Q? あの、俺からも質問いいっすか? A. ハイ?
広報部から来たインタビュアーのお兄さんは、感嘆の声をあげた
「おおー」身を乗り出し、小声で聞いてきた。「それで、デートして、よし、ここに就職、決めちゃうぞ! とか、そんな感じもあったり?」
秘密結社・異世界に送る会(株)の本社近くにある喫茶店で、そのインタビューは密やかに行われていた。『実行部のオフィスでやればいい』と部長は言っていたが、冗談じゃない。榊さんに聞かれたらと思うと、まずい話題が多いのだ。
ゴチになったアメリカンコーヒーを一口。薄すぎだろ。
「いや、まぁ、色々あったんですけど、それはプライベートなんで……ボカしてもらってもいいですかね?」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。教えてくださいよー」
「いや、マジ、無理す……そんな良い話でもないというか、なんだろう」
「あれ? 浮かない声ですね、いいじゃないですか、美人の先輩とのデート。やっぱりそういう話もあった方が広報で受けるんですよねぇ。ダメですか?」
「いや、ほんとに無理っす……まぁ、一緒に働こうって言ってもらえたってのはあったんですけど、なんていうか、うーん。やっぱコレは書かないでもらえます?」
「ええー?」お兄さんは大袈裟に身を引いてみせ、笑顔を浮かべて言った。「まぁ、でもプライベートって大事ですもんね。大丈夫ですよ。ここまで色々お話しいただけたので、充分パンフに載せられます」こちらに向かって、ペコリとお辞儀をする。
「ありがとうございました」
「あ、こちらこそ。結局インターンの話しただけになっちゃって、すいません」
ペコリとこちらも一礼して、おやつのデニッシュを一口。やっと終わった。
長いインタビューだった。これだけ色々話しても、多分使われるのは、せいぜいが一ページの隅っこ一角程度なんだろう。しかし、こちらは答えたのだ。責務は果たしたのだ。さぁ、俺の質問にも答えてもらおう。
「あの、俺の方からも質問してもいいですかね?」
「え?」ボイスレコーダーを止め、撤収の準備を始めていたお兄さんは、手を止めた。「えぇと、僕にですか?」
うんうんと頷いてみせる。可能な限り、真剣に。
「えぇっと……なんでしょう?」
落ち付いて、深呼吸。ここが一番大事なポイントだ。
「あの、広報部に転属ってできないですか?」
「は?」
鳩に豆鉄砲を食らわせたことはないが、きっと今のお兄さんのような顔を言うのだろう。そりゃそうだ。ついさっきまで実行部でのインターンシップの経験を語っていたその男が、今は転属できないかと聞いてきている。そりゃ、そうなる。しかし俺はめげない。いま上手いこと言質を取ってしまえば、卒業までのあと一カ月で、なんとか実行部から逃げられる。かもしれない。
「お願いします! お兄さんからも頼んでください! 辛いんです! 研修が辛いんです!」
「そ、そんなこと言われても! 大体、実行部のインターンシップあがりで、ウチの実行部に入ることに決めたって、そう聞いてるんですけど!?」
言いながら逃げようとするお兄さん。
逃がすか。
「待って下さい!」立ち上がろうとしたお兄さんの腕をスパっとキャッチ。アンドロック。「お願いします! お願いします! 早くしないと、また技術開発部に連れていかれちゃうんです!」
「イダダダ!! 離して! 手を離してください! 痛い! 何すんだ!」
しまった。連日の研修のせいで、極めにいってしまった。しかし、離すわけにもいかない。
あの日、後楽園ホールでルチャを取り入れたというプロレスを見たあと、榊さんに一緒に働こうと言われたのは事実だ。そして、テンションが上がりまくっていた俺が、それを受けたのも事実。
そしてその週明けに、是非ここで働きたいと言った。それも認めよう。
しかし、そこから始まった研修が、あまりにも過酷。
技術開発部で連日繰り広げられるスパーリングに、筋トレ、無茶な食事。しかも、たまにキラキラした目の榊さんが来て、飛び技の練習をさせられる。生傷が増えるどころの騒ぎじゃない。
