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イミテーション・ジュエリー  作者: 久條 ユウキ
カーテンコール
26/26

近況報告:後編

後編と銘打ってますが、前話とは繋がってません。

しかもかなり季節はずれですみません。

これも前のアカウント時に書いた後日談です。

 

『星に願いを ~ 七夕チャリティー企画 ~ 』


 デカデカとそう書かれた看板の前には、既に多くの短冊が下げられている大きな笹が飾ってある。

 ここ、ウォーターフロントに本社を構える民放テレビ局では毎年こうしてイベントを開催しているのだが、ここ数年日本全国で災害が相次いでいることもあり今年は民放各局合同でのイベントを立ち上げていた。


 イベントと言っても、その名の通りやってることは『チャリティー』だ。

 短冊一枚百円という価格で販売しており、直接下げに来てもよし、遠方からは郵送でも受付OK、中にはメールで願い事を書いて送れば、スタッフが代筆してぶら下げてくれるというサービスまでやっている。



「うーん……」

「これだけあったら、どこに下げたらいいか迷うよねぇ」

「そうよね。随分重そう」


 一般人から芸能人まで誰でも参加受付しているというこの企画……とはいえ芸能人の場合は『百円で』というわけにもいかず、強制ではないにしても皆それぞれ金額を上乗せしたり、オークションに出せるようなグッズなどを提供したりしている。


 重そうに頭を垂れつつある笹を見上げている二人も、そんな『芸能人』のカテゴリに名を連ねている。

 淡いブルーの短冊を手にした、濃紺の浴衣を着ている女性が真壁希。

 ビビッドピンクとライトオレンジという二枚の短冊を持った、若草色の浴衣を着ている男性が冴木智之。

 数年前に入籍宣言をした二人は、子供が産まれた今でもこうして仲の良さを見せつけるように行動を共にしている。



「下の方がまだ比較的空いてるみたいね。私はそこにするわ」

「えー?上の方が断然願い事叶いそうじゃん」

「そういう人ばっかりだからこんなに偏ってるんじゃない。それに、智之は芸能人でしょ」


 一般の人に譲ったらどうかという言葉にしない言葉を聴きとって、冴木はつまらなそうに頷いた。

 余程『願い事』に思い入れがあるらしい。


(どれだけ見せてって頼んでもダメだったのよね。なんなのかしら?)


 目立たないとはいえ公共の場に吊るす短冊だ、いくら茶目っ気のある冴木といえどそうそう過激なことは書いたりしない、はずだ。

 大方、希が見たいと興味を持っているからこそ意地悪して『見せない』と言っているだけかもしれない。



 ひとまず短冊の中身は後回しにして、彼女は目星をつけた空いていそうな下の部分に下げるべく、草履をぱたぱたとと言わせながら特設ステージに上がった。

 七夕当日はここでチャリティーオークションが行われ、その売上金もボランティア団体を通じてあちこちの施設に寄付される。


「希も出したんでしょ。なににしたの?」

「この前の舞台で使った小道具をいくつかね。値段としてもそれほど高くないし、普段使いできそうなものだったから。智之は?」

「僕?僕のは完全な私物。っつっても最近全く使ってない変装用の眼鏡とか、スポンサーからもらった洋服とか、靴とかね。CMでも着てるから、それ見てたら『ああ、あれか』ってわかると思うよ」


 こういったチャリティー企画では、あらかじめ最高値を設定してあることが多い。

 あくまでメインはチャリティーであって、芸能人のグッズで荒稼ぎすることではないのだ。

 しかし芸能人サイドはよかれと思って出品していても、そのコアなファンや転売目的の者などがどんどん値を吊り上げてしまい、一般の人が参加できなくなってしまうこともある。

 だから、ルールとして『落札は一人一品まで』『最高値まで行ったら即落札』『不審な行動をとる参加者は失格とする』などと細かく決めておいて、できるだけ楽しんで参加してもらえるようにと各局色々気を使っているのだった。


 希が出品したのは、二ヶ月前までやっていた舞台で使った小道具数点。

 本来小道具は使い回しするものなのだが、このチャリティーの話を聞いていた彼女はスタッフに事情を説明し、使用済みということで多少安く買い取っていた。

 彼女が選んだのはレディスものの腕時計と、ずっと胸ポケットにさしていた万年筆、通勤用にも使えそうなA4サイズのビジネスバッグ。

 久しぶりにやる『お嬢様』な役柄だったため、小道具類もそれなりに小奇麗で品のあるデザインを選んである。



「お嬢様育ちの若奥様か……しかも悪役とかってどんだけ、って感じ。意地悪な役どころ、定番になりつつあるんじゃない?」

「そうね、そういうイメージなのかも」


 ずっとそうだったものね、と希は目を細めて笑う。


(マコさんと出会ったこと、この世界の事を思い出したこと、菜々美と出会えたこと、全てはシナリオじゃなかった。なのにそれに振り回されて……)


