込んでいますか?」


 目を開けると、ティアが心配そうにこちらを見つめていた。


「まあ、ちょっとな。日本じゃ、水回りのトラブルって結構あるけど、道具と手順が確立されてるから、対応できる。でもここじゃ、前提が全部違う。知識だけじゃ、何にもできないって感じだよ」


 ティアは少し考えてから、ゆっくりと微笑んだ。


「でも、あなたが持っている“知識”は、こちらにはないものです。方法がすぐに使えなくても、方向を示すことはできます。昨日の蒸発作戦、あれは私、すごいと思いましたよ」


「……慰めてくれてありがとう」


「慰めているわけじゃないです。事実です」


 ゼンイチは頬をかいて苦笑した。


「じゃあ……事実、か。ならもう少し、あがいてみるよ」


 言って、机に戻ろうとしたとき、ふとティアの昨日の言葉が脳裏によぎる。


 ――金属は魔力を通しにくい。


 ゼンイチは手を止め、ゆっくりとティアに尋ねた。


「そういえば…さ…“魔力を通しやすい素材”ってあるのか?」


 ティアは一瞬目を丸くし、それからコクリと頷いた。


「ありますよ。魔物の素材なんかは、魔力の伝導性が高いといわれています。とくに神経系の組織や、魔力器官に近い部位なんかは」


「へぇ……それって、加工できるの?」


「出来る物は多いですよ。兵士や冒険者の装備、魔道具など魔力の伝導性が良いものは良く使われますね。たとえば“ユニコーンや鬼の角“なんかは、武器の性能を上げる装飾品などに加工されています。


ただ、魔石以外で形状を大きく変えて使用しているのは見かけませんね。素材をそのまま防具に張り付けるような用途が多いと思います。冒険者ギルドに行けば、色々な素材が手に入るかもしれません。」


「加工さえ出来れば可能性はあるな……魔力をよく通す素材で配管を作れば、外から魔法で干渉できるかもしれない。魔法の力で“外から中に作用させる”。……なんか、いけそうな気がしてきた!」


「……それ、もしかしてとてもすごいことを言っていませんか?」


 ティアが半ば呆れたように言う。ゼンイチは照れくさそうに笑った。


「まあ、言うだけならタダだろ? やってみなきゃわからないけど……素材を調べて、試してみる価値はありそうだ」


そう言って、ゼンイチは新しい紙を引き寄せ、素材候補のメモを書き始めた。


翌日の朝、ティアとともに、街の中央広場近くにある冒険者ギルドを訪れた。


 重厚な扉を開けると、中は石造りの床に木の梁が走る落ち着いた内装で、受付のカウンターには革鎧姿の若い女性が並び、壁には討伐依頼がびっしりと貼られている。酒場のような騒がしさを想像していたゼンイチは、思った以上に整然とした空気に少し驚いた。


「ギルドマスターに会いたいって伝えておきました。ちょっと待っていてくださいね」


 ティアが受付に声をかけると、間もなく年配の男性が奥から姿を現した。髭をたくわえた体格の良い鋭い目つきの男――それがギルドマスターのゲイルだった。


「お前が異世界の男か。魔物素材で“配管”を作りたいと聞いたが、冗談か?」


 開口一番、呆れたような声が返ってきた。


「いえ、本気です。この国で使われている鉄管は、詰まりやすくて掃除もしにくい。魔力を通す素材で配管を作れば、外から魔法で清掃や点検ができるかもしれないと思いまして」


ゲイルは深いため息をつき、腕を組んだ。


「魔物素材は高い。普通は武器や防具、魔道具の中核部分に使う。お前さんの“下水管”に突っ込むような代物じゃねぇ」


「でも、最初から全部置き換えるつもりはありません。部分的な活用でいいんです。安くて、加工しやすくて、ある程度丈夫な素材……何か思い当たりませんか?」


 ゼンイチの真剣な目に、ゲイルはしばらく黙って考えたあと、カウンター奥の棚から分厚い資料を取り出した。


「まったく……変わり者だな、お前は。だが面白い。候補を挙げてやる」


 ゲイルは三つの素材を提示した。


「まず一つ目、スライムの粘膜。最近は防具の表面に塗って、汚れや魔力から守る“コーティング剤”として使われている。伸縮性があるし、細い管の内側に塗れば滑りも良くなるかもしれん。乾くと薄膜になる」


「へぇ、スライムって掃除にも役立つのか……意外だ」


「二つ目はトレントの樹皮。あれは木の魔物だ。普通の木材より高いが、魔力の伝導性はかなり良い。少し加工は難しいが、管状に削って使えば、外から魔法を通せるかもしれん」


「木でパイプ……アリかもな」


「三つ目はアルミラージの角だ。安くて軽いし、加工しやすい。耐久性もそこそこあって、魔力も通す。昔は杖の素材によく使われていた。大量に仕入れるのも難しくない」


「角か…サイズ的に厳しいかもな……」


「どうせ試作だろう。少量ずつ用意してやる。使い道があるなら、こっちとしても商売になる」


 ゼンイチは深く頭を下げた。


「ありがとうございます、本当に助かります!」


 ギルドで素材を買い取り、数日後。ティアの取り計らいで、王立図書館に併設された研究室の一角を借りることができた。木の机に並ぶ三種の素材と、借りてきた道具を見つめながら、ゼンイチは深呼吸する。


「さて……実験、開始だな」


 新しい挑戦に胸を高鳴らせながら、彼は小刀を手に取った。


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