研究開始2
「よし、まずはスライムで試してみよう」
ゼンイチは大鍋に入れて潰したスライムの粘膜を、金属製の管の内側に塗りつけていった。粘着性が強く、塗った部分がうっすらと光沢を帯びている。
「スライムって、こうやって塗るんですね。見た目よりずっと……ぬるぬるしてる」
ティアが顔をしかめながらも興味深そうに覗き込む。
「塗ったら加熱して乾かす。多分、こうすればコーティングになるはず……日本でも似たような方法あったし」
小型の魔力ヒーターを使って、ゼンイチは加熱を開始する。しばらくすると、ぬめりが乾いて薄い膜を形成し、表面が滑らかになった。
「なんだか、それっぽくなりましたね」
「うん。じゃあ、次は試験開始だ」
準備していた複数の瓶――水、油、食塩水、香辛料を溶かした液体、そして石鹸水を順番に流し込んでいく。ティアが小さなノートに結果を書き留めながら尋ねた。
「これは何を見てるんですか?」
「反応。膜が剥がれたり、変色したらアウト。配管に流れるものと接触するから、全部に耐えられないと意味がない」
数分後、問題が発生した。
「ティア、ちょっと見て。油入れたところ……膜が、ふやけてる」
「わっ、本当だ。なんだか柔らかくなってる……うーん、これじゃダメですよね?」
「うん、これじゃ話にならない。油って厄介だな……スライム案は失格だ」
ふたりでため息をつく。ティアは少し申し訳なさそうに呟いた。
「せっかく潰したのに、スライム……」
「まあ、実験だから。次行こう」
今度は、小型のトレントを持ち出す。すでに採取許可を得ていた個体を半分に割ると、中から粘り気のある黄金色の樹脂がにじみ出してきた。
「おお……これは使えるかも。日本で言うところの樹脂っぽい」
「でも、ゼンイチさん、服につけないでくださいね! これ、くっつくと固まって取れませんから!」
ティアが慌てて袖を引っ張る。ゼンイチは苦笑しながら慎重に作業を続け、型に流して乾燥を待った。
出来上がった試作管に同じように液体を流してみると、今回はすべて耐性あり。ティアがぱちぱちと手を叩く。
「全部問題なしです! すごいですね、この樹脂!」
「だな……ただ、強度は?」
試験器具で圧力をかけてみると、ぱきん、という音とともに細かいひびが入った。
「うーん……やっぱり、ちょっともろいか」
ゼンイチは額を押さえてため息をついた。
「ここまできたのに……やっぱり、天然の素材じゃ限界があるのかな……」
そのとき、ティアがぽつりと呟いた。
「……そういえば、アルミラージの角って、加工しやすいって聞いたことがあります。使えませんか?」
「角? あれって強度あるけど、細いだろ? 配管にするには小さいんじゃ……」
「全部じゃなくて、一部だけ。たとえば、魔力を通す部分とか。繋ぎ目とかに使えば、そこに魔力を流せるようになるんじゃないですか?」
ゼンイチはぽかんとティアを見つめ、それから笑った。
「天才か? ティア、それだよ!」
「えっ、えへへ……?」
「角の根本って、確か配管とほぼ同じ直径だったはず。リング状に切って、接合部分にはめ込めば……魔力を通せる継ぎ手になる!」
「それって、すごく便利じゃないですか!」
「だよな。よし、すぐ工房行って、加工頼んでみよう!」
そう言って立ち上がるゼンイチの背中を、ティアは嬉しそうに見送った。
王国の研究機関に併設された工房は、魔法と技術の融合を目指す場として知られていた。ゼンイチとティアは受付を済ませ、見習い職人たちが忙しなく動く中、奥の作業場へと案内された。
「おう、あんたが異世界の発明家さんか。話は聞いてる。で、何を加工したいって?」
迎えてくれたのは、無骨な顔に黒いゴーグルをかけた職人の男だった。
「アルミラージの角を加工して、配管の継ぎ手にしたいんです」
「……なんでそんなもんを?」
男は怪訝な顔をしつつも興味を示し、持ち込んだ角を手に取ってじっくりと眺めた。
ゼンイチが経緯を説明すると、男は顎を撫でながら少し考え込む。
「なるほどな。ただ、角のサイズは個体ごとに違うから、継ぎ手を大量生産するのは難しいかもな……。でも熱すりゃ柔らかくなる素材だ。広げりゃ板にもできる。ちょっと待ってろ」
そう言って職人は、角の表面に縦の切れ込みを入れたものを加熱炉に放り込むと、大きなペンチで切れ込み部分をぐいと広げ、鉄板で挟み込んだ。角だった素材は、みるみるうちに平らになり、均一な扇形の板へと変わった。
「すごい……」
ティアが目を丸くしてつぶやく。
「でも、これをどうやって継ぎ手にするんですか?」
その問いに、ゼンイチが何かを思いついたように言った。
「そうか、これはパッキンとして使うんですね」
「おぉ、察しが良いな兄ちゃん!」
職人が嬉しそうに笑う。
「パッキンを魔力の導線にするなら、ちょっと工夫が必要だな……。魔力を通す部分が外に出ていれば、操作しやすいかも」
「それなら、こういうのはどうだ?」
職人がスケッチを描き始めた。描かれていたのは、リングの一部が外に突き出し、円に縦棒が重なった、まるで「電源マーク」のような形だった。
「この突起部分に魔力を流せば、外からでも制御できるだろ」
「それだ! お願いします!」
職人は糸鋸でパッキンの形を切り出し、それを配管に挟み込んで、ナットでしっかりと締め付けた。
「ティア、準備は?」
「はい、魔力、通しますね……いきます!」
ティアが外に突き出た突起部分に触れて魔力を流し込む。淡い光が走ったその瞬間、配管の両端から勢いよく水が噴き出した。
「やった、成功だ!」
「わっ、すごい! ちゃんと動きましたね!」
ティアが嬉しそうに笑い、ゼンイチは思わず拳を握った。職人も腕を組んで満足そうに頷く。
「面白ぇもん作ったな。排水管として使うなら、量産が必要だな。金型、作ってもいいか?」
「えっ……金型って、けっこう高いんじゃ?」
ゼンイチがティアを見ると、彼女は少し困った顔で答えた。
「ゼンイチさんの発明には王室の予算が絡みますから……」
「じゃあ、どうすれば?」
「私から申請書を出します。王に許可をもらえるよう、うまく通しますね!」
「助かるよ、ティア。マジで」
「ふふっ、こういうの、ちょっと楽しくなってきました」
次なる課題は、配管内をどう効率よく洗浄するか。そのためには、最適な魔法を探す必要がある。
「じゃあ次は、実際に汚れを落とすテストをしてみよう。」
「はいっ、楽しみですね!」
こうして、ゼンイチとティアの配管魔法プロジェクトは、次なるステップへと進んでいった。
何とか継ぎ手のパッキンが完成、あとはもう少し