13才と31才と(前編)
映画館がある。今日は日曜日で、劇場内では様々な映画が上映されているのだった。俗にいうシネマコンプレックス、複合映画館だ。
いまは十月で。先月からは、とある劇場版アニメが上映されている。もう二十年以上前から続いているテレビアニメがあって、その最新シリーズの劇場版だ。おそらく来月も上映は続くのだろう。
ヒロインの女の子が魔法少女っぽい衣装に変身する番組で、昔から人気だったが、最近は特に小さな子どもから愛されている感が強い。そして昔も今も、アニメが大好きな、大きな大人というのは存在するのであった。
人気の劇場版アニメを鑑賞するべく、場内には家族連れの観客が多い。魔法少女みたいな服を着た何人かの女児が、それぞれの母親に連れられていた。
その他、友だち同士で観に来たらしい女子高生グループや、20代のアニメ好き男子グループも混じっている。ある程度、年齢を重ねると、子ども向けアニメ映画を一人で観るのは気恥ずかしいのだろう。
そういった複数のグループ客は、和気あいあいと楽しそうだ。上映前の場内は陽気な雰囲気に包まれていて──最前列の二人とは、まったく対照的だった。
最前列というか、正確には前から三列目だが、それより前の客席には誰も座っていない。どちらも三列目の真ん中に座っていて、席は隣同士だ。この二人は友だちでもなんでもなくて、今日が初対面なのである。
「どうして私の隣に席を取ったんですか? ネットで席を取ったとき、この列には私一人しか、いなかったのに。ソーシャルディスタンスって知ってます? せめて、ひとつ間を空けて席を取ろうとは思わなかったんですか。バカなんですか、お姉さん?」
年下の少女のほうが、隣の席の女性を罵倒している。年齢は13才で、中学一年生だ。顔はスクリーンに向けたままであった。小さな子どもがいる場内で、面と向かって口ゲンカをするわけにもいかない。そのくらいの分別はある年頃なのだ。
「ご挨拶ね。友だち、いないでしょう貴女。だから独りで、前に誰もいない列の真ん中で、特等席みたいな気分で自分だけの世界に浸りたかったんでしょう。でも残念、そんなことを考えているのは貴女だけじゃないの。このポジションは私もお気に入りなのよ、譲らないから」
同じくスクリーンに目を向けたまま、年上の女性が応じる。年齢は31才だ。服装は少女趣味というのか、少々、きっつい感じのファッションであった。
上映開始時間が迫っていて、場内前方の出入り口から、何人かの客が入ってくる。最前列の二人に視線が注がれて、「……親戚同士?」、「親子?」、「カップル? まさかねぇ……」などと呟きながら席に向かっていった。
「聞きましたか、お姉さん。私たち、親子だとか思われてますよ。痛いですねぇ。最前列で隣り合ってるから、変な感じに捉えられてるじゃないですか。お姉さんが変質者扱いされて、通報されて逮捕されても、私は助けてあげませんから」
「別に構わないけど? 偽証罪って知ってる? 人を犯罪者扱いするような子とは徹底して戦うからね私は。裁判でもなんでもやって潔白を証明してみせるんだから」
ぎすぎすとした空気が三列目には立ち込めている。幸い周囲は、まったく二人に関心がない。
「……なんで、そんなに頑ななのか、聞いてもいいですか? 大人って、もっと余裕があるものじゃありません? ただ私は貴女に、一つ隣の席に移ってもらいたかっただけなんですよ」
「知ってる、お嬢ちゃん? 30代って、30才ジャストから始まるのよ。でも気分としては、30才って20代の延長なのね。だって下一桁がゼロなんだから。私はまだ20代なんだって、自分をだますことが可能なの」
年上の彼女が、年下にはよく分からないことを言いだしている。
「はぁ……、それで?」
「ところが31才になった瞬間、すべては一変するのよ。周囲は私を20代としては認識しない。というか、会社で男は私を認識しなくなるの。奴らにとって女性というのは20代のことを指すのね。私のことは自転車の、切れたゴムチューブみたいなものとしか見ていないのよ」
「……それで?」
「つまり私は、放っておくと人間扱いされなくなっていくの。年を取った女なんか、そんなものよ。だから私は、力強く自己主張をして生きていくの。映画館でお気に入りのポジションがあったら、競争をしてでも奪い取りに行く。10代の小娘にポジションを奪われるのなんか嫌なのよ。わかった?」
「なんというか、お姉さんが疲れているのは、とっても分かりました」
なにを話しても無駄というか、不毛なのは明らかだった。年下の少女は閉口して、口ゲンカが小休止する。すぐに場内が暗くなって、広告を挟んでから映画が始まった。
映画が終わって、観客は満足そうに退場していく。席を立たないのは最前列の二人だった。
「……なんで泣いてるんですか、お姉さん」
「お互いさまじゃないの……、早く帰りなさいよ」
二人とも、席を立てないくらい感動していた。ガチ勢である彼女たちをすっかり満足させるほど、映画の内容は素晴らしかったのである。
「あの……、良かったらロビーで、感想を語り合いませんか?」
「……お嬢ちゃんと? ……それもいいかもね」
涙を拭きながら、二人は手を繋いで退場していった。




