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神砕きの残光  作者: 爽夏=sayaka=
第一章:藤の刀
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018.午段瑪

鮮やかに緋色に染まった椛の樹が、まるで立ち昇る炎のように見えた。抜けるような青空に燃える赤が非常によく映える。

駕籠(かご)の準備が出来たと連絡が届いた。駕籠だけでなく、それを担ぐ駕籠者(かごのもの)の都合が付かなかったのだろう。思ったよりも長くかかったなと真太は思った。

この時真太は、駕籠に乗るのは貞宣だけだと思っていた。いや、佳晴の今の扱いを見れば、佳晴にも駕籠を使わせるかもしれないなと捉えていたのだ。

用意された駕籠の数を見て、まず違和感を覚えた。次いで、それに乗るよう促されたところで、顔に貼り付けた穏やかな笑みが崩れなかったのか自信がない。

「私も、ですか?」

確認すれば、準備が間に合わず長きに逗留させた詫びだと釈明を受けた。申し訳なさそうに、これで補填として欲しいとまで言われたら、固辞する此方の方が悪い気がしてしまう。

そこまで言うなら午段瑪で開放して欲しいと思うが、既に佳晴は駕籠に乗り込んでしまい、自分が駕籠に乗るのを待つのみなのだ。手配やらなんやらの手間と、段取りが狂った後の後始末を考えてしまい、二の足を踏む自分が悪いように感じたところで、目の端に何かが写った。

(一寸待て、オレ!)

駕籠の向こうに水干姿の少年がチラリと見えた。その姿に何かがおかしいと、慌てて自分の周囲を探れば、指向性の強い術式が絡みついていることに気付く。

(何かあるって言ってるようなもんじゃねぇか)

駕籠をよく見て見れば、塗籠のように光を遮断した空間だった。入口を閉じてしまえば、暗闇となり、時間の感覚が狂う事間違いなしだ。

駕籠に乗る前に貞宣が言っていた言葉を思い出す。その時は他人事だと流していたが、当事者となったことで、思わず背筋に冷たいものが走る。

そう……

「ご安心ください。駕籠で寝てる間に富志箸には到着しますから」

佳晴の小姓を務めていた若者が人の良い笑みで告げる。

「我らが技術の粋を集めて作った一級品にございます。心地よい旅路になるでしょう」

全力で御遠慮申し上げたかったが、それを言ったが最後、実力行使に出ることも辞さないだろう。一度だけあった陰陽師の少年の心力の強さを思い出し、どうにでもなれと腹をくくることにした。

(無事、富志箸に連れてってくれっかな?)

最悪、途中で捨てられることも覚悟する。

いや、逆にそっちの方が安心かもしれないなどと思い、周囲に気付かれぬよう一つ息を吐いた。

「私にまで、そのような計らいをありがたく存じます」

もうそう答えるしかない。

駕籠に乗り込んでみれば、一級品と言い切るだけあって、認めるのも癪だが酷く心地よい空間だった。畳敷きの床には丁度良い硬さの座布団が敷いてあり、奥には肘を置くための脇息まで(しつら)えてある。

真太が座るのを確認すると、入り口側の屋根と扉が閉じられる。隙間なく閉じられると漆黒の闇がその身を包んだ。

その途端、トロトロと心力が引き出され真太はギョッとした。その心力の吸い込みに合わせて、室内の壁に光の文様が浮かび上がる。それを美しいと称するか、不気味と捉えるかは評価の別れるところだが、少なくとも真太には気味が悪いとしか思えなかった。

脇息に肘を置き、息を整える。

出立の準備をしているのであろう。駕籠は微動だにしなかった。

居心地が良過ぎる空間が、旅慣れた真太には逆に居心地が悪くて、尻の位置を動かした。自分ではガッツリ動かしたつもりだったが、駕籠の揺れを感じなかった。

不思議に思いつつも、駕籠を担ぐ駕籠者たちに悪いことをしたなと思い、外の気配を探ろうと耳を澄ませてみる。いつになれば動くのだろうかという疑問もあったのだ。僅かでも掛け声が聞こえれば予測も出来るだろうと思うが、何も聞こえなかった。

(音がしない?)

人の話し声も、鳥や虫の鳴き声も、風の音すらしなかった。あるべきものがない。それだけで、これほどまでに不安が押し寄せてくるのだと真太は初めて知った。

外の様子が探れず、不安で恐慌に陥っても仕方がない状況なのに、何故か真太の心は薙いでいた。

(一寸待てよ……どう考えてもおかしいだろ?)

先ほどからトロトロと吸い込まれていく心力は何処に行くのか?

外と分け隔てられてたような空間は何なのか?

そもそも、いつになったら駕籠は動き出すのか?

分からないことばかりで混乱しているはずなのに、頭の中は此処は安心できる場所だと言わんばかりに妙に落ち着いている。落ち着きすぎていることが、異常だと真太の頭に警報を鳴らす。

(本当に駕籠は動いていないのか?)

内側から問いかけるように扉を叩いた。だが、壁を叩いても音は籠り、外へと響いている様子は感じられなかった。

「もし! お尋ねしたいことがあるのですが!」

声を上げてみたが、壁に吸い込まれるように消えて行った。

抗議するように身体を揺らしたが、揺れたかどうかが良くわからない。確かに自分は身体を動かしたはずなのに、駕籠にまで伝わってないような気がするのだ。

ふと思う。このまま進んだとして、富志箸に辿り着いたとして、その場所が分からなければ、富志箸から先、どう進めばいいか惑うだろう。

(いや、迷うだけなら何とかなる……前提として、出て行けんのか?)

真太は自分が何か大きな勘違いをしているのではないかと思い、思考を巡らそうとした。

トロトロと心力が流れるとともに、壁の光がゆらりゆらりと形を変えていく。見る景色がないのだ。必然的にその光を眺めることになり、頭の中が霞がかる。奇妙なほどに、考えているのに考えがまとまらないのだ。

フッと意識が遠ざかる。すでに、自分が寝ているのか、起きているのかが曖昧になっていて、恐怖を覚えた。

腕をグッと(つね)る。痛みで少し目が覚めた。

駕籠が動いていないのか否かが分からない。

すでに駕籠に乗ってからどのくらいの時を過ごしているのかすら分からなくなっていた。

意識が飛び、次に気が付くまでの時間が一瞬とも違うとも判別がつかなかった。

相変わらず心力はトロトロと流れだし、壁には柔らかな光が艶やかな模様を描き出していた。その美しい光の文様に心が満たされる。

それが綺麗だと思ったところで、おかしいと叫ぶ自分を確かに感じたのに、頭がぼんやりしていき、何がおかしいのか分からなくなる。

外からも内からも音も無く、揺れも無く、穏やかな眠りに(いざな)うように空気が(ぬる)む。春の暖かさにも似た温もりに包まれて、真太は脇息に(もた)れ掛かった。

瞼が重い。

寝てはならぬと思っているのに、同じ心で此処なら大丈夫だと身体が弛緩した。

暗闇の中で光は妖しく瞬いて、真太の寝顔を照らしていた。それはまるで、真太の様子を確認するかのようだった。


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