最近じゃ、こっちが慣れてきたからか研修もハードさを増した。そのうえ、通常業務の方にまで駆り出され始めていた。『異世界送りから守り隊』との抗争こそ、いまは沈静化している。しかし、佐藤淳平みたいな連中が異世界から帰れば、抗争が激化するのは目に見えている。怖い。
だから、早く転属したいのだ。俺も必死だ。
「お願いします! お願いします!」
なおも腕を極めつつ、さらにお願いする。一心不乱にお願いする。
「痛い! 痛いって! 考えるから! 考えるから離して!」
「本当ですか!? 本当に考えてくれますか!?」
手を離すか? いや、多分この男は嘘を――
バゴヮン
喫茶店のガラスを叩く音に驚き、外を見る。
怯えた男が張り付いていた。ちょっと着古した感じの、みすぼらしい格好。どっかで見た顔だ。
「いせかぁい!」ガラス越しにも轟く、聞きなれた声。
ヤバい。
「伏せて!」そう言って、俺はガラスの方を見ながら、インタビュアーのお兄さんを床に引きずり倒した。
ガラスの向こうから、こっちに走ってくるのは、やっぱり榊さんだ。
「ドロップキック!」
うわ、アスファルトの上で飛んでるのに、打点が超高ぇ。どんなバネしてんだ。
――バゴシャァン
ガラスを突き破り、店内に蹴り込まれる男。テーブルの上で跳ね、床に転がった。
そしてぱわゎゎあっと光って、消えた。
窓の外を見ると、榊さんが心配そうな顔をしてこちらを見ていた。着ていた服は、後楽園ホールで買った団体Tシャツ。なんでそう、プロレス縛りなんだ。
「大丈夫!? コンくん!」
「……うす。なんだったんすか、さっきの奴」
「『異世界送りから守り隊』! コンくんが、ちょっと前に送った奴」割れた窓ガラスを乗り越えて店内に入ってくる。「復讐目的だったみたい。広報部のインタビューは終わった?」
あ、そうだ、広報のお兄さん。
辺りを見回してみると、いねぇ。逃げやがった。
「……終わりました」
「じゃあ、今日の仕事、行こっか?」
自動スキル『社畜』、発動。
「……うす」
窓ガラスを乗り越え、退店。店員は追ってこないようだ。助かった。まぁ、ガラスについても、あとで斎藤さんが処理してくれるはずだ。
視線の先には、こっちに向かって走りくる、バットを持った男が二人。『異世界送りから守り隊』の連中だろう。
俺の脳裏に、額にMと入ったマスクマンが浮かぶ。
「さぁ、仕事っすね」
今さっき転属を願い出ておいてどうかとは思うが、意外と、この仕事を気に入っている自分もいる。どうせ来年四月から秘密結社・異世界に送る会(株)の正社員だ。
諦めて残り一カ月、魂のマスクに誓って、頑張ってみよう。
ちらほらと読んでくれた方もいらっしゃるので、後書きを追加です。
実は最終話一個前のデート(というかプロレス観戦)は、書くかどうかすごく迷ったところです。そして今回は、私のエゴで強引に切ってしまった。つまり、インターンシップ編なので、業務外は書かないでいいだろうという判断だったのです。
今は冷静に考えれば休日の過ごし方ってインタビューもあるだろう、なんて考えております。というわけで最後の二話は(いつになるかはともかく)修正の可能性があります。
これだけではアレなので、一応コンセプトとプロットの紹介だけ。
コンセプトは単純明快に異世界に送る側。トラック=衝突という発想からプロレスネタ。くわえてプロレスネタと言っても古いのを使いたかったので、主人公はプロレスに詳しくなくなりました。多分、読者の方々も古いプロレスネタは良く分からないだろう、という判断です。
ちょっと不思議な擬音を多用しているのは、擬音をギャグに出来ないかと思ったからなんですが……ちょっと失敗していますね。その辺りを修正してみたのが、カクヨムに置いてあったりしています(追記:なんか誘導してるみたいで気持ち悪かったので、移植)。
行間詰まり過ぎてて読みにくい、とかあるかと思います。
空けてもいいのですが、現状だと無駄に長大になっちゃうから避けている感じ。
行間空けて! とか要望があるようなら、ちょっと考えます。
長々と後書きを書いてしまいましたが、これも読んでくれた方への感謝を表わすためなのです!
改めて、半ば実験作のような本作ですが、お読みいただき、まことにありがとうございました。