毎度お約束の利権争い
大遅刻でごめんなさい!
三巻発売のお礼小話です。
単品で楽しめると思いますが、三巻のネタバレ多少含みます。
ちなみにアニメイト様用SSから繋がる内容です。
「大好き! 大好きです!」
色づく唇から伝えられる好意、潤んだ瞳、染まる頬。背に両手が回されれば、すり寄せられる体はひどく柔らかい。
リナのそれらが向けられる相手はもちろん、俺、ではなく。
「そんなこと、知っているわ」
言葉はつれないがいつになく嬉しそうに目を細めた、そう、義母上だ。
「知っていても言いたいんです! それに、王太后陛下からもたまにはお言葉がほしいです。ねぇ、駄目ですか?」
首をかしげておねだりするその言葉も本来なら俺がされるはずだったのに、どうしてこうなった。
半眼になって事の成り行きをただ見ていることしかできない俺のことなど、頬を寄せ合っている二人はもはや眼中にない。
「義母上、今宵は私がリナとワインを楽しむ約束をしていたはずなのですが」
二人掛けのソファにまさか割り込むわけにもいかず、仕方なく一人で座る向かいから文句をつければ、今存在に気が付いたと言わんばかりの視線が向けられた。
「あら、貴方も飲んでいるじゃない」
俺の前にあるのは、飲み干して以降注ぎ直されることのないグラスがぽつんと一つ。リナのグラスと義母上のグラスは飲み途中で、しかも本人達同様仲良く寄り添って並んでいる。
「私と、リナが、二人だけで、楽しむはずだったのです」
強調するために嫌味なほど言葉を切って言ってみたものの、もちろんこの程度で義母上が引き下がるはずもない。
リナが酔っぱらうと大胆かつ素直になることを知った俺は、どうしてもリナと二人でワインを楽しむ時間を作りたくて、上手くその方向に話を持っていったはずだった。
しかし、どこで嗅ぎつけてくるのか途中で義母上が乱入してきたことにより、すべてが狂ってしまった。
それまで俺がリナと並んで座っていたのに、当然のようにリナを自分の横に呼んで侍らせ、見せつけるように扇の後ろで二人で顔を寄せて小声で話し、合間合間で意味ありげに俺に視線をよこしてくる。
本当に義母上はいい性格をしている。どうあっても俺と張り合いたいらしい。
「先約は私だったのですから、今宵はお引き取りください」
単刀直入に退場勧告を投げつけたのだが、返ってくる反応は余裕たっぷりに首をかしげるというもの。
「そうねぇ。だけれどこの間、私とリナの予定に突然割り込んできて、勝手に出かけて行ったのはどこの誰だったかしら? わたくし、埋め合わせを要求したと思うのだけれど」
頼まれ事の顛末を見届けるために、リナを連れて街に出たのはつい先日のこと。その時のことを引き合いにだされて一瞬口ごもってしまった。
だが権利の正当性を主張されようと、俺とてここで引き下がるわけにはいかない。
「今日の今でなくてもいいでしょう」
「いいえ、今日の今がよかったのよ」
間髪入れずに言い返してくるものの、義母上は視線もよこさずに続ける。手はリナを撫でるのに、目はそれを愛でるのに忙しいようだ。
「だって、見てくれだけはお上品な獣が、私のお気に入りの可愛い小鳥に悪戯しようとしているって聞いたものだから」
またもチラリと意味ありげに流し目を向けられるが、俺も真っ向から受け止めて切り返す。
「先日煽ってきたのは義母上だったように思いますが」
「そうね。だけれど、酔った娘を相手においたが過ぎるのではないかしら」
「婚約者なのですからこの程度、それこそ可愛らしいものでしょう?」
「ままごとがいつ本気になるとも知れないわ。どこかの誰かさんは、事、この娘に関してはお馬鹿さんなのだもの」
バチバチバチッと結ぶ視線の真ん中で火花が散る。
頬を火照らせたリナが何かを察したのか、身震いしつつ両腕を擦り、不思議そうに辺りを見回した。少し体を離したリナに再び体をよせる義母上の仕草が腹立たしい。
「節度は保っています。それにリナは酔いがさめた時には覚えていません。その場限りの二人の可愛い秘め事ですよ」
「秘め事、ねぇ。そうね、とても好都合だわ」
反論せずに賛同されて、口撃の勢いを思わず緩めてしまった。まるで自分が当事者のような語り口に眉をよせる。
確かに俺にとってはそうだが、義母上からしたら関係ないのではないだろうか。
「ふふっ。誰の記憶にも残らないのなら、普段のことなど気にせず心置きなく愛でられるというものよ」
……そういうことか。
自身の性格上、義母上がリナを心置きなくこねくりまわすのはなかなか難しい。ただ誰の目にも留まらず本人さえそのことを忘れてしまうのなら、義母上にとっても同様に都合がいいということだろう。
だが、まず今の時点で一つ言いたいことがある。
「私の記憶には残ります」
冷ややかな視線にどこまでも温度を落とした声で指摘をすると、義母上は今までの人となりからは想像のできないほど柔らかな笑みを見せた。
しかし、そんな表情を浮かべているにも関わらず、その紅い唇から放たれたのは俺にとって最低の一言だった。
「しかと刻んだらいいわ」
……このクソババァ。
口にしなかっただけ褒めてもらいたい。とはいえ、崩すことなく張り付けた作り笑いもあまりに底意地の悪い一言に、口端がピクピクと引きつっている。
そんな俺に気付きもしないリナは幸せそうに表情を緩め、もごもごと「大好き、大好きですー」と寝言でくり返した。
すりすりすりすりすりすりと義母上に顔をこすりつけながら。
俺は忘れない。この借りはきっちり返させてもらおう。
もちろん返す相手にリナが含まれているのは言うまでもない。
お読みくださり、ありがとうございました!