 全てを失うところだった。周囲の人を巻き込んで、自滅してしまうところだった。

 それを止めてくれたのが、この隣にいる男だ。

 彼は「シナリオ?なにそれ、中二病?」と笑い飛ばし、「それじゃ僕と恋愛するシナリオがあってもいいと思うよ」とまで言ってくれた。

 彼がいてくれたから、今の自分があるのだ。恥ずかしくて、中々口には出せないが。


「今回もさ、ちゃんとマナー教室通って努力したんでしょ?ほんっと、希はスポ根向きだと思うよ」

「なにそれ」

「血と汗と努力の人」

「ふふっ……まぁそうかもね」

「ま、たまーに演技ミスるとこも希らしいんだけど」


 そう言って押し殺したように笑う冴木。


 彼は希と『友人』関係になって以降、彼女の舞台は必ず見に行っている。

 兄貴分であるカメラマンの和泉とスケジュールを合わせる都合上、毎回初日というわけにはいかないが最終日までのどこかで、最前列のど真ん中を陣取って見に訪れるのだ。

 舞台から丸見えであるその場所は、彼女を応援するための定位置であると同時にプレッシャーをかける場所でもある。

 そうして目の当たりにした『ミス』を、後で散々からかって笑うために。


 今回も、希は小さなミスをやらかした。

 ほとんどの観客にはわからなかっただろう、だが最前列で見ていた『同業者』にはわかってしまったらしい。


「くくっ……主人公ヒロインいじめる奥様がさー、万年筆貸す時きちんと持ち手を向けて渡すっておかしいでしょ。あそこはわざとペン先向けてびっくりさせるってシーンじゃなかったっけ?」


 主人公は、真面目にこつこつ勉学に励んできた一般家庭の女子で、援助してくれたお金持ちの家でメイドの仕事をして恩を返すという勤労少女だ。

 そんな彼女を目障りだと感じる若奥様が、嫌味・嫌がらせ・いじめと陰湿な言動を繰り返していく。


 本来なら冴木の指摘するようにわざと目の前にペン先を突きつけ、主人公をびっくりさせないといけなかったシーンなのだが、『マナー通り』普通に渡してしまってから彼女はその過ちに気づいた。

 そこで急遽アドリブを入れ、「人にものを渡す時はこうするのが基本ですのよ。まぁ平民の貴方にはわからない所作でしょうけど」と嘲笑って見せたことで、どうにか対面を保つことができたのだが。

 後で演出家に「悪役がマナー教えてどうすんだ」と嫌味を言われてしまったのは、まだ希の中に悔しいエピソードとして刻まれている。



「言わないでよ、まだ悔しいんだから」


 拗ねたように呟いて、希は笹の葉を避けるようにその場に膝をついた。

 と、それまで他の短冊をおかしそうに眺めていた冴木が、突然慌てたように下駄を鳴らして駆け寄ってくる。


「なに、智之」

「なに、じゃないでしょ。具合悪くなったかと思ったじゃないか……心臓に悪い」


 膝をついた彼女を背後から抱きかかえるようにして、彼もその場に座り込む。

 ちょうど彼の膝の上に乗っているような格好だが、幸い周囲にいるのは彼と彼女のマネージャーくらい。

 有名芸能人が二人揃っているということもあり、1時間だけスタッフに人払いをお願いしてあるからだ。


 ぎゅっと、それほど強くならないように抱きしめてくる腕にもたれ、希は「大袈裟ね」と苦笑する。

 彼の過保護さはよくわかっている、意地悪を言いながら人一倍心配性なのも。

 彼は、甘やかしたがりであると同時に甘えたがりなのだ。

 甘えるのが苦手だった希をいとも容易く甘えさせ、蕩けさせ、絶妙なタイミングで甘えてくる。



「大丈夫よ、今日は調子がいいの」

「信じないよ。先週なんてそう言いながら寝込んだじゃないか。奈津美だって出掛けまで心配して、ママをよろしくね?なんて可愛らしくお願いされちゃったんだから」


 だからね、と彼の指が彼女の手にかかる。

 伸ばした先にあったのは、淡いブルーの短冊だ。

 彼はそれを希の指ごと手に取り、まじまじと『願い事』を眺めてから


「…………ぶっ、あははははははっ!なにこれなにこれ、だっせー!ははっ、芸能人が【世界平和】とか書いちゃう?マジだっせー、あーりーえーなーいっ!!」


 力一杯笑い出した。


 彼女の短冊には、ご丁寧に筆ペンで力強く【世界平和】と書かれてある。

 それくらいしか書くことがなかったのよと、笑われた当人は恥ずかしそうに頬を赤らめてモゴモゴ言い訳しているが、それすら冴木にとっては笑いのスパイスにしかならない。


(わかってる、わかってるよ希。君が努力の人だからこうなったんだろ?)


