ひと狩りいこうぜ ~プーの森1~
森の中は湿度が高く、肌にじっとりとまとわりつく空気が漂っていた。地面には分厚い苔と腐葉土が敷き詰められ、踏みしめるたびに柔らかな感触が足元を揺らす。
ゲイルとガルドの二人は、共に自分の身長ほどもある大剣を背負って歩いていた。その鋼の塊が木々の間を抜けるたび、枝がざわりと揺れる。
しばらく進むと、前方の茂みがざわりと揺れ、獣の気配が走った。
「……スメリーボアだな」ガルドが目を細める。
低く唸るような鼻息とともに、太ったイノシシ型の獣が茂みから姿を現した。茶褐色の毛並みは泥と葉で汚れ、体からは強烈な悪臭が漂っている。
「背中を見せるなよ」とゲイルが低く警告した。
「俺、やるんですか?」ゼンイチがドリル剣を構えかけて問う。
「いや、いい。あいつは臭いし、金にもならん。無視だ」ゲイルがあっさりと答える。
しばらくしてスメリーボアは興味を失ったのか、数度鼻を鳴らしてから茂みに戻っていった。
森をさらに奥へと進む途中、ティアが時折、木の幹や岩の表面に何かを塗っていた。ゼンイチはそれに気づいて尋ねる。
「それ……何なの?」
「目印です。これの揮発成分を感知すれば迷わず帰れますからね」
ティアが見せたのは、透明な軟膏のような物質だった。ゼンイチが鼻を近づけても、何の匂いも感じない。
「揮発して、微かに空気に溶けてるんです。比重が重くて、地面に漂うので、帰りはそのガスを目印に帰ります。結構、空気と差がありますが、ゼンイチさんは感じませんか?」
「……全然わかんないよ」
「まぁ種族差というか、人それぞれ得意、不得意がありますからね」
ふとゼンイチはティアの背に目を向けた。彼女は弓を背負っており、その矢筒には奇妙な形状の矢が何本も差さっていた。
「その矢……真ん中が空洞?軽量化かなにか?」
「ふふっ、これが今日の"秘密兵器"なんです。後でのお楽しみに」とティアはいたずらっぽく微笑み、はぐらかした。
そんな会話をしながら歩く二人に、ゲイルが小さくため息をついた。
「お前らな……ここは大型モンスターの縄張りだぞ。じゃれてんじゃねえ」
「す、すみません!」ゼンイチが慌てて頭を下げる。「ティア、集中しよう」
そう言った瞬間――
「……いるぞ!」ガルドの低い声が響いた。
視線の先、大木の幹には巨大な爪痕が刻まれていた。鋭く深く、しかも高さはゼンイチの目線よりもはるか上。
「……あの高さって、五メートル以上あるんじゃ……?」
ゼンイチが呟いた刹那、右手の茂みを突き破って、深緑の巨体が現れた。地響きを立てながら突進してきたそれは、巨大な熊――深緑の毛に覆われたグリーングリズリーだった。
「来たぞッ!」ゲイルとガルドが同時に叫び、熊へ向かって駆け出す。
熊が二本足で立ち上がった瞬間、ゼンイチはその威容に息を呑んだ。まるで二階建ての屋根ほどの高さ――体格は軽く五メートルを超えている。
(やべぇ……マジで怪物じゃん……!)
熊が太い腕を横に振ると、あたりの木々が次々と飛び散り、裂けるような音が森に響いた。ゲイルとガルドは左右から挟むように動き、迫り来る爪の一撃を巧みに大剣で弾く。金属と骨がぶつかる鈍い音が何度も響いた。
「行きます!」ティアが弓を構え、矢を三本同時に放つ。放たれた矢は風を切って熊の腹部に突き刺さる――が、巨体はびくともしない。
「前衛、下がってください!」ティアが叫んだ。
ゲイルとガルドが即座に距離を取り、ティアが右手を熊に向けて呪文を唱える。
「――《真空球!》」
熊の腹部に刺さっていた矢の穴から、轟音とともに凄まじい勢いで血肉が噴き出した。
「とどめだッ!!」
ゲイルが叫び、大きく跳躍してそのまま熊の頭上へ。構えた大剣を真っ直ぐに振り下ろすと、ずしん、と地鳴りのような音が森に響いた。
次の瞬間、熊の巨体が、ぐらりと揺れて崩れ落ちた。
周囲の地面が、一気に血で染まる。
ゼンイチはしばらく言葉が出なかった。
「……思ってたより、ずっとデカい……」
「グリーングリズリーだな」ガルドが肩で息をしながら言う。「こいつらは群れで縄張りを作る。つまり……まだ近くに数匹はいるってこった」
「マジかよ……」ゼンイチの顔が引きつったまま、森の奥を見つめた。
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