 彼女ほど、『星に願いを』というシチュエーションが似合わない女性もいないだろう。

 欲しいものは星に願わず自分で手に入れる、こうなりたいという願望は自分で叶えるものだ、普段からそんな信念を持っている彼女らしい願い事だと彼も思う。


「まぁ希らしいっちゃらしいんじゃね?うん、力一杯希らしいよ。これこそ笹のてっぺんにつけるべきだと思うね、僕は」

「はいはい。無理やりだけど褒められたと思っとくわ」

「よし、そんな奥様の壮大な望みは僕の望みでもあるわけだし。仲良く一緒につけてあげましょ」


 冴木は自分のピンクの短冊と希のブルーの短冊を重ね合わせ、空いていた笹の茎にしっかりと結びつけた。

 片腕で希の身体を支えつつ、片手で結ぶという実に器用なやり方で。

 そしてゆるりと天を仰ぐと、ライトアップの所為で霞んで見える夜空の星を見て挑戦的に瞳を細めた。


「頼むよ、織姫様に彦星様。年に一度のいちゃいちゃタイムを邪魔されたくなかったら、僕の願い事のついでに希の願い事も叶えなさいね」

「その言い方、頼んでないでしょ」

「当然。脅してんの」


(そうまでして智之が叶えたい願いってなんなの?)


 どうしても気になって、彼女は今がチャンスとばかりに手を伸ばしてピンク色の短冊を裏返した。

 が、


「…………智之だって似たようなものじゃない。【家内安全】だなんてお守りみたい」

「いいの、僕にとってはそれが一番大事なんだから。さーってと、それじゃうちの可愛い娘の願い事はどこに下げようかな」

「奈津美の?だったらもうちょっと上の……そうそう、その辺りならまだ余裕あるかも」


 貸して、と無造作に冴木の手からオレンジの短冊を奪い取った希は、何気なくそこに書かれたダイナミックな文字に目を落とし、そして。


「………………」


 保育園通いをしている娘の奈津美が書いたその短冊には、どうにか判読できる個性的な字で【おとうとがいいです】と書かれてあった。

 それはつまり……そういうことだ。


 希はそれを教えたのが夫だろうとわかっていたため急に恥ずかしくてたまらなくなり、愛しい人の腕の中で身動ぎしたり腕を振ったりと可愛らしい抵抗をしてみるが、彼の膝の上に座っているという不安定な体勢だけあって本気で抵抗できずにいる。

 彼が腕を離すことはないにしても、ここで万が一転んでしまったら今度こそ抱えられて連れ帰られた挙句、暫く家から出してもらえなくなる。


 ただでさえこの過保護な彼が『下駄は転ぶから絶対にダメ!履くなら草履!』とこだわったため、急遽フォーマルな着物風に浴衣を着つけてもらい、草履も慌てて二宮に買ってきてもらったということがあったばかりなのだから。


(さんざん舞台にも立ったんだから大丈夫なのに)



 色々思い起こしている間にも宥めるように髪を撫でられ、彼女は耳まで真っ赤にしながら抵抗をやめる。


「まだ、さすがに性別はわからないわよ?あんまり奈津美を期待させないであげて」


 そっと、まだ膨らむ気配もない下腹に手を乗せる。

 ここには二人目の小さな命が確かに息づいているのだと、前回の検診で貰ったエコー写真を彼に見せたのはまだ記憶に新しい。


「奈津美が言ったんだよ。『奈津美ちゃんはお父さん似ね』って保育園で言われたから、今度はママに良く似た弟が欲しいって」

「そもそもどっちに似るかなんてあの子にわかるわけないじゃない。教えたのはだあれ?」

「はい、僕です。すみません」


『根拠はないけど、良く言うんだ。男の子はママに、女の子はパパに似るんだって』


 と娘に告げたところ、じゃあ弟がいいな!と無邪気にそう言った彼女に、彼は短冊を出してそう書くようにと勧めた。きっと、お空のお星様が願いを叶えてくれるからね、と。


「それで妹だったらどうする気?」

「きっと次は弟だよ、って……あいたっ」

「その場合、生まれた子が可哀想でしょ!……男だろうと女だろうと、家族みんなで可愛がってあげたいじゃない」

「……ごめん。わかってるよ、家に帰ったら奈津美にちゃんと話すから」



 そうして家に戻った彼は約束通り娘に「子供を産むっていうのは大変なことなんだよ」と説明し、半分も理解できたかどうかわからない娘はそれでも「わかった!いもうとでもかわいがるね!」といい返事をしてくれたこともあって、冴木家の家庭不和の危機はひとまず免れたわけである。


 だが数ヵ月後、「男の子だったわ」と希がエコー写真を持って帰ったことにより、「なつみのおねがいかなったよ!」と娘の『弟欲しい病』が再発するのだが……それもまた、幸せなあるひとつの家族の日常として思い出になっていくのだろう。




これにて完全に完結となります(完結するする詐欺ではないです)

最後までお読みいただきありがとうございました。

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